軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

明快な回答

上を見れば、ほのかに青く光るキノコが壁から生えている。

そして、僕が通路に足を踏み入れた瞬間、今通った出入り口がなくなった。まるで、もとから壁だったかのように。振り返って触ってみても、普通の壁だ。先ほどから続く床と同じような、ゴム質の壁。若干湿り気があるかな。

パタパタと羽音が聞こえる。

そちらを見れば、待っていてくれたらしい。二人のエインセルが、僕を見つめて浮かんでいた。

先ほどまではあまり気にしてはいなかったが、ぼんやりと見つめているその瞳は、警戒とも戸惑いとも見える。色素の薄い青白い瞳。それは、この部屋の光の加減ではないだろう。

しかし、彼らは何者なのだろうか。

天使や悪魔や、それに類する者。死後の世界に本当にいるとは思わなかったが、僕が知っているような存在だといいけれど。

「はやく」

「はやく」

二人がほぼ同時に言葉を発する。先ほどまでと一緒だ。

だが、ようやくといっていいだろうか。僕は気付く。いや、気付いてはいた。しかし、何故今の今まで不思議に思わなかったのだろう。

羽音がする。鳥などの翼ではなく、昆虫類の羽のような音。それをゆっくり動かしたり、忙しなく動かしたり……。

どこからだろう。そうは思うが、先ほどからその出所は知れている。

振り返った二人の背中をじっと見つめる。目を凝らし、微かな影を探るように。

そこには思った通り。動き続けているからわかりづらいが、羽があった。それも、多分葉脈のような筋以外は透明の。

……昆虫? 一瞬そう思った。

人型の昆虫。そんなものを実際は知らないが、この世界ならばいてもおかしくはない。人語を解し、羽以外は見た目人間と変わらない。ミーティアやピスキスにおける人間と同じような、……昆虫人種といえばいいだろうか、そういう者たち。

「エインセル……さんたち」

「なに? カラス」

「なに? 案内してるんだけど」

振り返ってまた移動を始めた二人を呼び止める。また鏡合わせの動作で、二人は振り返った。しかし、名前が同じだと何と呼んでいいかわからない。今のところないが、特定の方だけを呼ぶときは特に。

「羽、見せてもらえませんか?」

「何で?」

「どうして?」

首を傾げる方向も左右別のようで、それでも反対方向に同じだけ傾け、二人は疑問の声を上げる。

髪のやや長めの方が今回はワンテンポ遅いか。

「だって僕にはないので」

「外から来る四本足とかは大体そうだよ」

「外から来る足がないやつもだよ」

それは、鳥や獣のことだろうか。そういえば、『いつもの四本足』とも言っていた。ならば、他の足を持つものも来るのだろう。というよりも、それが主なのだろう。仏教に畜生界というものがあったと思うが、ここはもしかしてそれだろうか。

「その、外からきた四本足というのはどちらにいらっしゃるのでしょう」

「さっきの場所に置いてきた」

「さっきの場所の隣の部屋だよ」

今度は声を揃えて微妙に違うことを言う。二人の間では、これも同じことなのだろうか。

はぐらかされてしまったような気もするが、羽はゆっくりと見せてはもらえないらしい。まあ、彼らにとっては普通のもので、それを殊更に見せろと言われれば不愉快にもなるか。

「疲れたー」

「わー」

突然エインセルたちが、絡み合うように床の柔らかそうな部分に倒れ込む。

……不愉快という感情を覚えているようには見えないけれど。

青白く光る部屋の中には、これまた青い霧のようなものが立ちこめている。

匂いもなく、ただの着色された空気のようで吸っても特に問題はないようだが、鼻の奥にへばりつくような感触が若干嫌な感じだった。

そして地形的には平坦なのだけれど、海辺の岩場のような障害物がごろごろしている。ただどれもゴム質の変な物体で、肌を切るようなものでもなかった。

「……ここは何のための部屋なんでしょう」

「アリエル様が、キノコたちのためにって」

「西の地の果てで採ってきたキノコたちが元気なようにって」

キノコ?

先ほどから、たしかにそこかしこに生えているけれど。

岩上の棚を見れば、確かにキノコが生えている。目が慣れてきた今ならばしっかりと見えるが、大抵のものが白っぽく、青い光を弾かずにそこにあった。

しかし、キノコたちが元気?

