軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

現れるライバルと唖然とする俺

『これで最後だ。そっちはどうだ?』

黄中鬼を右手の長剣で貫き、同時に左手の短剣で黒犬の喉を斬り裂いたガムズが、周りの仲間に声を掛ける。

『刺した』

『終わった』

少し離れた場所から槍を掲げているのはカンとラン。

その穂先は鮮血で濡れている。

『怪我をされた方はこちらへ』

村人の一人が腕を押さえてチェムの元に歩み寄っている。

手からあふれる仄かな光に包まれると傷口は塞がり、もう傷跡すら残っていない。

『こちらも三体駆除した』

大木の枝の上で弓を構えていたムルスたちエルフが応える。

怪我人は出たが軽傷だったので、順調と言えるんじゃないかな。

あれから毎日モンスターを削り続けている。調子のいい日は二十体ぐらい倒せているので邪神側としてはかなりの痛手になっているはずだ。

ダークエルフの一行はこっちとは分かれて行動しているが、向こうの様子もちょくちょく覗いているので、無事に終えたのをさっき確認した。

少々の怪我なら回復薬でなんとかなるので、そんなに心配はしていない。

それに向こうは自然の神である彼が見守っているから、俺が口を出さなくても大丈夫だろう。

ダークエルフたちと組むことに決めてから、かなりの日数が経過している。

こちらの村に引っ越ししないか? という提案は未だ保留のまま。やはり長年住んだ村を捨てるには踏ん切りがつかないようだ。それでもあの日までには決めてもらわないとな。

ゲームでもリアルでも忙しい日々を過ごし、まだまだ余裕があると思っていたら《邪神の誘惑》まで残り三日だ。

もちろん、その日と前日は社長に許可をもらって休みを取っている。

今日は昼からユートピーの定期清掃が入っているので、それが終われば《命運の村》に集中できる。

時間を確認すると、そろそろ準備しないとまずいな。

着慣れてきた作業服の袖に腕を通し、いくつもあるポケットに必需品を入れる。

一番大事なのは財布ではなくスマホだ。これがないと村の様子を見られないからな。

準備が整い部屋を出ると、車の音が近づいてきたので慌てて階段を駆け下りる。

「母さん、行ってくるよ」

返事を待たずに玄関を出たのと、車が到着したのはほぼ同時だった。

家まで迎えに来てくれた車に乗り込み、現場へと急ぐ。

車に揺られながら俺はあることをずっと考えていた。

ユートピーの定期清掃に行くのはこれで四回目なのだが、あの社長に対しては思うところがある。

今まで清掃中にこっちを見る社長と何度も目が合い、会釈すると向こうも頭は下げてくれている。

清掃を物珍しそうに見学する人がいない訳じゃない。でも、毎回毎回、何度も見に来る人はいない。それもあの目は俺だけを見ている気がするのだ。

これが女性からの熱い眼差しなら満更でもないけど、あの目はそんな感じじゃない。

値踏みするような、どこか冷たい視線。

そう、まるで……ニート時代に近所の人が俺に向けていたような。

「清掃ご苦労様です」

廊下の清掃も終わり休憩に入ったので、俺は三階の自販機コーナーで飲み物を選び、ベンチに腰掛けて飲んでいると、不意に声を掛けられ視線を上げる。

すると、そこにはこの会社の社長、長宗我部がいた。

「あっ、お疲れ様です」

動揺してそんなことを言ったが、まだ向こうは仕事中だよな。

こういう場面での正しい返し方ってなんだ?

「緊張なさらないでください。私も休憩中なので声を掛けただけですよ」

自販機から無糖のコーヒーを選ぶと、ガラスの机を挟んだ対面に座る。

「いつも、綺麗に清掃してくださるので社員も喜んでいますよ」

「それはよかったです」

愛想笑いを浮かべて話しているつもりだが、笑顔が引きつってないことを祈ろう。

「以前から、あなたと話してみたかったのですよ」

「私とですか? ただの清掃員をしているバイトですよ?」

笑顔で気持ちの悪いことを言ってきた。

まさかとは思うが、こんな展開見たことあるぞ。

漫画やドラマとかで男女……同性同士の作品もあるが、不意にそんな風に話し掛けられて恋愛に発展みたいなのを目にしたことはある。

でもそれは互いに美形だから成り立つのであって、俺にその要素は皆無だ。

一つだけ、相手が話したがる理由に思いつくが……できれば、そっちの予想は当たって欲しくない。

「あなたは妻夫木精華さんのお知り合いですよね?」

その名を聞いて、冷や水を掛けられたような気分になった。

なんで、ここで精華の名前が出てくるんだ……。

じっと相手の顔見つめ返すと、長宗我部社長は笑顔のまま話を続ける。

「幼馴染みで大学までは友達以上、恋人未満の関係が続いていた。しかし、就職失敗で引きこもりニートに。対して、精華さんは誰もが知っている大企業で活躍。若くしてチーフマネージャーをしている。驚きの格差ですね」

