軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

水筒

「木鳥、か。名前だけはどっかで聞いたことがあるな」

「完成すれば脅威になるかもしれません」

「そうだな」

僕がムジカルに出てからの話を始めると、グスタフさんは上手く相づちを入れながら先を促してくれた。興味があるのか、ないのか、それはわからないが、きちんと伝わっているようでそういうのは少し嬉しいものだ。

それからも話は続く。スケルザレの何もない部屋の話になると、困ったように眉を寄せて何度も頷いてはいたが。

「戦の話はどうだった? エッセンとの間の話は噂にでも上がってたか?」

「いいえ」

僕はそう答えたが、言い訳のように言葉が続いた。

「戦争自体は常日頃起こっていましたし、起こった戦争すら、起きると噂に上がるまでに開戦しているので、あてにはなりませんが」

どちらかといえば、『始まった』という話よりも、『勝った』という噂を聞いた方が多い。王都にいる限りでは、開戦よりも終戦の報を聞くことが多いというのは凄まじい話だ。

「……だろうな」

グスタフさんは頷く。そして僕をじっと見て、色素が薄くなったような目が細められた。

ムジカルは国民皆兵国家だ。

それ故、開戦するとなれば兵員がすぐに集められる。正規軍の到着を待つことなく、攻め込む国や集落に面した街の国民が武器を取り立ち上がるからだ。

そのため軍備を整える時間もごく短く、宣戦布告の二日後には既に兵たちは相手国になだれ込んでいた。

その準備速度は戦争において凄まじいアドバンテージになるだろう。

砂漠という天然の要塞に守られ、魔物のいない比較的安全なルートを相手国が進軍するとすれば、そこには武装した民兵が立ちはだかる。

相手国が遅れ、準備不足ともなればそこには略奪という飴玉を前にした士気の高い兵たちが襲撃をかける。

五英将は脅威だ。だが、それ以上に、戦争というものに慣れきった国民たちも、隣国には恐怖を与える存在だった。

エネルジコがいた街の人々は、対サンギエでもない限り動くことはないだろう。それも、サンギエが独立宣言を出して安定するまでは、きっと戦うことはない。

だが彼らも、その時には戦うだろう。水守という仕事があるエネルジコは置いておいても、他の人間たちは、意気揚々と。

騎士団を使い、職業軍人制ともいうべき制度を敷いているエッセンとはまるで真逆。

精強なムジカルの兵といえど、恐らく一人一人の練度はエッセンの騎士団には劣ると思う。

しかし数が違う。騎士一人に対し民兵十人で当たられ、手間取り戦闘が長引くこともあるかもしれない。そうなってしまえば、そこに来るのは一人で戦況を変えることすら出来る五英将やその配下だ。

そして、お国柄だろう。

彼らは、自国の魔法使いや魔術師を 殺(・) す(・) こ(・) と(・) な(・) く(・) 保持している。そのため、 死(・) な(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) 五十人余しか魔法使いを擁していないエッセンと比べれば、戦力自体が多い。

恐らく、聖騎士団や精鋭たちが立ち向かうことができれば、ムジカルとエッセンは互角の戦いになると思う。だが戦争に対する考え方や国家としての姿勢を考えれば、正直勝てるとは思えなかった。

そんな考えを辿々しく話したが、当然だろうがグスタフさんにとっては既知のようで、渋い顔で「だろうな」と呟くだけだった。

それから、クスリと笑う。微笑むような、やるせないような表情で。

「悪いな、戦の話なんか聞いちまって。どうも、そういう話が気になる性分でな」

「仕方ないんじゃないでしょうか」

僕も笑って返す。仕方ない、という表現で合っているだろうか。それでも、グスタフさんの生業的には無視出来ない話のはずだ。たとえ、工作員から報告を受けた話であっても。

「こういうときするべきは、そういう話じゃないな。街はどうだった?」

「楽しかったですよ。服も食事も風景も、イラインとは全く違う。砂漠の中に浮かぶようにも見えるよう立てられた建物群に、色とりどりの服。緑がない分、そういうところで色をつけているんでしょうか」