いや、たしかに植物である以上適した環境はあるだろう。高温多湿など、まさにその通りだ。しかし、それをわざわざ作ると言うことは、ならば、このキノコたちは栽培されていて、何かに利用されているというのか。

観賞用か、それとも食用か。薬用とも考えられるけれど。

僕は、一つのキノコをボーッと見つめながらそんなことを考える。

すると、どうだろう。

白いが椎茸のようなキノコが急に赤みを帯び始め、そしてみるみる変色したと思えば真っ赤になっていった。まるでナメコかそんな色に。

「カラス、可哀想だからやめてあげて」

「カラス、レディの扱いがわかってない」

髪の丸まったエインセルが含み笑いをしながら言うが、それとは別に髪の伸びたエインセルが頬を膨らませながら僕を咎める。

「え、いや、……レディ?」

聞き慣れない言葉が聞こえた。というか、それはまさしく。

そういえば、先ほど挙がった名前は。

たった一言で刺激されたのだろう。僕の脳内に疑問符が満ちる。この部屋にきて、いきなりおかしなことばかりだ。というか、情報が多すぎる。

「そう。そんなじろじろ見たら、恥ずかしいに決まってる」

重ねてエインセルが怒る。僕の前で初めて発せられた一人だけの言葉だ。

キノコが恥ずかしがる? どういうことだろう。それより、変色したそのキノコが熱を帯びている気がするのも不可思議だ。

僕は瞬きを繰り返し、とりあえず頭の中を整理する。

「……女の子、なんですか?」

色々と聞きたいことはあるし、気になったことも大量にある。

だが、僕の口から出た言葉は、それだった。

先を急ぐらしく、歩き出した彼らについていきながら僕はどう話をしたらいいか悩む。

一つ一つ整理していこうと思う。わからないことと気になることが多い。

気になることと言えば大きく二つだが、わからないことはまだまだ色々とあるようだ。

どれからだろう。どれから解決するべきだろう。まずは、僕の行く先についてだろうか。

「あの」

「なに?」

僕が問いかけると、髪の丸まったエインセルが浮いたまま一度横にくるりと回ってまた僕の方を向いた。その間も動き続けているということは、後ろ向きにも飛べるのか。

「どこに案内してもらえるんでしょう」

「アリエル様のところだよ」

「アリエル様というのは、どういう方でしょうか」

そう、ちょうどいいところで出てくれた。僕の目的地に『アリエル様』がいる。それはわかった。けれど、その響きが僕には少し驚きのものだった。

名前としては普通のものだ。もしかしたら、人違いかも知れない。いや、僕が考えているのからすると、 人(・) 違いというよりも 妖(・) 精(・) 違いといったほうがいいだろうか。

僕が尋ねると、エインセルの動きが一瞬止まる。それから、あらかじめ用意されていた言葉を辿るように、先ほどまでよりも抑揚のない言葉で答えてくれた。

「アリエル様は聡明でやさしいお方なんだよ」

「……そうですか」

明らかに言わされているような喋り方で、そう言った。

……つまり、本当はそうではないがそうなりたいという願望がある人物か、もしくは近しい権力者に配慮しているか。そんなところだろう。いずれにせよ、様付けというところからもわかるが、彼らより目上のようだ。

しかし、僕が知りたいのはそういうことではない。

「お年とか、ご存じですか?」

「ぴちぴちのせぶんてぃーんって言ってた」

多分嘘だ。というか、もう一つの疑問が出たか。

「ちなみにエインセルさんは、そのセブンティーンの意味は知ってます?」

「知らなーい。アリエル様が言ってただけだしー」

知らないことが悔しいのか、わずかに頬を膨らませながらエインセルはふわふわとした動きで近くの拳大の結晶に掴まり、引っこ抜くとぽいっと投げた。改めてみると、それは水晶のようだ。白いけど。

「レディの年齢なんて聞かないのー」

交代するように、髪の長いエインセルが僕に近づき、そして頭に手刀を繰り出す。

本当に怒っているというよりは、そうしなければいけないという義侠心からのようだ。

「すみません」

そんなに力が入っていないので痛みもないが、なんとなくばつが悪くなった。

「それで、どうしてアリエル様のところに案内していただけるんでしょう?」

「どうしてー? んーっとね」

「んーっとね、カラスは、アリエル様の匂いがするんだよ」

「匂い?」

僕は思わず自分の服を鼻に当てる。といっても、特に変わった匂いもしないのだが。

「服じゃなくてね。心が」

「心」

戸惑い単語で聞き返す。心の匂い。そんなものがあるのか。少なくとも僕は、約十二年生きてきて特に感じたこともないけれど。

そんなものを感じ取れる彼らが特別なのだろうか。それも、やはり死後の世界の存在らしく心とか魂とかを日常的に扱っているからか……。

…………。

そうだ。それもあった。というよりも、まずはじめに確認しなければいけなかったこと。

もしかしたら僕は、はじめからとても大きな勘違いをしていたんじゃないだろうか。

僕は、一度唾を飲み込み、二人の後ろ姿に向かって質問しようとする。

簡単な一言で済むはずだ。それなのに、なかなか言葉が出てこない。

もう一度、深呼吸をして頭の中を整理する。酸素が行き渡ったのか、少しだけ楽になった気がした。

出来るだけ、動揺しないように。意図せぬ答えが返ってきても、動揺しないように。

そう、心に決めてから、僕は言葉を発する。

「僕は、死んでるんですか?」

「生きてるじゃん」

「生きてるじゃん」

揃って振り返り、同時に発せられた僕への返答。

それを聞いて、どうしたのだろうか。この日何度目かの、乾いた笑いが僕の唇から発せられた。