軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

思い出した

ザブロック邸内の綺麗な廊下を、僕とオトフシは連れだって歩く。

音も消さずにこの絨毯の上を歩くのは初めてな気がするが、僕の足音はこんなに大きかったのか。しずしずと歩いている使用人よりも大きな足音を意識して消せば、いつもの歩き方を忘れたように歩きづらい。

その不自然な歩き方を可笑しく思ったのだろう。オトフシはクスクスと笑った。

「フフン、慣れぬ事はするものではないな。なに、この邸内から出る分にはお咎めは無いのだ。堂々としていろ」

「そうします」

それでも、この邸内で僕だけが異質な感じがして、姿を消していた時よりも数段居心地が悪く思えた。

「そういえば」

居心地の悪さを掻き消すように、僕はオトフシに話題を振る。早く出なくてはいけないことはわかっているが、これぐらいいいだろう。

「どうにでもなるって話でしたけど、オトフシさんの場合どうしていたんでしょう? 魔術で何とかなりましたか?」

僕は血止めだけした首の傷口から、 一滴(ひとしずく) の液体を魔法で絞り出す。指先に浮かせたその液体の玉は、黄色く透き通り粘りけもあるように感じた。

「そうだな。詠唱が出来るまで持てばそうしていたし、出来ぬ場合は一応ある程度対応できるであろう解毒薬を仕込んである。それを使いつつ離脱していただろうな」

「備えはあるんですね」

液体の玉をピンと弾き、廊下の絨毯に放る。落ちたそれは染みこみ、あっという間に見えなくなった。

「即死するようなものはそうそう使わぬとは思うが、どんなものだった?」

「至って普通の麻痺毒ですね。たまにある、痛みが消えない種類のものとかでもなく、普通に麻痺するやつ。芒草だと思います」

その植物から抽出した液体を川に流せば、魚が痺れて浮かび上がってくる。そういった漁のために毒液を作ったことがあるが、それに似ていた気がする。

カプラのナイフはその毒液が塗られていたようで、先程の傷口から僕の体内へ投与されていたのだ。勿論、体内へ広がる前に傷口で止めてあったが。

「……やはり、魔法使いは厄介なものだ。毒すら効かんとは、弱者の一撃が通用しない」

「手が多少痺れるまで気がつきませんでしたけどね」

始めにナイフを掴んだときに、妙に痛みが少なくておかしいと思った。それから血管を伝って入ってくる微量の液体を感知、解毒を行ったため、若干痺れは出ていた。

即効性の命にかかわる毒だったら、もう少し危なかったのだ。そこは反省しなければなるまい。

まあ、危険な異物が身体に侵入しても何とかなるけど。

「……無鉄砲な奴め」

「自信の表れと言ってください」

オトフシはフッと笑い、僕の頭にポンと冷たい手を乗せる。

「だが、世話になった。お前の助けがなければ、面倒なことが増えていただろう」

「元々僕のせいなので、礼も何も。僕の方がきっとお礼が必要でしょう」

僕が未練無く王都を離れられるようにしてくれたオトフシの処置。礼を言うことはありすれ、言われることなど何もない。

僕の髪の毛をくしゃりと撫でると、無言でまたオトフシは歩き出した。

いくつかの曲がりくねった廊下を抜け、もうすぐ玄関だ。

案内の使用人はいない。迷う心配は無いだろうが、それでも初めて訪問したオトフシを、僕が先導していた。

あと二つ曲がれば玄関だ。もう日は沈み、夕闇が街を覆っている。

今すぐ王都を出たとして、次の街に着くのは何時になるだろうか。いや、王都近くの街で姿を見せない方がいいだろう。ならば、野宿になるか。街周辺の麦畑の中で休むのは避けたいので、王都と次の街の中間辺りの森で……。

歩きながら考えごとをしていた僕に、廊下の先から足音が聞こえてきた。

……オトフシと違い、一応僕は不審人物だ。隠れた方がいいだろうか。

一瞬の躊躇で歩速が緩まる。蝋燭の炎に揺れる影が、曲がり角から伸びて現れる。

だが、あまり心配は無かったらしい。

「ああ、いらっしゃっていたのですね」

前よりも幾分か自然な笑顔をした、ルルが歩いてきていた。

即座に僕とオトフシは廊下の端に避ける。客であっても目上は向こうだ。

会釈し、通りすぎるのを待つ。

だが、通りすぎない。目を伏せる僕の前で、影が止まった。

「しばらくぶりです。今日はどうしてこちらに?」

「……少し、奥方に用事がありまして。もう済んだので帰るところです」

「何か、……お仕事の話ですか?」

口ごもり、僕とオトフシの姿を、少し身体を引いて眺める。

少し心配そうな顔をしているのは、また荒事を想像したからだろう。無理もない。少し前に、母親を殺されかけているのだ。

「いえ。ちょっとした報告といいますか……。もう終わっているので、大丈夫です」

「そうですか」

ルルは、ホッとしたように表情を緩めた。頬紅で彩られた顔が、蝋燭で照らされオレンジ色に染まっている。

……これから、奥方のように真っ白な白粉を濃くしていかないか心配だ。整っている顔なのに、そうしないか、本当に本当に心配だ。

「あ、で、これから、帰られるんですよ……ね……?」

「はい。日も落ちたことですし、お邪魔して申し訳ありません」

僕はぺこりと頭を下げる。ルルはそれを、手を振りながら押し止めた。

「い、いえ、そうではなく、時間も時間ですし、どうでしょう? 会食に招待させていただくわけには……」

言いながら後ろに控えた侍女を見る。当然のことながら、侍女は首を横に振った。

僕もそれは遠慮する。今から食事に行くためにこの廊下を通っているということは、食堂に向かうと考えていい。その場合は、奥方と一緒に夕食をとるのだろう。そうであれば、気まずいことこの上ない。

