軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冷えた空気

ガラン、と山刀の刃先が落ちる。

慣れていた重さが消え、僕の手が少しだけ上を向いた。

なんてことだ。

その刃を視界の隅に納めながら、スティーブンを凝視する。

以前、僕はバーンの木刀を叩き折った。水天流の武技を使い、月野流の構えた木刀を。その意趣返しを、ここでされるとは思わなかった。

というか、結構ショックだ。この山刀、気に入っていたのに。

折れてしまっては修理は出来ないだろうし、また買わないと。

……しかし、まずい。

バーンよりも、クリスよりも強いとは思っていた。先の雪海豚討伐を見て、尋常な強さではないとは思ってはいた。

けれど、ここまでとは。

唾を飲み、改めてスティーブンを見つめる。

構えに揺らぎが見えない。慣れたのだろうか、雰囲気が変わっている。

重心は安定し、刃先はぶれない。

これは、警戒と対応の強度を上げなければ。

僕はスティーブンからは目を離さず、折れた山刀を腰に戻す。もう使えない。それはつまり、僕がスティーブンの攻撃に対応する手段を失ったということになる。

受けることは出来ない。分厚い鉄すら容易に切り裂いた斬撃だ。僕の体など、さらに容易に二つに分けるだろう。

込められた闘気は、きっと僕とは比べものにならない。老いたとはいえ、その空気を揺らめかせる闘気の白い光は、まるで以前見たデンアのような練度だ。いや、きっとそれよりも力強い。デンアが本気を出していたわけでもないと思うが。

半端な魔法は切り払われてしまう。それはもう既に実証済みだ。

ならば最大火力で、とは思ったが、そうするとスティーブンは無事には済まない。ちょうどよい加減で、などという手加減を出来る相手ではないのだ。

それこそ、生死を左右するような魔法でなければ……。

残る手段は、僕の拳足に頼るという不確かなもの。

月野流による反撃を受けない動きで、スティーブンに接近し急所に打撃を加える。それならば死ぬまではいかないだろうし、加減も出来る。

……だが正直、それも無理だろう。

二度切り結び、そして何度も剣を躱してわかった。

練度が違う。多分、白兵戦で勝ち目はないだろう。

ならば、逃げるか?

僕を狙っているのならばそれも良いだろう。けれど、それも不確かだ。

この道には人通りがない。正気を失ったスティーブンが、たまたま歩いてきた僕を狙ったという恐れもある。その場合、誰か来たらその刃がその無辜の通行人に向けられるだろう。

