軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

久しぶりの森暮らし

おぼろげな記憶を頼りに森を進む。

森には何度も来たことがあるが、南東方向のこちらは初めてだ。

街の東側を南北に横切る川の下流、街から少し離れたところにその小屋はあるらしい。

正直、身を隠すのならば透明化魔法で充分だ。

いつもの街中でも、透明化していれば誰にもバレない。闘気を持つ誰かに接触されない限りは。

そうした方が楽だとは思うのだが、それでもここまで来た意味はある。

時間と場所が欲しかったのだ。

勉強する時間と場所が。

そういえば、森を狩人達に捜索されたとき、デンアはどうして僕の居場所がわかったのだろうか。透明化魔法は機能していたし、見つかった当初はまだ闘気を使ってもいなかった。

何か、見破るコツでもあるのか。

謎だ。

大きな木が目印にあって、そこと川の中間地点に小屋はあったはずだ。

僅かな記憶に縋る。

しかし、無い。

がさがさと茂みをかき分け、それらしきものを探すが、木々の隙間にも小屋は見えなかった。

もしかして、地図を読み間違えただろうか。

メモ書きか何かをしてくればよかったか。いやしかし、ここはセーフハウスのようなもので、あまり場所の手がかりを残すのはまずい。それもあって、グスタフさんは地図をくれなかったのだろう。

