軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

老人との悪巧み

中には、見慣れたカウンター。一歩踏み込めば、木が軋むギィという音が響く。

窓から入る朝日が反射してキラキラと光る埃の匂いは前と変わらなかった。

「おう」

カウンターに座る老人は、僕の顔を見て目を見開く。

そして一言だけ挨拶をして、口の端を釣り上げて、口元の皺を深くして笑った。

「お久しぶりです、グスタフさん」

何ヶ月か足を踏み入れていなかっただけなのに、ここがこんなにも懐かしいとは。

グスタフさんは、前と変わらずにそこに座っていた。

「まあ、座れ。今茶でも出すからよ」

「あ、いえ、お構いなく」

グスタフさんは後ろの棚の水筒に手を掛ける。中を確かめるようにいくつか軽く揺すり、一つ選び出すと木の椀と一緒にカウンターに置いた。

木の椀に注がれたお茶は緑茶のようで、薄い緑色だ。

水出しの冷めたお茶を啜ると、ここまで走り通しだった身体の内側が冷やされる気がした。

僕が一口飲んだのを見て満足そうに微かに頷くと、グスタフさんは口を開いた。

「で? 今日は何の用だ? 『必要なときに使いに来る』なんて啖呵を切って出てったんだ。何かあんだろ?」

「単なる里帰りです……と言いたいところですが、そうですね。いくつか相談事があって来ました」

グスタフさんは頬杖をついて笑う。久しぶりに来たはずなのに、もういつもの空気が戻ってきた気がした。

「言ってみな。格安で聞いてやるよ」

「……そういえば、お茶の代金……」

そういえば、自然に飲んでしまっていたが、これの対価はどれくらいだろうか。

「ああ、そりゃあ、気にすんな。俺が勝手に出したんだ」

プイと横を向く。まあ、そう言うのならばいいのだろう。

グスタフさんの仕草が、何処か微笑ましい気がした。

僕は言葉を選びながら話を切り出す。

「……最近、というか四日ほど前から起きていたクラリセンの災害はご存じでしょうか」

言いながら、何を馬鹿なことをと自分でも思う。耳が早いこの老人が知らないはずがないのだ。

「昨日討伐作戦があったってやつだな。お前も参加してたはずだが」

「ええ。その作戦に関しての話なんですが……どれから話せばいいやら……」

「落ち着け。時系列は無視していいから、重要な事から話せ」

「は、はい」

グスタフさんの真っ直ぐな視線。僕を抜けて何処までも見通すようなその目に、僕の拙い説明でも大丈夫だろうと安心出来た。

ここに来るまでに色々と考えてきたはずだが、そんなものは頭の何処かに行ってしまったようだ。そうだ、ただ事実を伝えれば、どんなものであれ対応してくれるだろう。

……さて、一番重要と言えばどれだろうか。

今日この店を訪れた理由は三つ。クラリセンの今後のこと、僕の安全に関すること、そして五年前の事件と関連がありそうなこと。どれからだろうか。

そうだ、決まっている。まずは、大勢の人命に関わることからだ。

「作戦終了間際だったんですが、街に 竜(ドラゴン) が現れました」

「竜、か。その顛末に関してはもう聞いている。お前が討伐したんだってな」

やはり知っていたのか。どうやったかは知らないが、四百里離れた街の様子を一日経たずに知れるとは、本当にどうやっているんだろう。

まあ、情報源などどうでも良い。知っているのならば話は早いのだ。

「はい。竜についてご存じでしたらいいのですが」

「お前がわざわざ口に出すんだ。……何か新しい情報があったんだな?」

要らない情報かもしれないが、いいだろう。僕にとっては一番の重要な事だ。

「こちらもご存じかもしれませんが……、竜の背中に、内傷がありました」

グスタフさんが眉を上げる。そして水筒に手を伸ばし、ゴクリとお茶を一口飲み込んだ。

「そいつは知らなかったな。五年前と同じ手口だって事だな?」

「以前は首元でしたが、今回は背中でした。そこは違いますが、竜を釣って街を通過か襲わせようとしたのは間違いありません」

「その言い方だと、犯人の目星がついているようだが?」

「……レイトンさんが確認しています。ミーティア出身らしき姉妹でした」

あの茶髪の姉妹。どちらがやったかはわからないが、セットで行動していたことからして些細なことだろう。

グスタフさんは僕の言葉を聞いて、唇を引き締めた。

「それで、その姉妹は?」

「すいません。取り逃がしました」

僕はレイトンと一緒に襲撃を受けたこと、オトフシを雇った仮面の男について概要を語った。話すにつれて、グスタフさんの眉間の皺が濃くなっていく。文句はあるが口には出していない、そういう雰囲気だ。

