軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

市民失格

「お前、ふざけてんのか」

グスタフさんが、ハイロを睨む。その鋭い眼光は『仕事の話』をしているときともまた違い、緊張感よりも敵意の方が強く読み取れる。

横にいる僕ですら背筋が凍るような圧力は、火山の噴火を思わせるものだった。

事の発端は、つい先ほどまで遡る。

僕が手に隠した荷物を持ち、石ころ屋の前まで来たちょうどその時、落ち込んだような顔のハイロも店にやってきたのだ。縦線の入ったように影が差す顔に、張り付けたような笑顔で、僕に挨拶してきた。

「よお……」

「……来ちゃいましたか」

僕の問いのような嘆きに、ハイロは頷きで応える。どういう事態になったかは知らないが、ここに来たということは良い方向ではあるまい。それを証明するように、地面の小さい瓦礫で転びそうになるほどハイロの足取りはおぼつかなかった。

まず、前に僕。そして僕の後ろに、縋るように、隠れるようにハイロが続く。

「おう」

軽く挨拶をしたグスタフさんは、僕の後ろのハイロを見て少しだけ眉を動かした。

「頼みたいことが」

「まあ、それは後で聞いてやる。それで、後ろの奴はどうした」

どうした、と疑問形ではあるが、その答えを知っている顔だ。そして、好意的なものではなくむしろ怒りを我慢しているような、そんな顔。

僕が仕切りをなくすように横にずれると、ハイロはぐっと唇を結んで、それから頭を下げた。

「お久しぶりです!」

「頭を上げて、用件を言え。そういう挨拶が要らねえ店だってのはお前だって覚えてんだろ」

その後頭部めがけて放たれる催促の言葉。だがそれには半分しか応えず、ハイロは頭を下げたまま再び口を開く。

「お願いします。助けてください」

「事情を言わんとわからんな」

いつになく冷たい言葉。いや、言葉自体はいつもの通りだが、声音が冷たい。わからない、ではなくわかる気が無いのだ。

それをハイロも感じ取ったのか、頭を上げて、唾を飲んで大きく息を吐いた。

それから、言い辛いことをゆっくりと自分でも確認するように、たどたどしく話し始めた。

「今の職場で、……整理対象に入ってしまったらしく……、もうやめちまえ、と」

「それで?」

もはやグスタフさんの視線はこちらを向いていない。無関心、書類を見つめる目はそれを示している。

「どうにか、とりなして……」

「ふざけるなよ」

ハイロの言葉を遮るように、グスタフさんが吐き捨てる。もう本当は、聞かずとも全部知っているのだろう。だが、一縷の望みをかけて話を聞いてみた、という感じだ。

「話には聞いてる。昨日の午後、本部に戻らなかった。それが、この頃の勤務態度の悪さに止めを刺した。そういうことだな」

「勤務態度が悪かった、って……」

グスタフさんの言葉にハイロが反駁しようとする。だが、自覚はあったのだろうか。グスタフさんが何を言うまでもなく、口を噤む。

「それだけじゃねえな。昨日、カラスの仕事の邪魔をしてた。要人警護に、色ボケでついていくなんて正気の沙汰じゃねえな」

「色ボケって、でもあれはメルティさんだって許してくれたし……、邪魔なんかじゃ」

「邪魔だよ。職人が五人ほど、さっき衛兵の詰め所から解放されたのはどうせ知らねえんだろうけどな」

困惑のハイロが、僕に視線を向ける。それと一緒に、グスタフさんも不満げな視線を僕に向けた。これに関しては僕も悪いと思っているのだろう。気づかれないようにやったのが、裏目に出ていたという話だ。

「で? 助けてくれ? 何をしろってんだ? お前はお前の正当な評価を下されただけだろ。俺に出来ることはねえな」

「いや、でも……」

「そもそも、お前はここに何しに来たんだ? 貧民街は能無しと怠け者が集まる場所。ここはそいつらが使う店だぜ? 貧民街と縁の切れた、お前みてえのが足を踏み入れていい場所じゃねえだろ」