上空に上がり、周囲を見回す。

空からならすぐ見つかるかとも思ったが、木の枝のせいかそれも見えない。

流石、グスタフさんが隠れ家として指定しただけある。

いったん、店に戻った方がいいだろうか。何とか頼み込んで、地図を貰うとか。

そう思ったが、やはり戻れない。

見つからなかったので帰ってきましたとか、格好悪い気がする。

仕方ない、地道に捜索しよう。

魔力を限界まで広げ、周囲の把握をする。

木々の葉っぱの一枚一枚が手に取るようにわかるが、今はそんなものどうでも良い。

小屋というのがどういう物かもわからないが、居住空間があるような建造物ならすぐにわかるだろう。

あたかも森の雑巾掛けでもしてるように、ふらふらと飛び回る。

これは大きいが、岩。

これは空間があるが木のウロだ。違う。

そうして捜索して、ようやく見つかった。

背の低い木で周囲からは見つからず、高い木の枝で上からも見えない。そんな場所に、蔦が這う石積みの建物があった。

蔦が這っているため、壁は一見緑色にしか見えず、苔の生えた大きな岩にも見える。しかし、寄ってみれば確かに窓があり、煙突や扉を備えた立派な小屋だった。

「へぇ、こんな良い場所を、ねぇ……」

思わず称賛の溜め息が漏れる。

小屋の中は中々良い状態だ。全体的に埃が被ってはいるが、雨漏りや罅などの痛みもない。定期的に誰かが来て手入れでもしてるのだろうか。

バタンと扉を閉めると中は真っ暗になった。

取りあえず、窓があったから採光は出来るだろう。指先に明かりを灯し、窓の側に寄る。

そこにははめ殺しの窓ガラスの内側にもう一枚木の引き戸があり、光を遮っていた。夜間はこれで明かりが漏れないようにするのだろう。

適当にテーブルを見つけ、その横の椅子に座る。テーブルに指をツーッと滑らせると、指先が埃で真っ黒になった。

まずは、掃除か。

近くの沢に水を汲みに行く。水桶は小屋の中にあった物だ。これも埃を被ってはいたが、水で洗うとすぐに綺麗になる。

これから涼しくなる気温に合わせてか、川の水はもう冷たかった。

ボロ布に水を含ませ、取りあえず目につくところを拭いていく。冷たい水で手が悴む。

三回も布を洗えばすぐに水は真っ黒になった。その度に水を汲みに行き、せっせと埃を取る。

その繰り返しを何往復かしてから、気付く。

魔法で水が出せるじゃないか。

それに気付いてからは、早かった。

考えてみれば、水は別に飲むわけでもなく、布に含ませるのに必要なだけなのだ。魔法で出して雑巾を濡らしても特に問題は無い。

そして、魔法で出した物はすぐに蒸発するように消えてしまう。

つまり、水魔法で小屋内を水浸しにしても、魔力の供給をやめればすぐに乾いてしまうのだ。

結論として、高圧水流の出番だろう。雑巾すら不要だった。

指先から水を噴き出し、壁やテーブルを洗っていく。

濡れた端から綺麗になり、そして乾いていくその様は見ていてとても面白かった。

下に流れたゴミを始末すれば、もう終わりだ。

僕はもしかして掃除屋になれるんじゃないかな。

新築同然とはいかずとも、綺麗になった小屋を見て満足感に浸る。

「いいじゃないかこれ。スラムでの寝場所でも使えば良かったな」

そう呟いた声を聞く者は、誰もいなかった。

住居の清掃は終わったし、あとは食べ物の確保だろう。

グスタフさんは安く売ってくれるといったものの、どうせ森で採れるからと僕が断ったのだ。

作業自体はいつもと変わらない。

すぐそこの川で、魚でも捕れれば良いな。

魚を捕り、焼いて食べようと思った頃には、もう日が暮れ始めていた。

いつも通り、そろそろ寝よう。

僕は魚を頭から丸かじりし、刺してあった木の枝を捨てて毛布の上に寝転がった。

日が昇ると目が覚める。我ながら、健康的な生活だ。

背伸びをして深呼吸をすれば、体がパキパキと鳴る。慣れない寝床で寝たせいだろうか。建物自体はいつも寝ている所よりもだいぶ上等だというのに。

朝ご飯は何にしようか。

水で顔を洗い、一息つく。小屋から出て、辺りを見回せば一面の森が広がっている。

耳を澄まさなくても鳥の鳴き声が響いている。

今日のお昼は鳥にしよう。まずは朝ご飯だが。

魚か、鳥か、そう考え見回しても、ぴんとくるものはいない。

なんとなしに近くの木に寄ってみると、木の実はもう熟してしまったのか実っておらず、ただ葉っぱだけしか残っていない。

朝から鳥を捌くのは面倒くさいし、木の実はない。

仕方ない。

二回続けてしまうが、魚にしよう。そう思い、振り返るところで視界の端に何か動く物があった。

何かが、木の葉っぱについていたのだ。

穴の空いた木の葉っぱ。その上で、うねうね動く白い体。

芋虫だ。

よく見てみると、群生しているのかそこかしこにいる。

蚕は完全に家畜化されたせいで野生のものが絶滅したらしいが、この世界では残っているらしい。

よかった。朝ご飯は、二回続けての魚では無くなりそうだ。

そうして生活を始めて約一日。

焼き鳥を食べ、余った骨や内臓を埋めている最中に来客があった。

「また会ったな」

ニクスキーさんは静かに小屋の前に現れると、挨拶もそこそこに小さな包みを僕に差し出した。

「こんにちは。もしかして、頼んでおいた物でしょうか?」

「ああ」

それだけ言い、僕が包みを受け取ると、懐から紙を取り出す。

「こちらに、受け取ったという記名を。筆記するものは持っているか?」

「えーと……」

僕は記憶を探る。たしか、昨日小屋の中を片付けしたときに竹ペンのような物がいくつかあったはずだ。インク瓶らしき物も、一緒にあったと思う。

「ちょっと待って下さいね。探してきます」

そう言ったところで、このまま立たせておくのもまずいかと気付く。それにちょうど良い。色々と聞きたいこともあるのだ。

「……いえ、中にどうぞ。特に何もおもてなし出来ませんが」

「ここで構わない。この小屋は外から見えない作りになっているからな」

どうやら、玄関を動くつもりはないらしい。正直に言ってしまおうか。

「色々とお聞きしたいこともあるので、どうぞ中に。物を書くときにテーブルも必要ですし」

そう言うと、短く息を吐いてゆっくりとニクスキーさんは部屋に足を踏み入れた。

「ああ、あったあった。まずは名前書いちゃいますね」

インク瓶に棒の尖った先を浸し、インクを吸わせる。

そこで、筆が止まった。そういえば、ここになんて書けば良いのだ。

そしてすぐに、ああ、と気付いた。名前はこの前ついたじゃないか。しかし、まだ問題がある。

ニクスキーさんの顔を窺うと、怪訝な顔をして眉を顰めた。

「ええと、『カラス』と書きたいんですが、綴りはどんな感じでしょうか……?」

文字は読めるし、言葉は話せるのだが、綴りに自信が無い。

おそらくこうだろう、という予想はあるのだが、間違っていては困る。

ニクスキーさんは、フムと鼻を鳴らすと、手を広げて差し出した。

「貸してみろ」

そうして僕の手からペンを取ると、机に文字をさらさらと書いていく。

「これを、真似しろ」

そうして書かれたスペルは、一応僕の予想と同じだった。やはり正しかったのだ。

「ありがとうございます」

僕は礼を述べ、もう一度インク瓶にペン先を浸す。そして、その綴りの通りに書こうとした。

しかし、それも少し難しかった。インクの量が調整出来ないのだ。筆遣いが速ければ掠れて見えなくなるし、遅ければインク玉で染みが出来る。

悪戦苦闘して書き上げる。

初めて書いた僕の名前は不格好だったが、それは『カラス』と自信を持って読むことが出来た。

「確かに受け取りました」

僕が差し出した受取証を四つ折りにし、ニクスキーさんは懐にしまう。

「それで、聞きたいこととは?」

「グスタフさんのことです」

その言葉に、ニクスキーさんは居住まいを正したように見えた。

グスタフさんが、ハマン達に苛烈な理由。

ちょっとしたことなのだが、疑問は解消してしまおう。