軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:肉食獣の侵入

館に足を踏み入れたニクスキーは、内部を睥睨する。無言の圧力に、エドワードだけが息をのんだ。

「お前が、ニクスキー……」

聞いている以上の腕だ。糸や縄を使った罠の手応えがあったのならばまだしも、突然蹴破った扉の奥から反撃があるなど通常は考えない。考えたとしても、反応は出来ないはずだ。エドワードはそう分析し、そしてわずかに身を引いた。

飛びかかるわけにはいかない。すれば標的はまず自分となる。

槍使いも無力ではない。他の傭兵たちが戦えば、少しは隙が出来るだろう。その隙に、脱出する。いざとなればラッズやベタファンを蹴り込んででも。

「……危ないなぁ。刃物はいきなり人に向かって投げるもんじゃないよ」

だが、その身を引いたエドワードのすぐ横の長椅子から声が響く。背もたれに座ったその金髪の男を見て、エドワードの血の気が引いた。馬鹿な、いつからそこに。

短い髪の毛を後ろでちょこんと縛る癖っ毛。弄んでいる小剣は、さきほどエドワードが投擲したものだ。

誰だ、と一瞬考える。その判別できる特徴を見極めようと男を見つめた。

「金髪……柄に細工のある細剣……」

思わず呟いたエドワードは、その求められた答えに更に戦慄した。馬鹿な。

「レイトン、貴様が……!」

「初対面だけど、よろしくね」

凍り付いたエドワード。だがそれに構わず、レイトンの背で傭兵の一人が吠える。直剣使いの男だ。

「おおぉぉ!!」

体に剣を固定し、強く突く。速さはそれほどでもないが、それでも正中線を射貫くその攻撃は、座った体勢からはけして躱せない。

不意に上げられた声に反射的に振り返ったレイトンの背中。白い絹の背中めがけた強烈な攻撃。

当たったと思った。

剣が深々とレイトンの背中に刺さる様を、直剣使いの男ははっきりとその目で見た。

そのはずだった。

刺さったと思った瞬間、レイトンの姿が掻き消える。まるで最初からその場にいなかったかのように。

「きみは色付きには及ばないようだね」

「くひ……っ!」

次の瞬間、首元に強い衝撃が与えられる。その勢いで飛ばされた直剣使いは、その衝撃と点穴の影響で、受け身も取れず絨毯の上に叩きつけられた。

そして、レイトンの手が剣から離れる。ニクスキーの目にしか、その仕草は入らなかった。

「色付き相当は、そこのエドワード君とそっちの槍持った彼。くらいかな?」

レイトンはニクスキーにそう問いかける。ニクスキーの目算でもそう間違ってはいない。

もう一人の傭兵らしき剣使いは腕に劣り、そして探索者の二人も腕っ節は強そうではあるが、それでも闘気を使う様子すらない無様な姿だ。

「任せていい?」

「ああ」

ニクスキーは頷く。そして一歩、槍使いの前に踏み出す。見つめられた槍使いは、その無気力な瞳に何も感じられなかった。何も。

「お前を殺しゃあ、俺がこの街最強だ!!」

「…………」

どす、と踏み込まれた足は力強く、大地からの力を存分に槍へと込められる。

薄く纏われた闘気は身の丈以上もある豪槍の刃先までも覆い、男の手の先から白い光を放つほどまであった。

二十年の間、稽古を積んできた。

幼き身故、参加できなかったムジカルとの大戦。その話を街の大人たちから聞いて、そしてその戦で立身した者たちを見て、いつかは自分もと思っていた。

分厚くなったはずの手の皮がすり切れ血が溢れようとも、突きの稽古は毎日こなした。

胴よりも太い木の幹を叩き折るまで、数日の間、払いの稽古を続けることもあった。

踏み込む足もとの石が砂になるまでと、道場では叫ばれる。

それ故に、彼の流派は 砂良(さりょう) 流と名付けられていた。

二十年の鍛錬の成果。鋭く豪快な一撃。

磨き上げた年月がそのまま、ニクスキーへと叩きつけられる。

踏み込まれた足から伝わった力は体を駆け抜け、腕へと到達する。

鍛錬によって磨かれた太い腕はその力を増幅し、槍の回転と推進力へと変換する。

敵対した人や魔物は、この突きの初撃でいつでも貫いてきた。

ならば、このニクスキーさえも。

そう、信じていた。

トン、と槍使いの耳に振動が響く。それは本来ニクスキーが鳴らさないはずの足音で、レイトンだけはその仕草に驚嘆した。

次いで槍使いが感じたのは激痛。槍を握るその指、ひねりを加えた手首、伸びきった肩、関節全てに。

「ぐぁ…………!」

激痛とともに槍が地面に落ちる。そして槍の穂先よりも近く、間合いの中に踏み込んでいたニクスキーが短剣を握った手を振る。

ガラン、という槍の落ちた音と、どこかで感じたブツンという音。

そして自らの身体が倒れた感覚。槍使いは、知らぬ間に天井を仰いでいた。

残り四人。

ニクスキーは残りの人数を数える。探索者三人と傭兵一人だが、これは全員片付けるべきだろう。

「お、お前ら、石ころ屋の幹部が、なんで二人も……」

「何で? わかるだろ?」

双剣をすらりと抜き出したエドワードが口に出した疑問に、レイトンが応える。答えながらも、その足と視線はベタファンの方を向いていた。

ベタファンが両手を握り胸の前で構える。両手につけた手甲は棘をつけた禍々しい形で、その拳で殴られたものがどうなるか容易に想像できた。

だが、その仕草もレイトンは意に介さない。歩み寄り、ベタファンの首を持ち壁へと叩きつける。

ベタファンは、避けられなかった。まるで最初から当たるのが決まっていたかのように。

