軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

もう一人の逃亡者

僕がグーゼルと共に城が見える位置まで戻ると、やはりそこは騒然としていた。

城の周囲は人が歩き回り、なにやら荷物を抱えてどこかへ歩いていく。まるで、鼠が危機を察知し逃げていくように。白いが雪とは違う白の外套が様々に動き回っていた。

「避難場所とか決めてあるんですか?」

僕はグーゼルに問いかける。どこへ運び込めば良いのか僕にはわからないのだ。医務室のようなところでいいのであれば、城の中で良いのだろうけれど。

「いや、昔はあったんだけどよ。そこは結構前……革命の時に打ち壊されちまってなくなってたからなぁ」

「知らないんですか?」

「というより、決めてあんのか? いや、多分決めてあるよな」

渋い顔をしてグーゼルは悩む。まあ、ずっと戦場にいたのならば知らないのかもしれないけれど。……いや、わりと重要な事項だ。緊急時、民衆がどういうところに避難するのか。わりと覚えておかなければ危ないことだ。

「……とりあえず城に行きますか」

「わりいな。あたしの部屋があるから、そこならなんか文書があるだろ」

そう、あっけらかんとグーゼルは言い切った。自分の部屋の中にある文書すら把握していないのか。

それから一応裏門のような使用人の通用口から僕らは入っていく。

現在人通りのほとんどが集中している正門側を使わないのは、抱えられているグーゼルを見せないようにという僕の配慮だ。

「グーゼル殿の部屋はどこです?」

「三階の西側ー。もうここ半年くらい入ってねえけどな」

けらけらとグーゼルは笑う。自分の部屋なのに……とは思ったが、僕も自分の家にしばらく帰っていないので同じようなものか。

というか、そういえばグーゼルは官舎での待機を命じられていなかったか。

ならば、官舎の方に部屋があるはずではないのか。

「この城に部屋があるんですか? いったい何のために」

そう尋ねると、得意げな顔で更にグーゼルは笑う。なんだ、いったい。

「ふふーん。知らねえか。まあ、知らねえよな。あたしさ、けっこう偉いんだよね」

「それは知ってますけど……」

騎士隊と同格の隊の隊長だ。軍の上級幹部と考えれば、かなりの高官だろう。

「一応、偉い役職持ちは城ん中に部屋がもらえんだよ。小さいこじんまりとしたやつだけど」

「執務室みたいなものですか」

「そーだな。本当は、自分の管轄の書類やらなんやらそこで書いたりすんだけど……、あ、そこ右な」

グーゼルの案内に応えて角を曲がり、階段を上る。なるべく、人が来ないといいんだけど。

「あたしはほら、ヴォロディアの野郎に嫌われてて城に入れなかったし。だから、その部屋はしばらく入ってねえし、マリーヤかマリーヤの仲間が持ってくるやつ以外のあたし宛の書類とか全然見てねえ。だから、怠けてたわけじゃねえし」

