軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

東へ

バタバタと駆け出す衛兵たち。それを僕が静かに見つめているうちに、事態は収拾に向かう。

これで強盗殺人を繰り返してきた二人のうち一人は死刑台に送られ、それを無意識に擁護していた衛兵はいずれ死ぬ。

犯人の一人は現在逃走中だが、今度は容赦されまい。

とりあえず終わった。この街で僕のすることは。

道中に巻き込まれた面倒ごとも、それに伴う失敗も、とりあえずは。

衛兵の詰め所から出てきた僕たちは、門から少し離れたところで隠行を解く。

最大限に体を横に折り曲げ、見上げるようにしてエウリューケは僕の顔を覗き込んだ。

「不満そうだねー」

「いいえ。別に」

不満というわけではない。だが、やはりすっきりとはしない。

もっとも、こんな事態になったときには、もうすっきりとした終わり方など無理だと思ってはいたけれど。

恐らく今回の正解は、襲われた時点で有無を言わさず殺すことだった。

そしてその場からすぐに立ち去れば、僕は無用な疑いをかけられることもなく、そして一応はマルセルという衛兵も『良い衛兵』のままでいられた。

だが、その判断が出来なかった。エウリューケの言うとおり、それが次の課題なのだろう。

それを、どうやって見分ければいいのかなんて、僕には見当もつかないけれど。

人を見ても、それ以上は見えない。

仕草や言動から内心は見ても、それは外見に現れている分だけだ。感情や思考は推測できる。でも、そこから先なんて到底何も見えない。

エウリューケやレイトンやグスタフさんは、一体何が見えているんだろうか。その時その場で正解のルートを判別している彼らは、一体何が見えているのだろうか。

僕には足りないもの。全て、何かが起きてからでないと判断できない僕と比べて、何が違うのだろうか。

卑下する気はないけれど、きっと僕は凡人なのだ。

身体的な性能に恵まれているだけの、凡人。きっと、実際はこの世界では何ひとつ出来ない凡人。

「まあまあまあまあ、これでこの街に留まる理由もなくなったわけだけど! わけだけど!!」

エウリューケが大声を出しながら顔を近づけてくる。迫り来る髪を振り乱した女性。少しだけ怖い。

「カラス君はどうするの? ミールマンくらいまでなら送りまっせ? 魔力の問題もあるし-、やることもあるしそっから解散すっけど!!」

「なにか追加の仕事でも?」

ミールマンでやることがある。それならば、引き留めたのは悪かった。そう思い聞いたが、エウリューケは首を横に振った。

「あたし、あの女の外套に火をつけなくちゃいけないからね!! あの尋問官も、放って帰ったらじっちゃんに叱られそうだし!!」

「それですか」

ロイクの娘。見つけやすくするにはいい手段だとも思うが、今となっては必要があるのだろうか。

尋問官に関しては、勘弁しておいてあげてもいいとは思う。囚人にキツい態度をとるのは問題ないし、ただその動機と言葉がおかしかっただけで。

まあ、なにがしかの目にあうのを、止める気はない。

話が逸れた。逸らしたのは僕だけれど。

「僕はどうしましょうかね」

それよりも、先ほどのエウリューケの質問に答えなければ。僕は悩みながら口にしたが、それからふと笑う。その答えは決まっていた。そういえば、昨日からの騒動で忘れかけていたが、この街を訪れる前に目標はあったはずだ。

「いえ、僕はこのままムジカルまで行きます。適当に歩きながら」

この靴に、新しい地面を踏ませてあげなければ。せっかくの良い靴を作ってくれたリコに申し訳ない。それに、今決めた目的もある。

「ほえー、了解。じゃあじゃあ、ここでお別れっすね!」

「そうですね。またイラインで今度お会いしましょう」

たぶん彼女の拠点は変わらないだろう。ならばきっと、次に会うのは副都イラインだ。

「何しにいくの? まさか、女漁りっすか!? いつの間にあんたそんな子に!! お相手は誰だ! まったく、あたしのマジタレをたらし込みやがってーっ!!」

「事実無根ですね」

エウリューケは頬を膨らませ地団駄を踏む。何ひとつ事実が入っていない文章に僕は苦笑した。

一拍おいて、僕は口を開く。少しだけ真面目な話だ。そして、僕だけにしか分からないだろう理由だ。咀嚼もしていないので上手く言えない。それでも彼女には、打ち明けておきたかった。

