軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

僕にも食べられない

僕がグスタフさんに依頼したのは、オラヴを街の運営に携わらせることだった。

誰でもよかったわけでは無い。

オラヴは手柄欲しさにヘレナを犯人扱いしようとせず、まずは自分の耳で聞いて話して判断しようとしていた。クラリセン壊滅に関しても、データだけでは無く僕からの聞き取りも行ってから動くその姿勢。その姿勢は、きっとこれから必要となるだろう。

彼ならば、これから法を守り正しく街を再興させてくれるだろう。シガンの行っていた犯罪に染まってしまっているであろう今のクラリセンの行政よりも、そのほうが健全な形で復興する。そうであって欲しいし、そうでなければならないのだ。

不健全な方法を使い、何処かで間違えてしまえば、街はまた崩れてしまう。それは今回僕が学んだことだ。

街のこれからには、オラヴが必要だ。

レイトンでも僕でもない。オラヴが。

レイトンによるヘレナの殺害が、今後の周辺の街にとって無益とは言わない。だが、クラリセンには無益なことだ。

レイトンの行動は防犯という意味が大きいと思う。

今思えば、最初の町長殺しのときにヘレナを殺害しておけば、今回の悲劇は起こらなかった。あの段階では、きっと正しい選択だったのだろう。テトラの感情を考えてその手段を止めたが、今となっては僕も支持する。それこそ、後になったからこそ言えることだが。

そして、僕がやろうとしていたヘレナの告発も、間違っていたとは思わない。未だに僕は正しいと思っている。あれが事件の解決には有効だった。

ヘレナ殺害案では事件解決しない。オラヴのような悠長なことをしていれば、レイトンに対する殺害未遂のようにまた新たな事件が起きた。

あの時点では、速やかに捕縛することが有効だったのだ。

そして今。

殺すのでは駄目だ。性急で過程を間違えた法の適用でも駄目だ。

今必要なのは、先頭に立ち、疲れた皆を力強く導くリーダーだ。それが街のために戦った実績があり、そして人望も厚く、人を巻き込む才能のある者であればなお良い。

その適任者に、僕はオラヴ以上の者を知らない。

勿論、もしかしたらムジカル側にいた色つきなどの中にそれ以上の適格者がいるかもしれない。そうであったときに備えてグスタフさんには『街の運営の一人として』参加させたいと言っておいた。

だが、結果としてオラヴ・ストゥルソンは町長に任じられた。

それはきっと、それ以上の者がいなかったということだろう。

これはクラリセンに対して統治権があるイラインの行政からの命令だ。あのレイトン曰く『馬鹿真面目』なオラヴは、この命令を受けざるを得まい。

また、これはグスタフさんの手腕でもあろう。オラヴは断れないのだ。

壊滅した街であろうとも、その権力者に新たに任命されるにはそれ相応の格が必要だった。騎士階級であればその点は通る。

つまりこの任命は、オラヴが騎士でなくなるまでに行わなければならなかった。

だが騎士であるため、イラインの法に則りこの命令には異議申し立てが出来る。その異議を防ぐためにタイミングが重要だった。

やがてオラヴは奪爵され、平民となる。ヘレナの死によって、また本人の手によってそうなる。

平民となる。すると、今度は異議申し立ての権利が消失するのだ。

何(・) 故(・) か(・) 町長への任命はそのままに。

任命と奪爵。理想的なのはその布告が同時に出されること。今回タイミングはばっちりだ。

先程の布告の下。小さく書かれていたのはオラヴの奪爵の報だった。

オラヴのこだわる法に準じて、これから誠実に街のために働いて貰おう。

そして僕の不完全な作戦には追い風も吹いていた。

実は、クラリセンは元々遺棄される予定になっていたのだ。

オラヴは頑張ると言った。街の元住民達も力を合わせる気満々だった。残った街の行政も、街の存続を望んでいた。

だが、現実は厳しい。

イラインの行政は、それを望んでいなかった。というより、諦めていたらしい。

報告に聞く惨状、そして逃げ出した人々。それらの情報をまとめ、早々にクラリセンを遺棄することにしていたそうだ。今回の討伐は、『イラインの近くに発生した脅威を何とかするため』というのが本来の目的だった。クラリセンの救援など、人を集める方便だったらしい。