「……そうでしたか。失礼しました」

顔に出ていたか。弁解するように、僕が言いたいようなことに対し先んじて言われてしまった。

謝罪に合わせて足を速める。なんとなく、申し訳なかった。

「あれ?」

そう、歩いて城を上り、グーゼルの部屋に近づきつつある頃、聞き覚えのある足音が曲がり角の向こうから聞こえてくる。

急いでいるようで、だがどこか辿々しい。まるで何かを探しているかのような。

ぶつからないよう歩調を緩め、曲がり角から出てくるのを待てば、やはりそこから黒髪を揺らしてマリーヤがひょっこりと顔を出した。

マリーヤは、僕らの姿を認めると、ぱちくりと瞬きを繰り返す。

「あ、ああ、グーゼル様にカラス殿。ご無事で何よりです」

「マリーヤ殿も」

「どうしたんだ? いったい」

慌てているマリーヤに、グーゼルは尋ねる。今は慌てるべきではあるが、たしかにその慌てようは何か違う。外を歩き回っている者たちとは、目的が違うような。

「……申し訳ありませんが、ヴォロディア様の姿をどこかで見かけませんでしたか?」

「避難所とかじゃねえの? 侍従の奴らが知ってるだろ」

「それが、そちらにはまだいらしゃっていないようなのです。侍従の方々も、よく知らないそうで……」

心配そうにマリーヤは言葉を濁す。その言葉に、グーゼルは溜め息をついた。

「また単独行動かよ。性質悪いな」

僕も内心同意した。この大事なときに、勝手な行動とは迷惑な話だ。

いや、自分の身を危険に晒さなければ何しても勝手な気もするけれど、それでも周囲の誰かに一言伝えていくべきだ。責任ある、王の立場なら。

「普段なら構いませんが、この慌ただしい中です。ご無事ならいいのですけど」

「 子供(ガキ) じゃあるまいし、無事だろ。気にしないでいいんじゃねえの」

「それが、そういうわけにはいかないんです。避難しているならばいいのですが、そうでないのならお力を借りなければいけませんので」

「あん?」

グーゼルが聞き返すが、マリーヤはただ壁を透かして外を見て言葉を濁す。

言いづらいことなのだろうか。

だが、唇を結んで頷いてから、僕らの方へ向き直る。

「民の避難が進んでいないのです。半数ほどはどうにか南の方にある街に分散して逃がす作業が進んでおりますが、もう半数ほどは、その……」

「逃げていないんですか」

「……ええ、どうにも、動く気がないのか、逆らうわけではないですが急がないのです。この事態を軽く見ているようで……」

キュッとマリーヤが服の端を握る。

しかし、要は危機感が足りないのか。まあ、寝耳に水の話だし、仕方ないとも思うけれど。

「しかし、ヴォロディア王が必要とも思えませんが……」

王様が一人いたところで何も出来ないだろう。まさか、逃げ遅れている民の家一軒一軒回らせるわけではあるまい。

「ええ。本来はこんなことをさせるためのものではありませんが、ヴォロディア王の言葉であれば皆信じて動くでしょう。影響力だけはある方なので。それよりも、ヴォロディア王の命令をいただきたいのです」

「命令?」

そんなもの、ねつ造すれば……と思ってしまったが、そういうのも駄目なのか。

「恥ずかしい話ですが、衛兵たちも新兵が多く、民と同じようにまだ危機感がないのです。だから、避難民に対して柔和な対応を取ってしまっている面もあり、そして法の絡みも……」

「強制力を持たせるために必要、と」

今は緊急事態だ。そんなことを言っている場合ではないのに。

ヴォロディアの命令など聞くまでもなく、独断で強制的に現場で判断すべき事態なはずだ。

だが、そうでもないらしい。

「ヴォロディア王に心酔……いえ、もうはっきり言いましょう。レヴィンに心酔している元革命軍の憲兵たちも足を引っ張っているのです。それも、ヴォロディア王の言葉一つで静まるのに……」

