軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

現行犯

その光景を見て、僕の胸中に溢れたのは呆れだった。

考えがないのも程がある。襲撃はさせるだろう。だが何故、こんなに早く、街中でレイトンを襲わせたのだろうか。

「くっ!」

肩に手を掛け、テトラが駆け寄ろうとするのを押し止める。三十メートルほどの距離がある、間に合わないだろう。それに間に合ったとしても邪魔になるだけだ、撃退にも、襲撃の証拠にも。

「何で!?」

「待って! 巻き込まれると危険です」

当然、レイトンもオラヴもその程度で怯むわけもない。

壁を駆け下りるように飛んできたその大犬の頭部を、オラヴの大鎚は正確に捉える。キャンという可愛らしい声を上げて、大犬は壁に激突し絶命した。

ホウと息を吐くテトラに向けて、僕は言葉を選びながら続ける。

「見ての通り、レイトンさんは言わずもがな、ストゥルソン卿もかなりの業前です。ヘレナさんの心配をするならば、彼らの邪魔をしない方がいいかと」

「……そうみたいね」

テトラの拳が固く握り締められる。それは焦燥からか、無力感からか、僕にはわからない。

「まだ元気なのが残っておったか。用心せねばのう」

「怖いねぇ」

歯を見せ笑いながら、レイトンはヘレナに笑いかける。ヘレナはそれを聞いて、石畳を強く蹴っていた。レイトンもオラヴも見ていないときにやるとは、一応の演技は出来るらしい。

後ろで見ている僕に警戒していない辺り、お粗末な演技だが。

警戒し、周囲を見渡すオラヴが、僕らの方を見て動きを止める。起き上がったテトラに気付いたのだ。

「おお、おお、目が覚めたかの」

そして、安堵した様子で駆け寄ってきた。

ヘレナはというと……、足踏みをしてこちらを見ているだけだった。一応嬉しそうな顔はしているので、テトラが目を覚まして安心はしているのだろう。

肩でも抱かんばかりに、オラヴがテトラに詰め寄る。

「良かったのう。無傷なのに目が醒めんとはどうしたものかと」

「え、ええと、確かに斬られたんですが……?」

テトラは戸惑いながらも辿々しく答える。口調も仕草も、目上に向けた受け答えだった。

「ほう……?」

テトラの言葉に、意味ありげにオラヴはレイトンを見る。レイトンは苦笑して、肩を竦めてそれに応えた。

「現状については道々カラスから聞くと良いが、また拠点に着いたら事情を聞かせて貰うでの」

「はあ、わかっ……りました」

慣れていないのか、テトラの口調が崩れそうになるが何とか堪えたようだ。

そんな態度など、オラヴは気にしないだろうが。

足を止めたことを詫びながら、オラヴはヘレナの元に戻る。

ここでの追及は本当に何もしないようで、拍子抜けしたようにテトラは首を傾げていた。

また隊列が元に戻る。

先程よりも近付いたが、三人と二人の組に分かれ、僕とテトラの二人は三人の後方十メートルほどを静かに歩いていた。

自然とこの並びになるのは何故だろうかわからないが、それなりに好都合だ。

ヘレナとの隔離も兼ねて、テトラと話もしておきたい。

そんな理由を付けないと話を切り出せない僕が、どこか情けなかった。

「ときに、テトラさん」

前の三人に聞こえないように、小声で話しかける。テトラもそれに合わせてくれたのか、幾分か小声だった。

「な、何よ」

先程とは違い、ちゃんとこちらを見てくれるのは胸が痛いところだ。

「事が事なので、単刀直入にお聞きします。正直にお答え下さい。この事件を起こしたのは、ヘレナさんですか?」

僕がそう問いかけると、テトラは言葉に詰まったように口を閉ざし息を止めた。その反応が何よりの答えだとは思うが、それでも直接聞かねばなるまい。

歩きながら答えを待つ。前の一団の話し声と僕らの静かな足音が響き、鳥の羽音がよく聞こえる気がした。

テトラはしばらく黙った後、泣きそうな顔で、ポツリと言った。

「……そうよ」

これで僕にとっては確認が取れた。あとはこれをテトラがオラヴに証言してくれればまた変わるのだろうが……変わるのだろうか? まあ、そこまで求めるのは酷だろう。そこは後でだ。

「それは何故断定出来るのでしょうか。ヘレナさんが魔法を使ったときに、テトラさんがいたとか?」

あるいは魔物を随侍している姿を見たとか、何かそういうことがあるはずだ。

「あの子が言っていたのよ。塞ぎ込んでいたあの子がある日突然、明るくなって。良いことを思いついた、レイトンも同じ目に遭わせてやるんだ……って。その数日後、最初の襲撃があったわ」

