軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

片手とそれ以上の差

喜びが見えたキーチの顔。だがそれも、すぐに違う感情に覆われてしまった。

眉を顰め、唇が引き締まる。それはきっと、絶望に類するものだろう。

「ほう、良い連携だ。なるほどなるほど。アレスならばこれで死ぬだろうな」

グリンと顔が戻される。そこに突き刺さった剣は致命傷を与えているはずだった。

だが、それも違っている。

「篭められている闘気もなかなかだ。我が輩でもやや力を使うほどか」

突き刺さっているのでは無い。目の下、頬に出現した小さな口に咥えられているのだ。

歯まであるその口がガシュガシュと剣を噛み砕き、どんどんと飲み込んでいく。

「だが、我が輩その程度では傷一つ付かんぞ」

とうとうその刃は全て飲み込まれ、形作られた舌が、目の下に作られた唇をぺろりと舐める。

鉄食み、鉄を食べるとはどういうことかと思ったが、そのままだったとは。

見た目からしても、能力からしてもまさしく『化け物』と呼ばれるに相応しい。世の中の魔法使いにはこういう者もいるのか。

見たことの無かった強い魔法を目の前にして、世界の広さを実感する。きっと他にも、僕が今はまだ使えそうに無い魔法を使う者がいるのだ。

「ふっ!」

キーチが小剣で斬りかかる。予備の剣だろう、その短い剣でも、きっと戦うことは出来る。

だが、駄目だ。

剣では。

避けもせず、背後からの攻撃をまともに受けるスヴェン。首筋を狙い寸分違わず命中したその斬撃は、またしても首に出現した歯が受け止めていた。

「剣の動きは不慣れと見える。重心からして、普段は槍を使っているのでは?」

「怪物め……」

キーチが憎々しげに呟くが、それを聞いてスヴェンが唇を三日月のように釣り上げて笑った。

「ほう、怪物。怪物か。不思議なことに、我が輩を見た者は、多くの者がそう言う」

引き抜こうとキーチが柄に力を込めるも、功を奏さず刃はぴくりとも動かない。

「我が輩、そんなことを言われる筋合いも無いのだがな」

ついに刃が折れ、キーチが取り戻した剣は、半分ほどの長さとなっていた。残りは美味しそうに、首にある口が咀嚼していた。

「どの口が……」

「今貴様達と話しているのはこの口だが、別の口の方が良いか?」

スヴェンは掌を徐にキーチに突き出す。その掌に出現した口が、パクパクと開閉していた。

「さてと、知っての通り、我が輩これでも忙しいのだ。貴様らの相手をしている時間も惜しいほどにな」

スヴェンが手をだらりと下げ、前傾姿勢を取る。きっとそれが構えなのだろう。獣が飛びかかる準備をするように、足に力を溜めていた。

僕とキーチを片付けて、また馬車に追いつこうというのだろう。

僕ら二人を片付ければ、残りはオトフシとサーフィスだけだ。頭数を考えても、護衛戦力は半分。もう、この男ならば簡単な仕事になるだろう。

頭数。その言葉を思い浮かべた僕の頭に、一つの閃きが浮かんだ。

敵の予算がどれだけかは知らない。王都の探索者の層の厚さがどれほどかもわからない。

しかし先程オトフシも言っていた。『一昨日の襲撃と〈鉄食み〉だけで充分』と。向こうがそう考えているのなら。

それに加えて、〈鉄食み〉の依頼料は高額だ。実力もレイトンクラス。ということは。

つまり。そんなスヴェンと同じような奴が、何人も襲撃に来るなどということは無いのだ。

スヴェンが僕らをここで片付ければ楽になるのと同じように、僕らもスヴェンをここで片付ければ脅威は去る。

勿論、一山いくらの刺客が追加で雇われていてもおかしくはない。

しかし、安価で雇われる木っ端暗殺者であれば、オトフシにもキーチにも何の障害にもならない。

ここでこいつを片付けられれば、何とかなる。

そしてその事実は、僕が勝てる可能性にもそのまま変わるのだ。

「でしょうね」

僕は念動力でスヴェンを拘束する。キョトンとした顔で、スヴェンは固まった。多少もがくが、今度はさっきと違う。今度は外さない。

「行ってください、キーチさん。脅威は無いと思いますが、馬車の警戒をお願いします」