焦っているようで、マリーヤはしきりに頬の横の髪の毛を気にしていた。

「ああ、せめて安否の確認が取れれば。極論、王の無事が確認できれば既に逃げている分だけでも構わないのです。あとは適時、衛兵たちを避難させてしまっても構わない」

「……」

それは、逃げ遅れた民は見捨てるということか。いや、今ならば仕方のないことではあるのかもしれない。

国家体制の維持のために、王の安全を確保したい。そしてなるべく、とにかく一人でも多く民を逃がしたい。どちらも大事だ。

優先順位の問題だろう。一度革命を起こしたこの国が、その優先順位でなんとか出来る気もしないけど。

「マリーヤ、どこ探した?」

「……え?」

僕の腕からずるりと抜け出し、グーゼルは立ち上がる。

「あたしも探すよ。戦えはしないけど、どうにか動けるくらいは回復してるしな」

「なら、自分で歩いてくれてもよかったのに」

これから探しに出られるほど動けるのなら、僕が運ばなくてもよかったはずだ。むしろ、城の入り口で別れても問題なかったはずなのに。

「……いいじゃん、べつに。あのプロンデってやつの気持ちをそんちょーしたんだよ」

「気持ち、ですか」

「ああ。あたしの勘違いかもしれねえけどな。でも、あたしも多分同じ気持ちだ」

恥ずかしそうにそう言い切り、グーゼルは辺りを見回す。

「んで? マリーヤ?」

もう一度聞かれて、マリーヤはハッとまた意識をグーゼルに向ける。きょとんとした顔だった。

「え、ええ、はい。ええと、一階はほぼ全ての部屋を見回りました。二階は東側を既に見ており、もう残すはこの区画だけです」

「カラス、この近くにあいついるか?」

「僕に聞かれても……」

僕はそんな詳細に周囲のことがわかるわけではない。耳を澄ましても、男性か女性かくらいしか声の判別が付かない。

改めて考えると、プリシラは驚異的だ。

あのとき聞かせてもらった魔道具から漏れる声。あれは全てが同一の重なった声だった。あれを識別し、正しく話題を読み取るのは、僕には無理だ。

僕がそう否定すると、グーゼルは髪の毛をグシグシと掻く。

「……まだ魔力も戻ってねえか。あたしも、飛ばすのは難しいしなぁ」

「ああ、そういうことですか」

魔力の問題か。ならば、先に言ってほしかった。僕は、魔力を感じるように意識を集中し、今の僕が扱える分を把握する。

「すいません、気付きませんで。探知までなら可能です。まだ魔法を使うほど回復はしていませんが」

恐らく、今の僕の魔力は魔術師並みだろう。いつものように魔力圏を体外まで広げることは出来ない。魔術師ならばこの状態から魔術が使えるのだろうが、僕には無理だ。

そして、もう一つ問題もある。

「ただ、ヴォロディア様個人を特定することは難しいです。人間の形なんて、みんな似てますから……」

鼠や狐は、その形から判別できる。人間も、同じ要領でわかる。

けれど、数百匹もいる鼠の中からなんの特徴もない鼠を一匹見つけ出すのはなかなか難しい。

「あー、じゃあいいや。行こうぜ。カラスも、ついてこいよ。たぶんちょっとした力仕事があるし」

あっけらかんと、グーゼルはそう言う。何か当てがあるのかと思うほど、しっかりとした足取りで。

「いえ、僕は北の増援に……」

「まだ時間はあるし。さっきの波が引いた様子見たろ? 魔物を飲ませりゃその分引く、まだまだ時間はあるんだよ」

……たしかにそうなのかもしれない。アブラム一人で地平線の先まで引くのだ。大量の魔物であれば、一度にもっと引いていくかもしれない。

だが、衝撃が衝撃だから、また来るだろう。いつまでも凌ぐことは出来ない。

それに。

「それでも、今も戦っている人たちがいるんです」

彼らだけに任せてはおけない。僕には、戦う力があるのだから。

だが、グーゼルは髪の毛をボリボリと掻きながら下を向いた。

「あー、なんつーかさ……」

「なんです?」

「あのプロンデってやつ、何であたしをお前に運ばせたと思う?」

先ほどの話か。動けぬ女性を……と言っていたが。

「やっぱエッセンの行儀正しいやつは賢いよな。あたしよりずっと簡単に、お前をこっちに連れてきちまった」

「……ああ、なるほど」

グーゼルの言葉に、プロンデの真意が何となく読めた。

そうか、だからグーゼルもそれに乗ったのか。

「グーゼル殿に、僕を運ばせたんですね」

「……ま、女性の、ってとこも本当だとは思うけどな。あたしかわいいし。動けなかったのも本当だし」

グーゼルは、取りなすようにそう重ねた。自己評価が高いのが気になる。

「でもよ、そうやって気遣われてんだ。少しはお前も乗ってやれよ。せめて、魔力が回復するまではな」

つまり、僕も、今は彼らにとって非戦闘員なのだ。悔しいことに。

魔力のない魔法使いは通常非力だ。だから、たしかにそうなのかもしれないが。

