軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

兎の穴

ぼさぼさの髪の毛。僕と同じく黒い髪だが、絡まってぱっと見はフェルト生地のようだ。

年の頃は十そこそこ。つまり、僕と同じに見えるものの、彼が孤児ならそこより多少上だろう。つまり、僕と同じか少し上くらい。

そして、贅沢にも眼鏡をかけている。つるは曲がってレンズにヒビは入っているが、それでもやはり眼鏡だ。

それなりに高価なものなのに、どこで手に入れたのだろうか。

齧り付くように読んでいる本を覗き込めば、文章半分に図が半分といったところか。棒と棒が接触している図があり、ところどころに矢印が引かれ、さらにそこに注釈のように細かい文字がびっしりと書き加えられている。

まるで教科書のようなその本は、多分娯楽のためのようなものではないだろう。

少し話を聞いてみたい。

エウリューケ風にいえば、脳脊髄液を交換したいとかそういう言い方になるのだろうが……どうして僕はその例えを思い浮かべたのだろうか。毒されては駄目だ。

少年の目を見れば、読み流しているようでもなく、ぺらりぺらりと捲られる本を確実に読んでいる。炎のちらつきで、目が疲れるだろうに。

だが、その目の動きは、何度もこの本を読んだことがあるという感じだ。記憶するために読んでいるのではなく、確認するために読んでいる。

そして、思った通りキリの良いところまで行くと、読みたいところは読めたらしくぱたりと本を閉じる。

それから、壁際に巻いて置かれていた大きな紙を取り出し、床に広げた。

そこには墨で、回路図のような……いや、多分地図が書かれていた。それも、薄い紙を何枚も使って。一枚には単純な線で簡単に描かれている地図。だがそれを何枚も重ねて見れば、下の絵が透けていくつもの地図が重なって見えた。まるで網目模様のような複雑なそれは、一見しても意味をさっぱり読み取ることが出来なかった。

そこにつつと人差し指を走らせ、それから眼鏡のずれを直し、唸る。

悩んでいる様子だが、本当に何をしているんだろうか。

ここで姿を見せても駄目だ。

僕らと同じような者であれば、自らの使っている拠点に足を踏み入れた見知らぬ者は、即ち敵だ。話も出来ないだろう。

何かとっかかりがなければ。だが、姿を隠している侵入者の身では、とっかかりなど作れない。せめて、姿を晒したまま入ってきていれば……。

そうか。迷い込んだ体でいいや。

僕は、穴の入り口まで戻り、姿を現してからわざと足音を立てて穴に入っていった。

「誰だ!」

僕の姿を認めると、少年は広げた地図をまとめて部屋の隅に放る。まるで隠そうとしているように。まるでもなにもないか。

僕はその少年に向けて、手を上げて害意はないことを示した。いつもやって無視されている仕草だから、僕の気持ちの問題だけど。

「すいません。人の灯りが見えたもので」

「ここは俺の家だ! 出て行けよ!」

予想していた反応だ。貧民街の住人と同じように、警戒心が強く話をするよりもまず敵対する。だがまあ、姿を隠したままでは会話すら出来なかったのだ。この方が良いだろう。

「ここ、貴方の家ですか。すいません、この街に今日来たばかりなので、勝手がわからないんです」

「そんなの関係あるかよ、とっとと出て行け!」

がるる、とでも言いそうな感じで威嚇する少年を意識的に無視して、僕は中を見回す。

先ほどから見ていたが、埃を被った床に、煤けた壁。荷物と本には埃があまりついていないことからして、その辺りは頻繁に触っているのだろう。

中でも地図の置いてあった辺りは邪魔になるような布や瓦礫が少なく、頻繁に地図を読んでいたことがよくわかる。

「で、家……ですか」

「ああ。家だよ、ようやくここを見つけたんだよ、お前になんか渡してやるもんか!」

「奪う気はないですし、その辺りは安心していただいて結構です。といっても信用できないとは思いますが……」

どうしたものか。会話は出来た。ここから警戒心を解かなければいけない。

「欲しいんならお前だって探してこいよ!」

悩む僕にそう少年は叫ぶ。だが、それから一瞬黙って両手で眼鏡の位置を調整しながら、そして迷いながら僕のほうを伺うように見る。

僕の顔を見て、手を見て、足を見て、それからまた顔……、いや、これは身長を見てるな。

それからにんまりと笑った。

「……いや、そうか。お前、家が欲しいか?」

「いえ、ですから欲しいわけではないと……」

「じゃあ、出たもんをわけてやるから、ちょっと力を貸せ。人手はあったほうがいい」

「……はあ」

何となく強引な少年に、僕は先ほどの行動の理由も尋ねることは出来なかった。

「とりあえず、下に降りるぞ」

「どこに行くんですか?」

いきなり主導権を握り始めた少年は立ち上がり、穴を出て行こうと歩き出す。

突然無防備になりすぎではないだろうか。正体不明の僕に、背中を見せるなど。

顔だけ振り返った少年は、僕の問いに答える。何を馬鹿な、という顔で。

「ここから二十階層くらい下の層だ。廃棄階層にギリギリはいった辺りだな」

「廃棄階層?」

「そんなことも知らねえのかよ。馬鹿だな。まあいいや、来ればわかるって」

腕を回しながら、少年は僕を引き連れ階段を下っていった。

てくてくと階段を降りていく。どんどんと薄暗くなり、そして空がもはや点にしか見えない。夜目が利くのか少年はすいすいと歩いて行くが、これはここの街の人間にとって普通なのだろうか。

