軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

海に続いた

漁村のような街。第一印象はそれだった。

海に向かった下り坂に沿って露店が並ぶ。その露店には魚が並び、店主は威勢よくそれを宣伝している。

「虎蛟が活きがいいよぉ!」

「さあさあ、今日は子安貝が湧いたんだ、一袋どうだい!?」

そんな、話に聞いた魚河岸のような光景が、目の前には広がっていた。

だが、目の前には不思議なものがいくつかある。まずは目の前にあふれている人について。そしてもう一つは、奥に見える海について。

まず、一つ目の疑問だ。

店の主人はえらのような切れ込みが首に見えたり、手の甲に鱗が見えたりする。きっとそれがピスキス人の特徴なのだろう。

しかし、その店を見て回る客の方はどうだろう。半分以上がそんな特徴を持っておらず、見た目は僕と同じエッセンの人間なのだ。交流があるそうだから、ある程度はエッセンの人間もいるはずだ。だがそれにしても、比率が多い気がする。もしかして、ピスキスの人間の中でも魚の特徴を持つ人は少ないのだろうか。

「坊主! 何見てやがんだ!? 見てんなら買ってけよ、なぁ!」

そんなことを考えながら、僕が往来の人をぼーっと見ていると、すぐ横の露店の店主が話しかけてきた。話しかけてきたと言うよりは怒鳴ってきたという感じの剣幕ではあるが、満面の笑みを浮かべているということは友好的な感じなんだろう、きっと。

髪の毛の無い頭に捻ったはちまきをした店主は、耳のあたりに鱗があるのに、なんだか蛸のように見えた。

「ええと、すいません。この街に来たのは初めてだったもので」

言いながら、並んでいる魚を見る。

イラインで食べていたような川魚とはやはり違うのか。並んでいる魚は見たことが無い雰囲気を纏っていた。

ある魚は、毛の無い牛のような頭にでっぷりとした体がついており、尾びれの部分が蛇の尾と見紛うばかりに丸まり長く伸びている。体の左右、下のほうに付いている胸びれも根元の部分が長い緒のようになっていた。胸びれの先にはちゃんとふつうのひれがついているものの、その全体像は翼のようにも見える。

海のはずだが、鮒のような魚もいた。ような、というのも鮒に似ているのは形だけだからである。魚の口からは下から上に牙を生やし、間に生えている鋭い歯はピラニアのようだ。そしてその体表は、どこからどうみても鮒に似付かない。なんせ、短い毛がびっしりと生えていたのだ。それも、針金のような太く茶色い毛が。

他にも、体の表面に大小様々な石が食い込んでいるように見える鯖のような魚や、僕が腕を広げるよりも長い髭を一本生やして体に巻き付けた魚など、見たことの無い魚でいっぱいだった。

やはり、海水と淡水では育つ魚も違うのだろう。これだけでも、来てよかった気がする。

「ええと、いくつか聞きたいことがあるんですが……」

「ほうほう、何でぇ!?」

「そのまえに、腹ごしらえですね。このお魚一匹譲ってほしいんですけど」

僕が指さしたのは、はじめに見た牛頭の魚だ。名前も知らないこの魚、どんな味がするのだろうか。

「まいどあり!! へへ、坊主も見る目あんじゃねえか。 六魚(ろくぎょ) だな! 銅貨四枚だ! エッセンのでもピスキスのでも構わねえぞ!!」

言いながら、店主はてきぱきと乾燥した海藻のようなもので魚を包み、その上から黄色っぽい紙で覆った。十文字に紐で縛ると、それを僕に向かって元気よく差し出す。

僕はそれを受け取りながら、銅貨を代わりに差し出した。しかし、ピスキスのでも、ということはピスキスでの独自通貨があるのか。

「ありがとうございます。……で、すいません。この魚、僕見るのも初めてなんですけどどんな風に食べるのが一番美味しいですか?」

魚を捌くのは簡単だが、調理法としてはどんなのがおすすめなのだろうか。やはりそういったものは、プロに聞いてみるのが一番だろう。

「ハハ、いいねえ! そういう態度は嬉しいねぇ!! ……で、食い方だろ? やっぱ、塩焼きが一番だなぁ! 鱗ごとパリパリに焼いて、腹を鱗と一緒に囓るのが俺としちゃ最高だな!」

