軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

涙なしでは

長話の予感に、僕は唾を飲み込む。

長話は正直少し嫌だが、話を遮るのも悪手だろう。こういう人は、自分の中で話す順序が決まっているのだ。きっと話を遮るとその先も黙り込んでしまう。

だが、そんな覚悟もむなしくアリエル様は頷き、同じ言葉を繰り返した。

「そう、あのとき勇者が死んだのよ。あのとき、ね、……」

調子よく話し始めたアリエル様の笑顔が凍り付いたように固まる。

「せ、千年前ね、あいつが、あいつが……」

「カラス、耳塞いで」

「目も閉じたほうが優しいよ」

エインセルたちが、耳打ちをするように僕にそう言う。だが、何故? そう思ったが、それが何故かはすぐにわかった。

アリエル様の顔が歪む。それから、大粒の涙がぽろぽろと頬にこぼれ落ちた。

「ああ! もう、何で死んだのよ!! あれだけ、あんたは老けなくてもいいって言ったのに!!」

そして泣きながらそう叫ぶ。鼻水も少しだけ漏らしながら。

それから顔を伏せて、手で隠した啜り泣きの声だけが漏れる。

どうしていいかわからず、僕はエインセルたちを見る。エインセルたちは、溜め息を吐きながらアリエル様を見ていた。

「アリエル様、勇者の話をするといつもこうなの」

「勇者の話は、アリエル様にとって悲しいことなの。よく、涙で池が出来るよ」

「……そうなんですか」

大事な仲間の死。僕は未経験のことではあるが、きっと悲しいことなのだろう。

アリエル様のつむじを見つめて、僕は思い出す。テトラが泣いていたとき、何も出来なかったことを。多分、全く同じことなのだと思う。当事者になったことがない僕は、未だに理解が出来ていないのだ。

しかしこれでは話が進まない。

気持ちはわからないでもないが、ここで止まってしまうのも困る。いや、困りはしないけれど続きが大分気になる。

「何が悲しいのか全然わかんないけど」

「相変わらず、不思議だよねー」

「……あんたねぇ!!?」

やれやれ、とエインセルたちが見つめ合い首を傾げると、アリエル様は顔を上げて吠えるように怒る。それに反応し、「わー」と叫びながら楽しそうにエインセルたちは部屋の端に散っていった。

アリエル様は、憤懣やるかたない様子で涙を拭う。鼻水も拭いたほうがいいと思う。

「……あー、もう。涙も吹っ飛んじゃうわ」

「元気が出たってことでいいんじゃないでしょうか」

さあ、続きを、と僕は茶々を入れる。半笑いなのは別にからかっているわけではない。

だがそんな様子も気に入らないようで、アリエル様はじとっとした目で僕を見る。責めているわけでもないが、一応の抗議らしい。

「あんたも、エインセルとおんなじね。私より妖精らしいんじゃないかしら」

「さすがに、知らない方のために涙は流せませんので」

むしろ、ここで僕も釣られてないたら失礼だろう。僕は勇者と今のところ、面識があったわけでもないのだから。……先ほどのアリエル様の干渉を知らなかったことからすれば、会っていても不思議ではないけど。

