軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47.友達と女官と帰る場所

契約が解けてぼんやりとした二人を連れて、テレサとともにローベルト伯爵家に向かう。私は先に狩猟小屋に戻っているといったけれど、ただの子供ではないから大丈夫だと押し通した。

二人を連れて行って、使用人に渡してはいおしまいでは済まないだろう。部屋を決めて、待遇を伝えて、色々とやらなければならないことはあるけれど、伯爵家は今夜王弟妃を招いて夜会の最中だ。きっとごたごたしているし、割ける人員も限られていて、何かと時間がかかるはずだ。

何より、契約が解けたことで呼吸もつらそうにしている二人を寒空の下において問答している時間もない。そう説き伏せて伯爵家の近くで三人と別れ、てくてくと狩猟小屋のほうへ歩いていく。

そうして、十分に距離をとっているうちにも周囲にほんの少しずつだけれど、魔素が漂い始めているのを感じることができた。

もともと魔女を養っていた地脈のそばだ。魔力の量は潤沢だったのだろうし、漏出の元がふさがれば、土地に十分な魔素が行き渡るのに、そう時間は必要ないだろう。

ポケットを探り、私の手のひらに乗るくらいのブローチを取り出す。

赤い大きな石はたぶんルビーで、魔女の家にあったガラクタの中から、一番価値のありそうなブローチだった。売れば平民が何年も働かずに豊かに暮らしていけるだろう。

「ロビン、おねがい」

使い魔は、今日はもう働きすぎだと不満を言ったけれど、じっと見つめるとあとで追加報酬を求めると伝えて、ブローチをくわえて夜の空へ飛び立った。

宝石は、それなりにいい封印の素材になる。時間が経つと石が封じた力が滲みだして近くにいる人間に影響が出たり、力に負けて割れたりするからあまり長くはもたないけれど、一時の時間稼ぎには十分だ。

そのままならば、封じ込めたものは封印が解かれた時点で元の持ち主の元に帰ってくる。

けれど、もっと近くに持ち主に近い気配――最もいいのは、血縁者だ――がいれば、そちらに取りつこうとする。

かつて私がラプンツェルの身代わりになったときと、原理は同じだ。

――これで、よかった。

てくてくと小さな足で夜道を歩きながら、自分に言い聞かせるように、思う。

見るからに高価な石の嵌ったブローチだ。似たようなものは昔の私も持っていた。魔術や薬、護符を望んだ人間に渡すと、その報酬として時々、ああいうものが手に入る。

その石に、子供ふたりの体を蝕んでいた病魔を封じ込めた。

ロビンは私に頼まれた通り、あの石を強欲な、とある夫婦の元に届けるだろう。

明らかに貴族の持ち物のそれを、一帯を取り仕切るローベルト伯爵に届けるならば、あるいは難を逃れるかもしれない。

もしも、拾ったそれを届けずに、探している誰かがいるかもしれないのを想像もせずに、こっそりと自分のものにするようならば。

罪は罪のあるところに。

報いは、報いのある者のもとへ。

たとえ病魔を石に移したのが私で、それがテレサとこの土地を救うためだったとしても。

私は歩き続けた。

自分の帰る場所へ。

初めて出会った日、あの子たちが家を、父親を探していた気持ちを、想像しながら。

※ ※ ※

「アディちゃん、またね。きっとまた会おうね」

「うん、フローリカちゃん。またくるよ。フローリカちゃんも、いつかおしろにきてね」

「行く! 絶対行くね!」

紅茶色の瞳に涙を浮かべながら何度も握った手をぶんぶんと振るフローリカに、テレサが軽く手を添えて外させる。

「フローリカ、姫様にそんな風にしてはいけないわ」

「お姉様ぁ」

「ほら、泣かないで。――また会えるわ、きっとすぐに」

「はいっ」

フローリカはぶんぶんとうなずいて、きれいに整えた髪がぼさぼさになってしまう。

少し後ろにいたカスパールは、ずっと拗ねたようにそっぽを向いていた。

「ほら、カスパール。あなたもいらっしゃい」

「男は、こういうとき泣いてはいけないのです」

「ばかね。男の子はいつだって、泣いたっていいのよ」

笑って身をかがめ、腕を広げるテレサにカスパールは洟をすすり、おずおずと近づいてくる。

「お姉様。またお会いできるのを、楽しみにしています」

「ええ、あなたもフローリカと一緒に、王宮にいらっしゃい。私のお部屋に泊めてあげる」

「はい、きっと」

きょうだいの別れを眺めて、私もついついもらい泣きをしてしまいそうになって、ラプンツェルの元に走り寄る。スカートに抱き着くと、あらあら、と優しく笑って頭をなでられた。

「アディ、二人とお別れはした?」

「うんっ」

「一か月半も一緒に過ごしたお友達だものね」

王妃と王弟妃と、この国唯一の王女が西の狩猟小屋に滞在してそれくらいが過ぎたけれど、ある日マルグリットの「そろそろルイに会いたいわ」という一言で王宮に戻ることになった。

