軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

取り越し苦労

「アントルさんよぉ、よくもまぁ、あんな仕切りをカマしてくれたもんだなぁ」

「いや、そいつは俺じゃ……」

笑顔に頬を引きつらせ、前歯を剥き出しにして馬がアントルに詰め寄る。その馬、クロッドは先程会議場に入る前に話しかけてきた男だった。気安く話しかけていたということからも推定できたが、やはり地位は高かった。

「ま、これで俺らもやりやすくなったってもんよ。アントルさん、お前さんに任せたぜぇ。この国の未来は、お前にかかってるってことだな!」

「そうですよね、アントルさん、お願いします、私達の子供たちを守ってください!」

羊も馬の言葉に追従する。彼女はもこもこの羊毛に包まれ、寒くはないだろうに微かにずっと震えていた。

アントルは眉を下げ、両前足を突き出してその二人を抑える。

「クロッドにスクラグ。二人とも、違えんだよ、あの言葉は俺の言ったことじゃなくてよぉ……」

「ア、アントルさんじゃなかったら誰が言ったって言うんですかぁ……!?」

か細い声を懸命に張り上げ、スクラグと呼ばれた羊が反論する。だが、その言葉に答えるのは待ってもらいたい。それをアントルも一応は察したのか、首を振って黙った。

「……では、先程の言葉通りこの中の意思統一をお願いします。やはり、代表はアントルさんが良いでしょう」

僕が耳打ちをするようにそう言うと、アントルは僅かに目を見開いて自信なさげに口を閉じた。

「アントルさん?」

「お、お前もそろそろ出てきてもいいんじゃねえかぁ?」

ハッキリと口に出して言われたその言葉に、僕は見えない首を振った。

突然呟かれた言葉に、クロッドが不思議そうに首を傾げると同時に、控え室の入り口が騒がしくなる。

駆け込むように、セルヴォーといったか、鼠が入ってきたのだ。

「照猪の旦那! 私もこっちに入れておくれよ!」

息を整える事もせずに、セルヴォーはそう叫んだ。

「ヒハハ、 丹鼠(たんそ) のあんたもこっちかい。そりゃあ、こっぴどくやられてたもんなぁ!!」

ブルルルと唇を震わせてクロッドが笑う。それを聞いて、バツが悪そうにセルヴォーは一歩下がった後、もう一度前のめりに踏み出した。アントルに向かって、啖呵を切るように。

「ああ、ああ、そうだよ、あの銅犬の野郎! あたしの顔を球遊びみてえに張り飛ばしやがった! ふてえやつだ、あんな奴等に賛成は出来ねえよ」

「セルヴォー、怪我は何ともねえのかぁ?」

「ええ、ええ、今となっちゃ、痛みの一つもありゃしませんね。それがまたむかっ腹立つんですけどね!!」

頬袋を膨らませて、セルヴォーは不満を述べる。その間も、その足は忙しなく動いていた。

「でも、お前は別に戦いたくないわけじゃねえだろぉ?」

仲間が増えることは喜ばしいことだろうに、アントルはセルヴォーに水を掛けるような言葉を放つ。

その言葉を聞いて、セルヴォーが何度も深い頷きを繰り返す。腕を組むように前足を動かすが、それは届かずに手を前で組んでいるだけだった。

「そりゃあね、戦って勝てば、あたしたちのおまんまも増えるんだ。そりゃあ喜ばしいことですよ」

でも、と顔を上げたセルヴォーは、三人を見回して腕を振り回す。憤懣やるかたない様子だ。

「あたしはねえ、あんたら古参の老害たちは嫌いですよ。そしてね、さっきので、サーロの野郎が一等嫌いになりましたよ! それこそ、アントルさんやドゥミさんよりもねぇ! あいつの困ることだったら、何だってしてやりたい気分ですよ、ええ!」

