軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の遊び相手

静かだ。

戦場なのに。今目の前で、魔物が吠えているのに。

足に触れた雪が冷たい。

アブラムに魔力を封じられたときにも思ったが、僕はこの冷たさを知らなかった。

合成獣が大きな口を開けて、僕を頭から飲み込もうとする。

口の大きさからして、僕の何十倍もあるのだ。噛みつくというよりも、まさしく飲み込みに来る。僕の頭から、足下の雪まで削るように。

血の臭いがする。魔物たちの内臓の臭いだろう、生臭いにおいまで、僕の体を包み込む口の中が発してる。

そもそも、死体が寄せ集まって作られた体だ。消化器官などなく、飲み込んだところで胃袋どころか食道すらあるまい。牙も硬くなっているとはいえ所詮肉。柔らかく、僕を貫くと言うよりは押しつぶす役割だろう。

飲み込むなどできないのに。それでも僕を飲もうとしているように見えるのは生前の記憶からだろうか。いや、操っているのがあの煙ならば白煙羅の考えなんだろうけれど。

ガポ、と密閉された中に空気が詰まった音がする。

真っ暗な闇の中。合成獣の口内。雪が削られる音。次の瞬間には、潰されそうな音がした。

もちろん、そんなことはさせないが。

足に力を込める。足下の雪を凍らせ強化し足場とする。そうしてから、僕は跳んだ。

口の奥の方。脊椎動物であれば延髄がある辺りを思いっきり蹴り上げる。暗闇の中、足の裏から、ぐにゃりとした感覚が伝わった。

死体が弾けて穴が開く。

血と内臓と肉片を細かく散らしながら、暗い空が見えた。

そこから飛び出し、合成獣の後頭部を見る。ぽっかり空いた穴の中に、今の今まで僕がいた場所が見える。

これだけでは足りない。

顔の左前まで持ってきた右手を大きく振る。それに合わせて、砂を撒くように炎が飛んだ。規模は小さいが、それでもその首を焼き切るように。懐かしい。テトラと二度目に会ったときに、テトラが使っていた魔法だ。

合成獣の首が落ちる。その首は首の機能など元から持っていないのでほぼ無意味ではあるが。死体の山が、滑り落ちるように雪に散った。

夕闇の中。波はもうすぐそこだ。だが、それまで足止めしておかなければ。

面倒な仕事だ。殺してはいけないし、動かしてもいけない。なのに、相手はほぼ無尽蔵に再生するとは。

しかし、これが最後の仕事だ。

全力の魔法で締め付け拘束することも出来るだろう。けれど、それをしてはつまらない。

これが最期の仕事だ。

二度目の人生をたった今送っている僕が言っても全く説得力がないが、それでも、死んでしまえばきっとこんな面倒すら起こらなくなる。

だからまあ、最後くらい面倒ごともいいだろう。

派手に、景気よく、終わらせても。

合成獣の背中を蹴り、何度も跳んでから着地した先は、合成獣の背後。

振り返って合成獣を見れば、いつの間にか生成したのか、さっきまではなかった尻尾までついていた。

大量の魔物それぞれが、前の魔物の尻尾を噛んで繋がった大きな尻尾。それが素早く振るわれる。獅子や熊、雪海豚に至るまで、一体一体が僕の何倍もの大きさの魔物だ。それが何十匹も連なったその尻尾は、音より速く僕の体を雪ごと薙ごうと飛んでくる。