ハイロに二の句を継がせず、グスタフさんは続ける。言っていることは変わらない。単なる、拒絶の言葉だ。

「あの店には、グスタフさんの紹介で」

「もう代金は払い終わってる。お前はもうあの店の人間だ。俺にはもう関係ねえな」

タバコでもあればぷかーっと煙を浮かべていそうな顔で、グスタフさんはハイロの言葉を切って捨てた。

その代わりに、いつもの動作だ。竹の水筒から一口水を口に含み、ゆっくりと飲みこんだ。

「で、もう一回聞くが。……貧民街に住んでもいない、一般の市民のお前が、この店に何の用だって?」

「……親方に、とりなしてくれたら……」

ダン、と音が響く。もはや言葉ではなく、水筒をカウンターに叩きつける音で、グスタフさんはハイロの言葉を止めた。

「お前、ふざけてんのか」

グスタフさんは、それだけ言ってハイロを睨んだ。

「……ああ、じゃあいいだろう」

グスタフさんは長い息を吐く。落胆と、それと静かな怒りを吐き出すように。

ハイロは少しだけ期待を込めた目でグスタフさんを見た。その期待が、応えられないことを知らないように。

「貧民街によく戻ってきたな。この掃きだめの街に」

「な……!?」

ハイロが絶句する。まるで、もう全て諦めたかのようなその言葉は、グスタフさんの本心だろう。

市民としての生活を諦め、この街に戻ってくるといい。そんな、誰も望まない歓迎の言葉だった。

「なんだよ、何か必要なもんがあんなら用意するし……!」

「言っただろ。ここは能無しが使う店だ。必要なもんが用意できるんなら、とっととそれ持って店に帰れ」

「何で……?」

「わかんねえか。そうか、そうか。お前は失敗だったな。それじゃあ、これまでだ」

久しぶりに見た、グスタフさんの怒っている顔。それ以上に落胆したその顔は、とても気の毒だ。

「俺に向かって、『働きたい』なんて言葉を吐いたときは、目があると思ったのにな」

そして寂しそうに、グスタフさんはそっぽを向いた。

もう話は終わり、そう態度で示したグスタフさんは、悲しげに裏へ声を掛ける。

「エウリューケ、こちらの方はお帰りだ」

「はいさー!」

元気な声を上げて、裏ではなくカウンターの横からエウリューケが出てきた。多分そこにはいなかったから、空間転移で出てきたのだろう。相変わらず、伝説の魔術の無駄遣いが酷い。

「おやおやー、泣きそうな若人が一人! じっちゃん、苛めてやんなって!」

「無駄口を叩くんじゃねえ」

「……うい」

バンバンとグスタフさんの肩でも叩きそうな勢いだったエウリューケが、グスタフさんの真面目な口調に大人しくなる。一瞬で気分が変わるのは、いいところなのか悪いところなのかわからない。