僕が逃げたせいで人が死ぬ。それは絶対に避けたい事態だ。

少なくとも、僕を狙っていると言うことが明白にわかるまでは踏ん張らなければ。

スティーブンの剣がまた迫る。

それを横に躱しながら、スティーブンの持つ剣ではなくその腕を、反射的に僕の腕で捌こうとする。

だが、失敗だった。

「ぅわっ……!!」

捌こうとした手が巻き込まれ、僕の体が空中で回転する。

まるで、柔道か何かの投げ技のように、もしくは空中に投げ出され紐が解かれる独楽のように、僕の景色が一回転した。

綺麗に地面に叩きつけられる。受け身をとれたのは幸運だったのだろう。

転がるようにしてスティーブンから離れるが、追撃はなかった。

裾の泥を払う暇もない。

スティーブンはまだ構えている。僕も構えをとり備える。

息を整えスティーブンを見る。

よく見ろ。攻撃を凌げなければ死ぬ。技の起こりを見逃せば死ぬ。

もう一度、深呼吸をする。

考えなければ。スティーブンを正気に戻すにはどうしたらいいだろうか。

考えなければ。人が死ぬかもしれない。手立てを思いつかなければ、スティーブンを殺さなければいけないかもしれない。

その、眼光鋭い目の先を見逃すな。

力を入れようと、結んだ唇が持ち上がる瞬間を見逃すな。

集中。

突然始まった理不尽な戦い。

武器を失い、有効な手立てもなく、自らの身を守ることも難しいこの状況。

しかし、プリシラの言葉のおかげだろうか。

スティーブンを助けなければ。

その思いは、僕自身も不思議なことに、一切揺るぎを見せなかった。

「ふむ……」

微かに頷いて、スティーブンは一歩踏み出す。

それに合わせて、僕は横に回り込むように移動する。重心を動かさずに迫る月野流の摺り足。その最高峰を先ほど受けたが、予想以上にわかりづらかった。二度受ける気はない。

そこからもう一歩踏み出し繰り出された連撃を躱しながら、僕は思案する。

髪の毛の端を切られながら、裾を裂かれながら、どうしようかと考え続ける。

やがて、一つ気がついた。

僕は避けることが出来ているのだ。この、老剣士の熟練の一撃を。

これはきっと、僕が優れているとかそういうことではない。

多分、スティーブンの問題だ。

正直、ウェイトの攻撃よりも躱しやすい。

そこでようやく閃く。

迫る白刃、その奥に見える眼光。それを目だけで追いながら距離をとる。

そうだ、もう一つ方法はあった。

目の前に、聳え立つように立ちはだかるスティーブン。その勇姿にも、弱点はあったじゃないか。

いや、その勇姿をなくせばいいのだ。

方針はわかった。しかし、どうやって。

迫るスティーブンの足先の石畳を持ち上げて壊す。

足を引っかけてくれるかと思ったが、やはりその石畳を弾き飛ばしながら重戦車のように歩を進めてくる。

隙を作らねば何も出来ない。

しかし、出来るだろうか。この剣鬼のような老人に。

白く少し長い髭が、わずかに風にそよぐ。

……そうだ、風。

そして、闘気は不足に弱い。

僕の口の端が吊り上がる。作戦も、決まった。

少し距離をとる。

スティーブンも容易に踏み込めないほどの距離。それから、道幅と前後いっぱいに魔力を広げる。スティーブンの周囲は魔力が溶かされてしまうが、それでも、半径二十歩もあれば充分だろう。

