軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

訓練の始まり

それならば、法術やついでに魔術の使い方にもいくつか仮説が立つ。

本当は、ただ祈りの言葉を唱えるだけで使えたのだ。

僕は聖典に書かれている物語など信じてはいない。

しかし例えば、治療師のヨシノ。治療師、つまり聖教会の教徒である彼女は、信じているだろう。あの聖典は、真実だと。

僕にとって、炎が目の前に現れるのは現実にあり得ることだ。それと同じように、彼女らにとっては、奇跡で傷が治り病が癒えるのは当然のことなのだ。何と言っても、それが彼女らにとっての現実なのだから。

僕にとってはそうではない。

聖典を信じていない僕にとっては、言葉を唱えれば奇跡が起きるなんてありえない。

信じられない。だから、使えなかった。

「なるほど、だから聖典が必要だったんですね」

「治療師の修行にか?」

「ええ。彼女らにとって聖典は、その奇跡を信じるための道具なんですよ。聖人と同じようにすれば、同じように病は癒えるはずだ、とね」

もっとも、彼女らにその認識があるかは疑問だ。おそらく、無いだろう。宗教とはそういうものだ。

俯き静かにグスタフさんは笑いだす。クツクツと、愉快そうに。

「信じているから、法術が使える、か」

顔を上げて、笑顔を見せる。

「で、法術は使えそうか?」

「いいえ。無理そうです」

僕がキッパリとそう言うと、グスタフさんは一際高い声で笑い声を上げた。

「ハハハハハ! そうか、そうか。使えねえか」

「じゃあ、どうする? 諦めんのか?」

楽しそうに、僕に問いかける。僕の答えがわかっているのだろうか。

「いいえ。法術は諦めますが、病気を治せるようにするのは諦めませんよ」

「ほう」

「治療院に、一人魔法使いの治療師がいました」

「エンバーか。優秀らしいな」

やはり、治療師の情報は持っているか。当然だ。テレットさんの勤務時間まで把握していたくらいなのだ。

頷き、僕は続ける。

「あの人は、魔法で治療していました。法術を基礎に、でしょうけど魔法での治療です」

「魔法での治療なら出来る、と?」

「当然ですよ。僕の魔法に、出来ないことなんか無いんですから」

胸を張ってそう言うと、グスタフさんは意地悪く笑う。

「その病気を治すのが、お前の魔法では出来ないんじゃなかったか?」

「ええ、今は、そうです」

僕にとっての現実では、病気はあんな簡単に、法術を使うようには治らない。

「でも、それはこれから変えていけば良い」

「あてがあると?」

「はい。まあ、それにはグスタフさんの協力が必要ですが」

要は、僕の世界観を変えてしまえば良い。

炎や風は、簡単に作れる。それは、僕がそれを知っているからだ。

魚でマラリアが予防出来るなんて、そんなこと僕の世界には無かった。でも、今はある。

同じように、知っていること、出来ることをこれから増やしていけば良いのだ。

「この近くで……いいえ、近くでなくてもいいです。薬効のある動植物や魔物、鉱物なんか、出来るだけ教えて下さい」

「ハハ! 今度は本草学まで手を出そうってか」

笑い飛ばした後、いつもの商売人の顔に戻った。

「……いくら出せる?」

「グスタフさんにも、得はあるはずですが?」

これくらいの推測は、僕にも出来る。おそらく、本気で催促はしていない。

その証拠に、ホッと表情が緩んだ。

「ほう。わかってるようだな」

「ええ。僕が獲ってきた物を買い取るのは、どっちみちこの店なんです。損して得取れ、と言いますよ」

「損して得取れ、ね。商売人にとっちゃ当たり前のようで、出来る奴は結構少ない」

「でも、グスタフさんは出来るでしょう?」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている」

不服そうな声音だが、機嫌を損ねたようではなかった。

「まあ、何にせよ、それは潜伏生活が終わってからだな。それまでは休んでおけ」

「透明化していれば、バレないとは思いますが?」

「俺の扱う商品がいきなり変わったら、そこから辿られる可能性もある」

「そんなに本気で追われてるんですか」

たかが面子のために、そんなに本腰を入れて僕を始末しようとしているのか。あまり理解が出来ないが。

「今回雇われたのは、そういう奴らだな。レシッドとは種類が違う」

「僕の方でも警戒しておいた方がいいですかね」

「いいや」

奥歯を見せて、楽しそうな笑顔を見せた。陽気な物ではない、攻撃的な笑みだ。

「お前はジッとしていれば良い。一両日中に片を付けてやるよ」

「グスタフさんも誰か雇うんですか? それなら僕が」

「気にすんな。先行投資ってやつだ。それに、奴らへの牽制の意味もある」

「そこまで言うなら、お任せしますが……」

グスタフさんがそう言うのならば、きっとニクスキーさんのような馴染みの者ではなく、それに相応しいような能力の者を雇うのだろう。雇うのは探索者か、それとも、暗殺者のようなものだろうか。

「どんな人を雇うんです?」

少し興味がわいてきた。

「気にすんな。いつか会うこともあるだろう」

「そうですか」

きっと、食い下がっても教えてはもらえないんだろうな。

小屋に戻ると、椅子に座ってこれからのことを考える。

よく考えれば、することは今までと一緒だ。

今までは、儲かる物を扱いたいと希望していた。それが今度は、薬や病気に関する物にシフトした、それだけだ。

しかしこの提案の目的は、グスタフさんに話したことだけではない。これは探索者になる訓練も兼ねている。

野外での生活は慣れている。しかし、素材の収集法や取り扱い、それらは全くと言っていいほど知らないのだ。

探索者になってから、同業者に習うよりも、一人で訓練する。僕はこの方が気楽だ。

それに、もし気が変わって探索者にならないということになっても、この経験は無駄になるまい。

何事も、早いうちに経験しておかなければ。

とりあえず、何日かは休もう。

結局暇になってしまったが、それはまあ良いだろう。

夕ご飯は、ネズミ鳥でも捕まえてこようかな。

翌々日。

「明日から、今まで通り貧民街に戻って良い」

早朝、突然訪問してきたニクスキーさんはそれだけ言ってまた姿を消した。

寝ぼけ眼で頭が回らない僕は、ただ「はぁ」と返したのだった。

そして、またこの街に貧民街に戻ってきた。

小屋での生活に慣れてきたところでもう終わってしまったのは残念だが、それは仕方が無いだろう。

前使っていた廃墟に入ると、そこは僕が出て行ったときそのままだった。

まずは、掃除をしてしまおう。

高圧水流って便利だ。

「あいにくだが、今必要な薬は無えな」

早速グスタフさんに、収集素材を聞きに行くと、そう返ってきた。

「……まあ、季節にもよりますからそうでしょうけど……」

じゃあ、取りあえず今獲ってこれる物を、そう言おうとしたところで、グスタフさんの方から口を開いた。

「だが、常備しておくようなものはある。とりあえず、それを獲ってきてもらおうか」

「どこに、何を獲りに行けばいいでしょうか」

「……さて、どれがいいかな」

悩むグスタフさんは、やがて一つの素材を示した。

僕はそれを了承すると、速やかに獲りに向かう。

これが、僕の探索訓練の始まりだった。