軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

恩人の言葉

「……竜の死体はどうしよう……」

「ほっといていいと思うよ。解体ならギルドの連中に任せれば良いさ」

ポツリと出た僕の呟きにレイトンが反応する。

「……。しかし、肉が食べられたりとかしませんか」

ネルグの森は生き物の宝庫でもある。そこに突然発生した肉の塊に、野性動物が群がる姿が容易に想像できた。

「この森の連中にだって知恵はある。強大な存在が殺されたであろう場所に、すぐに立ち入ることはできないさ」

以前の砦掃除でも似たようなことを聞いたが、そういうものだろうか。

まあたしかに、その死体は自分達が逃げるほどの強者よりもさらに強い者がいる証拠なのだ。怖がるのも無理はないか。

内心考えた『強い者』という単語。それが自分を指しているということに気がついて、顔が赤くなった気がした。

内心の羞恥を隠すように、僕はレイトンに問いかける。

「じゃあ、街の中もしばらくは平気ですかね」

「ヒヒヒ、多分ね」

街の中で大量に魔物が死んでいる。同胞の死体が大量に転がっている場に、新たに近付こうという気は起こるまい。仲間の死体を見て危機を感じるだろう。ヘレナ死亡後の混乱した状態は、そのせいもあったのかもしれない。

大犬たちからしたら、朦朧とした意識が晴れ、目の前を見れば人間と同胞達の死体が並んでいたという状況。僕でも混乱する自信がある。

それで逃げようとしたら、その同胞達を殺害した人間達がうようよと歩いているのだ。

少し可哀想な気もしてきた。

だからといって、これからの排除も手を抜く気は無いが。

再度の魔物の掃討も簡単に終わった。

オトフシは抜け、オラヴも元気はない。だが、元より過剰戦力だ。小一時間の戦闘行動で、全ては終わった。

残るは死体の山と汚れた街。この汚れは、僕たちが落とす必要は無い。

探索者たちの仕事は終わりだ。

それぞれが、戦闘が終わった達成感とまた起きるのではないかという僅かな不安を胸に拠点へと引き上げていった。

僕も例外ではない。

悠然と開拓村へと歩を進める。

ただし、終わりではない。僕のするべき行動の一つは決まっている。

それはこの街では出来ないことで、焦るべきではない。

そして、まだここでするべきことはある。

テトラと話して、イラインへと帰ろう。

「魔術ギルド臨時支部は向こう側ですよね。送りますよ」

木の下で蹲り、ただ空を見上げているテトラに声をかける。

数歩の距離なのに、僕が声をかけるまで気がつかなかったらしい、ゆっくりとテトラは僕の方を向いた。涙は止まっているようだが、泣き腫らした目が痛々しい。

「……いいわ。一人で行けるもの」

「この距離まで僕に気がつかなかったのに、ですか」

そんな注意散漫な状態では危ないだろう。

魔物は出ないかもしれない。野生動物すらもこの街に近付かないかもしれない。ならば、次に注意すべきは人間だ。混乱した状況に乗じて、何事かを企てる人間だっているかもしれない。少し違うが、僕が襲われそうになったように。

テトラは笑う。素直に出たようなその笑顔が、とても寂しい感じがする。

「いいのよ、もう。魔物はいなくなったんでしょ? それに魔物が出たところで……」

語尾を小さくし、テトラは地面を見つめる。

魔物が出たところで。その言葉の続きは、きっと自暴自棄の言葉だろう。

僕にテトラを慰めることは出来ない。

原因の一端を担う身であるから、何を言っても届かないだろう。

謝罪も出来ない。何を謝るというのだろうか。

僕の狙いは果たせていない。幸か不幸か、ヘレナが正当に裁かれることはなかった。

ヘレナは事故死だ。自分の呼んだ魔物を支配しきれず、その魔物に食われてしまった。

違う。

幸か不幸か、ではない。ヘレナの事故死は僕にとってもオラヴにとっても、そしてテトラにとっても不幸な結末だったのだ。

それに、人を慰める方法など知らない。

きっと前世も含めて今まで、そんなに他人と深く関わったことがないのだろう。

無力さに、自分の頬を殴りたくなった。

「……あたし、どこから間違ってたのかしら」

宙を見つめながら、テトラは呟いた。

「……大惨事が起きてから、初めにヘレナのところに行かなかったこと? 事件が起きた当初にギルドの招集に応じてヘレナと会わなかったとこ? 町長が死んでから、ヘレナを強引に連れ出さなかったこと? イラインまで町長告発に行ったこと?」

