軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大人になってしまう前に

「さっきの奴、何だったんだ?」

おそるおそるといった感じで、通路の前方を行くモスクが僕に尋ねる。

どこまで言って良いものだろうか。いや、僕の知っている限りのことを言えば良いか。

「モスクさんもご存じの通り、聖騎士さまでしょう。僕を目の敵にしているようですね」

「そう、それも気になったんだけど、お前、何したの?」

「何も」

僕がそう端的に惚けると、モスクはぴたりと止まる。それから、窮屈そうに頭だけ振り向いた。

「いや、だってお前、聖騎士があんだけいうなんてなんも悪いことしてねえとかねえだろ」

「悪いことはそりゃしてますけど、僕に恥じることはないですね。モスクさんは、自分が悪いことなんてしてないと思っていますか?」

「何で俺の話になるんだよ」

不思議そうに眉を顰める。まあ、はぐらかすための方便だし、それに僕らの生活上、その辺りを意識してしまえば何も出来ないのだ。察せないのも当然だろう。

「お互い、法に触れることなんて山ほどしてるじゃないですか」

「……まあな」

納得してくれたようで、それきりモスクは何も言わなかった。

「よっと……」

通気口から飛び降りる。飛び降りた先はモスクの部屋だ。

ミールマン探検隊はもう終わり。ずっと動いてはいたものの、狭い通気口を屈んで動き続けたのだ。体を伸ばすと関節が少し鳴った。

モスクも同じように簡単に柔軟体操をしながら、穴を見上げる。

「とまあ、そんな感じだ。この穴から街のいろんなところに行ける」

「……そういえば、そんな話でしたね」

案内してもらったのはそんな話からだったか。色々見た上に面倒な輩に絡まれたのですっかり忘れていた。

「忘れんなよ。で、廃棄階層を挟んじまえば途端に利便性が悪くなる。下の馬鹿どもは、その辺考えないで階段普通に使ってるんだぜ。一部廃棄階層から表層に繋がってる道もあるけど、こっち使った方が断然便利だ」

「ええ。そっちの道はわかりませんが、ここも便利な道でしたね」

イラインで例えるなら、隠密性の高い路地。それも、こちらのほうが断然盗みや移動には便利だ。入り組んだ通気口はそのまま迷路のようでもあり、追われても逃げ込んでしまえば何とかなるだろうと思えるほどだった。

「だろ?」

ニヒと笑う。得意げな顔。こんな風に説明をすることもなかったのだろうと、そう思った。

「で、ここまで案内してやったんだ。当然、お礼くらいはするよな?」

「これまた直球ですね」

壁にもたれてドサリと座りながら、モスクは僕にそう要求する。あまりにも直接的なその言葉に、僕は少し笑った。

「お門違いだとも思うが、それでも練武場の覗き穴が使えなくなっちまったんだ。それくらい、なんかしてもらわねえと割にあわねえし」

「ま、あれは僕のせいでもありますし、いいでしょう。どんなものが欲しいんです?」

食べ物、薬、提供できるとしたらそんなものだが、それで納得してくれるだろうか。

「それなんだけど、ちょっと相談があんだよ」

「相談?」

モスクは自分の手を見つめる。それから握り、震える拳をぱっと開いた。

「もう一度、俺と一緒に廃棄階層に潜ってほしい。お前の強さが、必要なんだ」

「わかりました」

僕の答えに、モスクは目を丸くする。なんだろう、良いと答えたのに。

「即答かよ」

「ええ。それくらい苦ではないので」

一緒に廃棄階層に潜れ。つまり、探索の依頼だ。依頼者の護衛も含まれてはいるが、そう危険でもないだろう。

僕の答えに納得はいっていないのだろう。それでも二、三瞬きをして、それからモスクは言葉を絞り出した。

「まあ、いいや。よろしく頼む。……時間は……、そういや、お前違う街からここに来たんだっけ? 泊まる場所とか決まってたりすんのか?」

「ええ。一応宿を取ってあります」

「もう夕方になるし、泊まらなきゃ損だな。すると、明日朝から。一日がかりになるけどいいよな」

「わかりました」

「目的は道すがら話してやる。お宝が出たら山分けだ」

鼻息荒く、モスクはそう言う。お宝狙いなのか。

「何か用意するものは?」

「特にない。だって、さっきの様子ならお前素手で壁壊せんだろ?」

「まあ、……それが目的ですか」

「それもある。それに、道すがら教えてほしいものもある」

「教えてほしいもの?」

人差し指を立てて、モスクは得意げに口の端を吊り上げる。いやらしい感じではない。どちらかといえば、希望を見つけた人間の顔だ。

「水天流の心得があるお前なら、教えられるだろ? 俺に、戦い方を教えて欲しい」

言い切ってから、ゴクリと唾を飲み込む。それなりに緊張しているのだろう。

だが、そのお願いには即答できなかった。

教えたくない、というわけではない。

戦い方というのは、一朝一夕では身につかないのだ。

ハイロのような喧嘩殺法ですら、多くの経験が必要だ。ましてや、武術の型。僕が何年も掛けてキーチの横で套路を覚え、反復練習をして、それでも使いこなす域には達していない。 明日道すがらで、など簡単に出来るわけがない。

