軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

直接聞けば

傍らに飛ばした紙燕とともにザブロック邸を訪ねたオトフシは、慣れた様子で奥方への謁見を申し出た。まだ葬式が終わって間もない邸内は、人の落ち着きもなく忙しそうに使用人達が歩き回っていたが、オトフシはその中に悠々と踏み込んでいく。

まるで自らが主であるかのように落ち着き払い、客人としての礼を失してもいない。

涼しげに廊下を歩くその姿は、優美という褒め言葉がよく似合っていた。

使用人は応接室にオトフシを招き入れ、静かに頭を下げる。

「こちらでお待ちを」

「かたじけない」

ゆとりのあるスカートを手でまとめながら、静かにオトフシは示された椅子に腰掛けた。

応接室の出入り口に近い椅子が下座なのは、この世界でも変わらない。

オトフシの肩に掛けられたケープは絹に似ていたが、おそらく魔物の素材だろう。見た目は礼装だが、鎧に近い頑丈な衣服。礼装であっても、やはり実用性は無視出来ないようだ。

「失礼します」

すぐに、銀のカートを押した使用人が現れる。

食器のぶつかる音を全くさせずに、オトフシの目の前に紅茶が置かれた。

オトフシは会釈を返し、使用人を見送る。そのお茶は、手をつけられることはなかった。

「お待たせいたしました」

奥方が部屋に現れる。使用人が扉を開き、奥方の姿が確認されると、オトフシは立ち上がる。

そして、胸に手を当て頭を下げる。女性であれば、カーテシーといったであろうか、スカートを摘まむ挨拶をするはずだが、それをしないのは探索者だからだろうか。

「かくのごとき最中、突然の訪問失礼致します」

「構いません」

そう一言だけ放ち、奥方は上座へと座った。

それからただ手で椅子を示しオトフシを座らせる。自らは紅茶を一口飲んでから、充血した目を向け、お茶を勧めることもなく奥方は催促した。

「それで、何用でございましょうか」

前置きもないその言葉に、オトフシが動じることもない。

「奥方様のお耳に入れたきことが。それから、奥方様の真意を伺いたく推参致しました」

「探索者の貴方がこのような時にいらっしゃるということは、……そういうことなのでしょうね」

奥方の吐き捨てるような言葉に、オトフシは無言の微笑みで応えた。

「まずは、こちらを」

オトフシが長袖の袂から一枚の葉を取り出す。骨蓉の葉だった。机の上に置くと、ふわりと浮き上がり半回転して止まる。

「それは?」

「見覚えはございませんか?」

「……ええ」

記憶を探るように、奥方は片目を瞑る。それから唇を尖らせ、オトフシに続きを促した。

「こちらは骨蓉と呼ばれる薬草です」

「ほう、こちらが。実物を見るのは初めてです」

言った奥方の目が開かれる。その目は、憤怒に染まっていた。

「……今現在、貴方は首を刎ねられても文句は言えぬほどの無礼を働いているということを、自覚していらっしゃいますか」

冷たい声。低く地の底から響くような声に、部屋の空気が一変する。

「勿論」

その空気を受け流すようにオトフシは腕を組みそう答える。その口元は歪み、微かに笑っていた。

「でしたら、何故」

そのようなことを、と続ける奥方の言葉を遮り、オトフシは言った。

「何故、と聞ける貴方様だからこそ、ここでご報告差し上げているのです」

オトフシは袂を探る。そこから一枚の白い紙を取り出すと、手の先で瞬時に鳥へと変えた。魔術……だが、呪文無しでも使えるのか。インコのような大きさのその紙で作られた鳥は、オトフシの肩にとまって毛繕いを始めた。

毛なんかないのに。

「誓って申し上げましょう。その骨蓉は、私が持ち込んだものではありません」

「馬鹿なことを。もしそれが本当であれば……」

奥方の顔色が変わった。こういう企みごとに聡いのは、やはり貴族故だろうか。

「お察しの通り、私が先程厨房の方から拝借した物です。 飲(・) ん(・) で(・) い(・) た(・) 方(・) も、お察しですね」

奥方が唾をゴクリと飲み込む。オトフシの言いたいことは、おおよそ察しが付いたらしい。

「また、こちらもご覧ください。こちらは、奥方はご覧になったことがないかもしれませんが」

「それは……」

今日は鳥に口がある。その口に咥えていた葉をオトフシは掌に乗せた。小さい、だが命を蝕む毒草。それは、ルルに盛られていた物か。

「こちらは、遅効性の毒草です。肺の病に似せて、じわじわと対象を殺す毒。……ああ、そういえば」

オトフシは鼻で笑いながら、その毒草をもう一度紙燕に咥え……いや、食べさせる。

それから紙燕はクシャクシャと苦しむように丸まり、ひっくり返ってぺちゃんこに潰れた。

「フフン。故ベンジャミン卿は、肺の病で亡くなりましたね」

「貴様!」

壁際から、女中の荒々しい叫びが聞こえた。そちらを見れば、唇を噛み締めてオトフシを睨んでいる。隠しているようだが、手の中に小さい刃が見えた。なるほど、日傘を持ったりお茶を運んだりと、いつも奥方の側に付いていた女中だが、護衛も兼ねていたのか。