「おー!」

甲高い声でそう口早に言い切ったセルヴォーに、クロッドとスクラグが蹄を打ち鳴らす。拍手のようなものらしい。

「ガハハ、まあ、そいつぁ助かる。俺にゃあ何の考えもねえからよぉ……」

「何言ってるんですかい。アントルさんが、会議を進めるためにこうして立場を分けたんでしょう? 何か考えがあったってことでしょうが」

両頬をガシガシと蹄で掻いているアントルを励ますように、セルヴォーは肩を叩く。だが、やはりアントルの眉は下がりっぱなしだった。

「ごめんくだしゃんせ、アントルさん」

そこに、また客が来た。今度は誰か……と思ったが、このしゃべり方は先程の。

「ドゥミ様! これは、どうしてこちらに……」

「あら妙なことをおっせぇすな。先程、月の欠片がきたちのおっせぇしたのはお前さんでごぜぇすよ? わっちもお目にかかりとうござんす」

カラカラと、ニコリと微笑むように目を細めながら、狐が入ってきた。何だろう、続々と人が増えていく。

だが、ドゥミ様と呼ばれた狐がここに来たのは、反戦派に数えられるためではないらしい。

……ミーティアの人間は皆しゃべり方が独特だったが、この人はまた特にそうだ。古風な言い回しというか、わかりづらい言い回しというか。

「月の欠片? 妖精さんですか!?」

ドゥミの言葉に、スクラグが先程までの小声と正反対の大きな声で応える。

……妖精? この反応、まさか。

焦る僕に、アントルが深い溜め息を吐く。そして、僕のいる方を向いて、ボソリと言った。

「聞いたとおりだ、カラス。潮時だなぁ」

他の四人も僕の方を向くが、誰一人として僕が見えていないはずだ。だが、スクラグの震えは一層強くなり、セルヴォーの鼻がひくひくと動き、そこに僕がいると確信を持って見ていた。

脳裏に、昔暮らしていた開拓村の光景が浮かぶ。

……仕方がない。

念のため、控え室からの音を消して、部屋を封鎖する。これ以上は、今は僕の姿を見たものを増やしたくない。万が一の時に戦う準備も万全だ。最悪、アントルも含めて全滅させて出ていく。

僕は、透明化を解除する。

視線が集まる。姿を見せた僕に対する反応は、意外にも、二つに分かれていた。

一つは、やはり嫌悪の視線。

「ちょっとちょっと、あんた、森人じゃないの!! どこから入ってきたのよ、ちょっと誰かー! 誰か来……」

「すまねえが、静かにしてもらいてぇ。こいつぁ俺が連れてきたんだ」

アントルに口を塞がれ身体を掴まれるセルヴォー。まあ、これが当然の反応だろう。僕もそう思っていたからこちらは意外性はない。

意外なのは、もう一つの方だ。

「アントルさん、こちらの人連れてきたんですか? 強引には不味いですよ?」

「ヒャハハハハ、誘拐か! 今頃親御さんがどっかで探してんじゃねえのか? おぃ!?」

笑うクロッドから豪快に唾が飛ぶ。

スクラグとクロッドは、ただ僕がここにいることが不思議だ、という目で僕を見ていた。嫌悪感はそんなに感じない。握手でも求めれば応じてくれそうな程の普通の顔だ。

ドゥミに至っては、先程までの笑顔を更に強めて僕を見ていた。

「あれさ、まあ、お目にかかりんしてうれしおざんす。わっちはドゥミ・ソバージュ。わっちの名前、森人さんは口に出すのが難しんすから、何とでも気軽に呼びなんしな」

「ええと、初めまして、カラスといいます。ソバージュ様」

名乗られたからには名乗り返さなければいけないだろう。僕がぺこりと頭を下げると、嬉しそうにドゥミは尻尾を振る。

「妖精さんは、カラスといいんすか。わっち達のようで、素敵な名前ざんすなぁ」

「ハハ、ありがとうございます」

名前を褒められたのは素直に嬉しい。たとえお世辞であっても、僕の中でドゥミの好感度が少し上がった。

しかし、姿を見せても平気だったのは収穫だ。ドゥミに感謝しなければなるまい。

そして、その前のアントル以外の三人の会話。意見のとりまとめも簡単そうだ。

『戦争をしたくない』という意思が割れることなどそうそうないとも思ってはいたが。

何にせよ、難関だと思っていた二つの障害が、いとも簡単に消え去った。

良かった。ならば、戦争は止められる。アントルにはアントルで頑張ってもらうが、その結果がどうなろうとも戦争を止めることは出来る。

それから必要な情報をいくつか聞いているうちに、一刻は過ぎ去る。

再び会議場に集まった十人は今度は陣営ごとに綺麗に分かれて座り、ドゥミはまた、離れた席からその姿を笑顔で眺めていた。