にこやかに僕はキーチに指示を出す。キーチは剣を構えながら意外そうに僕を見た。折れた剣で戦うのはキーチとて辛いだろう。それに、剣は通用しない。

「こいつを止めなければ……!」

「今僕らが優先すべきは、馬車の安全です。こいつの相手は僕がしますので……と、さっき一回失敗してますから信用は無いですね」

「……!!」

無言でスヴェンは手を変化させるが、それは使わせない。

僕はそのままスヴェンを持ち上げ、反対側の地面に叩きつける。

進行方向とは反対側、地面に大きな窪みが出来るが、スヴェンには傷一つ付かなかった。

「でも多分、相手出来るのは二人だけ。オトフシさんか、僕。それなら僕がちょうど良いでしょう。早く行ってください」

スヴェンが全身から鉄柱を生やし、地面に食い込ませる。無言で這いつくばり、こちらへと強引に動くその様に、気味の悪さを感じた。

腕を地面につき、スヴェンは身体を持ち上げる。僕の念動力に対抗出来るなど、やはり魔法使いは強大な戦力だ。

「我が輩の相手を、お前一人で? 先程と違い、力の差はわかっているだろう」

「そんな這いつくばってしか動けていない今、その言葉に説得力はありませんよ」

気付いているのかいないのか。抵抗出来ているとはいえ、今動きを完全に封殺されていることを。

敵が頭数を揃えていない。ならば、周囲の警戒をしなくても良い。

その事実が、僕の枷を外していた。

キーチが剣を投げ捨て、僕に問う。

「相手、出来るんだな?」

「勝てる目算が付いたから言っています。早く行ってください。オトフシさんが協力しているとはいえ、馬車の防備が薄いのはマズイ」

キーチは強い目線で僕を見て、それから馬車へと走っていく。

最後の目線がどういう意味かはわからないが、託された責任に、肩がズシリと重くなった気がした。

「なるほど、魔法か。魔法使いか」

見送った僕の視界の外で、スヴェンの魔力が濃密となる。僕の念動力に対抗しようというのだろう。

強い魔力であれば、弱い魔法の支配を奪い取ることが出来る。魔物を相手にしたときの経験則からそれは知っていたが、実際に僕がやられたのは初めてだった。

先程の壁は、そうやって破られたのだ。

だが、もうそれはさせない。

「大したものだ、魔法使い。先程使った魔法とは大違いだぞ」

「魔法使い、ですけど僕にはカラスという名前があります。最近気に入ってきたので、どうかそちらで」

「クク、カラス、か。しかし、どういう手品だ?」

「周りを見ずとも良くなったから、ですよ」

端的に僕はそう答える。

そう、先程の僕は索敵のために魔力圏を広げていた。

一昨日学んだ失敗を繰り返していたという愚かさは恥じるばかりだ。

少年に避けられた時は、精密さが無くなっていたと思った。それは少し足りない。正確には、『出力と精密さが無くなっていた』のだ。

「……実際、貴方ほどの魔力が無ければ顕在化しない問題なんでしょうけど」

直後に刺客達の身体を二つに分けたときには、充分な出力があった。そのため、発見出来なかったのだ。

「片手の我が輩を、強引に拘束するとはな。なるほど、お前が最近聞く片腕の……」

「片腕? 多分それ違いますね」

納得したようなスヴェンの言葉を、僕はすぐさま否定する。

片腕の魔法使いとして名前を売ったことは無いはずだ。それに、僕が片腕以上だと判別出来る者もいないだろう。

「ククク、まあいい。我が輩もそんなことどうでもいい。だが、お前はこれ以上無いだろう。我が輩も、全力を出すとしよ」

「させませんけど」

確かに、念動力の出力は目一杯だ。だが、それ以外も僕は同時に起動出来るのだ。

ありったけの火球を作り出し、スヴェンにぶつけていく。

苦悶の表情。服が焦げ、肌に傷が出来る。

「ぐおおおおお……!!」

慟哭のような叫び声が周囲に響く。しかし硬い。骨まで焼くはずのその火球は、ただ肌を焼くだけに留まっていた。

ダメージ自体は通っているらしい。ぐったりして叫び声を上げなくなった頃、僕は火球の作成をやめた。それでも形は残っている。息もある。全身火傷状態で、肉が無くなっている場所まであるというのに、節々を覆った金属が命を繋いでいるのだ。

