軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

意地

話が一段落し、エネルジコはゆっくりと僕に目を向ける。

「……いかがかな? 優秀そうな少年ならば、もう私の言いたいことは理解できたと思うが」

「まあ、充分すぎるほど答えて頂きましたね」

そうだ。エネルジコの言葉で、僕は本来の目的を思い出す。

エネルジコにかけた、『何故空を飛ぼうと思ったのか』という問いに、彼は充分に応えてくれたのだ。一度は追い払った僕に謝罪し、家に招き入れてまで。

そこまでしてくれた。

ならば、何かを受け取らなければいけないだろう。これは、僕側の都合だけど。

「小さな目標を、徐々に大きな夢に育てた。エネルジコさんはそうしたのでしょう」

「ああ。わかってくれて嬉しいぞ」

僕の言葉に、にこりとエネルジコは微笑んだ。本当に、きっといい男なのだ彼は。

「ならば、僕の聞きたかったこともわかっているようで」

僕は溜め息をつき、掌を見る。小さな掌。

「やはりここから先は僕の問題ですね。僕は、鳥を羨ましくは思えませんから」

もちろん比喩だ。そして真実だ。

正確には、鳥を羨ましく思っているのにその翼の形がわからない。

多分、外には出られたのだろう。だが腕の広げ方がわからないのだ。

「……と、それで、ちょっと話は変わりますが」

そこで突然僕は気付く。いや、どこかで違和感を覚えてはいたようだが、ようやく形にはなったようだ。これはプリシラの警戒をしようと無意識下で考えていた賜物だろうか。

「うん?」

「エネルジコさんは、監視か何かされているのでしょうか? 今までこちらの建物を窺っていた方が、裏に移動しました」

「……ああ」

僕の言葉にエネルジコが頷く。僕の言葉に心当たりがあるのだろう。心当たりがあるのであれば、そもそも何とかしておいてほしかったが。

裏に気配があった。

建物の外から、中を窺う気配。この街に来てからあまり感じてはいなかったが、今になって突然その気配が主張し始めた。いや、これは僕が気付いたからそう思うだけか。

「凄いな。噂には聞いていたが、魔法使いとはそのようなことまで」

「どうでしょう。僕以外の魔法使いはあまり知らないもので」

魔術を使わなければ、テトラやレヴィンには多分出来ないと思う。むしろそういった分野はエウリューケやオトフシの方が強いだろう。……そういえば、最近オトフシとは会っていないが元気だろうか。テトラと違い、探索者である以上、危険はいつでもあるけれど。

アリエル様やドゥミは言わずもがな、シャナやスヴェンは感知できてもいいと思う。スヴェンはどうだか知らないが、シャナはミールマンの建物内部であれば確実にわかるだろう。

「それで、どちらさまです?」

「恐らく国家の諜報員だろう。私に悪い虫が付かぬよう見張る、な」

褐色の肌と対照的な白い歯を見せて、エネルジコがさらりと言った。その言葉に、僕はなんとなく眉を顰めた。

「悪い虫が僕……とすると、美味しい果実はやはり……?」

僕が設計図を見ると、エネルジコは嬉しそうに笑う。

「ああ。木鳥だ。私個人としては、そのような用途は期待していなかったのだがな」

そして、頭を掻く。砂がパラパラと紙の上に落ちた。

僕は、自分の目元の違和感に気がつく。

その『用途』という言葉に、その内容を想像した僕の顔が少し歪んだのだ。

慌てて表情を緩めた僕に気付かず、エネルジコは続けた。

「仮に木鳥が完成し、自在に空を飛べるようになれば戦線でかなりの有利が取れる。戦闘員を敵内部に運ぶもよし、炮烙玉を落とし隊列を崩すもよし。今まで騎士や魔術師が向かい合い、線で押し上げていた戦線が、面で制圧できるようになる。格段な進歩だ」

