軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

坂の城塞

イラインから北へ。

最終目的地はリドニック。聞いた話では、僕の足でなら一週間もあれば着くだろう。馬車ならばもっとかかるし、急げばさらに短縮できるはずだ。

今のところ、急ぐ旅ではない。まず目指すのは副都ミールマンだ。

ネルグの辺縁を伝い、北へ向かう。

街の変化ではなく気候の変化を見るのに、ネルグの森は最適だった。

三日ほど、ひたすら歩き続けた。

干し肉を囓りながら、道すがら食糧を補給しながら。

まだあまり離れていないからだろう。イラインと比べても特筆すべきようなところは見つからない。同じような街並み、同じような地面、同じように見える人々の服装。同じ国内だからということを差し引いても、人はやはり同じような生活をしていた。

だが、やがて一つ違うところが出てくる。森の木々だ。

様々な種類の木々が混じり育つネルグの森。イラインの近くでは広葉樹のようなものが多かったと思う。イラインの近くというよりも、ネルグの西側といったほうが正しいか。

木の実も葉っぱも大きく、風が吹けばざわざわと揺れる。

それが、北に行くにつれて変化が出てきたのだ。

簡単に言えば、混ざった木々に針葉樹が増えてきた。背は高い木々。細い葉が枝にびっしりとつき、指先ほどの青い実がつく。風が吹いても揺れず、ただ葉っぱの間を通り抜けてゆくだけ。

ちなみにその青い実は、苦くて三粒しか食べられなかった。

そして、木々が変わると次にはそこに止まる鳥が変わっていった。

イラインでは見たことのない鳥。白い体だが、羽の縁は赤い。下半分が丸く膨らんだ嘴で、青い実を枝からこそげ取る。

その嘴の下半分に青い実を溜め込んでいるのは保存食だろうか。ゴロロロと鳴くその鳥は、僕に警戒もせずただ虚空を見つめていた。

「で、ここが……」

四日目。大きな麦畑の奥に見える城塞を見て、僕は足を止める。

白い石のブロックを見上げるような高さに積みあげて、所々に狭間のような穴が開いているのは見張りの穴だろうか。その壁の上には点々と見晴台のようなものまでついている。

イラインのような、とりあえずある壁とは違う。

城塞都市とでもいうような、巨大な壁が、目の前に立ちふさがっていた。

城といっても屋根があるようなものではない。

ただ、巨大だ。広大な都市の周りを全て高い壁で囲み、城のような形にしてある。

門をくぐればすぐに坂道が始まり、それは中心の城まで一直線に続いていた。

入ってみても、巨大な城、ではある。

だがそれともちょっと違うような印象を受けた。悪い意味ではなく、イラインより少し住民はおとなしい感じがする。啖呵売の類いがない。

ぱっと見、履いている靴にブーツが多いというのはやはり寒冷だからだろうか。リコがいれば喜んで解説してくれそうだが、いないのだからしてはもらえない。

春から夏になるような時期、ではあるが、長袖の者ばかりだ。

道が狭い。門から入り、城まで続くということはここは大通りのはずだ。しかし、イラインの通りと比べるとやや狭いと思う。露天商のような者が道に布を敷いて並んでいるが、向かい合うそれらが少し窮屈そうだ。

そして道が狭いためだろう。両側にある石造りの建物の圧迫感が増している。覆い被さってくるようにも感じるその高い建物のせいで、空が狭く遠い。

気候もイラインよりはきっと涼しいのだろう。けれど、そのこじんまりとした感じが、僕に違った種類の冷たさを覚えさせた。

石畳の質は良い。イラインではややでこぼこしていたが、ここは隙間もなく詰められており、引っかかりがあまりない。

というより、よく見回してみれば石畳だけではない。

建物も、路地も、全てが一体化しているほど建材の密度が高いのだ。

やはりそれは寒いからだろうか?

そういえば、開けてある木戸を見れば外側と内側に二重についている。気密性を上げてある、ということだろうと僕は納得した。

以上、総評としてはこじんまりした街という感じだろうか。

平屋もなく、見える範囲では全て三階建て以上。きっと、人口密度はイラインよりもかなり高くなっているだろう。

人口密度。それを考えてふと思った。

この街には、貧民街のようなものはないのだろうか?

通りですら入り組んだ路地のような街を適当に歩き、見て回る。路上で暮らしているような者は見受けられず、浮浪児のような子供も見つからない。皆、良い服を着て歩いている。

それ自体、喜ばしいことだ。喜ばしいはずだ。

けれど、やはり育った環境のせいだろうか。

そういう場所が見つからないのは僕にとって、少しだけ居心地が悪く感じた。

雰囲気を楽しむのも良いが、泊まるところを探さなければ。

そう思った僕は、それらしい建物を探す。適当な食堂に入って聞いてもいいかな。

「この辺りじゃ、『もぐら穴』がいいんじゃね?」

黄色い髪の毛に、耳の輪郭が覆い尽くされるほど多くのピアスをつけた店員に聞くと、そう悩まずに教えてくれた。

「ありがとうございます」

ついでに頼んだ料理の匂いを吸い込みながら、僕はお礼を口にする。

目の前にあるのは、赤いスープだ。魚のぶつ切りが浮かび、玉蜀黍の輪切りと一緒に煮込まれているようで、スープは少しとろんとしていた。

この街の食堂では、メニューというものがないらしい。

入ると席に案内され、半銅貨一枚を求められた。そして、受け取った店員が奥に入っていくと、すぐにこの料理が運ばれてきたのだ。

僕が差別されていると一瞬疑ったが、そういうことでもないらしい。僕のすぐ後に入ってきた男性も、同じようにしていたのはこの目で見た。

この街というかこの店だけなのかもしれないが、そういうルールなら従おう。

スプーンを使い、魚を持ち上げる。これはネルグの中でよく見ていた川魚だ。だが、ロカリティと言っただろうか? 柄が違っており、背中に斑点があったはずが線が入っている。

口の中で骨ごと噛み砕けば、味は変わらないらしい。

味付けは酸味のある、薄味だった。

さて、聞いた『もぐら穴』というのはどこだったか。

食堂を出て、建物に黒い石で直接刻まれた印を頼りに僕は歩き出す。

歩いていて、もう一つ気がついた。この街には、平地がない。

いや、起伏があるとかそういうものではない。だが、坂道ばかりだ。傾斜がついた道がずっと続き、隣り合った建物の屋根は、同じ階数なのに段になっている。

中央の城を頂点とした、逆すり鉢状の街。改めてみてみるとそんな形だ。

どういう意図でこんな形になっているのだろうか。

正直、少し不便だと思う。中央から外に降りるのはいいけれど、外から中央に上がるのは年寄りなどには厳しいだろう。慣れているからそうでもないのかもしれないけど。

そんなことを考えている間に、宿屋に着いたらしい。間口の広い建物の入り口に、『もぐら穴』という看板が掲げてあった。

今回は、六部殺しに会わなければ良いな。

そう苦笑しながら、僕は宿に入っていった。