「また、余所者になりに」

「よくわかんねえことを言いますな」

「でしょうね」

僕は笑う。この理由は僕もきちんとわかっているとは言い難い。でも今まで僕がいくつかの国をまわったのは、きっとそういう理由もあったからだと今は思っている。

「見てみたいんです。ムジカルの人たちが。ムジカルの人たちが僕を見てどういう目をするか」

景色も見たい。食べ物も食べたい。だが、もう一つそんな理由があるのだろう。

「僕はどこでも余所者なんです。そして、大抵は追い出される」

「ほえ」

「昔いた開拓村では怖いお兄さんに弓で追い払われました。貧民街を除くイラインでは、親もいない子供だということで軽く見られて袋叩きにあいかけた」

「壮絶ですなー」

「程度の問題からすれば、僕より辛い人は数限りなくいますけどね」

普通は、森の中でもなければ食うに困る。森の中で食うに困らないとしても、未熟な体では環境に苦しむだろう。

僕に関してはその辺は問題なかった。だから成長もしていないのだけれど。

「エッセンではそんな感じです。では、他の国では? と思いまして」

ミーティアでは森人は例外なく嫌われていた。ピスキスではあまり人と関わらなかったけれど、たぶん僕は『陸上生物』のくくりだ。

そしてリドニックでは、余所者の僕も人間扱いすると言った。

「気になるじゃないですか。ムジカルが、余所者の僕をどんな風に扱うのか。市井の人と変わらず扱うのが理想ですけどね」

「……ムジカルが、キミにとって理想の国だったら?」

「どうでしょうかね。移住も考えてしまうかも」

たぶん、今僕の理想の国に一番近いのはリドニックだ。今このときではないし、そもそも食べ物が合わないが、いずれは。

「まあ、そこまで大げさなことじゃないですし、長くもなりません。見聞を広めてくるだけです。長くても一年か二年くらい。短ければ数日で終わります」

そこにいる理由がなければすぐに立ち去る。仮に生活をするとしても、探索ギルドはムジカルにも通じている。生活基盤はすぐに作れるだろう。

「『長くもならない。一、二年』、ねぇ……」

僕の言葉を、意味ありげにエウリューケは反復する。それから大きく息を吸って、鼻から吐ききった。

「わかったでござるよ。じゃあ、さっさと行くがよい。またお会いしましょうぞ」

追い払うように、エウリューケは手首から先を払う。

「あっさりですね」

「おうおう。寂しいって言ってほしいんか? この偉大なる妹系魔術師エウリューケ様に、上目遣いで言ってほしいってか?」

「いいえ? 微塵も」

「言ってほしいって言えよー! ボケー!!」

ガンガンと僕の肩を拳で叩きながらエウリューケは吠える。その動作は、本当に幼く見える。

「ま、色々と見てくると良いじゃろ。そしてキミは、帰ってきたときに、今の言葉の重さを実感するんや」

「どうなるかはわかりませんけどね」

「……そうそう、今のキミはそれでよかんべ」

肩を叩きながら。鼻で笑われる。それからエウリューケは少しだけ眉を下げて声量を落とした。

わずかながら真面目な顔。この女性にしては珍しい……。

「戦争が起きるよ」

「え?」

突然の言葉に、僕は聞き返す。脈絡もない端的な文章。それに、心臓が少し跳ねた。

「もちろんすぐにじゃない。でも、 あ(・) た(・) し(・) や(・) キ(・) ミ(・) が(・) 生きている間には確実に起こる。エッセンとムジカル、こんな大きな国が隣同士にあるんだし、当たり前よね」

「仕方のないこと、ですか」

「エッセンとムジカルの戦、そのときキミはどっちにつくのかな?」

「……どっちでしょうね。僕が心地よい場所だと思ったほうです」

もちろんエッセン、と言いたいがそうではない。僕はまだ選べる。生まれ育ったのはこの国だ。しかし裏切り者と誹りを受けようが、僕は僕の理想の国に近い国のために戦う。

そもそも、僕が戦うと決まったものじゃない。

「まあ、それも選んでくるがよい。ちっと見ればすぐにわかるじゃろ」

真面目な話題は明るい声で途切れる。それだけで茶化すように終わらせてはほしくなかったけれど。

そして僕の胸に手を当てて、エウリューケはわざとらしく笑顔を強めた。

「じゃあ、わずかながら送っちゃる! とりあえず、この街が見えなくなるところまで! いてらー!」

「え、ちょっと……」

突然の行動が読めず、僕は困惑と抗議の声を上げようとする。

だが、一歩遅かった。

「待っ……!!」

言葉の途中で景色が変わる。眼下に広がるのはネルグの木々。視界の上半分は、雲一つない透き通った青空。

そして耳元が怖気立つような一瞬の浮遊感とともに、僕は落下を始めた。

とりあえず空中で受け身をとるように体勢を整えれば、足元に迫るのは街道らしき地面。

殺す気か。そうは思ったが、浮遊できる僕には関係がない。激突することはなくふわりと着地する。

宙に放り出された抗議をしようとしても、その相手は遙か彼方に消え去っていた。