「……なるほど」

その言葉が僕の思考とあまりかけ離れていなかったのを確認し、僕はようやく自分の思考に気付いた。

今の表情の変化。先ほど言葉が出なかった理由。ようやく、自分の心がわかった気がする。

「戦争の、道具ですか」

「そうだな。おかげで資金援助はしてもらえるし資材の融通も利く。無視できない取引相手だ」

ハハハ、とエネルジコは笑った。僕は笑う気にはなれなかったけれど。

「まあ、向こうも期待は薄いようだがな。常時見張りは付いておらんし、資金援助といっても蠍の尻尾程度のものだ」

つまり、あまりされてはいない。だがそれでも、期待されているのはたしかだ。

「……ちなみに、ムジカルはどこを仮想敵国としているのでしょう?」

「色々だ。この国は常に戦争をしているからな」

「物騒な話ですね」

常に戦争をしている国。こんなにこの街は平和だが、そんなこともあるのか。

僕の言葉に、エネルジコは静かに笑う。口を閉じると、突然知的な雰囲気になった気さえした。

「そうか。少年はこの街に昨日来たと言ったな。それならば、ムジカルに来たのも初めてか?」

「そうですね。サンギエからこの国に入って、砂漠を越えて初めて着いた街です」

「 サ(・) ン(・) ギ(・) エ(・) か(・) ら(・) 、か。そうか、ならば不思議には思わないか。あの食事に使われている香辛料がどこから来ているか」

机に手を突き、講義するようにエネルジコはそう言う。なんとなく、挑発するように。

「香辛料? ……たしかにこの街には畑のようなものはありませんが……、他の街で栽培されているのでは?」

リドニックでも多くの街に畑はあったが、たしかにこの国では未だに見ていない。だが、どこかにはあるのだろうとそう思っていたのだが。

「この広大で不毛な砂地では、そうそう農業は出来んよ。あれはムジカルの南の……今はムジカルの南部地方となっているパイシャーという地方の特産品だ。かつてはミーティアと地続きの肥沃な平原のある国だったがな」

「かつては、ということは……」

今は違う。具体的に言えば、もはや国ではなくなっている。その要因はこの話の流れでは明白だろう。

「ムジカルは、常に戦争をし続けている。隣接する国を食い潰し、そこから得た資財を使い新たな国へと食らいつく」

「そんなことを」

なんというか、あまり想像は出来ない国だ。常に戦い続けている国。それも、リドニックとは違い人間と。

「少年はわかりやすいな。何故そんなことを? と今思っただろう。だが、我らの国としては当たり前のことなのだ。戦争で物資を手に入れ、手に入れた物資を血液の如く国内へと流し、更に新たな場所で血を流す。そうやってこの国は停滞を免れてきた」

「……よその国のことに口出しをする気はありませんが、周辺の 元(・) 国家の方からは印象が悪そうですね」

僕は一応エッセンの人間だ。だからムジカルに悪感情を抱いてはいないのかもしれないが、戦争で負けて吸収された土地の人間はそう良い感情は持てまい。

「だろうな。未だにサンギエの人々は、自らたちのことを国と言い張っているのだから」

「……なるほど」

なんとなく僕の背嚢が少し重くなり、その存在を主張した気がする。エネルジコの言葉にようやくわかった。プリシラの手紙に書かれていた、『正確には国ではない』という意味。

「しかし、そんなことをしていればいずれ敵はいなくなるのでは」

「それはない。少年の言うとおり、元国家が頻繁に独立を宣言して制圧されているからな」

呆れたようにエネルジコが溜め息をつく。

求心力がなく、加えて好戦的。なのに、大国。絶対に隣にあってほしくない国だと思う。

「さあ、わかっただろう。そんなわけで、この国にとって戦争に使える新技術はとても重要なものなのだ。おかげで、私のような者にも監視がついている。外の者はそういうわけだ」