「これは、幹部二人が出張るだけの事態なのさ。業務を任せていた協力者が、裏切っていた。それを放置していいわけないよね」

実際には嘘だ。

これはニクスキーだけで充分な仕事だったし、レイトンが来る必要も全くない。

レイトンがここに来て邪魔になったわけではないが、ここに来た理由はまた違うものだ。

ザラをここへ連れてきて、そして見たいものがあっただけで。

「……ぅー! ……ぅぅー!!」

レイトンに壁に釘付けにされたベタファンは戸惑っていた。体に力が入らない。まるで麻痺しているかのように手足を這い上がる冷たさに、涙が出そうになるほど恐怖していた。

「……ハッ! それにしては!!」

レイトンが手を放せば、ベタファンの体がずるりと落ちる。それからレイトンは、笑い声を発したエドワードを楽しげに見た。

「それにしては?」

「一人も殺さねえ! お優しいことだな! あの石ころ屋にしちゃあよ!」

残った傭兵の一人は、その言葉に倒れた仲間たちを見る。

そうだ、そういえば、未だこの場には血が一滴も流れていない。倒された三人はただ体の自由を奪われて呻いているだけだ。

気付いた傭兵とラッズは、内心息を吐く。これならば助かるかもしれない。殺されるかもしれないと覚悟はしていたが、何故か彼ら二人は今自分たちを殺そうとはしていないらしい。

エドワードは不可解に思いながら、その行動の意味を探っていた。

助かるのであればそれでいい。だが、彼らが何故自分たちをまだ生かしているのか。

レイトンはニコリと微笑む。そんな些細な勘違いを訂正する必要もないと思いながら。

「ああ、そんなことか。大したことじゃないよ。今日のぼくらは『正義の味方』だからね」

「正義の味方? 宗旨替えかよ?」

話しながら、エドワードはニクスキーの隙を探る。それでも助からない場合、ニクスキーの首を持って外部の組織に亡命することを考えて。一縷の望みを掛けた賭けだった。

双剣を構える。

もしくは、石ころ屋は有能な者なら外部の者でも受け入れるという。たとえ、もとは敵であっても、それは変わりなく。

ここで力を見せつければ。ニクスキーに食い下がることが出来れば、生きる道を探れるかもしれない。そんな微かな期待があった。

一人 生(・) き(・) 残(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) 傭兵が、ニクスキーへと飛びかかる。

空中から剣を構えて、一直線に振り下ろす。彼の流派では《落雷》と呼ばれている武技だ。 空中からの落下の加速度と、踏みきった足の勢い。それらを剣に乗せて物体を断ち切る。彼は不意打ちであれば、大犬の頭を裂くことも出来る。

だがニクスキーには届かない。

一歩踏み込み、振り下ろされた手首に自らの左手首を合わせて巻き込むように打ち落とす。体勢を崩したところへ右の三日月蹴りを合わせれば、脾臓が破裂し傭兵は崩れ落ちた。

痙攣する傭兵を見ることもなく、ニクスキーは一歩エドワードに踏み出す。

自分の番だと悟ったエドワードは、双剣を構えなおす。左の剣を体の横に水平に、右の剣を立てて体の前に。決死の覚悟だった。

ガタンと音がする。

もう一人残っている男、ラッズが逃走を図った音だ。

入り口脇に立つのはレイトン。その細身の優男さえなんとかすれば、逃げることが出来るかもしれない。そんな机上の空論だった。

床に転がった酒の空瓶の口からわずかに酒が飛ぶ。床の天鵞絨に飲ませたその酒は、彼らには似つかわしくない高価な酒だ。

「どど、どけ!!」

「やだ」

短剣を見せつけながら駆け抜けようとしたラッズの手が、短剣ごと上向きに跳ねる。

「きみは、捕縛させなくちゃいけないからね」

跳ねた右腕をとり、肘に肘を合わせ、強い力を掛ける。ボギ、という音がした。

「ガアアアアアァッ!?」

「よい、しょ」

そしてそのまま腕を折り曲げ胸部を押し、足をかけて背中から地面へと叩きつける。

「これは没収」

短剣をとり、入り口から外へと投げ捨てる。そこまでは、レイトンの予定通りだった。

「さて、残りはエドワード君ただ一人。ニクスキー、後は任せたよ。ぼくはランカートのところに行ってくるから」

「わかった」

これでエドワード以外の無力化は済んだ。これであとは、ランカートの裏顧客名簿を回収し、始末をつける。それでニクスキーの仕事は終了だ。

レイトンも、任せておけばそれを確実にこなす。ニクスキーの信頼を裏切る気もさらさらなかった。

エドワードの背にある廊下への扉に向けて歩き出したレイトン。その動きに反応し、エドワードは構えを微妙に変化させる。

行かせない。ランカートに義理は感じないが、ここで無視しては彼ら二人への今後の心証も変わってしまう。

レイトンの一挙手一投足に注意を向ける。その足の運び、指の動きに至るまでニクスキーへ向けるのと変わらない注意を向け続けた。

トドメは刺さないらしい。ならば、とにかくここで抵抗の意思を見せること。

その抵抗が見事ならば彼らの目に留まるだろうし、もし無駄であっても、彼らはラッズを捕縛させるといった。恐らくそれは『衛兵に』だろう。ならば、隙を見て離脱出来る。

とにかくここで抗わなければ。

もはや、何の犠牲も伴わずに逃げるのは無理だ。腕の二、三本程度ならば千切れていなければどうにでもなる。

覚悟を決めた。この死地を生き延びてこそ、エドワード・スクラージの伝説が始まる。

決意した。生き延びるために。