「かもしれねえな」

僕は話ながら、ふと思った。

……グスタフさんの話し方がおとなしい。失礼な話ではあるが、覇気がないといってもいい。

それに気付いてしまえば、もう気になって仕方がない。

続くジャーリャの様子も話しつつグスタフさんの様子を窺っても、どこがどうとははっきりと言えない変化だったが。

僕は意を決する。

話が一段落し、化け狸の話をした後に。

無意識に唾を飲む。きっと、グスタフさんには感づかれているが。

「グスタフさんの方は、いかがお過ごしでしょうか。体調など崩されませんでしたか?」

「……今日は調子が良いな」

嘘だ、と僕は感じた。微笑みに力がない。まるで、そうではないのに誤魔化しているような、そんな雰囲気だ。

グスタフさんは水筒から水を飲み、景気よく机に置いた。

「急にどうしたよ」

「……いえ、ただ、こういう風に聞き返すのが礼儀かなと思いまして」

以前ならば多分気がつかなかった。

だが、ムジカルで様々な人間を見てきたおかげだろう。少しだけ鋭くなったのだと思う。

今日は調子が良いのは本当かもしれない。だが、それはいつもに比べてであって、以前と比べてではないだろう。

「そうそう」、と口にしながら僕は背嚢を探る。

こんな話題を振るためにもってきたわけではないが、それでもきっと役に立つ。

こういう切っ掛けがなければ、話せるようなことではない。

「化け狸に遭遇したあと、エーリフに着いたんですが、お土産です」

机の上に置くのは、握り拳よりも少し長めの銀の枝。三粒の宝石が赤青赤とついている。枝の銀がエーリフで見たときよりも少しだけくすんで見えるのは、錆びてしまったのだろうか。エーリフの水につければ一発で黒く染まるだろうけれど。

コト、と机に転がったそれをグスタフさんは拾い上げると、摘まんで目の高さまで持ち上げて「ほう」と一声発した。

「エーリフに生えてるっていう金銀の木か。折り取ると溶けちまうって聞いたが」

「魔法使いならば大丈夫なようです。ただ単に、温度の問題みたいなので」

魔術師でもおそらくいけるだろう。僕は知らないが、氷の魔術もきっとある。ならば、あの銀の枝を冷やしながら持ってくることも出来る。

グスタフさんは叩き、音を確かめる。純銀ということを僕は知っているけれど、きっとこの老人ならば間違えずにそれを読み取るだろう。

それから頷き、非難がましい目を僕に向けた。

「上物だな。なら、もっと持ってくりゃよかったのに」

「嵩張るので、荷車とかあればよさそうですが……」

金や銀や宝石のついた枝だ。もちろん荷車を買って積んで運んでも損をすることはないし、巨万の富を築くことも出来るだろう。だが、面倒だ。

「お土産にと思っただけなので、売ることは考えてませんでしたね」

「無欲な奴だ」

グスタフさんは横の棚に目を走らせる。そしてその空いている空間の一つで目が止まったように見えた。

「ま、鍵の預かり賃ってことで貰っといてやるよ」

「どうぞ」

そう言葉に出して、ペースを奪われていたことに気付く。

話題を危うく打ち切るところだった。僕が話したかったのはそれではないのに。

「……そのエーリフで、スヴェンと会いました。僕と同じく、魔法使いの」

「魔法使い、スヴェン……、〈鉄食み〉のスヴェンか」

「ええ」

スヴェン、という名前ではなく、魔法使いという単語に反応したのが見て取れた。

既にグスタフさんの中で、僕の言いたいことはわかっているようだ。僕の方は、まだまとまっていないのに。

「三年前、エウリューケさんと一緒にシャナ様に会いにいったそうですね」

「そんなこともあったっけな」

ぽりぽりと頬を掻きながら、グスタフさんは応える。多分覚えているだろう。

「シャナ様を越えるのが目標だったそうで。僕の目の前で焦熱鬼を討ち果たしました」

「……あの野郎ならやるだろうな」

僕も頷く。伝説の魔物との殴り合いをこの目で見ることになるとは思わなかったが。以前、初めて遭遇したときに、オトフシが過剰ともいえる反応をしていたのもわかるというものだ。

……そういうことじゃない。こんどはグスタフさんが逸らしたわけではない。僕が、逸らしたのだ。この話題を口にしたくなくて。

「……今回僕は、一年程度ムジカルで過ごすつもりとエウリューケさんに言いましたが……」

話題を戻すと、グスタフさんの表情も幾分か硬くなった気がする。気のせいかもしれない。けれど、きっと僕の方が硬くなっている。

本当は一言二言で済むはずの言葉。だが、ムジカルへと出る前に聞いたエウリューケの言葉。それに、スヴェンの言葉。そして今目の前で香る匂い。それらが頭の中で混ざり、口に出すことが憚られた。

「既に三年が経っていることをスヴェンさんに諫められました。魔法使いは時間の感覚が薄いと」

喉が渇いてきた気がする。グスタフさんに差し出された冷たい茶に口をつけると、幾分か喉が潤う。一緒に言葉も飲み込まないように、注意して口を湿らせて。

「違っていたら失礼なんですが……、いえ、失礼なら怒鳴っていただいても構わないんですが……」

「歯切れが悪いな」

グスタフさんは溜め息をつく。

怒っているようではない。ただ、寂しそうに頬杖をついて息を吐いた。

「三年ぶりにお会いしましたが、グスタフさんはどこかお体が……」

「カラス」

一声だけ、僕の名前を呼ぶ。

それだけで、続く言葉が出てこなくなった。

「お前に本草学を教えたのは俺だ。そして、俺の側にはエウリューケがいる。エウリューケの腕は知ってるな?」

「……ええ」

知っている。だが、知っているからこそこの違和感がより深刻に感じられるのだ。

彼女が少し手を貸せば、大抵の人間は五体満足の健康体になるだろう。なのに。

「だったら、お前が心配するようなことは何もない。違うか?」

言い切った喉が鳴る。ごく小さな笛のような音だけれど。

「そうでしょう。そう思います。ですが……」

僕はグスタフさんの手にある水筒を見る。以前は感じられなかったが、そこから感じる匂いはどこかで嗅いだことがあった。そのときすらも意識してはいなかったけれど、今ならばこれは、と思う。

