軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ご歓談ください

二人の女性を先導し、楽しそうに歩き出すハイロ。その背後に駆け寄り、囁きかける。

「ハイロさん」

水を差したように、ハイロは動きを弱める。真面目な話だ。先に言っておかなければ。

「何だよ?」

「もしものことについてです。……起こることなどありませんが」

だが、言わなくてはいけない。もしも、何か事件が起きた時。護衛任務中だ。敵は未だに影すら見えていないものの、危険は常にある。言葉の続きを予想したのだろう、前を向いたまま、笑顔は僅かに翳る。

「言わなくてもわかってるよ」

「それでも言葉にしておきます。仮に何かあった場合、僕はハイロさんを見捨てます。優先されるべきはメルティ様ですので」

察してもらうのと言葉にするのとは違う。これは、警告でもあるし、僕へ対する言葉でもある。

レヴィンたちが飯屋に大砲を打ち込んだときは、追跡よりも人命を優先した。しかし、今回は違う。

優先されるべきは、メルティの命。ハイロの命よりも、僕の命よりも重い。

遊びではない。真面目な仕事中だ。邪魔されては困る。

「当たり前に決まってんだろ。むしろ、俺も逃げるし」

「……そうしていただけると助かります」

逃げる。それが正しい選択だろう。けれども、心配は残る。

ハイロは足が速いのが自慢だった。貧民街の中では、それは確かなことだっただろう。けれど、それは闘気を扱えない人間の中での話だ。

仮にトル……トン……、えっと、あのギルドでよく絡んでくる大男ですら、多分ハイロよりも速い。仮に、元王女の仲間だと誤解されて襲われたとき、ハイロは逃げられるだろうか。

まあ、それはともかく。

忠告は済んだ。

脅かしたようで悪いが、実際にはハイロが逃げるような事態は起きないだろう。

要は、僕が守ればいい。

ハイロを守ることは、メルティを守ることにも繋がっている。彼らは多分ずっと一緒に行動するのだから。脅威に接近すらさせずに、彼らの身を晒すことも無ければ、特に問題はない。一応、これでも〈狐砕き〉とあだ名される色付きの一人。きっと、それくらい出来なければいけない。

幾分か重くなったハイロの足。そこに追い縋るようにして、まだ言葉を続けていく。

あと二つ、伝えなければ。後ろに聞こえないように、もう一段僕は声を落とした。

「あと、付いてきていただけて正直助かりました。あの方がたの相手をするには、僕では無理なので」

ここまで過ごして大体わかった。お付きの人間には、僕はなれない。一緒に買い物を楽しむのならばまあ出来るだろう。僕の買い物に付き合ってもらうのならば、普通に出来るだろう。

けれど、人に付き添い、手に取った商品を褒めて、場合によっては薦めて、という買い物。接待といってもいい。そういうものは、僕は出来ない。

主従の『従』にはきっと、向いていないのだ。

「そういえば、お前ここまでいい思いしてやがって……!」

僕の言葉を聞いて、思い出したかのようにハイロが僕の肩を抱く。恨みがましい目に少しイラっとしたが、ここから働いてもらうのだ、それくらいは甘受しよう。

「ですから、ここからの話し相手は任せました。五番街の案内、頼みましたよ?」

「自分から言い出したんだぜ? わかってるよ」

フフン、と自信ありげに鼻で笑う。まあ、通信業とやらをやって色々な商店を巡っているのであれば、それなりに詳しいだろう。連れていく店はきっと信頼できる店だろうし。

その辺り、よくわからないから任せた。

「それともう一つ」

では、最後だ。五番街に着くにはまだ少しある。差し当たって出来る、重要な役割を任せなければ。

「まだあるのかよ」

表情から、辟易した感情が漏れた。自分でも煩いとは思うが、これが最後だしいいだろう。

僕の方に回している手を外し、その手にそっと鞄を掛ける。

「これ、お願いします」

「は?」

「これでも一応護衛ですので、やはり荷物などは出来るだけ持たないほうがいいでしょう。頼みました」

渡したのは、メルティたちの衣装。本来背負う鞄を持って歩くのは煩わしいし、やはり片手が塞がっているのも避けるべきだ。

「いや、助かりましたよ。優しい友達が付いてきてくれて……!」

気持ち大きめの声で、メルティたちに聞こえるように僕は言う。

ハイロの口元まで出かかった文句が、メルティの微笑を見て飲み込まれたのが目に見えて分かった。

五番街に着いたのは、昼の少し前だろうか。そこに至るまでに、『馬車を借りよう』だの『やはりこの服を替えたい』だの、色々と言っていたがまあそれはいいだろう。その全てをハイロに任せられたのは、やはりハイロを連れてきてよかったことの一つだ。僕は黙って、周囲をひたすら見ていられた。

