軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暑さを乗り越え

標に従い歩き続けてちょうど一日たった昼。

未だに砂地には慣れないが、それでも歩き始めた頃からするとかなりこなれてきた気がする。

踏ん張りを効かすというよりも、滑るような感覚。いや、もちろん踏み締めているのだから踏ん張ってはいるのだろうけれど、意識的に軽く『乗せる』といった感覚が近いと思う。

というよりも、強く踏むと足首まで埋まってしまう。

常に微風が吹いていて表面が更新され続けているからだろう、ほとんど地面の固さというものがない。重さで固まったリドニックの雪よりもむしろ柔らかい感じだ。

掬ってみれば、水分はやはり全くなく、水のようにさらさらと手からこぼれ落ちる。

掌の水分で残った分はきらきらしていて、ガラス系とカルシウム系が半分ほどだろうか、それでも粒の大きさが揃っていた。

一歩踏み出すたびに、僕の額に汗が伝う。

暑い。

喉が渇いて飲む雨瓢箪が、温くて更に不快になる。冷やそう。

サンギエの岩山から離れてしまえば、もう一面の 砂砂漠(すなさばく) だ。

砂漠といえばサンギエの時から既に砂漠ではあったものの、この植生の変化は極端すぎる。

時折風向きが変わり、しばらくすると冷たい風が少しだけ吹く。おそらくこれはリドニックからの風だろうと思う。遠く離れてもいるから気のせいだとも思うけれど。

だが、夜も含めてほとんど全ての時間に吹いているのは熱風だ。湿り気がないため、ジトッという嫌な感じはあまりないが、それでも僕には不快な暑さだ。砂漠は放射冷却が激しいと聞いたことがあるが、どこからか加温でもされているのだろうか。

昼には直射日光もキツい。この世界で生まれてほとんどしていない日焼けを、この二日でしてしまいそうだ。

……一応この国の気候を体験しておこうと意識的に魔力による補助を打ち消しているが、それでももう充分だろう。

街に着いたらやめよう。空も飛ぼう。いつも通り、快適な気温で動こう。

滴り落ちる汗を握りしめ、僕はそう誓った。

目を日光で焼きながら標を辿る。闘気で強化しても、魔力で目の焼き付きを治さなければよく見えない。それでもその芥子粒のようなものを追い、僕は歩く。

そしてある地点ではたと立ち止まり、振り返り、それまで何となく覚えていた違和感の正体を僕はようやく察する。

そういえば道がない。辿ってきたのは標だが、その下は誰かが歩いているはずなのに。

それもそうか。足跡が出来た端から風で消えていくのだ。今まで何人かの商人らしき人間とすれ違ったが、彼らの痕跡もほとんどない。たき火の跡なども放置されているが、分解などはされないまでももう既にほとんど砂に埋もれていた。

リドニックは真っ白だったが、この国では青と橙ばっかりだ。

不快感も相まって、サンギエよりも早く、僕は先を急ぐ時期に入った。

やがて地平線の上に、明らかに今辿っている標に加えて、それから外れた標が浮かんでいることに気がついた。

……これは。

それなりに鍛えられてはいるはずだが、歩き方のせいだろう、筋肉がいくらか疲れている。だがやはり、安堵や希望というものは体に力を注入する。

外れた標に気がついた僕の足が、疲れを無視して速度を上げた。

あれは標の線から外れているのではない。他の標が並ぶ列が、その先にあるのだ。そして、その標の線が集まるところは、必ずあるべきものがある。

いや、先に標があったのか街があったのか、それは僕にはわからないけれど。

「……着いたぁー……!」

やがて、ムジカルで初めての街を陽炎の向こうに見つけた僕は、大きく息を吐きながら天を仰いだ。

「これは……ちゃんと生えてる……?」

僕は、街に入ってすぐに列を成して植えられていた木の幹を撫でる。押してもびくともしない。

中央部が僕の胴以上に太く膨らんだ幹が、洗濯板のように波打っている。枝はなく、見上げた先の上部先端に五枚から六枚、大きな葉っぱだけが広がっていた。

しかし、下は砂だ。今まで歩いてきた砂丘と変わらない乾燥した砂地。平坦ではあるが、どう考えても根張りするようなところではない。

魔力圏を伸ばし探ってみれば、一本の根が深い場所まで伸びている。数百メートルは伸ばせるはずの僕の魔力圏でも追いつかないほど、遠く深い地の底まで。

……おそらく、その下に水脈があるのだろう。

僕は屋根付きの露店や行き交う人々の向こう側に視線を向ける。

水の匂い、というのはないはずだ。だがきっと僕の本能ともいうべきなにかが反応している。それほどまでに乾いていたのだろうか。

匂いに釣られて歩いていけば、その先に石のブロックで作られたため池のような水場があった。

枕ほどの大きさの花崗岩のような石が、セメントで繋がれて小さなプールのようになっていた。その中央部から水が湧き出している。湧き出している部分は下へと繋がるパイプのようになっているが、そこに生えていたものを使っているのか、新たに作って差し込んだのかはわからないが、材質は先ほどの木のようだ。