「しぶとい」

「…ぃ…」

僕の呟きに反応したように、スヴェンが何事か呟く。呪文だろうか。そう思ったが、周囲に魔力波は放たれていない。それに、僕と目の前のスヴェンを覆うだけの小さい魔力圏内で、僕が魔力負けするとは思えない。

歩み寄り、顔の横でしゃがみ込む。僕の方を向いて、唇を微かに動かしていた。

「……ク、クク、もういい……もう無理だ……」

ようやく聞き取れたその言葉、どういう意味だろうか。わからずに、とりあえず僕はスヴェンを仰向けにした。

喘鳴音の混じる掠れた喉で、スヴェンは言葉を絞り出す。

「行け。カラスと言ったか。今回はお前の勝ちだ」

「あれ、随分と潔いですね。それに、今回? 次があるとでも?」

「また依頼があれば、な」

瀕死の状態で、次に来るかもしれない依頼のことを考える。自分は死なないとでも思っているのだろうか。その言葉に、僕は何故か気分が悪くなった。

「我が輩は人より死にづらい。ああ、なるほど。その点では怪物といえるかもしれないな」

「これだけ火を当てても燃えませんからね」

「クク、それもある。だが、……そうだな。我が輩の右腕を見ろ」

スヴェンが示した右の上腕部。その肉が抉れた場所を見てみれば、金属の繊維がウネウネと動いていた。

「我が輩の意思に関係なく、この身体は自らを癒やそうとする。やったことはないが、おそらく首を落とそうともな」

「治してまた向かってくる可能性もあるわけですね」

僕は指先を空に向ける。

なるほど大した生命力があるらしい。

首を落としても。そうは言うが、みじん切りになっても平気かどうかはわかるまい。

僕の頭上に待機させた風の刃は、傷を付けるのに充分な切れ味があるだろう。……なぜ先程使わなかったのだろうか。

その指先をスヴェンに向けようとしたところ、それを止めるようにスヴェンが言葉を被せた。

「ククク、そんなものは必要ない。もはや我が輩に、お前を倒す意味も無い。仮にこの身体を再生させて、お前を片付け馬車を追ったとしてももう間に合わんだろう。追いつく前に、王都での標的受け渡しが行われる」

「お二方が受け渡されたら、貴方は襲わないと?」

「我が輩の契約はそこまでだ。万が一そこまで逃げられれば失敗、傷一つ付けるなと厳命されているからな」

ペっと血を吐き出し、スヴェンは片目を瞑る。相変わらず焦点の合っていないその眼は、冷たく地面を睨んでいた。

「我が輩も死にたいわけでは無い。見逃して欲しいのだが」

咳払いをするように息を整え、突然の命乞い。

「約束しよう。ここで我が輩を見逃せば、一度だけ無料で仕事を請け負ってやる。国王でも聖騎士団長でも、誰でも殺してやろう」

「……僕一人の責任では出来かねます」

言葉は全て嘘で、また襲撃してくる可能性もある。そんな男を野放しにするなど、護衛としては失格だろう。

「良い答えだ。だが、探索者としては失格だな。ここで自らの利益を確保出来ない者は、後の機会まで失う者だ」

もう肩の穴は塞がっていた。

「ならばもう一つ、情報を追加してやろう」

「何のです?」

「我が輩の知っている情報、貴様の依頼に関することだ。恐らく貴様は聞かされていないようなのでな」

薄く笑いながら、スヴェンは身体を起こそうとする。だが僕の念動力に阻まれ出来ないと悟ると、息を吐いてまた地面にぐたりと横たわった。

「どうだ? ここで我が輩を殺せば、恐らく貴様の護衛対象が死ぬぞ」

「…………」

僕の脳内で意見が割れる。

嘘の可能性もある。だが、話しぶりからするとスヴェンは自分の依頼主と接触しているのだ。情報を持っているかもしれない。

引きずって馬車まで行くことは出来ない。それがこいつの狙いかもしれないからだ。

……仕方ない。護衛対象が死ぬかもしれない情報なのだ。

それに、また向かってきても今度は殺せる。その自信はある。

「わかりました。ちなみに、依頼主の名前をまず聞いても?」

「それは出来ん。探索者としての義理もある。我が輩が言おうとしていた情報の代わりというのであれば考えるが」

即座にそう返される。……依頼主に関してはサーフィスが知っているかもしれない。まあ、いいだろう。

「では、情報を」

もう一度、喉に絡まった血を吐き出してから、スヴェンは口を開いた。