そして、無駄口を叩くなと言われたばかりなのに、親し気にエウリューケはハイロに話しかけた。

「とまあ、少年よ。聞いていれば、こんなところに何の用事かね? キミはこんなところに来るような人じゃないよー」

「エウリューケさん、だっけ? 何を根拠に……、つーか、俺が見たことないってことは俺の方が古株なのに……」

「古株新顔は関係ないかなぁ……。うん、ないね! キミはもう、この街とは関係ないんだから、この石ころ屋に足を踏み入れなくてもいいだろさ」

エウリューケは、グスタフさんの方に視線を向けずにただ指でさす。にんまりと、今笑顔でいるのはこの店では今彼女だけだ。

「君の仕事は何かな? 掃除や洗濯じゃないよね!」

「配達とか、連絡とか……」

「で、それをせずに昨日は遊び惚けていた。自分の仕事っつー義務を果たさず、怒られたら責任取らないなんて、あたしらが許せるわけないじゃんよ」

グスタフさんは、文句を言わずにただ首を回してハイロが出ていくのを待っている。エウリューケを諫めるのは一言で諦めたのか。

「でも、別に昨日の午後は予定も無かったし……」

「待機だって立派な仕事じゃよ。本部に戻って、緊急のことに備えるってのも仕事なんじゃよ。多分」

無い口髭をしごきながら、エウリューケは諭すように言う。何だろう、今日は真面目なことを口にしている。誰だこの人。

「で、キミは本当はこの店に来なくてもよかった。この店に安易に頼るんじゃないぜー? 自分じゃ出来ないことを人に頼むために、この店はあるんだからよ」

ペシっとハイロの額にエウリューケは掌を当てる。

「頭を下げるんなら、違う人にやるんだね、まずはカラス君とか!」

「え」

「以上! あ、あとはー……」

その瞬間、ハイロの姿が掻き消える。

霞のように消えてしまったその術は、僕の透明化とかそういうものではなく、空間転移だろう。

「じっちゃんだって傷ついてんだぜー……、って、あれー? どこいった?」

エウリューケはハイロを探す。タイミングを間違えたとか、本当におかしなことをする。

「……今まさに自分で何処かに飛ばしましたよね……?」

僕の言葉に、てへっと自らの頭を小突くエウリューケ。本気かふざけてるのか、やはりわからない女性だ。

止まった空気を破るように、グスタフさんは口を開く。

「……珍しいな。お前が口出ししねえってのは」

「そうですかね?」

「ああ。リコの三日熱の時には、わざわざ俺に食って掛かったのにな」

懐かしむように口に出す。そういえば、そんなこともしたっけ。『助けてあげてもいいんじゃないか』と言ったのは、食って掛かったのにはいるのだろうか。

「今回、ちょっとだけ腹が立ったのも事実なので」

「まあいいさ。今回のことはいい薬になんだろ。リコが違う職場に移ってから、あいつの勤務態度が目に見えて悪くなってったって話だしな」

「へえ……」

以前の新年祭の時は、まだリコが一緒だったから、ということか。

人に依存するというのは怖いものだ。僕もそうなっているかもしれないけれど。

「ただ、お前もちっとは反省しとけ。お前が最初にハイロに会った時、雇い主の許可があろうがなかろうがあいつを引き剥がすことが出来たはずだ」

「……そうですね。後悔してます」

今回の反省点としては、まず護衛対象を一番に考えすぎたことだ。護衛対象は守るべき対象であって、従うべき対象ではない。逆らってでも、障害因子は排除しておくべきだった。

そうすれば、ハイロは喧嘩などしなくても済んだ。それにあのまま、本部とやらに戻っていただろう。本来は関係のなかった職人たちを、衛兵に捕まえさせることもなかった。

「どうせお前のことだ。一人で反省会は済んでんだろ。その他に関しては、俺は何も言わねえよ」

「至らないところばかりなので、言っていただけると助かるんですけどね」

「甘えんな」

パン、と書類を放りながらグスタフさんは言った。まあ本当に、グスタフさんが僕に注意をしないのは優しさなどではなく、自分で気づいて修正することを望んでいるのだろう。

その修正を、出来ている気がしないのが問題なのだが。

「……ハイロはどうなりますかね」

「知らねえな。今いる店の親方に謝りに行けばまだ戻れるかもな。だが、そんなことまで考え付く奴か?」

「しないと思います」

「じゃ、他の店に入るんじゃねえの? 俺にはもう関係ないから知らん」

本当は、もうずっと関係ない関係でいたかったのだろう。この店に頼りに来るという選択はしてほしくなかった。そんな顔だ。

だがそんな顔もすぐに消え、いつもの商売人の顔に戻る。意図的に、ハイロの存在を頭から消したのだろう。僕の方は忘れないように、あとで探しに行ってみようかな。

「で? お前の用事は?」

「ああ、はい」

僕はその言葉に応えて、荷物を見せる。

この店に入ってからずっと、足元に転がして置いたものだ。

「グスタフさんにもあるんですけど、それよりまずは、実はエウリューケさんに頼みたいことがあって」

「あたしにかい!?」

ぴょこんと跳ねるように、エウリューケは返事をする。この陽気さは、ずっと変わらない。

僕は足元に転がっているマリーヤを指し示して、エウリューケに言った。

「試料を用意したので、レヴィンの《魅了》、解いているところを見せて頂ければと」

もういい加減、嫌気が差している。

最近はしていなかった魔法の開発。久しぶりに、試してみよう。