わき出ている水は無色透明の普通の水で、毒もなく汚染されているふうでもない。

なんだろう。水筒も水代わりになるものも持ってはいるが、それでも砂漠を少しの間歩いただけなのに少し嬉しい。

水のありがたみがわかった気がする。なんとなく、今この水の中に飛び込みたい気分だ。さすがにやらないけれど。

そのため池の周囲だけは、湿気でだろうか、砂は少しだけ変色し塊になっていた。

そして、やはりこの水は生活用水として使われているらしい。

一段下がったところ……というか地面に、また三つほど溜める場所がある。それぞれ一人分の湯船ほどの大きさで、湧き出てきた水がそこにちょろちょろと流れ落ち溜まっていた。

見ていると、そこで人が流れ落ちた水を桶に汲んでいく。

綺麗な水だ。飲用水としても、料理用としても洗濯用としても申し分ないだろう。

少しだけ僕も水筒に汲み、そして飲む。

ごくりと喉を滑り落ちていく水。水筒に元々入っていた温い水と混じり、冷やさずともそこそこ冷たい水になる。食道から胃袋が冷やされていく感覚。

「……美味しい……」

思わず呟いた言葉。味も何もない水がこれほど美味しいとは思わなかった。

一拍遅れて汗が噴き出す。やはり、僕の体は乾いていたらしい。

喉の渇きを潤して、ようやく街の様子を見る気になれた気がする。

改めて建物を見回してみれば、なかなかここも変わった街だ。いや、エッセンと比べてというだけだけれども。

平屋の建物ばかりだ。その建材も変わっていて、歩み寄ってよく見てみれば、それも初めて見る様式だった。

中に木材で骨組みがある。だがその木材を覆っているのは、ただの乾燥した泥。それも糊のような物質を混ぜているわけでもなく、モルタルやコンクリートのような化学反応を利用して強度を上げたようなものでもない。本当にただの泥だ。爪で削れるし、水をかければ崩れてしまうような。

一応圧力をかけるか何かをして表面を滑らかに加工し強度を上げてあるようで、多少叩いてもびくともしないと思う。しかしおそらく子供でも、走ってぶつかれば簡単に穴が開く。その程度の強度だ。

なるほど。この建材では建物は縦には積めまい。

開いている扉から適当な建物の中を見れば、床も全て砂らしい。悪くいえば、泥の壁で野外を区切っているだけ、とそんな感じだ。

一応屋根は木で作られているが、それも日よけ以上の機能はないだろう。規則的なので意図的だとは思うが、隙間だらけで風通しがよさそうな屋根だった。

所々石を積まれて作られている場所もあるので、それは何か重要な建物なのだろうが……なんというか、建物だけ見れば殺風景な街だ。

単色に近い街。

だが、建物以外はそうではない。

歩いている人を見れば、そう思う。

人はそれなりに多い。この街で生活している人も、きっと交易などで一時立ち寄っている人もいるのだろう。だがその人々は、皆華やかだ。

日よけにしている体を覆う布は豪華で柄があり、僕のような単色の人間はほとんどいない

アラベスクといえば近いだろうか。葉っぱや動物の影が並んだ模様。赤や黄色、暖色系が多い気がする。

そういえば、リコに昔聞いた話の中にあった気がする。動物柄が多いとかなんとか……。

……ちょっとあの時いっていた情報が多くて思い出せないけれど、多分あった……と思う。多分。

男女問わず、半数ほどの者が纏っている口元まで覆う覆面も、顔を隠す用途というよりは暑さ除けのための実用的なものだろう。その隙間から、大抵は褐色の肌が覗いていた。

そして、建物の窓のような開口部から垂らすように出されたり、屋台の日よけとして使われているのもそんな布だ。

わざわざ柄入りで織っているのを使っているのは贅沢だと思うが、ほとんど全てそうなっているということはこの国ではそれが普通らしい。

人が華やかな街。

それが、僕のムジカルの印象だった。

「さて……」

そしてまた僕は立ち止まる。

外見的な特徴はわかった。乾燥地帯らしい風景のなか、地下から湧き出ている水脈を拠り所に人々は生活している。あのような水場は他にもいくつかあるらしい。視界の中に、とりあえず同じような水場をまた一つ見つけた。

そして、街の雰囲気を掴むには、あと二つ。

僕の所属に関してのものと、多くの人間が生活しているとほとんど必ず出来るもの。その二つで確認してみよう。

どちらからにしようか。僕はまた一応周囲を見渡してみる。

探すのは、ひらめく旗か、惹かれる香りか。

選ぶこともなかった。

僕は、適当な香りに向けて一歩踏み出す。目指すは人が集まる場所。食堂。

お昼時だ。時間もちょうどいいだろう。

この国の料理がどのようなものか、まず確認しなければ。

僕のお腹が、唸るように音を上げた。