というのは、グスタフさんから聞いた話だ。

グスタフさんの手は広く長い。僕やレイトンが行ったと聞いて、指名依頼についての詳細をすぐに調べていたそうだ。クラリセンの現場にその情報が行くよりも早く、グスタフさんはそれを知っていた。

現場は遺棄されるのを知らない。そのせいで、半端に希望が残ってしまっていたのだが。

とにかく、クラリセンの遺棄が予定されていたおかげで、それを却下した上での『街の行政に携わる者の再編』という干渉がスムーズに進んだ。

遺棄の決定を阻止するために金貨が余分にかかってしまったらしいが、それもまた仕方が無い。

それに、持っていてもどうせ使わないのだ。使って難易度が下がるのであれば、コインなどいくら使っても構わない。

群衆をかき分け掲示板に背を向ける。

新聞記者のように手に持った黒板に白墨を走らせる群衆は、クラリセンの悲劇を重大な事だとは思っていないだろう。

事実、記者たちはその横の伯爵家当主の逝去の報に夢中だ。

ただ何処かの街の権力者が変わった。遠い街のニュースだ。それも仕方が無いだろう。

これで、僕の出来ることはやった。あとは、現場のプロたちに託すべきだろう。

これで終わり。そう思うと、達成感に似た虚脱感が僕の肩にのし掛かる。

振り払おうと大きく息を吸えば、一番街特有の甘い香水の臭いが僕の肺に満ちる。

少しだけ、気分が良くなった。

僕は振り返り、掲示板の人混みを眺める。

まあ、色々と理由を付けたが、オラヴの町長就任、本来の理由は少し違う。

単純な、嫌がらせだ。

街のために働くと言いつつも、僕の進言を蹴って犯人のヘレナを擁護した。僕はその仕返しをしただけだ。

だが、その嫌がらせが街の役に立つかもしれない。ならば、やるしかないだろう。

僕の嫌がらせが嫌がらせで終わるのか名采配で終わるのか、それはわからない。

だが、あとのことは大人たちに任せよう。

僕以外の者に出来て僕に出来ないことは、まだ多い。他の者に任せられることは任せるべきだ。

僕は子供らしく、目の前のことに向き合おうと思う。

さしあたって、先程受け取ってきた竜の肉でも食べてみようかな。

楽しみだった肉の味を想像して、僕のお腹がグウと鳴った。

家に戻り、早速凍った肉の包みを解く。

背中の袋に入れておいたときから魔法で保っていたために、わずかに解凍された部分も見当たらない。

中にはブロック上に切り出された塊が間違いなく三つ入っていた。

……困った。それぞれ部位が違うはずだが、どれがどれだかわからない。肉質に違いがあるのか無いのかわからないが、見た目が全部一緒なのだ。

頼んだのはテールと肩ロースとサーロイン、だが、見た目はすべて白っぽくなっており、どちらかというと牛肉よりも鶏肉に似ていた。

三種類、見た目は全て同じ。では、味はどうだろうか。

まずは切ろう。

そこで小刀を使おうとしたが、素のままでは刃が通らないので闘気を使って強化しなければならなかった。ショリショリという音を立てながら、ブロックから薄切り肉を削り出す。

……鯨の肉を切るときというのはこういう感じだろうか。僕が鯨の肉を食べたことがあるのかどうか知らないが、そんな気がした。恐らく食べたことはないだろう。

鯨の肉というものを思い出したので、まずはそのまま食べてみようか。

寄生虫や細菌に関してはわからないが、鯨の肉なら……。

いや、これは鯨ではないのだ。竜だ。混同するな僕。

竜を食肉にはしないらしい。ならば、寄生虫か細菌のせいで竜に中ったとしても、治療師に治療出来るかどうかわからない。食べる者がいないのなら、そのための法術も無いだろう。

