軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

占ってあげない

レイトンの腕が消える。

いや、実際は消えていないだろう。しかし、その肩から先は霞み、その腕は僕の目には捉えられなくなっていた。

その他は端から見れば普通の光景だ。何事もなく、男女がにこやかに向かい合っている。

それからまるで再会を懐かしむ旧友のような雰囲気で、その女性、プリシラは一歩踏み出した。

その度に、金属音が何度も響く。

「何年ぶりかな。懐かしいね」

「二十五年前にお前が逃げたのが最後かな。あの時取り逃したのは本当に失敗だった」

まるで警報のように、連続して何度も金属を叩きつけるような音が響く。

また一歩、プリシラが踏み出す。ふらりと足を踏み出して、フード付きの外套の裾を揺らして。

それを見てレイトンが忌々しそうに唇を歪めるのを、プリシラは笑い飛ばした。

「あれ? この程度の接触でその態度? 駄目だよ。もう少し、本心は見せないようにしないと」

「……それも、お前が教えたことだったね」

気を取り直し、レイトンは唇を引き上げる。なんだろう。本当ににこやかな雰囲気なのに、どこか不穏で恐ろしい。

……多分、けたたましくそこかしこで鳴り響き続ける金属音が、その原因だろう。

「そう、私たちは舞台を踊る人形なんだ。観客の反応を思い通りに引き出す楽器、そうじゃなくちゃ。その辺の基本を忘れてしまったのかな」

ギィン、と一際大きな音が鳴る。

そこで、ようやく僕も見ることが出来た。

プリシラの首元めがけて横薙ぎに振られたレイトンの剣と、それを防いだプリシラの剣。

その二つの剣が、結ばれた様を。

に、とお互いに笑い、それからプリシラは半歩後ろに跳ぶ。それからクスクスと笑いながら、煽るように言い放った。

「まだまだ可愛いなぁ。レイトンは。世の中の弟の鑑だよ」

「もう、可愛いと呼ばれる筋合いはないんだけど、ね!」

大きくレイトンが剣を振る。雪面が捲り上がり、何本もの剣撃がプリシラを襲ったように見えた。

プリシラは剣を時計の針のようにくるりと回す。まるで文字盤が目の前にあるように、一周だけ。

それだけで、鳴り渡る甲高い音とともに斬撃が消えたように見えた。

全て、雪を見ながらの推測だ。しかし、大筋は間違ってはいまい。

一歩引いて溜めをつくり、プリシラが鋭く突く。レイトンがその剣を揺れて躱すと、剣の直線上に雪が抉れていった。

一人が打って、一人が防ぐ。

約束稽古のような単純な攻防。

一巡ごとにそれが早くなる。

それがどんどんと激しくなっていくとそれだけで、もはやそれは稽古と呼べるものではなくなっていった。

昔、シウムの水天流の講義で聞いたことがある。

ただ動かないことと、静の極地は違うと。

動き続ける独楽が静止するように、激しい動きの極地が静であり、それが静動一致として目指すべきものだと。

そう聞いていた。

多分、今目の前にその理想型があるのだろう。

レイトンの軽い振り。

しかしその余波でプリシラの周囲は乱れ、雪が弾かれ石畳が割れて瓦礫が飛ぶ。それをプリシラが払うと、払われたレイトンの腕も無事ではないようで軋みをあげていた。

緩やかな動きが凄まじい被害を生み出している。屋根から落ちた雪が何もない空中で弾ける。金属の音は、接触していないはずの時間も鳴り続けている。

約束稽古のような緩やかな攻防。その裏で行われていることが推測できる、僕ですら目視できない攻防。

その二つを目の当たりにしているはずなのに、何も見えていない気がする。

二人の立つ地面。そのわずかな円形部分を除き、地面が抉れていく。

熱で溶けているのか、それとも吹き飛ばされているのかもわからないが、二人のための舞台が出来上がっていく。

だが、僕も目が慣れてきた。

自信はないが、そうだと思う。動きに違和感が芽生えてきたのだ。

プリシラが一歩踏み込み、切り上げる。その時、剣を持っていない左手が泳ぐ。