もうこの土地は大丈夫だ。マルグリットはそう判断したし、私もそう思う。

あれから雨も何度か降り、カスパールとフローリカと共に足を運んだ麦畑も、青々と茂っている。

村の雰囲気も良くなったし、病気にやられていた葡萄畑も新芽が出て、少しずつ回復してきているそうだ。

すぐに何もかもが元通りにとはいかなくても、ローベルト伯爵家はもともと領地を富ませていた家だし、きっと大丈夫だろう。

使い魔だった二人は伯爵令嬢、テレサの口利きでローベルト家で養生し、意識がはっきりしてきた頃に、自分たちが両親に森に捨てられたのだと証言した。

子捨ては重罪だ。兵士が二人の実家――パン屋を訪ねたときは、もう二人の姿はなかったという。

村の人たちによると、夜逃げをするように出て行ったけれど、その時パン屋の主人はひどく顔色が悪く、もしかしたら何かの病だったのかもしれないと言っていた。

二人分の病魔は、ブローチを持ち続ける限り、近くにいる人間を蝕むだろう。

「ヘンゼル、あんまり無理しなくていいぞ。軽いから、こっちを運びな」

「グレーテルも、気分が悪くなったら休めよ」

魔素を介して少し離れたところから、王宮に戻る積み荷を運んでいる使用人たちの声が聞こえてくる。

一か月ほどで歩行に問題がなくなった二人は少しずつ伯爵家の仕事を始めて、今日も帰宅の準備を手伝ってくれているようだった。

顔色もよくなったし、まだぎこちないけれど、少しずつ笑うようになってきたことに、ほっとする。

なお出不精王妃のマルグリットは、一足先に準備の済んだ馬車に早々に乗り込んで、中で昼寝をしているようだった。

「お姉様も、お城にいるんですよね」

「ええ、姫様の元にいるわ」

「それなら、よかったです」

テレサはあの後、ラプンツェルに願い出て、私付きの女官になることになった。

王族付きの女官は名誉職ではあるけれど、何者よりも主人を優先し、忠誠を誓うことを求められる。

未婚の女性が女官になれば、その先結婚も出産も許されない。だから女官には大抵、王族と幼いころからともに過ごした生え抜きの側近か、結婚したあと夫に先立たれたり、何かの事情で婚家を出る女性がなることが圧倒的に多い。

まだ若いテレサが立候補するには、それなりに重い役職だ。ラプンツェルは何度も本当にいいのかと確認したけれど、テレサの決意は固かった。

「姫様に仕えることが私の幸せです。姫様が生まれた時からそうでした」

そうまっすぐに告げたテレサに、ラプンツェルが折れて推薦すると約束してくれた。

テレサは、私が普通の子供ではなく、それを周囲に隠していることを知って、きっと、心配してくれているのだろう。

王統派の貴族の子女が女官になるのは、家にとっても大変な名誉だし、女官に上がれば変な相手と結婚させずに済む。

もし将来テレサに好きな人ができて、その人がテレサを任せても大丈夫な人ならば、その時は私が応援しようと思う。

大丈夫、私はこの国の唯一のお姫様。うまくいけば女王様になる立場だ。

なんとだってしてみせる。

「アディ、準備ができたから、馬車へ」

「はぁい」

ラプンツェルにだっこしてもらって馬車に乗ると、乳母のマーゴと女官候補のテレサも同じ馬車に乗り込む。

「アディちゃん、またね!」

「また、そのうち!」

「ばいばい、カスパールくん、フローリカちゃん! またね!」

馬車の窓から身を乗り出して手を振ると、マーゴにしっかりと抱き留められた。

「ばいばーい!」

二人に手を振り、馬車が動き出す。

「すっかり緑が濃くなったわね」

「はい、よろしゅうございました」

車窓の向こうに広がる麦畑も、その奥の森も、活気を取り戻しつつある。

魔女が守っているのだ、大火事でも起きないかぎり、数百年は何事もなく、森はそこにあるだろう。

使い魔だった二人には、この先二度と会わない。それが二人を助ける契約だった。

人の命は短い。魔女の人生から比べれば、あまりにも儚く過ぎ去ってしまう。

二度と同じことが起きないように、そう契約を交わした。

大切な子供に会えなくなっても、彼らは健やかに育ち、人としての人生を全うするだろう。

二度と会えなくても、彼らは村で結婚して、その子供も、孫も、末永く生きるかもしれない。

お菓子の家の魔女が可哀想なような、うらやましいような、複雑なきもちだ。

「アディ、そんなに寂しいの?」

「んぅ?」

「お友達とのお別れは初めてだものね。こっちに来る?」

「……ううん。アディ、もう、おねえちゃんだから」

ラプンツェルは驚いたように目を見開いて、それからくすくすと笑った。

私はずっとラプンツェルにべったりの甘えん坊だったから、よほど意外だったのだろう。

「そうね、もう三歳だものね」

「んっ」

馬車は進む。私の今の居場所に向かって。

「パパに早く、あいたいなあ」

そう呟いて、二度とそれが叶わなくなった子供たちを想い、そっと目を閉じるのだった。