軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

治してあげる

とぼとぼと、男性に付いていく。

それは多分端から見ると、親が子供を嫌な塾か何処かへ連行していく姿に見えるだろう。というか、実際に今嫌な病院に連れて行かれるのだ。

歯医者に連れて行かれる子供の気持ちというのは、こういうものだろうか。

この男性が自分の親だとは全く思えないが。

この男性は、僕と歩調を合わせようという気が全くないらしい。

スタスタと歩いていき、たまにこちらをちらりと見て、付いてきているか確認してからまた歩いていく。

正直、付いていくのが辛い。

会話でもすれば良いのだろうか。

何か、とっかかりは……。

「あの」

僕の声に、男性が振り返り立ち止まる。それに僕は追い縋る。

「何だ」

「何で僕は、治療院に連れて行かれるのでしょうか……?」

男性はまた歩き始めるが、その歩調は緩い。なんとか追っていける。

「三日熱を治すためと聞いた」

「それは、そうなんですけど……」

聞きたいのは、そういうことではない。何故薬を待つんじゃなく、治療院に行かなければならないんだということだ。

「何故、治療院に行かなければならないんでしょう? 薬じゃ駄目なんでしょうか」

「知らない」

男性は即答する。

「俺にはグスタフさんの考えはわからない。事情も知らない。ただ俺は、言われたとおり治療院へ案内して、治療の手配をするだけだ」

「そ……そうですか」

理由はわからない、と。

ところで、店主さんの名前はグスタフっていうのか。知らなかった。

話していると息が切れる。その荒い吐息にようやく男性は気付いたようで、先導を辞めて横に並んで歩き始めてくれた。

知りたいことは、まだ色々とあるのだ。全部聞いてしまおう。

「お兄さんは」

「ニクスキー」

「ニクスキー……さんは、どういうわけでグスタフさんの指示を受けているんですか?」

「俺は探索者だから」

ええと、ニクスキーさんは探索者で、店主グスタフさんの依頼で僕の案内を請け負っている……ということでいいのかな?