「ううん、あんたは知ってる人の涙でも泣かないわね。本当に、エインセルとおんなじよ」

「エインセルさんたちは、勇者を知っているんですか?」

「知らないわね。発生したのが、私が日本に発った少し後らしいから」

「日本に発った……と、そう、その話は……」

そう、それが知りたいのだが。だけれども、やはり勇者の話は禁句なのか。アリエル様は目に涙を溜める。

しかし、一度唾を飲み込み、涙を拭って口を開いた。鼻は出たままだが。

「……あい、あいつが死んだときね、最期に言ったのよ。『もう一度、帝国に戻りたい』って」

「帝国……日本ですか」

やはり、服装からもわかっていたことだが、勇者の出身時代は恐らく……。

「そう。あんたが生まれるちょっと前かしら。あいつがこの世界に複製されたちょうどその日を狙ったんだけど、さすがに少しずれちゃったわね」

「明治か大正時代……。学生服もその名残なんですね」

「大正ね。まだまだ空気は綺麗で過ごしやすかったわ」

慣れてきたのか、上を向いて涙を止めて、それからアリエル様は思い出すように目を細める。僕も大正は知らないが、きっとその時代なりの空気というものがあるのだろう。

「……複製?」

「ああ、あんたはそこから知らなかったわね。この話の肝なのに」

むふー、と息を吐きながら、アリエル様は得意げに笑う。

「勇者の召喚魔法陣は知ってる?」

「はい。エッセンの王城に設置されている、現代では作れない神器というあれですね。勇者もそこから呼び出されたとか」

「それだけど、ちょっと違うのよ。あれは召喚陣じゃないの。いいえ、召喚じゃないといえばわかりやすかしらね」

「どういうことですか?」

実物を見ていないのに、それは本当は違うものだと言われても反応に若干困るが。

だが、先ほどの言葉通りならば、つまりそれは。

「複製陣って言ったほうが正しいのよ。あれは、体を錬成して魂を宿らせて、心を違う世界の生物を参照して混ぜ合わせる装置なの」

「……よくわかりませんが、勇者の魂と体を作った上で、心をそこに書き込んだ、と?」

やはり、実物と実演を見なければよくわからないが、そういうことだろう。

その言い方では魂と心が違うものだということではあるが、その辺も初耳だ。というよりも、考えたこともなかった。

「そんな感じよ。生け贄となる肉の形を整えて、魂を燃え盛る火から持ってきて、異世界の生物の心を書き込むの。……書き込むって良い表現ね。それいただき!」

アリエル様は指をパチンと鳴らす。大げさな仕草だった。

「その複製、ってところが問題だったのよ。あいつは『帝国に戻りたい』って言ったけど、あいつの肉体も魂もこの世界のもので作られているの。それが問題だった」

「元になった人物が、日本にいるから?」

「ノー、そうじゃないわ。その辺は実はどうでもいいの」

首を振り、アリエル様はまた指を鳴らす。その瞬間、机の上に天秤が出現した。

その片方の皿には分銅が置かれ、もう一つの皿には木片が入ったガラス瓶が置いてあり、そしてその二つは釣り合っていた。何の実験かはわかった気がする。

「質量保存の法則って覚えてる?」

「ええ。閉じた環境の場合、反応の前後で質量の総和は変化しない」

「イエース。で、それが世界にもあるのよ」

言葉とともに、木片が燃え上がる。密閉されていれば酸素も足りずにすぐ消えると思うが、それでも魔法だからだろう、瓶の中の木片は綺麗に灰の山になった。

「世界の行き来は出来る。でも、その結果起きる質量の不均衡に、世界は耐えられないの」

今度は分銅が皿から消えたと思ったら、瓶の中に出現した。手品のようだが、これも魔法だろう。僕も出来るし。

そして天秤は大きく揺れ、そして傾き、瓶を転げ落とす。割れもせずに転がったガラス瓶は、床に落ちることなく天秤ごと透けて消えていった。

それを悲しげに見つめて、アリエル様はまた目に涙を溜めた。

「私は、あいつの願いを叶えてやったの。運んだのは遺骨だけど」

「それで日本に……」

アリエル様は頷く。なるほど。どうやったかはわからないが、彼女は勇者の遺骨を日本に持っていった。

そして、話の続きが読めた。

なるほど、だから僕やそのもう一人はここにきたのか。

「そして、その遺骨の質量のぶんを、僕らで補ったんですか」

「イグザクトリー! 初めは適当に石ころとかで補おうとしたんだけど、それだとどうしても釣り合いが取れなかった。質量って言い換えてるけど、これ別にヒッグス粒子とか重力子が関わる質量の話でもないもの。存在の重さって言い換えてもいいかしらね」

勇者の肉体の分を、僕らの何かで補った。だから、僕らはここに来た。

「どうして、僕らだったんです? いいえ、どうして、 僕(・) だったんです?」

だが、それならばどうして。

「……知らなかった? あたし、あんたのことずっと見てたのよ」

「初耳ですね」

ずっと見ていた。つまり、ずっと側にいた。しかし妖精などという不可思議な存在だ。近くにいればどうしても目立つだろうに。

……そういえば、ドゥミが言っていたか。妖精は、姿を隠すことが出来たと。

「その前には色々と世界を巡ってみてたんだけどね。そんな法則があるなんて知らなかったから。でも、……グレートブリテンって言ったかしら、あの島国とかでは女の子二人と友達になったり、色々と楽しかったわ」

前屈みになり、組んだ両手の指を動かし、アリエル様は微笑む。本当に、懐かしそうに。

「でも、やっぱり私はあいつの生まれ故郷が好きだった。あいつ、学校での思い出とか、季節の花の思い出とか、いつも楽しそうに話していたんだもの」

「それで日本にいたんですね」

「イエス。そして、たまたま大きな屋敷の中から外を見ていた、あんたを見つけた」

言葉を切り、アリエル様は僕をじっと見つめる。真面目な顔に圧力を感じた。

「まるで、この世で一番不幸なのは自分とでも言いたげな顔でね」

「そんなにですか」

僕は苦笑して続きを促す。未だにしっかりとは思い出せないけれど、そんなに酷い顔していたのか。

「あんたは、生まれる前の母親のせいで足が動かなかった。そこは同情してあげる。でも、それ以外は酷いもんだったわ。奥さんのことなんかてんで気遣わないで、自分のことだけ考えたんだから」