まず、青磁のような食器の並ぶ店の前で、ハイロが立ち止まる。

「こちらが、最近勢いのある商店でした」

ハイロが、少し間違った言葉遣いで店の中を指し示す。間口はやや狭いが、奥に向かって広がった店。両側の棚に食器が重ねて置かれ、その棚の最上段には絵が入った大皿が立てて置かれていた。

「これはー、食器?」

「はい。製品の出来が均一で、不良品も少ないと評判。最近、一番街の食堂でもこの店のが使われるようになってきたって話です」

「へー、そうですのー」

あせあせと、ハイロが解説を加える。だが、気が付いているのだろうか。

メルティの表情に、少しだけ呆れが混ざっているのを。

「ソーニャ、どんな感じかしらー?」

「……そうですね」

それでも、メルティはソーニャに、製品について尋ねる。どんな感じ、という曖昧な質問にどう答えるのか。僕は、外を見るふりをして黙って聞いていた。

一枚の皿を手に取り、ソーニャが微かに頷く。

「罅割れなど入っているものも見たところなく、色もよく出ています。それなりに良い腕の職人かと」

「最近使っているお皿と比べてはー?」

「こちらの方が良いものではありますね。係りの者に、申し付けておきましょう」

「お願いいたしますわー」

パアと明るくメルティは笑う。

「……聞き届けられはしないと思いますけれど……」

そのメルティが目を離したあと、誰にも聞こえないようにだろう。とても小さな声で、ソーニャはそう呟いた。

「ハイロ殿……といったか」

「あ、はい、なんす……でしょう?」

適当に皿を掴んでは撫でているメルティを尻目に、ソーニャはハイロに申し渡すように言う。

「すまないが、こういう店ではなく、装飾品を扱っている店などは無いだろうか?」

「装飾品、すか?」

うーん、とハイロは頭を悩ませる。あったかどうかを悩むというよりも、どれにしようかと悩んでいるような悩み方で。灰色の髪の毛をガシガシと掻いているが、あの頃と違ってフケが散ることはなかった。

「……鷲爪商店……はちょっとまだ奥か……。墨壺……は最近落ち目だし……、……わかりました。行きましょう!」

やがて、行き先が決まったようで元気よくハイロは答えた。

だが、少し待ってほしい。

先ほどまでは待ち望んでいた客が、今では特にどうでもいいと思っていた客が来たらしい。

ハイロに応えてメルティに声を掛けようとしたソーニャを、僕は止める。

「すいません。少々お待ちを」

「何だ? ……まさか」

僕が止めただけで顔色が変わる。察しは良いようだし、王家の家令らしく、少し心得もあるようだ。袖の中に、キラリと光るものが見えた。

「ハイロ。僕は貴方を信用していますが、一つだけ正直に答えてください」

「……何だよ?」

今は友誼よりも仕事だ。人命にかかわる以上、一応聞かねば。

「この店を選んだ目的、メルティ様の身柄だったりしますか?」

「…………まじで何のことだ?」

じっと目を見つめる。動揺はある、けれどこれは隠し事があるというよりは何を言っているのかわからないという感じだろうか。……多分シロだろう。

「ソーニャ様。お願いが」

ハイロはもういい。ソーニャに向き直り、そう言葉を発する。それだけでソーニャは頷くと、メルティの下に駆け寄っていった。僕はそのまま店の奥に目を走らせる。裏口はある、が倉庫を通らなくてはいけない構造らしい。大人数が来ることは不可能だろう。来る様子自体ないし、仮に来てもソーニャでも時間稼ぎは出来るだろう。一瞬でも稼げればいい。

「ハイロはここにいてください。……もしなんでしたら、メルティ様の話し相手でも、お願いします」

そういいつつ、一歩店から踏み出す。

誰が出ても撃つ予定だったのだろう。

躊躇の無い矢。頭にめがけて飛んできたそれを掴んで止める。

撃ってきた方向を見れば、建物の上。覆面をした不審者が、慌てた様子で僕を見ていた。