軽く尋ねたら、とても元気よく答えてくれた。しかし、塩焼きか。鱗ごと……というのは何かやりかたがあるのだろうか。松笠焼きというのも聞いたことがあると思うが、あれは熟練の料理人の手でなければ作れないものだったとも思う。

「難しそうですね」

「そうでもねえさ! つーかよ、料理出来ねえんだったら、そっちの店に持っていけよ!」

店主の指さした先には、二階建ての『海の家』とでもいうような風情の建物があった。一階部分は食堂らしく、まばらに人が入っている。

「そこの店で、何か?」

「おう! この店で買った魚を持ってきゃあ、うちのかみさんに料理してもらえるぜ! もちろん別料金だが!!」

食材の持ち込みが出来る食堂。そんなものもあるのか。

「それはどうも。では、そこでお願いするとします」

「旨えからな!! ほっぺどっかに落してくんなよ!?」

ゲラゲラと笑いながら、おそらく冗談を店主は叫ぶ。常に全力で叫ぶその姿は、オラヴに似ている気がした。

さて、それはそれとして。一応買い物はしたのだ。必要な義理は果たした。

「ピスキスの名産って、魚の他に何かありますか?」

もらった魚を小脇に抱え、僕は店主にそう尋ねる。この国について、僕はほとんど知らない。ならば、現地の人に聞くのが一番だ。

「そうだなぁ!! 魚以外だろ!? で、その聞き方だと食いもんだよなぁ! アウラから採れる塩……それに薬効たっぷりの海草! ぐらいじゃねえの!? 食いもんだとな!!」

魚を置く台を威勢よく叩き、店主はそう言い切った。しかし、魚と塩と海草。一国の名産品として、それは少なくないだろうか。

「それに、塩も海草もおまけみたいなもんでよ! やっぱ俺らにゃ魚だけで十分すぎらぁ!! 見ろよ、このきらきらした魚たち!! これだけありゃあ、俺らは生きていけんのよ!」

店主が手を広げて示したのは、やはり並べられた魚たち。たしかに新鮮できらきらしている。……一部、体に埋まった石で本当にきらきらしているのもいるが……。やはり、自分の商品に自信があるのはいいことだ。

「余計なことをお聞きしました」

「よくわかんねえけど気にすんな!!」

小気味良い返答で、店主はゲラゲラ笑う。声が大きいのさえ無ければもっと親しみやすいと思うが、これはそういう土地柄なのだろう。周りを見ても、そういう店主ばかりだ。

現地の人に聞くのが一番、とは思ったが、先ほどの第一の疑問を聞くのはこの人では不適格だろう。そう判断した僕は、ついでとばかりに第二の疑問を投げかける。

第二の疑問は、この漁村に入るまで気がつかなかったもの。そして、氷解したはずの疑問がまた復活するような光景だった。

「では、もう一つだけ」

「おう!」

「あちらの建物なんですけれど……」

僕が指したのは、アウラと思わしき海。数百メートル先にある海に向かって一直線に伸びていく、坂道の先だ。

通常、海岸には砂浜や防波堤があると思うが、アウラにはそれが無い。アウラの周囲は断崖絶壁になっているところがほとんどだそうだが、その指の先は、なだらかにそのまま海中へ続いていた。

そう、海中に続いていた。その坂道が、一直線に。

周囲の建物も、海など無いかのように続き、道に沿って海中にある。かなり遠くまで見通せるのは、それだけアウラが綺麗だということだろう。

「……水没してますけど、あれは放棄した建物ですか?」

内心、それはないなと思いながらも店主に尋ねる。思った通りと言っていいのか、店主はそれを笑い飛ばした。

「なに言ってやんでぇ!! 普通に人が使ってるよ!!」

「……そうですか……」

やはり、この世界は不思議でいっぱいだった。