口数が少ないしわかりづらいけど、きっとそうだ。

「治療院って、何処にあるんでしょうか」

「五番街のはずれ。すぐに着く」

淡々と質問には答えてくれる。歩く速度は変わらない。

「銀貨を寄付するってどういうことですか?」

「代金代わり。寄付しないと、治療してくれない」

「代金でいいじゃないですか」

「治療院は、代金は受け取らない」

「そういうものですか……」

名前が違うだけだが、原則無料と謳うことにこだわりでもあるのだろうか。

やばい、会話が終わってしまった。また早足になっていく。

「治療って、どういうことをするんですか?」

「治療師ギルドの治療師が、魔術……いや、法術を使って治療する」

初めて聞く単語が出た気がする。

「法術っていうのは、魔法とは何か違いが」

「魔法ではない。術だ」

「えっと、その魔術と法術は」

「何も変わらん」

何度も食い気味に返答が来る。機嫌が悪いのかとも思ったが、表情を見ると、気を悪くしているようなものでもなく、ただそういう人みたいだ。

しかし、気になる。

先程の言い方だと、魔法と魔術は違う物らしい。その区別が、僕には出来ない。何となくで魔法を使ってきたが、やはり学ぶ必要がありそうだ。

「っ!」

会話に気を取られ、足下への注意を怠っていた。

道の段差に躓いて転んでしまう。

「痛ててて……」

ついた手を擦りむいてしまった。軽い擦り傷だが、わりと痛い。

「大丈夫か?」

ニクスキーさんは、こちらに手を貸そうともせず、無表情で見下ろしていた。

「ええ、大丈夫です」

手をパタパタと振りながら、僕は応える。起き上がっただけで貧血か、目の前が点滅している。

行動に支障がないと判断すると、ニクスキーさんはまた歩き始めた。もう心配もしていないようだ。

また早足だ。こちら病人なんですけど。

それからあまり会話もなく、早足で治療院についた。

治療院は、完全に石造りの建物だった。

壁はすべすべした質感で、完全に一枚板で出来ている。コンクリートのようだが、それにしては青く光沢があるようにも見える。不思議な素材だ。

外観は教会のようで、所々に窓があり。綺麗なガラスがはまっていた。今まで磨りガラスのように曇ったガラスしか見ていないので、そういった技術があるとは思わなかった。

木製のドアを開けると、中の壁もその青い石で出来ているようだった。壁と床にいくつかの椅子が打ち付けてあるようで、そこで休憩も出来るらしい。

「誰もいないようだ。行くぞ」

ニクスキーさんがその待合室を見回して、誰もいないことを確認すると更に奥に入っていった。僕もそれに続く。

奥は診察室だった。

診察室と言っても個室のような物ではなく、大部屋の床にくぼみがいくつかつけてあり、そこにクッションが敷いてある。

その部屋に一人、緑色の学生服にマントを着たような女性が座っていた。

ニクスキーさんが一礼すると、彼女も笑って返礼した。

「治療を頼みたい」

ニクスキーさんはそう言うと、こちらに視線を向けてじっと見た。

「寄進を」

もう一言そう言ったところで、僕は意図に気付いた。慌てて銀貨を取り出す。

「ああ、こちらをどうぞお使い下さい」

「ありがとうございます。神が貴方がたをも見守り、慈しんでくれますよう」

祈りの言葉のようなものとともに、コインを受け取り、それを掲げた後胸に下げてある袋に入れた。流れるようにするその作業はきっと、慣れている所作だ。

「それで、どうされました?」

ニクスキーさんはこちらを見て、顎で促す。

「三日熱を、治療してほしいんです」

「あら、まあ」

治療師は大げさに口に手を当てると、ニコリと微笑んで言った。

「では、そこに座ってください」

そうして、僕は床にある椅子に誘導された。

「はい、力を抜いて」

そう言って治療師は僕の頭に手をかざすと、呪文を唱えた。

「我が名テレットが神の名において命ず かの者を清め助けたまえ《快癒》」

すると、体がボウッと温まった。そしてすぐに悪寒が体の末端に集まったような感覚がして、それがどこかに出て行ったかのように感じた。

「重ねて命ず かの者に活力を与える《賦活》」

力が少し湧いてきた。この感覚、僕は知っている。

闘気が僅かに活性化されたのだ。

「はい、お疲れ様でした」

治療師は一歩後ろに下がると、僕に立ち上がるよう促した。

僕は手を握り締め、また開き、体に力が戻ってきたことを確認する。

気分も凄く良い。

体が羽根のように軽い。関節の痛みが無い。

「おおお! ありがとうございます!」

堪らず礼を言う。こんなに楽になるとは思わなかった。

「いえいえ、私も肩慣らしにちょうど良かったわ」

テレットさんは笑う。端正な顔が優しく綻んだ。

「それでは、子供はこんな所にいないで、早くお帰り。元気に遊びなさいな」

そう言うと、ニクスキーさんの方に向き直り、保護者へ諭すかのように言った。

「治療の他、念のための予防として生命力を増す法術をかけました。しばらくは大丈夫でしょう。ですが、体のことを考えるとやはり予防薬の使用をお考え下さい。今年は特に、箴魚が安く手に入りますので」

