軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.人生指針と魔女との取引き

「宮廷の噂話には、私も疎いから、分からないわねぇ」

「だよねえ……」

結局、私がある程度自分の力を隠さずに話ができる相手はマルグリットしかいないのである。

先日も訪ねたばかりだけれど、おばちゃんにあいたーい! と幼児の駄々を捏ねてやってきた王妃宮で、今日もマルグリットは王妃の仕事はまるっと放棄してだらだらと 長椅子(カウチ) に横たわっていた。

動くときは動くけれど、昼間に会う時のマルグリットは基本的にこうしてダラついているか、お菓子を食べているかである。その上でこのすらりとしたプロポーションなのだ。しみじみ、魔女は人間の理を逸脱した存在である。

「テレサは、あかちゃんの時からいっしょにいてくれたの。幸せなけっこんをするならしかたないけど、泣いてるあいてとけっこんしてほしくないなあ」

テレサもサラサもカミラもエリナも、いずれはさよならをしなければならない日がくるのは判っている。

そうして私の周りには、入れ替わるように女官やメイド、侍女や家庭教師が増えていくんだろう。

「なんで、テレサのおうちはざいしぇいなん……びんぼうになっちゃったのかな」

まだ舌が短いので、難しい言葉は噛んでしまう。

漏れ聞いた話では、不作が続いて蔵を開け、領民を救うかわりに財政が破綻しかけているらしいけれど、そもそも王女の傍に侍ることが許された家だ。少なくとも三年前の時点で領地の経営は順調だったはずだし、他家に付け込まれるような隙があったとも思えない。

赤ちゃんや幼児にとっての三年は、体感時間が果てしなく長く感じるけれど、領地を経営している時間としては、大した長さではないはずだ。

たった三年。それで宮廷に上げた娘に不似合いな縁談を持ってこなければならないほど逼迫するのは、ちょっと考えにくい気がする。

「南の貴族で評判が悪いというと、そうねえ、ガイラック伯爵なんかそうだったんじゃないかしら。二度ほど夜会で会ったことがあるけれど、昔私の使い魔だった子にすごく似ていたわ」

「それってへび?」

「ヒキガエルのほう」

「あー……」

ものすごく頭が良かったけど、番を求めて使い魔を辞したヒキガエルの話は聞いたことがある。マルグリット自身はそのヒキガエルにはいい思い出しかない様子だけれど、人間に対してヒキガエルにすごく似ているというのは、ストレートに悪口ではないだろうか。

「なんで、ひょうばんわるいの?」

「確かその時は、五人目の奥さんが亡くなった喪中が明けたばかりって言っていたわ。人間ってすぐに死んじゃうけど、それにしても番が五人もいなくなるなんて珍しいと思ったわね」

「ええ……」

「そうそう、その時は六人目の奥さんが見つかったってルイに挨拶に来たのよ。あなたが生まれる前ね」

魔女であるマルグリットの時間感覚はあまり信用できないけれど、私が生まれる前なら少なくとも三年以上前ということになる。

「ましゃか、ななにんめのおくさんを、さがしてないよね?」

「人間ってそんなにたくさん番を持つものなの? ルイは妻は私だけでいいって一日二回は言っているけれど」

我が両親も日々ラブラブだけれど、伯父さんとマルグリットの仲も実に良好らしい。

正直、魔女のマルグリットと人間の伯父さんが夫婦としてどうやって意思疎通をして気持ちを通わせているのか、私には全然想像がつかない。

なにしろ魔女だった頃、赤ん坊の頃から育てたラプンツェルのことだって、私はなんにもわかっちゃいなかったのだから。

「うーん」

もしテレサの結婚相手がそのガイラック伯爵だとしたら、そんな結婚は断固反対である。

政略結婚は貴族に生まれた娘の義務とはいえ、あんまりだ。

魔素で聞いた「お気の毒」がじわじわと嫌な予感と交じり合って、ちょっと気持ち悪くなってきた。

「どしたら、けっこんをじゃまできるかなあ」

結婚制度を理解した上で王族の強権を利用するには、私はまだ子供すぎる。パパとラプンツェルに泣きつけばなんとかなるかもしれないけれど、テレサの性格だと、私には何も言わずにそっと手を握り、ありがとうございました、お元気で、姫様と微笑み、翌日からふっといなくなるような気がしてならない。

そもそも、テレサの実家だって、大事に育てて王女の傍に上げた娘にそんな結婚をさせたがっているとは思えない。通常ならば、もっといい縁があるはずなのだ。追い詰められた状況でさえなければ。

「びんぼう、なんとかできないかなあ」

魔女だった頃の記憶を遡れば、不作を退ける呪いにはいくらか覚えがあるけれど、不作の原因によって用意するものも儀式も違うし、どれもこれも現地に行ってみないと発動条件が確定できない。

干ばつが原因なら雨ごいを、害虫が原因なら虫よけを、それぞれ細かくやることが違ってくるのだ。

「気になるなら、実際に行ってみたら?」

うんうんと小さな頭を抱えて唸っているのに、マルグリットは白く細い腕でしどけなくクッションを抱きしめて、気だるげに言った。

「国の西側なら私の縄張りのある場所だし、王室の冬の別荘もあるはずよ。守りの蛇も置いているから、案内くらいはしてあげられるわ」

「でも、行くりゆうがないよ」

育児室のある離宮とマルグリットの王妃宮くらいしかしらない私が、いきなり西の別荘に行きたいって言い出すのは、さすがに不自然だろう。

「私が春まで避寒に行きたいと言えば、ルイはすぐに用意してくれるわ。あなたもパパとママと一緒に来ればいいじゃない」

「いいのっ!?」

「もちろん貸しよ」

人間の理の外にいる魔女と貸し借りをするのは、あまり好ましいことではない。

なにしろ魔女だった頃、チシャの畑ひとつでラプンツェルを攫った過去のある私が言うのである、間違いない。

おまけにマルグリットには、すでに命を三分の一助けられたという、大きな借りがある状態だ。これ以上借りを作るのは明らかにまずい。

でもテレサのことは、どうしても、なんとかしたい。

「うー……おとなになるまで、まってくれる?」

「いいわよ、大した時間じゃないもの」

「しはらいのとき、なにではらうか、そうだんしてからにしてほしい」

「それもいいわよ」

随分気前のいい返事をくれたことにひとまず安堵する。

マルグリットはそれほど複雑な性格はしていない。好きと嫌いがはっきりとしていて、私と伯父さんのことも気に入っているようではあるけれど、明確に興味があるのはお菓子類に対してだけだ。

いずれ体が大きくなってきたら、前世のお菓子を何かしら再現して賄賂として手渡そう。

「じゃあ、いく! なにかできるかもしれないし!」

なにもできなかったとしても、ある日目が覚めたらテレサがいなくなっていて、その後どうなったのかやきもきしながら暮らしていくなんて、まっぴらだ。

前世も前前世も未練と後悔まみれだった。

やりたいことがあったら即やらなければならない。それが私の生きる指針である。