「田舎育ちの無骨者です、皆様との会食など出来る身ではありません。折角のご厚意なれど、遠慮させていただきます」

「……作法のことなどでしたら、心配ありません。私もようやく、形になってきたところですから!」

手を胸の前で組みながら、自慢するように言う。それは知っている。毎日のように見てきた。真剣な努力も、めざましい進歩も。

「そ、それに、カラス様でしたら……、いえ、オトフシ様もお二人ともそんなことはきっと……」

「折角奥方と会食が出来るんでしょう? ならば私達は邪魔になるだけです」

言い募るルルの言葉を、敢えて遮り再度断る。何だろう。今日は意思が硬いらしい。

「……ぅ……、そうですか……、残念です……」

ルルは本当に残念そうに眉を顰める。僕も残念だ。この家の温かい料理を食べてみたかった……。

だが、ルルは顔を上げて、口角を上げ、笑顔を作る。そうして、元気よく言った。

「ではまたいつか、レグリス様にもお伝えして、お二人を招待致します。その時には、ご一緒いただけますよね……!?」

そこまで言われては断れまい。きっと社交辞令ではあろうが、同意しておこう。

「ええ、その時は是非とも」

「お待ちしております」

オトフシも横から同意した。それを聞いて嬉しくなったのか、ルルは頭を深く下げる。

「ありがとうございます。では、また」

そして歩き出し、手を振る。

ルルは気がついていないだろう。横にいる侍女はそれを見て、苦い顔をしていた。

「失礼致します」

僕はもう一度会釈をし、そして頭を上げる。

そして、ルルと侍女が去って行った光景を見た。

突如。脳内で何事かの光景が再現される。

黒髪の少女が手を振り、その手を引いて女性が立ち去っていった。

その光景を、僕は何処かで見たことがある。消えていった先が雑踏だったのは覚えている。ならば、街中だ。

思い出しつつある光景を、脳内で何度も再生する。季節は夏……いや、春か……? 視線の高さからいうと、女性を見上げていた気がするから……オトフシと比べて……五歳かそこらのときかな?

「? どうした? 行くぞ?」

オトフシが不思議そうな顔をして、僕を促す。僕は曖昧な返事をして、その後に続いた。

どこだろうか。

玄関をくぐり、外へ出る。この街の夜も、イプレスと同じく眠らない街だ。王都の外れにあるこの邸内からでも、繁華街や王城の辺りは明るく染まり、夜空には星が見えない。

灯りに照らされた建物もぼんやりとだがよく見えて、空に刺さる白骨塔が不気味に白く……。

「あ!」

「何だ!?」

僕が声を上げ、オトフシは驚く。狭い肩が少し震えた気がする。恐る恐るといった感じで振り返ったその顔は、心配そうな色が見えた。

大したことではない。いや、オトフシにとってはきっと大したことではない。

僕以外にとっては、大したことではないのだ。

だが、僕にとっては大事なことだ。

人生において重要な、大事な忘れ物をしていたようだ。

「……すいません。少し、忘れ物をしたようで。ちょっと時間を頂けますか?」

「忘れ物? お前が、か?」

「ええ。今じゃなくてもいいんですが、今でないと……きっと取り返せなくなる忘れ物があるんです」

オトフシの言葉を待たずに、僕はローブを脱ぐ。

あの時はまだローブを着ていなかったはずだ。他には……ええと、武装はしていなかった。小袋を腰に付けていただろうか? 確かあのときは、青いジーンズのような生地の服を着ていて……。

武装や背嚢を、身体から一つ一つ確認しながら外していく。

そうだ、出来るだけあの頃に忠実にしなければならないのだ。まだ街に受け入れられていなかったあの頃に。

突如脱ぎだした僕に、呆れたようにオトフシは声をかけた。

「どうでもいいが、門の前で服を脱がんほうがいいぞ」

「あ、はい」

とりあえず僕は透明化する。上のカッターシャツを脱ぎ、予備として持ってきていたジーンズ生地の硬い上着と取り替える。下はそれっぽいのは無いからいいか。

「……こんなものかな?」

自らの服装を見ながら、確認していく。出来るだけ、あの時の服装に近づけたはずだ。

もう一度姿を現わし、オトフシに持ち物を差し出した。

「申し訳ないですが、この荷物預かっておいてほしいんですけど」

「構わんが……中に戻るのか? その格好で?」

オトフシは僕の体を頭から足先まで見て、そう尋ねた。

「はい。別に変な服装ではないでしょう?」

「まあ、不自然ではないが……」

そう、今の服装は特に変なところはないはずだ。ただ、あの頃に近い服装にしただけだ。

貧民街へいたときの服装へ。

以前、ルルとストナと会ったときにしていた服装に、近づけただけだ。

「では、行ってきます。多分、すぐに終わります」

敬礼をして、僕はオトフシの視線を受けながら邸内に引き返した。