レイトンの横薙ぎを躱すプリシラが、わざわざスウェーだけでなく体を開くように避けている。

動きに破綻があるわけではないのだろう。見ただけでわかる実力者同士、その技術が未熟なわけがない。

幸いにも決着はつかない。

もう何十合打ち合っているだろうか。なのに、両者傷ひとつなく、疲労のせいだろう汗が頬を伝っている以外は息一つ乱していない。

抉れてきている地面。足場が崩れてしまえば決着はつくだろう。しかし、それまでは何合か。まだ見る猶予がある。

そうして食い入るように観察し続け、ようやく明らかにおかしな場所を見つけた。

レイトンの足下。雪が、崩れたのだ。それも踏んでいない箇所が。

衝撃の余波などではない。明らかに踏んでいない箇所に突然足跡が作られ、そして崩れた。

足場と共に、均衡が崩れる。

レイトンの首元、服が裂け、傷が走る。飛んだ小さな血の飛沫が、雪に赤く付着した。

「……参ったね。身についた基本というのは本当に厄介だ」

「ひひ。基本に忠実、いいことだよ。でも今は、気にしない方がよかったね」

僕には理解できない言葉の応酬。そしてプリシラが後ろに跳ぶ。姿が霞み、抉れた地面から離れまともな地面に着地した。

攻撃の応酬も終わったらしい。

金属音が止む。耳鳴りが残っているような静寂が、一瞬場に満ちた。

それから一息吐いて、レイトンは真面目な顔を作る。

「初手でカラス君を守ったのはこのためだったのか。相変わらず、悪知恵の回る」

「ひひ。客を守るのは占い師としての矜持だよ。守るもののないレイトンにはまだ難しいかもね」

対してプリシラはまだ余裕のあるようで、笑みは崩さない。けれど手は痺れたように震え、その袖から見える白く細い腕には、既にいくつもの痣が出来ていた。

プリシラは、レイトンの間の二十歩ほどの距離をなぞるように、視線を動かす。

「わかってるでしょう? この距離なら、もう追ってきても無駄だって」

「わかってるさ。だから、お前は今まで逃げてこられた。……本当に厄介だよ」

腹いせのように、レイトンは足下の雪で雪玉をつくり、プリシラに投げる。

その雪玉は、空中で粉雪のように弾けた。

「次に私に近づけるのは何年後かな? レイトン、また生きているうちに会えると良いね」

「ぼくもそう願うよ。そして、その時が最後だといいな」

レイトンの顔にいつもの笑顔はなく、苦々しく表情を歪める。明らかな憎しみがその目に見えた。

プリシラはその目も受け流し、占いを行うときに使っていた机の残骸に目を向ける。

「もう少し、この可愛い国を楽しみたかったけど。まあ、いいか」

「悪趣味はこれまでにしておきなよ。ついでにおとなしく死んでくれると嬉しい」

「それは出来ない相談だなぁ」

クスクスとプリシラは笑う。いつもと違うレイトンと比べて、本当に変わらない。

「ま、あと何年か……五年くらいかな。それくらいはおとなしくしておいてあげる。あのお爺さんの怖ぁい目がなくなるまで、ね」

「それまでにまた見つけてやるよ」

「出来るんなら、どうぞ。今日は幸運だったと、レイトンもそう思っているよね」

プリシラは僕の方を向く。占いをしていたときと同じ顔で。

それが、少しだけ不気味だった。

「カラス君」

「……整理が追いつかないので、情報を追加しないでくれます?」

「おや」

プリシラが噴き出す。

だが、本音だった。

現状を整理してみれば、突然現れたレイトンにプリシラが襲われ、軽傷だが返り討ちにした。

何の流派かもわからないが、あの姿を掻き消すように消える歩法を使えるプリシラは、この距離ならばレイトンに追いつかれずに逃げられると主張している。レイトンもそれを認め、負け惜しみとばかりに……。

そこまで考えて、気がついた。

レイトンが、負けた?

今まで、あの超然として澄ましていたレイトンが。僕が追いつけないと悟ったレイトンが。

つまりプリシラは、僕が内臓がはみ出すような重傷を負いながらようやく傷を一つつけたレイトンに、ほぼ無傷で出血させた?