僕の真横まで来たその尻尾を伸ばした腕の先で切り離すと、僕を掠めるようにその断面が遠ざかっていく。

残った尻尾の先、その熊の胴体の断面から、白い煙が立ち上った。

しばらく普通の煙のように漏れたそれは、だんだんと球体にまとまっていく。

水玉模様が宙に浮いているかのように複数現れたその煙球はふよふよとまとまり、また大きな塊となった。先ほどの僧兵でも見た光景。しかし、それから散ってはいかない。

風もないのに、吸われるように煙球が歪む。ようにではない。首がなくなった大きな合成獣の中に吸い込まれていった。

「……どれだけ小型化出来るか試してみましょうか」

ぼそりと呟き、僕は一歩踏み出す。尻尾の先にはもはや白煙羅は入っていない。ただの死体だ。燃やしてしまっても構わない。

高熱を発するよう魔法を使い、燃やす。灰に出来るほどの火力を出していないからだろう。脂肪に火がつき、灯籠が列を成すように光が灯った。

尻尾の根元の形が変わり、死体の山で膨らんでいく。造形されたのは、顔。元の顔の位置を捨てて新たに作り直したらしい。

それから僕に向かって飛びかかってくる。

だが、遅い。そして脆い。

僕は障壁を張り、飛びかかりつつ振るわれた合成獣の腕に合わせる。そしてそのまま弾くように手に合わせて動かせば、腕の先から死体が千切れて飛んだ。

その熊の死体から白煙羅が湧き出すように逃げていく。白煙羅が合成獣の本体に吸収されたのを確認し、その死体を燃やした。

飛びかかられては削り、抜け殻を燃やす。

それを繰り返し、合成獣を小さくしていく。十回も繰り返せば、合成獣は元の三分の二ほどの大きさになり、もはやあの開拓村で見た竜と変わらない大きさになっていた。

僕はちらりと北を確認する。

音もなく迫る波。もうそれは、白い人形が肉眼で観測できる位置にあった。

頃合いか。

「オアアアア!」

合成獣が叫ぶ。もう僕に構う余裕すらなくしたようで、僕を無視して走り出そうとする。初めからそうすれば良かったのに。

そんなことをさせる気もないが。

雪についた足を順に風の刃で切り落としていく。バランスを崩し、体ごと崩れるように合成獣は雪に倒れ伏した。

だが、それでは終わらない。今度は集まる気もないようで、ばらけた死体が次々に動き出す。

「申し訳ありませんが、逃がすわけにはいかないんです。どうか、一緒に」

最後の仕事だ。

急ぎ跳び、合成獣……既にかなりの数が単体の死体に入っているので、もはや合成でも何でもない気がするが、それらの前に立ち塞がる。

大きくなくなったからだろうか、もはや知恵のある動作など一切せずに、ただ本能のままに逃げようと向かってくる。これは小さくしすぎたか。

とりあえず手近な死体を蹴り飛ばし、押し戻す。死体の群れにそんなことをしても全くの焼け石に水だが。

「でも、そうですね。水はお好きでしょうか」

その白煙羅たちの進行方向。つまり、僕の目の前に堀を作る。雪解け水で満たし、容易に走れないよう。

話に聞くレミングの突撃のように、水の中に潜っていく。この動作からすると、多分彼らは溶けてまとまった水を知らないのか。

気体にもかかわらず意外にも彼らは水に浮かないようで、ぶくぶくと死体ごと沈んでいく。大きな魔物の死体では頭が出るほどではあるが、とても動きづらそうにしていた。

これが死体でなく、そしてかわいらしい動物ならば水遊びのようで微笑ましい様子なのだけれど。

動きづらそうにしている死体たちを踏みつけて、別の死体がその上を渡る。なるほど、やはりもはや本能のままに行動しているらしい。

その踏みつけた死体から伸びている白い煙の糸を、踏み越えた個体は全く意に介していないように見える。

上陸した死体に、もう水面に張りつつある氷を割りながら、伸びた煙が絡みつく。

一つの死体に集まるとかそういうことではないらしく、ずるりとそれに引きずられ、水中の魔物が水辺に打ち上げられ始めた。

そして、理解したらしい。一体一体では逃げられない。

ひとつ、またひとつと死体が重なり始める。損壊した死体まで集め始め、その形相はもはや最初の寄せ絵とも大分違い、筋肉が露出した大きな獣という表現が適切なまでになっていた。