だが、正直飽きた。レシッドが遺跡の階段を下っていったときと同じような感じだろう。

「飛び降りちゃいましょうよ」

なのでそう提案すると、少年は鼻で笑った。

「魔力や闘気が使えりゃあな。んなもん使えたら、俺だって飛び降りてやるよ」

「じゃあ行きましょう」

同意は得た。僕が壁に背を向け穴を覗き込み、着地の位置に見当をつけると、少年は僕の肩に手をかけた。

「馬鹿野郎! 死ぬ気か!?」

「いえ。ただ、手っ取り早いので」

「自殺願望でもあんのかお前」

ため息をつき、それから僕を無視してまた階段を下ってゆく。どこまでいけばいいか教えてくれれば、抱えて降りるのに。

道中で、少年の家と同じようにくり抜かれた場所を見つけた。中からは人の声もする。

そこから一人だけ見えていた男の子が、少年と僕に気がつくと、立ち上がって寄ってきた。彼らも孤児らしい。清潔ではない服に、痩せた体。日に当たっていないからか、肌が真っ白だ。

「モスク、お前また誰か捕まえたのか」

「ハハ、また? 気狂いに付き合う馬鹿がまだいたのかよ!?」

その、嘲る笑いにモスクと呼ばれた少年は応えない。ただ、鼻を鳴らして視界に入れなかった。

モスクの反応に、期待したものが得られなかったのか、声をかけてきた少年は僕の方を向く。

「見ねえ顔だけど、新入りか? 悪いことは言わねえから、付き合わねえ方が良いって。そいつの妄想に付き合ってちゃ、腹減るばっかで何の役にもなんねえよ」

心配そうな声音。その心配は本心ではあるのだろうが、どちらかといえばモスクをからかう意図のほうが強いらしい。ならば僕も、付き合わなくてもいいか。

「忠告ありがとうございます。もう少ししたら考えてみます」

とりあえず、どこに案内されるのか確かめてからの話だ。それに、気狂い? 何を指して言っているんだろうか。

一段と早足になったモスクは、駆け下りるように階段を降りていった。

やがて、閉じられていた口が開かれる。

「ここだ」

モスクの声に、僕は立ち止まる。そこの建材はかなり古い石で、触ってみれば若干湿っぽい気もした。下からは常に温かい風が吹いてきているのに、乾いたりしないのだろうか。

そこに開いていた穴。使われていない廊下とそこから繋がる部屋のようだが、それでも通行が出来るようで迷いなくモスクは入っていった。

部屋も少し不思議な構造になっていた。簡単に言えば、壁が増えている。

明らかに出入り口だったであろう場所が建材で塞がれ、通行が出来なくなっているのだ。

しかしその分、モスクが開けたのだろうか? 人が一人なんとか通れるほどの穴がいくつも開けられており、そこを通れば元通り通行できるようだった。

いくつかの部屋を経由し、やがて袋小路に出た。そして、そこの壁も削られている。だが、穴は開いておらず、外側の建材が剥がされているだけだ。

「ここが……なんです?」

「察しが悪いなぁ、馬鹿かよ。ここに穴を開ければ、なんか出てくるの!」

「……はぁ」

モスクは床に置かれた手のひら大のツルハシのような道具を手にし、壁にたたき込む。

かつんかつんと音がして、小さな穴が開けられていった。

「お前は、俺が良い感じに石を割るから、全力で蹴って石を剥がしてどけろ」

「ここに穴を開ければいいんですね。じゃあ、離れていただければ」

何かが出てくる。もしかして、その場所を確認していたのが先ほど地図を見ていた理由だろうか。……しかし、地図に載っているのであれば、人が知っている場所だということだろうに。

「盗みじゃないんですか?」

「こんな古い階層だ。持ち主もおっちんじまってるさ。……いや、じゃなくて下がれってお前馬鹿か、一人で穴を開けられるわけが」

「盗みじゃないなら良いです。それより、手っ取り早く開けましょう。報酬として、後で色々と話を聞かせてくださいね」

それが目的でここまで来たのだ。もう半分くらいは達成している気もするが、この街について、いろいろと聞いてみるのも良いだろう。

壁をたたいて確かめる。厚さは三歩分くらいかな? これならば、魔法で周囲に衝撃を逃がさないようにすれば円形にいけるか。

「じゃ、行きます」

「いい加減にしろよ!? 力自慢とでもいうのか? そんな小さななりで!? 俺だってなぁ! 水天流の心得ならあるんだぞ!! そんな俺でも……」

元気の良いことを言う。そういえば、ここミールマンは水天流の開祖が六花の型を開眼した場所だったか。なので、大きな道場があると聞くが、そこも後で見に行ってみなければ。

踏み込み、拳に力を込める。そして、軽く突き出す。

闘気を使い強化された拳は足から伝わる力を存分に壁に伝えて。

「は?」

舞い上がる砂埃。きれいに円形にくり抜かれたその穴の先に、瓦礫が散った。