軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後輩と先輩な俺

「お疲れ様でしたー」

新人と一緒にワゴン車を降りてから向き直り、軽く頭を下げた。

今日は早朝からの仕事で珍しく昼前に終わり、まだ一日の残り時間が半日ある。

六月で梅雨の時期だけど、今日は晴天だったのでワックスが乾きやすくて助かった。そのおかげで予定より早く終わることも出来たし。

「はい、おつー」

「おつかれさん」

山本さんと社長がいつもと変わらず、軽い調子で返してくれた。

それを見て、新人の彼は深々と頭を下げて目一杯の声を張る。

「あっ、お疲れ様でした!」

新人らしい若さと元気の良さが前面に出ているな。……なんて偉そうなことを思っているが、半年前の自分も似たような感じだった。

「真君はここでいいのか?」

「は、はい。良夫先輩と……遊ぶ予定がありますので」

それを聞いた社長は「おっ、仲いいな。それじゃあ、また明日」と車を発進させた。

真君が言ったように、この後は俺の部屋まで来てもらい遊ぶ? というか話し合いがある。

「コンビニでお菓子と飲み物買っていこうか」

「はい!」

「そんなにかしこまらないでいいんだよ?」

「いえ、良夫先輩は二つの意味で尊敬している先輩ですから」

後輩に好かれるというのは嬉しいのだけど、彼は俺のことを過剰に評価し過ぎだと思う。

あの一件で知り合ってから二か月が経過したが、あれからずっとこの調子だ。後輩の見た目は線の細い美少年といった感じで、気が弱く大人しい性格をしている。

「仕事に少しは慣れたかい?」

「あっ、はい。ちょっとだけですけど、緊張もしなくなりました」

照れたように頭を掻いている。

同性とわかっているのだけど、かわいいという言葉が頭をよぎる仕草だ。

昔はアイドルの追っかけをしていたらしい岬さんが、

「真君、めっちゃカワイイ! ヤバい、推しになりそう……」

と危ない目つきで呟く気持ちもわからなくもない。

当人は線の細さを気にしているようで、マタギのような社長を羨ましそうに見つめ尊敬の眼差しを注いでいた。

「強引にバイトを頼んだから、迷惑がられてないかと心配だったんだけどね」

「そ、そんなことはないです! ボク一人だったらずっとあの部屋から出られませんでした。良夫先輩が引っ張り出してくれたから」

そう言って上目遣いで俺を見てくる。

……岬さんにこの顔を向けたら一発で落ちそうだな。

「大袈裟だよ」

と口にはしたが、気持ちはよくわかる。

引きこもると外に行くハードルが毎日少しずつ上がっていって、数年経過したときには自力では超えられないぐらい高くなってしまう。

根が真面目な人ほど、後悔して自分を責める。気持ちばかりが焦るが体は動こうとしてくれない。日々自分を責めて、それでも現実から逃げることしかできなくて……。

切っ掛け、そう、切っ掛けさえあれば引きこもりから脱出できる人はいるんだ。俺みたいに、自分を奮起させる出来事や誰かの助力があれば。

それを嫌というほど痛感していた俺は、余計なお節介とは知りつつ真君――自然の神のプレイヤーをバイトに誘った。

初めは戸惑い踏ん切りが付かなかったようだが、俺の言葉が後押しになったようだ。

「バイト代を稼いだら、このゲームの課金が出来て村人を幸せにしてあげられるよ」

俺が働くことを決意した理由を彼に告げる。これには真君にも響いたようで、お試しで一度だけバイトを経験してもらった。

もちろん、事前に社長へ事情を話して頼み込んでおいた。

「おっ、バイトなら大歓迎だ。引きこもりで小柄? 全然構わねえぞ、清掃の仕事はデカいのもちっこいのも使い道があるからな。まだ未成年? 伸びしろありそうじゃねえか、良夫みたいに!」