「お前が戦えることは知ってるし。だから、止めねえけど。でも、だから万全で行けよ」

「……少しだけ、付き合います」

僕も少しだけ納得し、グーゼルに付き従う。気遣い。要らぬ気遣いだが、気遣われるのになれていない僕はどうしたらいいかわからないままだ。

もう一度歩き出したグーゼルに、マリーヤは尋ねる。

「どこへ行くのですか?」

「こんなんただのかくれんぼだろ? 任せとけよ、こういうのは負けたことねえし」

にんまりと笑いながら、グーゼルは僕とマリーヤを交互に見る。ガキ大将といった感じが似合うかもしれない。

この寒い国でも、やはり子供の外遊びは発達するのか。そんなふうに、ふと思った。

よく考えたら、相撲も取ってたか。あれはスティーブン主導だけど。

それから、幾人もの官吏とすれ違いながらもグーゼルは歩き続ける。

やはりグーゼルにも礼は取らなければいけないのか、彼らも一応は立ち止まり道を譲ろうとするが、グーゼルは手を振ってそれを制した。

「んなん、普通の時にやれや。今はそんな場合じゃねえだろ」

そう言うと、頷き官吏たちは走っていく。小脇に抱えたり、木箱に入れて運んでいるのは書類の束か。

多分、重要書類の移動だろう。クラリセンでも見たことがある。とりあえずの機能を失わないため、重要な書類だけを持って移動する。国家の存亡の危機だ。それくらいしてもいいだろう。

「こちらは……」

「つーか、かくれんぼにもならねえな。あいつがこの城で姿を見せないときって、ここにいるに決まってんじゃねえの」

立ち止まった僕らは息を飲む。目の前には、金色の壁。日光が透けて見える、卵形の部屋。

塞室か。この城におけるヴォロディアの居室。そのからくり扉を前にして、僕ら二人は首を傾げた。

「しかし、ここは一番最初に来てみましたが、何も応答はなく……」

「隠れてるやつがのんきに返事なんざするかよ。カラス、頼む」

「……中の探査ですね。わかりました」

なるほど、そういえばここは限られた者しか入れない。マリーヤも、中を見ることは出来なかったということか。

しかし、ここに本当にいるならば、そのときに応答がないのもおかしい。

もし、マリーヤの呼びかけをわざと無視したとしたら、ヴォロディアは明確な意思を持ってこの部屋に隠れているということになるのだから。

「ほら、もしもーしって」

笑いながら、グーゼルは赤っぽい金色の壁を叩く。薄いのに、硬い。不思議な素材だ。

僕は黙って中に魔力を飛ばす。中にいたのは、手足が二つずつ、それに頭が一つ……、人間の男性だ。しかしそれが二人いる。どういうことだろうか。

「……二人いらっしゃいますね」

「二人? ってーと、誰だ?」

僕の言葉に、またにんまりとグーゼルが笑う。それとは違う意味で、マリーヤも笑っているように見えた。

グーゼルは、マリーヤを振り返り言う。

「なあ、ここは王の居室。王がいないのに入れるのは掃除の係だけだよな」

「そうでございますね。勿論この中に王がいるとは思えませんが、掃除の方が今こんな時に入っているのも不自然です。不埒な輩でしょうか?」

マリーヤが、不自然な笑みでそう答えた。

意図が読めた。だが、なんとなく二人に迫力がある気がする。

グーゼルもマリーヤも、何となく怒っているように見える。いいや、これはなんとなくではない。

「もしも王がいるとなったら大変だな。侍従の居場所はわかってんだろ?」

「ええ。全員、避難所におられました。付き従う王が雲隠れしてしまったので、避難所にいると思ったそうです。入れ違いになっても困るので、その場で待機をお願いしました。それに、王以外の方がそれだけでここにいるのもおかしいですね。よからぬことを考えているとしか思えません。早急に捕縛するべきかもしれません」

「……開けましょう」

楽しそうなグーゼルに、饒舌なマリーヤ。これ以上二人を喋らせてはいけない気がする。なんとなくだが、これはまずい。

僕は、扉を開けるからくりのスイッチに手をかける。何となくだが、手順は覚えている。

そして一つ目の棒を押したとき、グーゼルから待ったがかかった。

「いやいや、危険かもしれねえぞ。これは中の不審人物が使った入り口だろ。こういう追跡とかの時には、相手が使った口を使わないのが定石だし」

「いえ、ですが……」

「なあ、この壁突き破れねえ?」

グーゼルは楽しそうに言う。いや、しかしこの城の建材は不壊のもので……。

「水煉瓦と違って、この壁の狒々色金は今でもなんとか加工出来っから。な?」

壊しても問題ないと、僕の肩を抱き、顔を近づけ唆す。

「残念ながら、あたしはまだ力が入らねえ。マリーヤの細腕じゃ、無理。だから、な? カラス」

ちょっと恐れていた事態が起きている気がする。北壁より、この顔の方が怖い気がする。

「やれ」

なんだろう、凄く恐ろしい。

突然真顔になったグーゼルに応えるように、僕は拳を握った。