慎重に行くべきだ。火を通そう。

魔法を使い、肉を炙る。

ステーキのようにこんがりと焼いてみよう。

そして、宙に浮かべた肉を火の玉で炙り続けて三分経った。

未だに色すら変わらない。

……おかしくないだろうか。火力が弱いのかと思って、火力を上げてみる。火の玉の色が白に近づき、熱気で顔が焼けそうだ。

しかし、肉に変化は無い。

そういえば、オルガさんは『血液が蒸発していた』と言っていた。

血液が蒸発する温度というのがどれくらいかはわからないが、凄まじい温度だということは想像に難くない。それでもなお、生肉の体裁を保っていたのだ。

それが本当であれば、この程度の火力で焼けるわけが無い。

……タンパク質の組成とかどうなっているのだろうか……。疑問は増えるばかりだ。

床の木材が変質してしまうほどの火力を長時間当て、ようやく火が入る。

ようやく焼き肉のように変色してきた。まんべんなく色が変わる頃、僕は火を止める。

これくらいでいいだろう。塩を振り、適当に味を付けた。

焼いたはずだ。だが、次の問題が起こる。

噛み千切れないのだ。噛んで歯に当たる部分が引き締まり、文字通り歯が通らない。闘気を使ってもゴムのような食感のまま、口の中に塊が残り続ける。

食べられないが、この食感には覚えがある。

これは以前、大蛇の肉を食べたときと同じなのだ。あれよりも頑丈ではあると思うが、間違いない。

それに思い至った僕は、記憶を探る。蛇の肉も硬かった。だがたしか、お湯を使って調理すれば食べられるようになったはずだ。

とりあえず煮てみよう。

火が通った一枚の肉を、すぐに熱湯の中に入れて更に熱する。

ステーキを煮るなどあまり考えつかないが、それでも食べられるのであればいい。

ぐつぐつと煮えたぎる熱湯。五分ほど熱すれば、先程よりも少し柔らかくなった感触がする。これは期待出来そうだ。

取り出し、フウフウと吹いて冷ましながら囓る。

……まだ硬い。

先程よりは柔らかく、全身の筋肉を使い食いちぎるようにすれば千切れるようにはなったが、それでも美味しく食べられる硬さでは無い。

どうしよう。この肉、食べられない。

家畜の餌にすると言っていたが、確かにこれは人間の食用には向いていなさそうだ。

貰ったからには捨てずに食べるが、だがこれは駄目だ。美味しい美味しくない以前に、食べるのが困難である。

仕方が無い。苦行ではあるが頑張ろう。

食感もあまり変わらない三枚の肉。ひたすら無心で噛みちぎり続ける。

ブチブチと筋繊維を千切りながら、食べるというよりも飲み込んでいく。

残りはまだ合わせて一キロ以上の塊が残っている。……これは後日に回さなければなるまい。

僕は魔法を使い再度凍結をさせて、溜め息を吐いた。

家畜にこれが食べられるとは思えないので、どうにかする方法があるのだろう。グスタフさんかギルドで聞いてこよう。とりあえず今日は今焼いた分だけで終わりにしたい。

クラリセンでの戦いで得た報酬。その塊の肉を見て、ふと思う。

クラリセンの街は魔物達のご飯となった。クラリセンに現れた魔物である竜は、僕の食事となった。

ならば、僕は誰の食事となるのだろうか。

まあ、それは悩むことではあるまい。僕は銜えたステーキを両手で引き千切りながら、その考えを打ち切った。

食べられない竜のステーキ。

僕がクラリセンの戦いで得た報酬は、それだけだった。

失ったものに対して割に合わないが、悲劇とはそういうものだろう。

他の者は何を得たのだろうか。近いうちに、オラヴ達の様子も見に行きたい。

僕は油で汚れた手を拭きながら、そう思った。