エネルジコの総括に、僕は多分渋い顔で頷いた。

渋い顔というのは、いくつも理由がある。僕の中にある理由と、外にある理由。

外の方は解決しておくべきだろうか。

「なら、困りましたね。今の僕の行動は、その新技術を狙う間諜じゃないですか」

木鳥の設計図を見るためにエネルジコに接近したエッセンの工作員。そう見られてもおかしくはないし、事実、恐らくそう見られたから気配が濃くなったのだろう。

というか、狙ってはいないが昨日は実際木鳥を見るために接近したし。

「なに、少年はそんなことすまいよ。一言たりとも私に『設計図を見せてくれ』などとは言わなかった」

「どうでしょう。そう誘導しただけかもしれませんよ」

心の内は誰にも見抜けまい。僕がいくら否定したところで、そう見るものは見る。今目の前にいるエネルジコは違うようだが。

「ハハ、ならば私は見事に設計図の情報を漏らしてしまったわけだ。では少年に一つ頼むとするか」

「頼む?」

「ああ。頼む。いかがかな? この木鳥の改良点はなんとみる? 少年の目から見た意見を聞かせてほしいのだ。そうすれば、外の者には『あの少年は協力者だ』と言い張れるからな」

「なるほど」

僕が設計図を見たことの理由づけか。まあ、『雑談をしていました』などという言い訳が通用しそうにもないので良い考えだとも思うけど。

僕は悩む。

いや、悩もうとした。

しかし、僕の口はきっと僕の意のままに動いていた。

「申し訳ありませんが、それは出来ません。僕がお答えするわけにはいかないようです」

その言葉は、すんなりと出た。

楽しそうに、だが表情硬くエネルジコは返す。

「……ふむ、何故かな?」

「せっかくのお気遣いには感謝します。ですが、僕はやはりエッセンの人間なので、これに協力するのはまずいかと」

頭を掻きながらそう答えるが、その言葉は理由の半分ほどだ。実際は、きっと僕がムジカルの民でもそう答えただろう。

「そうすると先ほどの言葉では、少年はあの見張りから間諜として見られることを甘受することになるが」

「ええ。それでも」

それによる不利益があろうとも、僕はこれに協力できない。それは僕の問題だし、問題でもない。これはきっと志向の話だ。

僕が言い切ると、エネルジコはふと笑った。

「ふ、そうか。ならばもう聞くまい」

「エネルジコさんには迷惑をかけるかもしれませんが、それも申し訳ありません」

「木鳥制作の邪魔にならなければ構わんさ」

エッセンの人間と通じている者の作った兵器。兵器として採用されるための審査などがあるのかどうかは知らないが、もしそんな不名誉な話になれば採用はされづらくなるかもしれない。それは僕のせいだ。

先ほどようやくわかった。

木鳥に引っかかっていたわけ。素直に改良点が言えず、助力も申し出れなかったわけ。

これは、『兵器』になるのだ。それも空を飛ぶ。

もちろん、エネルジコがそう使うとは思わない。

大抵の道具は、勝手に意思を持って人を傷つけるわけではない。刃物一本持てば子供でも大人を殺せるし、もしそうしても刃物や刃物を作った人間に罪はない。

だが、どうしても僕は連想してしまう。

焼夷弾で焼けた人を。爆弾で壊れた街を。

昔見た。実際に遭遇はしていないけれど、新聞で。

昔聞いた。使用人の家族が、水を求めながら火傷で死んだ話を。

だから、僕は木鳥作りに協力できない。

「……色々と話を聞かせて頂いたのに、申し訳ありませんが」

そこは本当に心苦しい。僕は、何も返せていない。

「なに、人には色々と事情がある。生まれや育ち、所属というものもな。いつかムジカルがエッセンと手を組んだその時には、少年の話も聞かせてくれたまえ」

「その時は、ムジカルがエッセン領になっているかもしれませんが」

「ハハハ、言ってくれる。だが、言ってはなんだがムジカルの兵は強いぞ、何せ、実戦で錬磨しているのだから」

「そうですね。エッセンの官憲などを見る限り、結果はどうだか」

話していて思う。僕にもエネルジコにも、エッセンとムジカルが戦う話に違和感がない。

……恐らく、エウリューケの言っていたことは本当なのだろう。

エッセンとムジカルは戦う。近いうちに。

戦争は嫌いだ。

きっと、木鳥制作にも僕は反対なのだろう。

今思い返してみても、僕には飛行機の中の記憶がない。エピソードとして記憶が飛んでいるのではなく、多分乗ってもいないのだ。

飛行機は便利なものだ。高速で人や物資を世界中へ運搬できる夢の技術。

けれどその利便性を、僕は体感したことがない。乗ったことがあればもう少し好意的ということもあるかもしれないが、だからということもあるだろう、この忌避感は。

拳を握りしめる。

木鳥制作を辞めさせるのは簡単だ。今ここでエネルジコを殺し、この建物ごと設計図を燃やす。他に設計図があるかもしれないし、エネルジコ以外も空を飛ぶことを挑戦しているかもしれないが、少なくともエネルジコが開発している木鳥はそれで止まる。