改めて、少しだけ後ずさる。

目の前の女性を畏怖した。この目の前の女性すら、僕の辿り着けていない位置にいるのか。

「そんなに怯えないでよ。見た目通り、私は可愛い子には優しいんだ」

「……驚きましたね」

今まで、そんな仕草など欠片も見せなかった。武の片鱗など、一切見せていなかったはずだ。

その気配の隠し方から、レイトンと同質の者だとは思った。けれど。

「君を育ててあげられないのは残念だけれど、仕方ない。四禁忌に四拍子、教えられることは山ほどあったんだけど」

「それは残念です」

僕が軽口を叩くと、それを察したのだろうプリシラは笑みを強めた。

「君は水天流や月野流なんかよりも葉雨流が向いているよ。本当にね」

「葉雨流、というのがお二人の流派でしょうか」

僕はそう尋ねる。その瞬間、首元に刃物を押し当てられた気がした。その殺気の出所は、目の前のレイトンだったが。

「君はそれ以上知る必要はないよ。それを知っていいのは、いずれ死ぬ奴だけだ」

「ひひ、レイトンが知られたくないのは、その技法についてだけだろう? 名前程度、知られても構わないと思うけど」

プリシラは優しげに目を細める。場の雰囲気やこの顛末を考えなければ、本当に優しそうな女性だと思ってしまうかもしれない。今となっては、そう思いづらいが。

レイトンは、そのプリシラを無視した。

「最後に、カラス君に伝えておこう。君が知りたがっていた今後についてだ」

「さっきの話ですか。今話すべきことじゃ……」

というか、それどころじゃないだろう。いつものようにわかりづらいが、恐らくレイトンは今この瞬間もプリシラを狙っている。

わずかに隙を見せれば首を飛ばしにかかるだろう。

それすらも、怖くはないのだろうか。強い、とは。

「これは単なるお節介さ。君は今、行く先について悩んでいる。今は悩むのが正解だよ。思う存分悩んで答えを出しなよ。今は、そういう時期だ」

行き先は示してあげない、と高らかにいう。それは、占いの意味がないんじゃないだろうか。

そう思い見返すと、プリシラは声のトーンを落とし、ただ、と続けた。

「その悩みをなくしたければ、その性格を変えるよう努力することだね。『してもらって当たり前』ではその先へは進めない」

「……余計な真似を」

ギリ、と奥歯を噛みしめ、レイトンが苦々しく吐き捨てる。

なんだろうか。レイトンよりもプリシラの方が信用できそうな気がしてきた。気のせいではあるだろうが。

「どうにか、その魔法使い病を治しなよ。……ま、無事だったらだけど」

意味深長な発言。その言葉に、レイトンが舌打ちする。

「引き際を誤ったか」

「まだ猶予はあるよ。でも速やかに立ち去るべきだ。人払いのお守りを外して、見つからないようにね」

プリシラが一歩下がる。もう、話は終わりらしい。

「カラス君。早速選択の時だよ。先延ばしをするのならば、この先の通りを左に。友誼をとり、自分を変える機会がほしければ右に行くといい。そして、全てを投げ出したければ逆方向に逃げるんだ」

「まさか、最初からそれが狙い? ずいぶんと、親切になったね」

「全て偶然だよ。むしろ、左への道はレイトンが用意したんだろう? それを避ける道を示しているんだ。私は、可愛い子には優しいのさ」

またねちねちと嫌みを言い始める二人。やはり、似ているのだ。

「じゃあね、カラス君。君が大人になった頃、また会おう」

プリシラが頭を下げる。

多分、隙を見つけたわけではない。だが、それにあわせてレイトンは跳んだ。

「そして、レイトンも。次に会うときも、可愛いままでいてくれるといいな」

そんなレイトンの攻撃も意に介さぬようで、レイトンが剣を振り切ったその時には、プリシラはその場にいなかった。既に気配も消え、行き先もわからない。

レイトンも、そうなると思っていたのだろう。一切の悔しさもにじませず、周囲を見回した。

「……きみがあいつと仲がいいとはね」

「そうでもないです。何度かお会いしただけですよ」

レイトンのその目は、プリシラの痕跡を見逃さない。そのはずだ。

きっとその目は、わずかな痕跡からそれをつけた人間を 想像(創造) することまで出来るのだから。

「しかし、どういうご関係で? レイトンさんこそ、随分と親しそうでしたけれど」

僕はからかうようにそう尋ねる。

レイトンとプリシラの因縁は少しだけ気になるが、僕が関わることではあるまい。きっと、それはごく私的なことで片付くのだから。

「きみも薄々気がついているだろう。いや、その目は確信している目だ」

断念したらしい。周囲へ向けていた視線を切り、レイトンは僕の方を見る。

追えるものならば諦めることはしない男だ。それが、追跡を諦めた。

やはり同類。手強い相手なのだろう。ならばもう会いたければ、また位置の特定から始めなければいけないということか。……気の遠くなる話だ。

「……あいつの姓は聞いたかな?」

「いいえ。プリシラ、としか名乗られていません」

この世界、姓を持たない人間は僕を含めて多い。だからあまり違和感はなかったし、疑うこともなかった。

レイトンは、先ほどプリシラが示した道と反対に向く。

人払いのお守りとやらを外すのだろう。……どういう仕組みなんだろうか。魔道具かな?

そして少し歩いてからぴたりと足を止めると、こちらを一切見ずに捨て台詞のように次の言葉を吐き出す。

「あいつの名前は、プリシラ。プリシラ・ドルグワント」

やはりか。僕はその言葉を疑うことなく受け入れ、ただ頷く。そしてもう一つの情報も、予想に違わぬものだった。

「ぼくに残ったたった一人の肉親で……ぼくの姉さ」

それだけ口にし、レイトンは荒れた地面を踏みしめて歩き出す。

「早いところ、きみも選んだほうがいい。どの道をゆくのか、選ばないと。時間は影よりも速く追いついてくるよ」

僕が先ほどの二人を見て種に気付きつつあるからだろう。

レイトンは姿を消すことなく、まっすぐに歩いていった。