「あいにくだが、俺はこの少年を連れてきただけだ。保護者ではない」

「あら、まあ」

その言葉にテレットさんは、こちらを哀れむように見た。

「それではこの子は」

どういう関係か、とテレットさんは尋ねようとしたのだろう。しかし、ニクスキーさんはそれを遮った。

「貧民街の者だ」

「まあ、それは大変でしたね」

テレットさんは胸の小袋を握り締める。きっと、こちらの懐具合の心配だ。

「大丈夫です。一応、それくらいは稼いでいますので」

その言葉を聞いて、テレットさんは一度目を落とし、それからこちらを見た。

「どうやら、暗い道は歩いていないようですので心配は無いでしょうが、これからも日の当たる道を歩くのですよ。さすれば、神は 悲(あわ) れんで下さるでしょう」

その目はまっすぐと僕を見て、確かに心の底から僕を案じているように見えた。

そのとき、入り口からドヤドヤと音が聞こえてきた。誰か入ってくる。

「テレットさん! また怪我しちまった、頼むよー!」

騒がしいから複数人かと思ったが、どうやら一人のようだ。

その壮年の男性はテレットさんを見ると、目尻を下げて笑いながら近づいてくる。

何かの職人らしい筋肉質の男性は、手を布で押さえながら申し訳なさそうにしていた。

「ハマンさん、またですか。もう少し気をつけてお仕事をして下さいな……」

「いや、切り傷なんだけどさー、やっぱ念のために看てもらわないと」

そこで男性は初めて僕に気付いたらしい。僕とニクスキーさんを見ると、眉を顰めた。しかし、気を取り直してテレットさんとの会話を続ける。

「念のために治療してくれない? ね? お願い」

「私には断れませんが、すいません。こちらの方が終わってからでも」

その言葉を聞いて、男性は僕をジロリと見る。そして、値踏みをするように足下から上まで何回も見た。

ああ、またこの視線だ。

だから街に出るのは嫌だったんだ。

「このガキはもう終わりだろ? いいから、俺の方を看てくれよ」

男性は僕を押しのけて、テレットさんに近づく。

「あの」

さすがに僕もイラッとしてきた。相手が子供であっても、この対応はない。

「あん?」

男性は、不快さを隠そうともせずにこちらを睨む。

「このクソガキ、見てわかんねえのかよ、俺は今怪我してるんだ」

「だからって、緊急でもないのに人を押しのけて横入りして良いわけないでしょう」

「ああ?」

僕に凄んだ後、ニクスキーさんに矛先を向ける。

「生意気なガキだな。お前のガキかよ、もっとしっかり教育しとけよ!」

不服そうにニクスキーさんは目を閉じると、また

「俺は保護者ではない」

と一言だけ否定した。

男性はその言葉を聞いて、溜め息を吐く。

「わけわかんねーことを! はい、終わり終わり! 早く帰れ!」

そしてもう一度、今度は明確に僕を突き飛ばした。すんでのところで倒れずに済んだ。

明確な害意。

思わず男性を睨む。

どうしてくれようか。

ここで引くわけにはいかない。腹が立つ。腹が立つ。

しかし、怪我をさせるわけにもいかない。

テレットさんの手間が増えるだけだし、明らかにこいつはテレットさん目当てでここに来ている。手当をする名目が増えて喜ぶ可能性すらあり得る。

黙り込む僕を見て、もう反抗はしないと思ったのだろう。男性は僕に興味を無くしてテレットさんに向きなおした。

口元が緩んでいる。

殴りたい。しかし、怪我を増やすのは駄目だ。理性がそれを止める。

そうか、怪我を 増(・) や(・) す(・) のは駄目なんだ。

いい嫌がらせを思いついた。

僕の頬がニイっと上がる。

「ねえ、お兄さん」

知命は過ぎているだろうが、ひとまずそう言っておく。

「ああ? まだなんか用かよ」

煩わしそうにこちらを見るが、その姿も微笑ましく見える。

そっと魔力を展開する。その男性の、その腕に魔力を集中させる。

細い刃物で傷を付けたような小さい切り傷だ。思った通り。

これならば、僕の魔法で充分治せる。

「その手、傷もないのに何やってるの?」

そう言うと同時に、傷を治療する。気付かれないように洗浄も行う。

それくらいは慣れている。一瞬で終わる作業だ。

男はギョッとして自分の手を見る。

そこにはもう、元通りだろう傷一つ無い手があった。

「まあ、なんともありませんねぇ」

覗き込んだテレットさんも、笑顔でそう言った。

傷が治っている。

男にとっては、たしかにそれはあったのに、今見ると無くなっているのだ。それは不気味だろう。

自信なさげに視線が漂う。

そしてバツが悪そうに男は黙り込むと、一瞬置いて今度は怒り出した。

「てめえ! 何しやがった!?」

自分を奮い立たせるよう、とりあえず、話しかけてきた僕に怒りを向けているのだろう。そう、僕に向かって怒鳴る。それだけではなく、僕の肩を掴んで揺さぶろうとした。

反撃はしない。でも、抵抗はする。

念動力で体を固定する。当然、男の力程度では僕の体はぴくりとも動かなかった。

無言で顔をじっと見てやる。

怒りの中に、戸惑いが見て取れた。

「傷が無くって、良かったじゃないですか」

そう僕は笑いかける。

男の動きが止まる。

「何をした? むしろ、僕が何かしたと思うんですか?」

見た目はまごう事なき小さな子供だ。そんな僕に詰め寄るこいつの姿は、端から見ると滑稽なものだろう。

下から男の顔を覗きながら僕は、重ねて言う。

「傷が無くって、よかったですね?」

「チッ……」

舌打ちをして僕の肩を離すと、力なく振り返った。

「また来るよ」

そうテレットさんに告げると、憤懣やるかたない様子で治療院を出て行った。

バタバタとした足音が去っていく。来るときも出ていくときもうるさいものだ。

「また来るって……、治療院って予告してくるところじゃない気がしますが」

「フフフ、そうですね」

今起きていたことを理解しているのかしていないのかわからないが、静かに笑っていた。

さて、僕も帰ろう。

「お大事にして下さい」

診察室を出る。慎ましやかに手を振って、テレットさんは見送ってくれた。

「いやしかし、法術ってすごいですね」

僕は大興奮でニクスキーさんに話しかけた。それをニクスキーさんは無表情で聞いていた。

「熱の原因が簡単に除去できて、さらに外部から肉体の強化ですか。法術も勉強してみたいな」

「勉強すれば良い」

「何処でなら出来るのか、皆目見当が付かないんですよねぇ」

腕を組んで唸ると、ニクスキーさんは面倒くさそうに眉を顰めた。

「魔力があるのならば、治療師ギルドに入れば学べるだろう」

「考えておきます」

「考えておく、か。貧民街出身では厳しいから、覚悟しておくことだ」

「やっぱりそこでも差別がありますか」

薄々予想はしていたけれど。

「もちろん。むしろ、治療師や魔道師に差別をしない者はいない。例外は彼女くらいだ」

「テレットさんですか?」

優しそうな人だったが、あれが普通じゃないのか。

「魔力のある者は重宝されるからな。落ちこぼれへの区別は当たり前のようにする。治療院に来て金を出そうが、スラムの者は治療されないだろう」

「今日は運が良かったんですか」

「運が良かったと言うよりは、おそらく……」

そこで、ニクスキーさんはパタリと口を閉じた。

「喋りすぎた。行くぞ」

忙しい人だな。

治療院を出る。健康な肉体は軽い。清々しい気分だった。