先ほど僕が小さくしたときよりもまた更に小さい。もはや、大きな家程度の大きさにまでまとまっていた。

だが、しかし。

豹に似た合成獣が、空中に飛んだ僕に向かって飛びかかってくる。

運動性能が増しているのかその速度は速い。合成獣の額が迫る。小さい土地のことを猫の額と言ったと思うが、僕よりも大きい額をもってそんなことが言えるのだろうか。

そんな小さな疑問の答えを考える間もなく、僕の体にぶち当たる。

「ぐっ……!」

腕を重ねて防ぐが、初めてのクリーンヒットだ。少しだけ額がひしゃげたように見えたが、それすらもすぐに治癒したように元通りになった。

一方、僕のほうの被害は甚大で、闘気を込めていなかったからもあるだろう。両腕が、ちょうど真ん中辺りでへし折れていた。

「 痛(つ) っ……」

着地し、整復しながらすぐに治す。だがそうする間にも、骨を原料にして作られたらしい、ちゃんとした爪を以て、合成獣が僕を叩きつぶそうとする。

横に跳んで躱すと、その僕を目で追って合成獣が口を歪めた。

僕もそれを見て笑う。

一度の接触でも読み取ることが出来た。やはり、死体を使っていることには変わりない。けれど、その構造が先ほどまでと比べて大分緻密になっている。血管や神経までもが複雑に絡み合い、まるで本物の肉体のように。

その顔を蹴り飛ばす。

だが、もはや先ほどまでのように飛び散ることはせず、細かな肉片が散っただけですぐに顔は元通りになった。歯すら生えている。それも、今折れたはずの犬歯が次に口を開けたときには復活していた。

体の最小単位が、死体から死体の部品にまで小さくなっているのだ。だから、その部品を使って最適な位置に持ってきて再生している。

血管やリンパ管の中を伝っているのは気体状の白煙羅のようだが、それでもそれ以外は、もはや普通の生物とも変わらない気がする。

やはり、困難は人を成長させる。この場合は人ではなく魔物だけれど。

またも飛びかかってきた猫の額を蹴り飛ばす。

もう、波はすぐそこだ。まずは白煙羅を飲ませて、それから……。

そんなことを考えながら蹴った足に、直に衝撃が走った。それを確認してまた僕は笑う。

僕も、きちんと困難に接していれば成長できていたのだろうか。

角度はいい。家屋以上に大きな獣が飛んでいく様は壮観だった。

空中での姿勢はネコ科の動物などよりも少し無様で、足掻くように腕を振り回している。

飛んでいく合成獣の下に、波が到達する。押し寄せる波も見上げるほどの高さではあるが、合成獣の位置はそれよりも高い。

そのまま落ちれば、間違いなく波に飲まれるだろう。

これで、僕がやっておくべき仕事はお終いだ。

けれど、これだけで終わりにはしない。

僕は右手を引き、その人差し指の先に魔力を集中させる。

形作るのは、矢。

先ほどまでの様子を見ると、白煙羅は大きいほど知恵を持つらしい。事実、小さな死体に乗り移ったときにはほぼ本能だけで行動していたと思う。

大きな合成獣となったときには、僕らを邪魔に思い余計な抵抗をしていたように見えた。

それに、先ほど僕の怪我を見て笑っていた。ならば、感情がある。本能的な恐怖だけではない。理性的な恐怖もきっと。

ならば、先にトドメを刺しておくのは優しさではないだろうか。

白い波か、僕の手にかかるか。どちらも結果は同じだが、きっと一瞬で終わったほうが楽だ。何かが波に飲まれた姿を僕は一度しか見ていないし、実際にはまだ味わっていないけど。