その視線に気付いたグスタフさんは小さく舌打ちをする。表に出すなんて珍しい。

「それは、調和水ですね。薄められているみたいですけれど」

「……よく気付いたな」

「甘い匂いを、ムジカルでは色々と嗅いだので」

ムジカルだけではない。ムジカルでもエッセンでも、甘い匂いは無数にあった。

だが、この水の匂いはどれとも違う。

「でも、糖の匂いでもなく、花の香りとも違う。当然、香水のような惹きつけられるようなものとも違うそれは、僕は一種類しか嗅いだことがないので」

たとえで一番近いとするなら、酸で溶かした鉛の甘さを香りに変えたような匂い。

「でもそれは、毒です」

少なくとも、僕の知識では。

「他にも多分、音からすると 固定空気(CO2) や様々なものが溶けている。グスタフさんが調合したんでしょう?」

「……おう」

認めるグスタフさんの手の先で、水筒が少しだけ軋んだ。

「それは、何のために飲んでいるんでしょうか」

毒を飲むその理由。

もしかしたら、緩やかな自殺。その可能性も一瞬だけ考えたが、それはない。

それよりも、違う使い方をしていると信じたい。毒には有効活用法だってある。心臓の働きを強制的に強めて殺す毒も、適切な量なら強心剤だ。

死ぬためではなく、生きるために飲んでいると信じたい。

僕がじっと見つめても、グスタフさんは目を逸らさない。

ただ黙って困ったように眉を顰めた。

困らせたいわけではない。だが、知っておきたい。秘密の吐露を無理強いもしたくないが。

少しだけ見つめ合うと、根負けしたようにグスタフさんは目を伏せる。それから静かに口を開いた。

「俺の体に何かあるわけじゃねえ。残念ながら、俺は病気も怪我もしてねえ健康体だよ」

「だったら……」

何故、と聞こうとしたところでグスタフさんはグッと水筒の水を飲み干す。

そして新しい水筒を背後の棚から取り出すと、軽く揺すって中身を確かめた。

「……原料は調和水、それにいくつかの薬草と泡立つ泉の水。こいつらは調合すると違う名前になってな」

「違う名前?」

言い辛そうに溜め息をつく。だが、すぐに口は開いた。

「甘露という。長命薬だ」

一瞬の静寂が訪れる。随分と長いように僕には感じられたが。

グスタフさんの口からは初めて聞いたが、甘露という名前、それはたしかスティーブンが求めていた薬の一つで……。

「若返りの薬……。本物ですか……?」

「おう。残念ながら、若返る効果はないし、年寄りが使っても限界があるみてえだがな」

ハハハ、とグスタフさんが笑う。年齢に似合わない揃った歯が、少しだけ不気味に見えた。

「本当に、残念ながらな」

笑顔をやめてぽつりと呟いたその言葉に、僕の肩が重くなった気がした。

「お前が心配することはねえ。俺の体は病気でも怪我でも何でもねえ。ただ、寿命って奴が近付いているだけだ。……お前に感づかれるんじゃ、……今までこの薬でどうにか追い払ってきたが、そうも言ってられなくなってきたみてえだがな」

「……どうにか出来ないんですか」

「どうにもならねえな。俺が言うんだ、間違いねえよ」

グスタフさんが言うなら。今まではたしかにそう思ってきた。けれど、今回ばかりはその言葉は……。

拳が震える。何故、そこまで落ち着いていられるのだろうか。

「だが」

目尻を熱くしながら僕が何か反駁しようとしたが、それをグスタフさんに止められる。顔を上げれば、そこにはいつもの不敵な笑みがあった。

「俺にはきっとまだやることがある。それまでは死ねねえ」

「それは、何が」

「俺にもわからん。だが、そんな気がする。気の迷いかもしれねえがな」

キュポン、と水筒の栓を抜く。また少し、甘い香りが広がった気がする。

「だからまだ、お前が心配することはねえ。ほら、モスクと会ってきやがれ。お前が連れてきた優等生だ」

そう言って、グスタフさんは一枚の紙切れを差し出す。ちらりと見てみれば、モスクの居場所と合言葉らしき単語だった。

僕はそれを受け取り袂に入れる。それからどうにかして言葉を絞りだそうと喉に力を入れた。

「……ありがとうございます」

「しけた顔すんな、久しぶりだってのによ」

はあ、とグスタフさんは殊更に大きく溜め息をつく。たしかに、今日は溜め息をつかせっぱなしだけれど。

「モスクに会ってきます」

「おう」

「……それと、エウリューケさんにも」

「……おう」

僕の言葉に少しだけ沈んだ声で応えたグスタフさんに頭を下げ、僕は店の扉を押し開ける。

「また来いよ」

「ええ、また、近いうちに」

肩越しに聞こえた言葉に振り返って返事をし、僕は店を出た。