軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

摩天樹

「なんでもようざます。しっかし、先に少し待っておくんなまし。けちな景色を直しんす」

ドゥミはそう言って、彼方まで広がっていた抉れた地面と地割れの跡を見つめる。

そして身を屈め、首飾りの先にある大きな宝玉を地面に付けた。

「何を……?」

直す、というからには魔法を使うのだと思うのだが……最大で地平線まで広がったこの大地の補修を、僕はこの場から全て行うことは出来ない。だが口ぶりからすれば、この場で全て終えられるような感じだ。

「ドゥミ様、そこまでせずとも……」

「何言いんすか。こんな地面では、皆困りいす」

止めるサーロの言葉を一顧だにせず、ドゥミは目を閉じて意識を集中する。何が起こるのだろう、そう思った次の瞬間、目に見えて異変が起きた。

ドゥミが座っている周囲から、植物の芽が出てくる。ドゥミを中心としたその芽の輪はそのまま周囲に伸びていき、やがて大きく成長していく。

その芽から蔓のような形に。そしてそれは大きな幹となり、幹の表面にも溢れるように萌芽して、その芽の一本一本がまた太く成長し、そこからまた順々に絡まりながら伸びていく。

まるで早回しのフィルムを見ているかのように、凄まじい勢いで緑色の植物が視界の中に満ちていく。

その植物が地面を覆うように伸び続け、その植物に覆われた地面からも、次々に芽が出ていった。

その芽が土を持ち上げ、地形を変えて、ひび割れた地面が合わさり戻る。抉れた地面が、なだらかなへこみ程度に整えられていく。

やがて、形成された全ての蔦が絡まり、幹が形成され、高く、太い一本の木といえる樹木に姿を変える。

最終的に、天を衝く、という形容詞が似合うほどの高さまで伸び上がったそれは、未だ遠くからしか見たことがないネルグを彷彿とさせた。

幹の太さももうよくわからない。横を見ても端が見えないほどの太さとなり、多分、後ろにある村よりも大きい。

ふう、とドゥミは息を吐いて背中を伸ばす。力はもう使い終わったようで、芽が出ずに丸く残った地面から離れて、僕らの方に歩み寄ってきた。

「わっちの力じゃこんなものざんす」

「え、これどうするんですか」

大きな、とても大きな樹木が目の前に出現した。しかも人の手によって。驚くのも無理はないと自分でも思う。

「なんやまあ、妖精さん。急ぎなさんな、見てなんし」

ドゥミが樹木のほうを振り返る。

すると、見ている間に樹木が透けて、向こうの景色が見える。陽炎のように樹木が揺れる。

時間にしてほんの二,三秒、僅かな時間で、まるで目に焼き付いた残像のように全てが消え去った。

「これが……ソバージュ様の魔法……」

僕は感嘆の息を漏らす。元通りとは言わないまでも、荒れていた地面はなだらかになり、むしろ一度耕されたようなものなので柔らかく草や木が育ちやすいような平原となっている。

先程までの、所謂『荒れ地』と化した平原の姿は何処にも残っていなかった。……その荒れ地を作りだしたのが誰かとは言ってはいけない。それに、半分以上がサーロの責任だ。

感心しながら足元の地面を蹴って確かめていると、溜め息とともにサーロが補足してくれた。

「魔法ではない。ミーティアの誇る神器の力だ」

「神器、これが」

僕は改めてドゥミの方を見る。使い方からすれば、先程地面に付けた宝玉が神器だろうか。

「あら、改めて見つめられると恥ずかしおす」

その視線に、ドゥミが照れたように横を向いた。

神器は、魔道具と同じく遺跡から見つかる道具だ。魔道具と同じく、皆何かしらの力を持つ。

だが、何故名前がつけられているのかといえば、使い方が違うからだ。

魔道具は闘気を込めて使う。しかし、神器は、魔力を込めて使う。

そして、誰でも使えるようになれる魔道具とはやはり違うのだろうか。その分、全て強大な力を持つ。

その力は、今見たとおりである。ミーティアの神器。詳細は知らなかったが、今見た限りでは巨大な樹木を出現させて、ある程度操るというところだろうか。

「……まったく、ドゥミ様はどうして貴様のような輩に友好的なのだろうか」

会議の時よりも幾分か雰囲気の柔らかくなったサーロが、それでもぶすっとした顔でそう呟く。たしかに、これは他国の人間である僕に見せられるようなものではない。

「ああ、そうですね。すいません、一応口外はしないようにします」

「フン」

僕が謝ると、サーロもまた、鼻を鳴らして横を向いた。

神器を見たことを口外しないというのは理由がある。

この世界で……というか、確認されている中で全ての国は神器を一つ以上所持しているのだ。それはこの世界で、不文律ではあるが国として認められるためである。

国として認められるためには、まず土地、それに王や議会などの統治機構、そして民。それに加えて、神器が必要なのだ。所持しなければ周囲からはただの『規模の大きな賊』程度にしか見られない。独自通貨を発行して、独自の言語を使って、精強な軍隊で守ろうともそれは変わらない。