多分、この世界で僕にしか出来ない方法。スティーブンも対策は取れまい。

スティーブンが動く前に処置を進める。

やることは簡単だ。

僕は砦から北壁までの間、スティーブンを寒さから保護していた。

その逆をやるだけだ。

魔力圏内の温度を急激に下げる。

ここであまり加減はしない。スティーブンはある程度防いでいるだろうし。

周囲が一気に煙る。水蒸気だけではなく、もっと沸点の低いものが視界を遮った。

固体となった二酸化炭素は空中に光の粒を飛ばす。どこからか、パキンパキンという音が聞こえてくる。

空気の出入りは制限していない。気圧差に、吹き込む風が強まった。

やがて他の気体も凝集し、足下が濡れたように凍る。水たまりのようなそれが、ほのかに青く染まるまで。

「……ぬ!?」

スティーブンが体をぶるりと震わせた。

やはり、極低温は凌ぐのは難しいらしい。吐き出す息が白くなり、唇の辺りにつららのような氷が付着する。

体から出る湿気の影響だろうか、動きが悪くなったようなスティーブンの鎧。それが動く度にパキパキと音が鳴る。多分、関節部分の氷のせいだろう。

「ぐ、ぬ、小癪な……」

「あんまり口を開かない方がいいと思いますよ」

僕は大丈夫だが、他の者には辛いだろう。

スティーブンの口の中の空気は容赦なく唾を凍らせ、さらに乾燥しているため水分を奪う。闘気で保護しているとはいえ、限界はあるだろう。

極寒の地に作られた寒氷地獄。

スティーブンの闘気は、魔法は消せても冷やした空気まで消すことは出来ない。

そして、スティーブンは言っていた。寒さで悴んで、剣を取り落としたと。

動きの鈍るスティーブンに、一足飛びに近づく。

寒さで凍える老人と、寒さの影響を受けない魔法使い。卑怯とは言うまい。こと白兵戦においては、それでようやく埋まるだけの戦力差があるのだから。

なんとか突き出された剣を避けながらの、掌底でのかちあげ。

「ほうっ……!!」

しかしそれを躱され、逆に剣が首筋に向けられる。それをスウェーで避けながら、僕はまた思案する。

まだ足りないか。

多分、拮抗はしている。けれど、安全に倒せるほどの差はない。

踏みとどまり何度も試すが、急所狙いの攻撃は全て外され、逆に手痛い反撃を受けそうになる。掠った耳に鋭い痛みが走った。

血の滴は、地面に落ちるまでに水分が抜け塊になる。ただ冷やしただけと思っていたが、こんな副産物があったか。どちらにせよ、僕には影響ないけれど。

しかし、まだ足りない。

どうすればいいのだろう。どうすれば、この堅牢な剣士の牙城を打ち壊すことが出来るだろうか。

囮の急所狙いはこれくらいで構わないだろう。けれど、そこから先に進めなければ意味がない。

二歩ほど後ろに下がり、息を整える。

これ幸いと、スティーブンも同じように息を吸おうとして……。

「ゲホッ! ォェ……!」

むせていた。

なんとも格好が悪い。けれど、大きな隙だ。

そこに飛びかかろうと前足に力を込めると、それでもスティーブンは持ち直しこちらを睨む。

惜しい。だがやはり、人間である以上隙はあるのだ。だがそれが、僕の技量では突けない……。

そうか。やってみる価値はあるだろうか。

唐突に思いつく。

『隙を突く』、恐らくその一点においては、他の追随を許さない技術を僕は先ほど見ていたはずだ。

もう一度、スティーブンを見つめる。

観察し、隙を見つける。

スティーブンが言っていたことだ。人は、息を吸っているときは通常動かない。

そして、本当に些細なことではあるが、先ほど僕は『レイトンの成功』と、『プリシラの失敗』を見ているのだ。

参考にすべきだろう。

水天流の技術も、解体の技術も、言葉も未だ足りない常識も、全て僕は見て学んでいたはずだ。今回のも、学べているはずだ。

僕の出方をうかがおうとしているのだろう。

スティーブンは動かない。だから、そこで隙が出来る。プリシラは言っていた。『私たちを見つけたければ、目を凝らしてはいけない』と。

僕から出る音と、僕が揺らす空気を制限する。僕の姿はスティーブンにとって目でしか捉えられないはずだ。

そうしてもう一度呼吸をする。失敗したら違う案を考えればいいや。

スティーブンが瞬きをする。

戦闘中ということもあり、それはかなり少ない。だが、この乾燥した空気の中、無意識にそれは多くなりつつある。

そして、訪れた機会。

スティーブンの瞬きと吸気。それが重なった瞬間。

僕は動いた。

「ぬ、ああ!!」

スティーブンは反応するが、やはり一拍遅い。その間に、僕の手はスティーブンの剣を握る拳に伸び、そして手甲ごと砕く。

「……!」

返す手で、その剣の刀身を弾き、スティーブンの手から強引に奪い去る。

弾かれた剣は、雪の上に落ちると、その勢いのまま道の端まで滑っていった。

「勝負、あり、です!」

まだ構えようとするスティーブン。その姿にもはや精彩はない。

僕の水天流でも充分だ。

「……なんのぉ!」

反撃しようとするが、遅い。その腕をとって担ぎ、軸足を蹴り飛ばして背負い投げをかける。

銀色の鎧が、綺麗に空中を舞った。

叩きつけられた石畳が欠ける。背中から叩きつけられたスティーブンは、大きく息を吐き出した。

「ガ、ハ……!」

「話は後で聞きますので、とりあえず、色々と調べる前に……」

……よく考えたら、この付近一帯の酸素を薄くしてしまえばよかったのだ。

そうは思ったが、まあ、さっきは思いつかなかったのだから別にいいだろう。対象にだけ使おうとするのは、被害を抑える意味では別に間違ってはいまい。

今の僕らの周囲の空間が、青白く染まっていることからしてもそう思う。

気絶させる。

眠り薬がたしか背嚢にあったはずだ。

と、そう考えた一瞬が甘かったのだろう。いや、それよりも、スティーブンに集中しすぎたのだ。

接近する人に気がつかなかった。

それに、そうか。そういえば、プリシラの話では分岐点を左に曲がっても何かがあったのだ。

その情報を精査しなかった。僕のミスだ。

面倒くさい。僕は小さく舌打ちをする。

「動くな!」

魔力圏外ギリギリから声が飛ぶ。

そこを見れば、腰の剣に手を添えた、聖騎士ウェイトが片頬を吊り上げて立っていた。