軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

慌ただしい家

人集りから、静かに脱出する。

これだけの騒ぎだ。すぐにまた人が集まってくるだろう。

先程殺したコックスと、ドリーと呼ばれていた家令。その死体を一瞥し、僕は階段を降りていった。

背後では、ザワザワと声が止まない。犯人の捜索を命じる声や、犯人の素性の推論の声。だが、誰が何を言おうとも、僕には辿り着けないはずだ。

僕は護衛終了のあの日以来、王都においてオトフシ以外に姿を見せたことがないのだから。

血溜まりから階段を流れおちてくる血に追いつかれないように、早足で僕は王城を後にした。

今回は、事故死に偽装はしなかった。

ここ何日か悩んだ末に気がついたのだが、どうも僕は、そういう類いのイタズラは性に合わないらしい。照明を頭部に命中させて、槍で身体を貫いて、など色々と考えたのだが、それを自然に偽装出来る気がしない。

きっと、才能が無かった。ただそれだけだ。

まあこうしておけば、ザブロック邸内に残っているコックス一派への牽制にもなるだろうし、ひょっとしたら『ジーメンス卿』とやらへ疑いの目が向くかもしれない。それを狙いザブロック家の内部での犯行に見せないため、王城でわざわざ殺したのだ。運がよければ、の話ではあるだろうが、それは期待したい。

王城からザブロック邸へ。歩きながら僕は考える。

これからどうしようか。

これで当面のルルとストナ、ついでに奥方の危機は取り除かれた。しばらくは彼女らに危険は無いだろう。忙しくはなるだろうが、危険ではない。

だがコックスは、また一つの火種を遺していったのだ。

ベンジャミン卿と奥方の間に子供がいなかった理由、それが人為的なものだったこと。これが奥方に知られればどうなることか。

今のところ、ルルは奥方に娘として受け入れられている。何日か見てきて、僕はたしかにそう思った。

だがそれは、代替としてのものかもしれない。貴族の奥方として、次に繋がなければいけない義務感からそう振る舞っているのかもしれない。

何かきっかけがなければ、奥方は自分が薬を盛られていたことに気がつくことは無いだろう。

だが、それに気付いてしまえば。もしも、自らが子供を作れることに気が付いてしまえば。

それはまた、新たな『お家騒動』の火種となり得る。

実は、その解決策は思い浮かんでいる。

要は、奥方が子供を作れなければいいのだ。

コックスが知らなかったのか、それともそれしか手に入れられなかったのか。先程の下卑た話題の先を考えれば、いずれドリーが 楽(・) し(・) む(・) ために永続的な不妊は止めておいたのかもしれないが、骨蓉が引き起こすのは一時的な不妊だ。

いくつか、ネルグで採れる永久的な不妊を引き起こす薬草は知っている。

僕がそれを盛れば、万事解決ともいえる。

だが、それをしたら、何かが変わってしまう気がする。

僕の中で、何かが一線を越えてしまう気がする。これだけ人を殺しておいて、何の一線かも自分でわからないが、それでもそれをするのは嫌だった。

まあ、お家騒動は家中の問題だからこそお家騒動というのだ。

ここまで僕が余計な手出しをした気もするが、本来は僕は関わりの無い話だ。

ここからは、本当に家の問題だ。今のところは、ルルを狙う者もいないし、ルルをいびる嫌な人物もいないだろう。

もうこのまま帰ってしまってもいいかもしれない。殺人の責任からの逃避かもしれないが、それでもそれがきっと賢い選択だ。

そう考えてはいたが、何故か僕はザブロック邸に足を踏み入れていた。

まだ王城から知らせなどは来ていないのだろう。いつも通りの邸内。使用人は落ち着いて仕事をこなし、掃除や調度品の手入れに余念が無い。

帰ってこない次期主人を迎えるため、屋敷は整えられていた。

廊下を歩いていく。もはや護衛の意味は無く、イタズラを考える必要も無い。目的地も無く当て所なく歩いていたが、僕は、廊下で静かに佇むストナを見つけた。

旅の始まりに着ていた物と比べれば、深緑色のやや地味なドレスを身に着けて。教師代理の仕事から、邸内を歩き回る許可を得たのだろう。ぱっちりとした瞳で、廊下から中庭を挟んだ部屋の扉を見つめていた。

見つめる先の部屋では、ルルが新しい家庭教師に教えを受けているはずだ。

新しい教師は、どちらかといえば元気のいい、明るい人だった。どこか、以前クラリセンで会ったハシランさんに似た、肝っ玉母さんという形容詞が似合う女性だ。あんなに変な訛りは無かったが。

ストナはフッと一瞬微笑み、それから静かにその場所をあとにする。それを見送った僕の周囲に、手袋の革の匂いが、やけに強く残っていた。

扉に寄っていけば、中から話し声が聞こえた。当然だろう。授業が行われているのだから。

授業内容は、もはや僕には完全に必要の無い話だ。夜会での立ち居振る舞いに、挨拶廻りの順番、踊りに誘われた場合の承諾の仕方、断り方。

元々物覚えもよかったのだろう。ここ数日の詰め込み教育の末、ルルは貴族令嬢としてもはや僕の手の届かない場所に立っていた。

必要の無いその授業に、僕は扉の横に座り聞き耳を立てる。

必要ない。だが、覚えておいても損はない。しかしそれ以上に、今は何も考える気がせずに頭の中を何かの知識で一杯にしておきたかった。

やがて、コックスの死が屋敷に報じられる。

駆け込んできた伝令が、まず向かったのは当然奥方の部屋だった。

息を整える間もなく、奥方の部屋の前に立ち止まり、そして叫ぶように声を掛ける。

「失礼します! 失礼します! 火急の報告が!!」

「何ですか?」

伝令の慌てようとは対照的に、静かに女中が扉を開ける。奥方は部屋の奥で紅茶のカップを傾けて、静かにアフタヌーンティーを楽しんでいるように見えた。

咳き込むように、伝令は女中越しに奥方に言った。

「コックス様が、コックス様とドリー殿が亡くなりました!!」

その言葉に、奥方は目を見開く。

そして立ち上がり、詰め寄るように伝令に近付いていった。

「…… 何故(なにゆえ) ?」

「現在、調査中です! コックス様は王城内で、死体となって、発見され……ドリー殿は、皆の前で……溺死しました……!」

白く塗られてわかりづらいが、奥方の血の気が引いた気がした。

ふらりと一歩下がり、そこで踏みとどまる。女中が肩を支えようとするが、それを手を上げて制した。

「……ご苦労様です。詳しい情報を集め次第、またこちらにお願いします」

唇を震わせながら、奥方は気丈に言う。

そして女中に主だった使用人を集めるように命令して、ストンとまた椅子に腰掛ける。

冷めたお茶を一気に飲み干して、奥方は頭を抱えていた。

それからは邸内は慌ただしく動いていた。

使用人を統括していた、老いた家令の死。そして、次期当主の死。

家令についてはひとまずの後任がすぐに定められ、そちらは問題なく解決しそうだ。

だが、コックスの死はやはり重大なことだったらしい。

葬儀の準備や手続きのために、奥方はかけずり回っていた。使用人の誰よりも、忙しそうにしていたようにも見える。

白く塗られた化粧が汗で落ちても、髪の毛が乱れようとも、直す間もなく書類を書き、現場に行って指示を出す。

ただ見ているだけの僕は、申し訳ない気分でそれを見守っていた。