それに、教えたくないというわけではないが抵抗はある。

「…… 大目録(皆伝) を持っていない者や師範代とされる者でない者が教える、というのは一応武術では禁忌のはずですが」

生半可な技術はむしろ危険だ。ウェイトも言っていたが、少しだけ技術を身につけた者は虚勢を張ってしまう。まして、指導の技術が洗練されていない者が教えてしまえばそれは顕著だ。僕も気をつけないといけないか。

まあ多分、その禁忌の主な目的は技術の拡散を防ぐためだろうが。

「いや、それは俺もわかっている……んだけど、だって、そうでもしないと俺みたいのはいつまでも技術なんて学べない。外弟子になるために継続的に金なんか出せないし、こんな生活している奴が、内弟子になんかなれないし……」

「……戦わずに生きる、という手もありますが」

そもそも、戦い方など覚えてどうするというのだろうか。今日案内してもらった限りでは、戦う場所などない。生活するために、戦う必要などないのだ。

「だけど……、俺みたいな孤児が身を立てるには、なんかが必要なんだ。お前もわかるだろ?」

「身を立てて、何をするんですか?」

言いながら、気づく。

これは、僕が昔考えたものだ。

僕のときは、ただ身分差に憤った。何か良いことをしても、身分だけ見て、礼すら言われず立ち去られるのが悔しかった。身分だけ見て、悪者扱いされるのが嫌だった。

だから、貧民街から出たのだ。またたまに石ころ屋を使うために戻ってしまっているが、それでも、脱出しようと働いたのだ。

では、モスクの答えは? 僕は耳を傾ける。

「何をするかは決めてない。けど、ずっとこのままじゃいられない。鼠や残飯を食いながら、一攫千金を狙って廃棄階層を漁る毎日。当たれば良い。けど、当たらなかったら? 大人になる前に、こんな生活をやめなきゃいけないんだ」

「だから、強くなりたいと」

「使うかどうかもわかんねえ。けど、選択肢は多くなくちゃ、本が一冊しかなけりゃ、それしか読めねえんだよ」

「そう、ですか」

僕は力なく呟く。今更ながら、グスタフさんの気持ちがわかった気がする。

ハイロやリコが働きたいと言ったとき、多分こんな気持ちだったのだ。

その日暮らしをやめたい。だから、安定した職が欲しい。

「……通陽口には大人がいない、って知ってるか?」

「いえ?」

苦々しい顔で、モスクはそう口にする。

たしかに、見たのは子供たちだけだったが、それすら一つの集団を見ただけだからサンプルが少なく判別がつかない。

「通気口、俺らは使ったよな。でも、大人は使えない。使えなくもないが、俺らみたいに楽に移動できるわけじゃない」

「まあ、きつそうですしね」

僕らは体が小さいから使えるのだ。小柄であればなんとか四つん這いでもいけるかもしれないが、平均的な成人男性では、匍匐前進に近い形で移動することになるだろう。当然、移動速度は落ちる。

「だから、ってわけじゃない。俺らは成長しても体は小せえし。食べ物や目立ちやすさや、体力とかもあるだろう。でも、大人はみんな、この穴からいなくなっちまう。死ぬか、強引に衛兵に連れてかれるか」

誰か、実際に見たことがあるのだろう。モスクの目は、ここにいない誰かを見ていた。

「死ねば、通陽口の底に投げ捨てられる。それが俺らの運命だ。だから、大人になるまでに、ここを出なくちゃいけねえ。そのために、何でも必要なんだよ。だから」

モスクは頭を下げる。

「頼む。協力してくれ」

真摯な嘆願。そう思った。そんな、道すがら教えて欲しいという程度で。

だが、きっとそれだけ切実なのだ。

僕は息を吐く。まあ、それくらい良いだろう。と、そう思って。

「明日、適当に僕は自主練しますんで、それでどうにかしてください」

「いいのか?」

「ええ。周囲に気を配っていなかった僕に非はありますが、盗み見た誰かが勝手に覚えてしまったのはきっと仕方がないでしょう」

というか、僕も盗み見て覚えたのだ。大きな事は言えない。

「助かる」

「では、話はそれくらいでしょうか。僕はそろそろ宿に帰ります」

「あ、ああ」

断られると思っていたのだろう。安堵の表情で、モスクは何度も頷いた。

「ちなみに、泊まってるのはどこだ?」

「『モグラ穴』です」

「ああ、だったら、そこの通気口から、突き当たりを左に曲がって、そこから二つ目の縦穴を上がって、後ろを振り向いたら真ん中を……」

「え、えっと?」

親切に、道順を教えてくれるモスク。近道なのだろうが、複雑でさっぱりわからない。

結局僕は、手元の紙に記したメモを見ながら、暗い通気口の中を這っていくのだった。