核を射抜けば、彼らは死体を捨てて細かく分かれる。思考能力を失えば、死への恐怖もきっとなくなる。

そして、今の僕は、魔力を失い衰弱している。回復はしているが、多分、魔力は全快時の二割もない。

作られた矢が小さい。ダーツの矢よりも大きいが、弓で使う矢よりはかなり小さい。

今の全力を込めてこれだ。正直、ここまで衰弱しているとは思っていなかった。

さっきの 遊び(屋根作り) で使いすぎたくらいの気もする。

しかし、まあちょうどいい。

この魔力であれば、きっと北壁までは届かない。新たな災害は起きないだろう。

仮に届いたとしても、アブラムの資料を信じるならば、僕を飲ませれば問題ない。全力を込めたときの僕の攻撃よりも威力は激減しているのだから、余剰分の勝負になる。

アブラムの『消退する波の大きさは、飲まれた個体の最大出力』という説が間違っていたとしたら大問題になる気もするが、その辺りは信じよう。

魔力を使い切ることに関しても問題はない。魔力が減った分も影響はないという説、間違っていたら白煙羅とグーゼルの魔力勝負になるが、そのときは頑張ってほしい。

……。

息を整える。

以上、僕がする言い訳としてはそんなところだろうか。

実際には違う。いや、そんな理由でもあるけれど。

けれど実際には、少し違う。

最後ぐらい派手にやりたい。

僕は、目立たないように生きてきた。

念動力は、魔法使いならば誰でもある程度使えるらしい。そして、単純な火や風を起こすことも。だから、あれは僕だけにしか出来ないことではない。

ならば、僕が初めて使った固有の魔法は透明化だ。

テトラが髪の毛を火に変えるように、スヴェンが金属を体に取り入れ使うように、僕は姿を隠すことを選んだ。

それが間違っているとは思わない。というか、間違いがあるとは思わない。それは人それぞれで確かに良いのだろう。

でも僕は、それを選んだ。必要だと思ったから。

そして、それを踏まえて街に出てきたときに思ったはずだ。

これからは、光に当たり、影が出るように生きたいと。

きっと今がその時だ。

思えば、アブラムは言っていた。『お前は後から来い』と。

この選択をすることもわかっていたのだろうか。

同じような選択をすることも。

ここで僕が死ぬことには意味がある。グーゼルを守り、波を引かせる。そのためにそれは始めからあって、作ったわけではない。

でも僕がここで目立たず死ねば、それを誰も知らない。透明のまま、死ぬことになる。

僕だけが納得していればいい。

一部の誰かが知っていてくれればいい。

今までもそう思ってきたし、未だにそうも思う。

けれど。

「最後くらい、派手にしましょう。お互い、誰からも知られずに死ぬのは嫌でしょう?」

合成獣に語りかけるように、そう呟く。

派手にしよう。この戦場にいる誰の記憶にも残るように。透明なまま、死なないように。

空気が止まったように静かになる。音が止む。

今までも、何度かあった感覚。大体、殴られて飛ばされたときだけど。

命の危機に起きる感覚。きっと、これが死ぬ前に見る走馬燈のようなものなのだろう。

右手に力を込める。

投擲する必要はない。しかし、気分の問題だ。思い切り投げつけるようにしながら、僕は気合いの声を出す。

僕の知る、一番派手な攻撃。魔力が足りずに少しだけしょぼいのが僕らしいけど。

「《山徹し》!!」

光の帯が飛ぶ。

山も、竜も貫く光。

先ほど蹴ったとき確かめた。合成獣の心臓部。白煙羅の核を貫くように。

体の力が抜ける。

魔力切れだ。考えられない。闘気を込めてももう立つことも難しい。

暗くなる視界に、目の前の白い人形の群れ。

掻き毟るように手が伸びてくる。僕を求めて。

意外にも、温かな手が僕の頬を覆う。体ごと引きずられるよう、抱きしめられるように。

もう、視力も弱い。この弱視では、遠い合成獣も防衛線も見えない。

視界が白一色に染まる。深海に潜るとこういう感覚なのだろうか。体全体が緩く圧迫されたかのように息が詰まる。自分が今息をしているかもわからないけれど。

もう、目を開けているのも億劫だ。眠い。

これで、返せただろうか。もう、花売りの少女は死んだ。僕が反省をしようとも、どれだけ謝ろうとも彼女には何も関係がない。彼女の魂が浮かばれるとか、そういうこともない。

でも、一つ奪った。それがなければ、きっと僕はここで命を捧げていない。グーゼルを助けようとはしただろうけれど、どうにか別の方法を探しただろう。探せるとも思えないけど。

だから、彼女が死んだおかげでこの国はきっと救われた。彼女のおかげで、国を救うことが出来た。彼女の死に、意味があった。

もしもどこかで彼女に会えたら、気が済むまで謝ろう。たとえ許されないとしても。

瞼が閉じる。

音もない、しかし耳鳴りのような音もする。

完全に閉じる視界。最期に、僕が殺した白煙羅と目が合った気がした。