嫌な顔一つしないで俺の背中を豪快に叩き、笑う社長の器のデカさには頭が下がる。

人の上に立つ者のカリスマ性とは、こういうことなんだろうな。

「社員さんも社長も優しくて、清掃も楽しいです!」

嘘偽りのない本音なのだろう。拳を握り楽しそうに語っている。

みんないい人だからな。真君が社会へ一歩踏み出すには、この職場が最適だと判断して誘ったのは間違いじゃなかった。

コンビニでお菓子やジュースを買い込むと、俺の家へと向かう。

途中で近所の人と目が合ったので軽く会釈をして「こんにちは」と声を掛ける。すると、向こうも笑顔であいさつを返してくれた。

――当たり前の日常。

でも、以前の自分にはそれができなかった。人の目を避け、辺りに誰も居ないのを見計らって深夜に行動する。それが、俺の日常だった。

……周りが俺を避けていた、のではない。俺が後ろめたさを感じて人付き合いを避けていたから、周りも自然に避けるようになっていただけなんだ。

「どうしたんですか、先輩?」

心配そうに俺の顔を覗き込む、真君。

「いや、なんでもないんだ。っと、もう着いたのか。ただいまー」

我が家の扉を開けて帰宅を告げたが誰からも返事がない。

この時間帯なら母が居るはずなんだが買い物にでも出かけたのだろう。

「おじゃまします!」

うわずった声の真君を見て苦笑してしまう。

彼が言うには他人の家に行くのは小学生以来らしい。

「じゃあ、俺の部屋で……作戦会議といきますか」

「はい」

彼を連れてきた目的は他でもない。《命運の村》の今後について相談するためだ。

二階へ上がり自室の扉を開けて促すと、緊張した面持ちの真君が中へ一歩踏み出し……そのまま動かなくなった。

大きく見開いた目が見つめる先に金色のトカゲが座っている。

いつものようにPC机の脇にちょこんと座り、じっとこっちを見ているディスティニー。

「前に説明した、うちで飼っているディスティニーだよ」

「お話は聞いていたのですが……思ったより大きいんですね」

俺の指先から肘辺りまでの大きさだからな。慣れてなければ驚いて当然か。

「こう見えて頭のいい子だから、人の言葉もちゃんと理解……痛い痛い、叩くな。悪かったって。どこからどう見てもお利口さんだよ」

俺の表現が気に食わなかったようで、尻尾で俺の手をビシビシ叩いてきた。

ディスティニーが見せた凶暴性に驚き、真君が壁際まで後退っている。ほーら、怯えられた。

「ディスティニー、ちゃんとあいさつをして」

頭を撫でてご機嫌を取ってから促すと、ディスティニーは二本脚と尻尾でバランスを取り、器用に立ち上がると上半身を曲げてお辞儀をした。

「ほ、本当にお利口さんなんですね」

愛嬌のある仕草に緊張が解けたのか、恐る恐る手を伸ばしている。

ディスティニーはその指を両手で包み込むように掴む。

「あっ、かわいい……かも」

いとも簡単に懐柔されたな。しかし、人の心を掴むテクニックなんていつ覚えたんだ。毎回、精華に対しては突撃して脅かすのに他の人には媚びるのか。

「ディスティニーとは、あとでいくらでも遊んでやってくれ。まずは目的を果たそうか。今日家に招いたのは言うまでもないけど、ゲームのことで話し合おうと思ってね」

「は、はい。そうでしたね」

クッションを差し出すとその上にちょこんと正座する。

彼は小動物のような雰囲気があるな。

「まだ、真君には伝えていないことがいくつかあってね。それを明かそうと思っている」

「どんなことでしょうか」

唾をゴクリと呑んで、真剣な眼差しで俺を凝視している。

そんなにかしこまられると、こっちまで緊張しそうになるな。

「真君はディスティニーを見てどう思った?」

「えっと、大きくて金色が綺麗で格好良いトカゲだなーって」

褒められて満更でもないのか、ディスティニーの舌の出し入れがいつもより激しい。

「他には?」

「他ですか……あのー、えっと、偶然だとは思うのですけど、村に居る銀色のバジリスクのゴチュピチュでしたっけ、あの子と似てません?」