堰を切ったように、言葉が溢れる。それは息が切れるまで続いた。

息が切れてからテトラは言葉を続けられずに、膝に顔を埋めた。そして大きく深呼吸をする。

「どこでどうすれば、こんなことにならなかったのか。あたし、わかんない」

鼻水を啜る音が聞こえた。

慰めるのはやはり無理だ。

僕にはとても、慰める言葉が見つからない。

小一時間、またテトラは泣いていた。

僕はその側で、立ち尽くしていることしか出来なかった。

「送ります」

泣き声が小さくなってきたテトラに、僕は頭上からそう声をかける。

小さく頷いて、テトラは立ち上がる。僕に涙を見せぬようにか、袖でグシグシと目元を擦り、充血した目で僕を見返した。

歩き出す僕らの間に会話はない。

魔術ギルドは街の反対側だ。森を通るのは論外だし、街道とそれと街を通るしかない。

街を歩けば周囲は血に塗れているが、僕もテトラもそれを気にする素振りは取らなかった。

歩いていると、当然見覚えのある風景があった。

「ここら辺、屋台があったとこですね」

重い空気を何とかしたくて、僕は努めて明るく話しかける。テトラは「そうね」とただ一言返した。

「ここ、新しくまた屋台街が出来て欲しいなぁ。僕まだ全制覇してなかったですし」

「あんたはまたそればっかりよね」

不機嫌な様子で、テトラは返す。それでもいい。怒るのならば怒って欲しい。沈んだ気持ちのままでいさせたくはない。

「この街の料理、本当に美味しかったんですよ。屋台の料理もそうですけど、宿屋の料理も。あと、テトラさんの紹介してくれた……ええと、ハシランさんの緑の煮込みも」

「……もう、食べられないけどね」

テトラはそれだけ言ってそっぽを向く。

食べられないのは、街がなくなるのだろうか。それとも店がなくなるのだろうか。

「街のことなら、また、ストゥルソン卿が何とかしてくれますよ。この街を、以前のように」

「……もう戻らないのよ! 街もヘレナも!!」

テトラの怒号が響く。誰も居ない街で、その声はよく通って聞こえた。

……ようやく、怒った顔が見れた。怒られているのに、何故か少し嬉しい。

「……ヘレナさんは無理でしょうね。死者を生き返らすことは出来ない。生き返らせることが出来るのならば、それは奇跡です」

「そんな! わかってることを何度も言わないで!!」

テトラの声に悲鳴のような響きが混じる。そんな事実を認めたくないのだろう。だが自分でも認めている。それがきっと嫌なのだ。

「ヘレナさんは無理でも、街は戻ります。戻すことは出来ます」

突き放すように、僕は言う。ヘレナのことは今は気にするなと。街の方を見ろと言外に篭めて。

「僕は大事な人を亡くしたことはありません。だからきっとテトラさんの気持ちはわからない」

「…………」

「でも、ある人に励まされました。まだ出来ることがあるうちは悩むな、と。まだテトラさんにも僕にも、街の復興っていう仕事が残っています。悲しむのは、それからにしましょうよ」

オトフシの言葉を少し変えて使う。僕の言葉ではないが、僕にはこのくらいしか出来なかった。

テトラは憮然として少し黙り、それから拳を握り締め、顔を上げた。

「……そんな簡単に割り切れないわよ」

テトラの足は早まる。僕を見ようともせずに、ずんずんと先へ向かった。

激励に失敗したか成功したかはわからないが、とりあえず言いたいことは言った。

後は本当に、どうすればいいのかわからない。

これからのことに思い巡らせる僕と、こっちを見ないテトラ。

それから開拓村の手前まで、僕らは黙ったまま連れだって歩いていた。