今にも飛びかかってきそうなその女中を、奥方が掌を見せて制す。

女中は、憤懣やるかたない様子で壁際に戻った。

「……何が仰りたいのです」

「 私(わたくし) は、こちらを奥方にご覧いただくだけ。一つ補足をするのならば、この葉。つい昨日まで使われていたようです」

「誰が……そんな」

「私の口からはなんとも」

挑発するようなオトフシの視線。それを受けた奥方は震える手で扇子を取り出すと、それで自らの頬にそよ風を送った。

「……本当に、殿方はそういったことが好きだこと」

「フフン、仕方がないでしょう。彼らはそういう生き物なのです」

オトフシは微笑み目を伏せると、小さい巾着のようなものを二つ、テーブルの上に置いた。

「では、本題です」

「……それは……」

「わかるでしょう、骨蓉と毒草の包みです。これだけあれば、……そうですね、それぞれ 二(・) 人(・) 分にはなるでしょうか」

ニヤニヤと笑いながらオトフシは包みを示す。

「命がいらない、と仰っているように私には聞こえますが」

ピシャリと扇子を閉める。それに合わせて、また女中が飛びかかる準備を整えた。

「いいえ。私も命は惜しいものですよ。命も、金子もね」

「金子。ということは」

オトフシはさらりと髪の毛を払う。数歩離れた僕の場所まで、花の匂いが香った。

「ええ。金貨一枚でどうでしょうか。そうすれば、その毒草に加えて、私がここに来たことは口を噤みましょう」

オトフシの口から出たのは、取引の言葉。

金貨一枚で、証拠も残らない毒を売ろうというのだ。

「……」

奥方は眉を顰め、扇子で口元を隠す。考え込んでいるようにも見えるが、呆れているようにも見える。女中の殺気はもはや隠せていない様子だが、やはり奥方の感情は僕には読めない。

「さあ、いかに?」

返答を催促するオトフシに、奥方は行動で応えた。

扇子を閉じ、それを水平に振り切る。

テーブルの上に乗せられたお茶と、小包が綺麗に飛んでいく。

紅茶の滴が木の床を塗らすが、室内の誰もそんなことは気にしていない様子だった。

「カプラ。金貨をここへ」

奥方は女中にそう申しつける。先程から殺気を放っていた女中、カプラというのか。その女中がもう一人いた女中に指で指示をすると、指示を出された女中は一礼し部屋を出て行った。

楽しそうにオトフシはその様子を眺めている。

そのオトフシを睨みながら奥方は言った。

「それと、カプラ。今すぐに、それを燃やしてしまいなさい」

「かしこまりました」

ひょいと拾い上げられたその小包は、カプラの手によって銀の皿にあけられる。次いで、カプラが胸の谷間から小さな瓶を取り出した。

……何故そんなところに入れているのだろうか? それはわからないが、その瓶から液体が振りかけられる。匂いからして酒だろう。その水分で、毒草がまとめられ山となる。

その山に照明の蝋燭を一つ近づけると、桃色の炎を上げて毒草は瞬く間に燃え上がった。

「これが答えです。お帰りください」

「……それを上手く使えば、貴方の子供がこの家を継ぐことも夢ではないのに?」

オトフシの囁く甘い言葉。奥方はその甘言に一切耳を貸す様子もなく、キッパリと宣言した。

「当然です。私の子供であるかどうか、そんなことは関係ありません。いいえ、ルルは、私の子供です」

立ち上がり、オトフシを見下ろして奥方は続ける。

「石女の私を、旦那様は離縁もせずに受け入れてくださった。実家にさえ出来損ない扱いされていた私を、旦那様は家族の一員として扱ってくださった。子供が作れるようになった。 た(・) だ(・) そ(・) れ(・) だ(・) け(・) の(・) こ(・) と(・) で(・) 、そんな旦那様を裏切ることなど出来るはずがない。お帰りください。ルルはこの家の正当後継者。この家を継ぐのは、ルルの配偶者です!」

息継ぎもせず、一息に奥方はそう言った。

肩で息をして、オトフシを睨み付ける。

「そうですか。ならば、結構。……というわけだ」

最後の一言は小さく、奥方には聞こえていないだろう。

その一言が、僕に言われたことは明白だ。

なるほど。きっとそれが奥方の本音だ。

オトフシの行動で、奥方の本音が聞けた。たしかに、これは姿を見せなければ聞けないことで、オトフシは自ら汚れ役になってそれを聞かせてくれた。

……感謝しなければ。この女性は、自らの身を賭して僕の胸のつかえを取ろうとしてくれたのだ。

ならば、僕も行動で返さなければならない。

僕は、一歩踏み出した。