不文律であるため、神器を持たずに国を名乗った者たちも過去にはいたようだ。しかし彼らは例外なく滅びてしまった。

何故か? それは神器を持つ国は、強大な軍事力を持っているに等しいからだ。

神器を持つ国は強く、持たない国は弱い。そういっても構わない。

侵略にも防衛にも使える圧倒的な兵器。だから各国はその兵器の力の片鱗を明かすことはあっても、詳細を明かすことはない。

間近で今僕が見たようなものでも、それは秘匿されるべき情報だ。

仮にエッセンがこの国を攻めてくるとしても、ミーティアの兵はともかく神器は厄介な物となる。僕は知らなかったが、過去に戦争をした以上、ミーティアの神器が樹木を作ることをエッセンの武官は知っているだろう。ならば、その射程は? 樹木が育つ早さは? その樹木に、特別な効果は無いのだろうか? その辺りを知らないとしたら、ミーティアの秘密兵器を間近で見た数少ない者である僕の情報はとても重要なものだ。

だから、僕は見たことを言わない。むしろ、機密情報を何故ホイホイとドゥミは見せてしまったのだろうか。

神器は現時点で確認されているもので、八十個ほどとグスタフさんは言っていた。勿論中には直接戦闘に使えないようなものもあるという。ミーティアのものがそうなのかはわからないが、もしも使えない類いのものだとしたら、尚更僕に見せるべきではない。

「長いこと飾りにしておす。たまには〈 空見の森(ユグドラシル) 〉も使ってみんと、使えのうなりしいしていたら困りんす」

「そんな、古道具みたいなことを……」

そんな軽い理由ならば、本当にあとでやってほしかった。

「で、妖精さん、ご用は何ざんしょ?」

唐突に、そうドゥミに切り出される。そうだ、僕が引き留めたのに、アントルとサーロをほったらかしにしてしまっていた。

僕は一つ咳払いすると、三人を全員視界に入れられる位置に移動する。それから、顔色を窺うように話し始めた。

「ネルグから釣り出された竜の件、僕からの情報提供があります」

「んだよ、もうその話は終わってんだろぉ?」

面倒くさそうに、アントルは眉を寄せる。そう、たしかに終わった話だ。

「混ぜっ返す気は無いです。竜を根拠にした宣戦布告は……まあ、不発に終わりました。再度出せなどとも言いません」

「貴様に何を言われようが、身どももその気はない」

「はい、勿論。僕もそれは望んでいません」

もしも出すなら、もっと後で。僕の考えとしてはそんなものだ。出してほしいなど思うわけがない。

ゴクリと唾を飲み込む。そうだ、アントルとドゥミは聞く耳を持ってくれるだろうが、サーロはどうだろうか。もしも僕が口に出して、即座に敵性判定されても困る。せっかくドゥミが直してくれた大地をまた荒らすのは忍びない。

だが、口に出さなければ。一応、僕が狙われてもいるのだから。

「ただ、犯人を知っています。名前も何も知りませんが、その出身だけ」

「……変な言い方だなぁ」

茶々を入れるアントルに苦笑を返すが、ここは言葉を選ばなければいけない。場合によっては、ただの僕のヘイトスピーチで終わってしまう。

「ほう。詳しく言ってみろ」

睨むように、サーロは続きを促す。

「名前も知らねえんじゃ、言う意味もねえだろぉ」

「黙っていろ、アントル。わざわざ身どもら三人だけ残して伝えようとしている事柄だ。言わずとも、重大な事だとわかるだろう。他の者には伝えられないほどにな」

「えぇ? 秘密ってことかぁ?」

サーロに窘められ、頬を蹄で掻きながらアントルは首を傾げる。

「いえ、混乱を防ぐために、とりあえず三人だけというだけです。別に、貴方がたから伝えて頂いても構いません」

「回りくどい。伝えたいというのであれば、さっさと話せ。貴様らのように、察しの良い者ばかりではないのだ。……口に出さねばわからん」

サーロの言葉にドゥミが小さく噴き出す。それを、苦虫を噛み潰したような顔でサーロは無視していた。

「……ミーティア人の、姉妹でした」

僕の言葉に場が凍り付く。

「その言葉、嘘ではないのだな?」

言葉の意味をすぐに理解したようで、サーロはまた泣きそうな顔で確認した。

「はい。その竜を殺して、一番近くにいた僕が言うんです。森人のことが信用出来なくとも、それだけは信じて頂きたい」

「嘘だろ、おい……」

アントルは呆けたように、口をポカンと開ける。

責任を感じているようなサーロは、ただ拳を握り締めて震えていた。