「……そうですか」

人の口から自分のことを知らされても、やはり実感はない。けれど、確かにそんな感じだったんだとも思う。

「頼子さんだっけ? 奥さんに親切にはしてたわよ。一度だって怒鳴ったり、手を上げたこともなかったと思うわ。でも、それは自分が楽になりたいから。自分の嫌な思いをどっかに捨て去りたいから、彼女に縋って生きていた。二人ともに幸せになる道はあったのに」

「耳が痛いですね」

自分本位の僕の親切は、その時から変わっていなかったらしい。

「……これだけ言ってもあんたにはまだ他人事らしいから、そんな詳しくは教えない。でも、だからあたしは思った。『ああ、こいつにしよう。こいつの魂で穴埋めしよう。そしてそのままこっちの世界でも一人で苦しんで死んじゃえ』ってね」

冷たい声に、真摯な瞳。どちらかといえば悪意すら感じるその言葉に、僕は怒る気になれなかった。

先ほどの言葉通りならば、彼女は僕の人生を隣で見続けてきた。そしてそう思ったのならば、きっとそうなのだろう。

僕が無反応でいると、アリエル様は溜め息を吐いて視線を切る。

「でもミスったわ。まさか、魂をこっちに送ったときに記憶が消えちゃうなんてね。それだけ、あんたの心がマイナス方向で強かったってことかしら」

「…………。あの世界から消え去りたいと、ずっと思ってましたから」

それは強烈に覚えている。というよりも、思い出した。壁に飲まれた後の夢でも、オルガさんとの食事会の後に見た夢でも、詳細は忘れても今でもしっかりと覚えている部分だ。

「ほんと、あんたの意思を見誤ってたわ。ま、それであんたは魂だけでこちらに送られて、そっからはあたしはノータッチだけど……適当な腹の中で死んだ赤ん坊の肉体を手に入れて、この世界に生まれてきた。ドゥーユーアンダスタン?」

「理解しました」

僕は頷き、頭の中で今言われた情報を整理する。

アリエル様は勇者の遺骨を日本に持ってきた。そしてその勇者の遺骨分、世界のバランスが崩れるのを防ぐために僕をこの世界に送った。

……聞いてみれば、本当に単純なことだった。

まだ二つ残っているけれど。

「その、もう一人の方は何故こちらに? それと、何故千年……僕の人生を入れても九百年以上ですか、ずれがあるんでしょう?」

「あー、そいつね。あたしはあんたをこっちに送り込んでからしばらくまだ日本にいたんだけど、ま、世界の歪みも限界が来てね。あんたの魂じゃ勇者分にしかならなかったから」

そういえば、保存則はアリエル様にも適用されているのか。

「あたしの場合はそのまま帰ればいいんだけど、あっちの世界で飲み食いした関係か、ちょっと釣り合いが取れなくなっちゃったんじゃないかしら。その辺はあたしもよくわかんないけど」

「そちらは本当に事故だったんですか」

「ええ。あんたの時には、死んだあんたに向けて色々と話したんだけどね」

じとっとまた僕の顔を見る。そうか、そこでアリエル様と僕は会っていたのか。本当に覚えていなくて申し訳ないけれど。

「まったく、こんな美人のレディを忘れるなんて、本当にあんたはなってないわね」

「申し訳ありません」

僕は苦笑し、溜め息を吐いた。本当に、僕は何も覚えていないのだ。

「時間に関しては、私も正確な調整は難しいから。時間は気難しくて、妖精以上に気まぐれなのよ。それ以上に、ここじゃあ時間なんかどうでもいいってのもあるけどね」

「部屋をまたがなければ、時間が過ぎないというあれでしょうか」

「それもあるし、それだけじゃないわ。時間なんて相対的なもので、いつもあやふやなのよ。ストーブに手を押しつけた一分のほうが、好きな子と話す一時間よりも長く感じるとは思わない?」

「アインシュタインでしたっけ」

言い当てられたのが嬉しいのか、ふふ、とアリエル様は笑う。話題の共有は、どんな相手でもやはり嬉しいらしい。

「時間は気まぐれで、でも正確に時を刻む。その人、その場所、そのシチュエーションに合わせて変わるのよ。だからきっと、貴方が十二年前? くらいに生まれたのも、もう一人が十七年くらい前に送られたのも、きっと意味があるんだと思うわ。知らないけど」

「……最後のがなければ、きっと良いこと言っていたんでしょうけど」

僕が小声で反応すると、アリエル様は咎めるように僕を見る。

「なんか言った?」

「いいえ」

だがそれも冗談だったようで、アリエル様も少し笑った。