だが、それはできない。

やはりこの木鳥にレヴィンが関わっていればもっと話は簡単だった。

そうすれば僕は多分躊躇なくそれをやっただろう。エネルジコを殺し、この家を盛大に焼いた。

だが、エネルジコはレヴィンと関係がない。

本当にこの世界で生まれ育ち、本当に自分だけの考えで僕の前世の最新技術ともいえるものを考え出した。

この世界を楽しむと言った。だから、この世界で生まれ育ちつつある技術を邪魔したくない。たとえ嫌いなものでも。

ウェイトの何億分の一の気持ちだろうが、少しだけわかった。

僕に、『生きててよかった』と言ったときの気持ちが。

ウェイトはよく言えたと思う。嫌いで、死んでしまえばいいと思っている僕に対して。

せっかく先人が示してくれた道だ。

僕は、木鳥はあまり好きではない。協力はしたくない。

だが、その木鳥作りは邪魔しない。レヴィンを殺した以上、それは僕が張るべき意地だろう。

少しだけの静寂。僕が思考を終えたのを待ち構えていたように、エネルジコがもう一度設計図を撫でた。

「さて、それで少年よ。私も話を戻そう。察しの通り、少年の悩みは大体わかった」

「……そういえば、そんな話でしたか」

脱線させたのは僕だけど。未だに外では誰かがこちらを窺っているし。

「やはり話に聞くだけでは駄目だな。魔法使いとは人知を越えた者たちで、このような悩みとは無縁だと思っていたが」

「この国でも魔法使いはそんなものなんですね」

「今ムジカルにいる者たちも良い噂も聞かないがな。ひとたび眠れば、悍ましき従者が国を滅ぼす姫。幸運に満ち、周囲に不運を撒き散らす男。毒虫と戯れる魔女。誇張も入っているであろうが」

……本当に、いい噂ではない。

「少年は、そんな噂がほしいか?」

「いいえ。悪い噂はもういりませんよ」

「ん? 既にあるのか?」

「『決闘で卑怯な真似をして相手の腕をもいだ魔法使い』です。事実無根ですが」

僕がそう言うと、エネルジコは高らかに笑った。

「ハハ、なるほど。では、少年は本当はなんと呼ばれたいのだ?」

「……考えたこともありませんでしたね。それを探している最中です」

そうか。夢や目標も、そういう見つけ方もあるのか。

今現在、異名はある。〈狐砕き〉という、僕の行動からついたあだ名。それで満足していても良いのだろうか。

……そのままでも何とも思わないのがきっと問題なのだろう。

「……では最後に、恩を返すとしようか」

「もう充分ですよ」

もう充分話を聞いた。これ以上彼に何をする必要があるというのだろうか。

それに、元々僕がマッチポンプで作ったような恩だ。本来は何もする必要はないだろう。

だが、エネルジコは口髭を弾いて鼻を鳴らした。

「悩みを解決できていないのに、何が恩返しか」

そう言うと、一枚の紙を取り出しエネルジコは葦ペンを取った。

「少年が悩みを解決する方法を教えよう。少年は、生まれ育った街はあるか?」

「あります」

開拓村か、イラインか、それは判別に困るが。

「ならば、そこに帰る。解決策は恐らく少年の友達にあるだろう。それがまず一つ」

二つ目は、とエネルジコが筆を進める。紙に書かれている文章は、エッセンとは少し違う文字らしい。……これも勉強しないと。

長い文章を手早く書き上げ、ぴらりと紙を振る。それから充分に乾燥させると、今度はきっちり折りたたんだ。

「二つ目は、ムジカルの王都へ行くのだ。どちらにするかは、少年に任せよう」

受け取った薄い紙、それが何故か、ズシリと重く感じた。