小首を傾げて答えた、それ、が聞きたかった言葉だった。

今日俺は覚悟をして彼をここに呼んだ。ずっと誰にも明かしていなかったことを、暴露しようと思っている。

真君とは二か月の間、ほぼ毎日チャットや会話をして、人となりを把握したうえで大丈夫だと判断した。

「実は――」

このゲームが原因でリアルに巻き込まれた事件。

ディスティニーの正体。

ゲームの世界が実際に存在していて、そこに自分が行ったことがある。

自分たちが演じている神は実在している。

そのすべてを明かし終わった。

ずっと黙って聞いていた真君はうつむいたまま何も言わない。

話の途中までは驚いたり、顔色を変えたり、表情が七変化していたのだが途中からは想像を遙かに超える出来事に頭がついていかなくなったのか、ずっとこの調子だ。

「にわかには信じられないと思うけど、今の話は全部事実なんだ」

コンビニで買ったペットボトルの蓋を開けて、話しすぎて渇いた喉に炭酸を流し込む。喉で弾ける泡が心地いい。

「で、でも、そんなことが……」

なんとかひねり出した声は今にも消えそうで弱々しい。

「ゲームのキャラたちがNPCじゃなくて、人間っぽいと思ったことはないかい?」

「あ、あります。……何度も」

小さく頷く真君。

このゲームをやっていたら誰だってそう思う。アレだけ豊かなモーションに村人たちは毎日会話内容が違う。喜怒哀楽を表現し、あまりにもリアルな映像。

このことに疑問を持たないプレイヤーは一人もいないと断言できる。

「今この場で立証できることがあるよ。ディスティニーこのペットボトルを頼む」

空になったペットボトルをディスティニーの前に差し出す。

何が始まるのかと真君が固唾を呑んで見守っている最中、ディスティニーが一睨みすると、目の前でペットボトルが透明性を失い――石となった。

「えぅ、嘘っ……」

あまりの驚きにぽかーんと大口を開けたままの真君に、石になったペットボトルを投げ渡した。

「あっ、えっ、うわっ……本当に石になってる」

何度も手触りを確かめ光にかざしたりしているが、それでも信じられないようで何度も首を傾げている。

「真君は家に村から小包が送られてきたりはしないのかい?」

「あっと、それが今まではなかったんですが……最近送られてくるようになりました。そもそも自然の神にお供えをするみたいな習慣がなかったんですけど、良夫先輩の村に移り住んでからは、ダークエルフたちもそれを真似るようになって、それで、たまにですが」

そうか、宗派によって神への接し方が変わって当然だ。

自然の神に対しては元々そういう儀式が存在してなかったと。

「あれって、ゲームメーカーの人が送ってくれているのかとばかり」

「そう思うよな。俺も初めはそう思ってたよ」

懐かしいな。初めて村から果物が送られてきたときは驚愕したもんだ。

今では当たり前のように受け入れているけど、普通はあり得ないよなこんなこと。

だいぶ、信じる方に傾いているようだけど、後一押しといったところか。

「これを見て欲しいんだけど」

PC画面がよく見えるように傾ける。

そこに移っているのはいつもの村の風景だ。

人間、エルフ、獣人、ダークエルフたちが忙しくも楽しそうに生活をしている。

俺も彼も見慣れた村の日常。

「えっと、いつもの村ですよね」

俺は特定の人物に焦点を合わせて画面を拡大する。

金髪の女の子が元気よく家事の手伝いをしている姿が映し出された。

「キャロルちゃんがどうかしたんですか?」

村にダークエルフが移り住んで二か月が経過した今、俺と同じく彼も村の主要メンバーの名前と顔は一致しているようだ。

スマホを取り出して、とある写真を見せた。

「こ、これは……良夫先輩と……キャロルちゃん⁉」

更に神社に一緒に行った写真、異世界で撮った写真を見せるとさすがに信じてくれたようで、壁にもたれかかり虚ろな目で脱力している。

人は驚きすぎると、こうなるのか。