「……なるほどな。その仮面のせいで、取り逃がしたか。レイトンにしちゃあ、大失態だな」

「僕も同じ立場なのでそこはなんとも言えませんが、その仮面についてももう一つありまして」

「……? 何だ?」

「オトフシさんを雇ったとき、僕の殺害も依頼していたそうです。結局は不発となりましたが、その仮面は僕を狙っていると見て間違いないかと思います」

「……ほお」

グスタフさんのこめかみに血管が浮かぶ。目尻が一瞬痙攣したように見えた。

何故だろう。怒っている。

ここまで僕の前でわかりやすい怒りを見せたのは初めてだった気がする。

「……となると、あれだな。その姉妹のご主人様とやらが、その仮面とみていいだろうな」

言い切ってから、グスタフさんは水を呷って流し込む。ごくごくと喉を鳴らして、水筒一つを一息に飲み干した。

さっきから見ていたが、その水筒は商品だろうに。

「五年前の竜と関わりがあるかどうかはわからないが、同じ手口。そしてついでとばかりにカラスを狙ったか」

引き締めた唇をムニムニと動かしながらグスタフさんは呟く。その指は忙しなく動いていた。

「ク、ハハ……」

そして笑い出した。何だろうか様子がおかしい。

「ハハハハハハ! そうか、お前を狙ったか!」

拳を握り締め、口の端を釣り上げる。笑ってはいたが、その力強い目には怒りが見えた気がする。

ひとしきり笑うと、それから黙る。ピタリと静まり沈黙をした姿は、少し不気味だった。

「上等じゃねえか。その仮面の男、探し出さねえとな」

「え、あ、はい。お願いしたいのですけれど……」

様子がいつもと違う気がする。前もたまに怖かったが、今日はちょっと違う感じがして怖い。

「竜についてはわかった。その仮面の男についても、何かあったら伝えてやろう。報酬なんざ要らん。舐めた真似した野郎を、捨て置くわけにはいかねえな」

静かに、力強く啖呵を切ったグスタフさんは牙を見せて笑った。

ただでやるというのはありがたい気もするが、どんな心境の変化だろうか。

「お金はいらないって、どうしたんですか」

「ああ、なに、……それは秘密だ。気にすんな」

グスタフさんは居心地が悪そうにそっぽを向いた。まあ、やってくれるだけでありがたいのだ。追及はすまい。

「変わったことはそれぐらいですが……」

「他にも何かありそうだがな」

グスタフさんはニヤリと笑う。二本目の水筒を開け、また一口だけ口に含んだ。

「まあ、やって欲しいことといいますか。出来るかどうか確認したいことがありまして」

残るは今後のクラリセンについてだ。

人が思い通りの行動をしなかったがために失敗するなど、この前のオラヴに突き出したときの二の舞はごめんだ。相談すればそれが避けられるのならば、それに越したことはない。

僕が確認の言葉を言いかけると、グスタフさんは溜め息を吐いた。そして、呆れたように僕を見る。

「この店を、俺を舐めるなよ。金さえだしゃあ、何でも売ってやる。何でもやってやる。 そ(・) う(・) い(・) う(・) 店(・) だって事はお前も知ってるな?」

「ええ、まあ。なので、確認です」

「クク、まあいい。それで、何だ?」

楽しそうにグスタフさんは僕に催促をする。イタズラの内容を聞きたい子供のように目を輝かせた、気がする。

「クラリセンの存続と次期町長の決定について、干渉出来ませんか」

「町長って……何だ、お前そんな街の運営に携わる気か?」

グスタフさんは丸い目をさらに開き驚いたように聞き返す。

「そんなわけないじゃないですか。ただ、ちょっと人事について口出し出来たらなあ……と思いまして。出来ませんか?」

「……何やら面白そうな話だな。詳しく聞かせてみろ」

僕は言われるがままに計画を語る。

グスタフさんの返事は快いものだった。

今回は何とかなりそうだ。

あとは懐具合との相談だが……それは午後の報酬待ちだ。

今回は上手くいく。その確信に、ギルドへ向かう僕の足は軽くなった。