何処か一点を見つめながら、テトラは虚ろに言葉を吐き出していった。

「あの日、私はお昼ご飯を一緒に食べようと思ってヘレナの家に向かってたの。そして、ヘレナの家のすぐ側で、大犬に遭遇したわ」

「それだけだったら、偶然じゃ……」

「偶然とは思えなかった! だって、もうその時には、大犬と 毒鳥(ステニアーバード) が群れになってたんだもの!」

通常は、出会ったら殺し合う類いの魔物達だ。勿論、自然にそんなことは起こらないだろう。けれど、この話の流れでは……。

「それからすぐに、魔術ギルドに招集されて魔物狩りに参加したのよ。それからヘレナとは会えずじまい」

やはり、テトラも決定的な証拠は持っていない。

揃っているのは状況証拠だけだ。オラヴを納得させるには厳しいだろう。

「でも良かった、生きてて。あの、ストゥルソンって人が保護してくれている間は大丈夫なのよね、ね?」

ヘレナの無事を喜んでいるテトラ。やばい。この辺が危ないところだ。

テトラの確認には答えず、落ち着いて静かに僕は問いかける。

「……テトラさんは、ヘレナさんはこれからどうするべきだと思いますか? もちろん、この大惨事を起こした犯人として」

「……嫌なことをいきなり言うのね、あんた」

一転して渋い顔をする。ころころと表情がよく変わる。

「私は……ヘレナが償えるんなら償って欲しい。労役でも懲役でも、あの子は服役すべきだと思う」

「……そうですか」

無罪放免で済むとはテトラも思ってはいない。それは僕にとっても救いだった。

「まあとにかく、一応護送中みたいな扱いでもあるので、ストゥルソン卿やヘレナさんへの接触は控えた方がいいでしょう」

適当な口実を作り、強引にそういう話に持っていく。テトラの姿を見せれば、ヘレナも派手な動きは出来ないだろう。正直無理矢理な話ではある。だが今は何も浮かばないのだからこれが限界だ。

「レイトンががっつり話しかけてるけど」

「……あれは、ほら、ああいう人なので」

その一言でテトラは黙った。それだけで納得されてしまうレイトンが凄い。

一団は歩いて行く。

街中を過ぎ、森へと出て行く。

このまま何事も起きずに拠点まで行くのだろうか。最初の大犬以外の動きのなさに、僕もそう思い始めた。

拠点を魔物が襲うのだろうか。いや、この分だとこのままヘレナが何事も起こさずにただ時間が過ぎてしまうかもしれない。そんな懸念が僕を襲った。

僕は自嘲した。

それならばそれでいいはずだ。開拓村への襲撃など無い方が良い。街道での事件が望ましいどころではなく、それ以外ならば望ましいはずがないのだ。

それなのに、襲撃がないことを心配している。おかしな話だ。それは、村を先程のクラリセンのようにすることだというのに。

そんなことを考えながら、小さくクスクスと嗤う。

そんな僕をテトラが心配そうに見ていたが、僕はそれを無視した。

だが、やはり異変は起きた。

望ましいのか望ましくないのかわからないが、ヘレナはついに決行したらしい。

不意に辺りが騒がしくなる。ギャアギャアと騒ぐ鳥の声。いやこれは、鴉の声だ。

街道を挟む森から、三つ首鴉の群れが一斉にオラヴとレイトン、それにヘレナの一団を襲った。

「おう!」

多少動揺しながらも、オラヴはそれに対抗する。重たいはずの鉄槌を小枝のように振り回し鴉どもを蹴散らしていく。

僕らの足下まで潰れた死体が飛んでくる。それはベチャリと音を立てて石畳にへばりついた。

「テトラさん、後ろの警戒お願いします」

「わ、わかった!」

テトラを警戒という名目で僕のもとに拘束する。これだけの大きな騒動だ。

必ずヘレナは何かやる。そう思った。

僕らの方には不自然なくらい魔物が来ない。

ヘレナはこちらを気にしていないのだろうか。いや、テトラを気にして襲わせてないのか。いずれにせよ、この不自然さはオラヴも気付くだろう。明らかな指向性を持って魔物が動いていると。

護衛対象のヘレナを中心にして、互いに背中を預けるように、オラヴとレイトンは三つ首鴉の群れを叩き落としていく。

そんなもので、レイトンが殺せるはずがない。それはヘレナもわかっているはずだ。

二羽か六羽ほど、申し訳程度に僕の方に三つ首鴉が来た。

それを小突くようにして払うと、それだけで内臓が潰れたようだ。地面に落ち、力なくバタバタと羽根を痙攣させていた。

鴉の雨は止まない。

あまりの数の多さにオラヴも業を煮やしたのか、撤退を考えたようだ。

「レイトン! 儂はクニツィア嬢を連れて走る。合図をしたら、一斉に打ち払って進むぞ」

レイトンは手を一時止め、そして次に襲いかかるであろう三つ首鴉を切り払う。

そして一瞬の安全を確保した後、返事のために僅かに振り返った。

「はいは……」

そのとき。

トン、と音がした気がする。

レイトンの体が前に弾き出される。

「ぃごっ……!」

その押し出されて隙を晒したレイトンの体に殺到する三つ首鴉。

一羽につき三つの嘴がレイトンに刺さっていく。その大群が機関銃のような速さで胴体に突き刺さり、それぞれが一囓りの肉を咥えて離脱する。

一瞬で、レイトンの白いカッターシャツの胴体が紅に染まった。

ズサァと地面に擦れるように、レイトンは倒れる。

その体に追い打ちをかけるように、三つ首鴉は群がっていった。

レイトンの背中を押した小さな手。

白く輝かんばかりのその両手を突き出して、ヘレナはニヤリと笑う。

先程までは、彼女は怯えて守られているだけだったのに。

「やった! やったぁ!!」

そして念願が叶った子供のように全身で、飛び跳ねるようにヘレナは喜びを表していた。