口調は穏やかなままだが、侮蔑と嘲笑が込められているのがわかる。

完全に俺を見下して、バカにしている。

だが、そんなことはどうでもいい。こいつ、なんで俺のことを調べ上げているんだ。それに精華のことも。

「……気持ち悪いヤツだな。なんで、俺や精華のことを調べたんだ」

依頼人だが、こんなやつに礼儀は必要ない。

敵意を込めて睨み付けるが、素知らぬ顔をしている。

「おやおや、依頼主にそんな口の利き方をするなんて社員教育がなってませんね。うちを見習って欲しいもんです」

声を低くして凄みを利かせて言ったつもりなんだが、失笑されただけだ。

「もう一度聞く、なんでそんなことを知ってんだ」

「それは調査会社に調べてもらったからですよ。お金があればこの程度のことは容易いですから。あっ、そうそう。あなたがバイトしているこの清掃業者に仕事を頼んだのも、あなたと話をするための手段に過ぎません」

こいつは……妹のストーカーをしていた吉永と同じ気配を感じる。想像以上にヤバいヤツだ。間違いない。

助けを求めて辺りを見回しているが、社長と山本さんの姿はない。

この会社の社員たちは近くを通りかかっても、ちらっとこっちを見て社長がいるとわかると、踵を返して離れていく。

誰もここに近寄ろうとすらしない。どんだけ嫌われてんだ、こいつ。

「そこで一つ頼み事があるのですが……。精華さんに付きまとうのはやめてくれませんか? もう二度と関わらないで欲しいのですよ」

「笑えない冗談……じゃないみたいだな」

「真剣ですよ、私は」

確かに目がマジだ。

本当に何考えてんだこいつ。

「もしかして、あんたは精華に惚れていて俺を排除したいのか?」

「はい、その通りです。以前、我が社との交渉中に精華さんに初めてお会いしたのですが、一目会ったその時から恋の虜になってしまったのですよ! 私の専属秘書兼、恋人になって欲しいと何度も口説いたのですが、よりよい返事を頂けないのは、すべてあなたの存在が邪魔だったとわかったのです。健気で心が清く優しい精華さんはみすぼらしいあなたを見捨てることが出来ずに、ずるずると付き合いを続け自分だけが幸せになることなんて出来ない! そう思っているのです。なのであなたから立ち去れば、幸せに一歩踏み出せるに違いないのですよ。あなただってわかっているでしょう。精華さんには私のような人物が相応しく、あなたのようなニート上がりのアルバイターなんて釣り合わないってことを。何年かは遊んで暮らせる金をくれてやりますから、明日にでもどこかへ引っ越してくださいよ」

早口でまくし立ててくる。急に小物っぽくなったなこいつ。

長宗我部社長に対しては警戒していたが、この展開は想像の範囲外だ。

まさかの恋愛絡みとは。妹といい、美人は美人で気苦労が多いな。

あまりに気持ちの悪い長文に聞き逃しそうになったが、こいつの言いたいことは悔しいけど理解できてしまう。

世間の目で客観的に見れば、精華にはこいつの方がお似合いなんだろう。俺みたいなのはヒモにしか見えないからな。

だから、精華の幸せを考えるなら俺が身を引くのが一番なのかもしれない。だけど、

「断る」

強い口調で返す。

「……やれやれ、人生の落伍者は冷静な判断も出来ないのですか。哀れな。あー、わかった。もっと金が欲しいと。仕方ないなポケットマネーで一億ぐらいなら出せますよ、だから」

「黙れ、エセセレブ。お前や世間が何を思おうが知ったことじゃない。俺は精華と幸せになると決めたんだ。迷うことも後悔もあるかもしれないが、それは俺と精華が決めることだ。他人にとやかく言われる筋合いはない」

あまりの展開に動揺したが、思っていたことを口にすると、すっとした。

この男に唯一感謝することがあるとしたら、自分の中にある大事なものを再確認できたことだろう。

精華への想い。もう迷いは消えた。

俺が放った言葉の意味が理解できないのか、こいつは驚くでもなくこっちの顔をまじまじと見ているだけだ。

「十年もニートだったくせに、よくもまあそんなことが言えますね」

「一生分の休憩はしたから、ここからは家族や精華のために全力で生きる予定だ。それに……精華がお前と付き合っても幸せになるとは思えない」

これは強がりでもなく、本心だ。

狂気すら感じるこんな男に精華を任せられるか。

「やれやれ、プライドの高い貧乏人ほど厄介な存在はないですね。そんなに意固地なことを言っていると、ご家族や妹さんも困るでしょうに。これ以上とある会社から社員が抜けてしまったら、経営が成り立ちますかね?」

今、とんでもないことを口にしやがったぞ、こいつ!

「おい、まさかお前……妹の会社の社員を引き抜いたのは、俺を困らせるためなのか? 脅す材料を増やすためだけに……」

「半分正解で、半分間違いですね。あなたへの嫌がらせと脅しの材料として使える、と思ったのは事実ですが、あの二人にはもう一つの役割があったので。私は幸運に恵まれていますからね。やること成すことすべて、私の都合のいいように進むのです」

そこでわざと話を区切ると、ニヤついたイラつく顔でこっちをじっと見ている。

あの顔は「どうせ、お前にはわからないだろうな」とでも言いたそうだ。

反論したかったが、ここは拳を握りしめ堪える。まだだ、まだその時じゃない。

「いいですね、その悔しそうな横顔。気分がいいので特別に教えてあげましょう。実は私……邪神側のプレイヤーなのですよ」

「なっ!」

体をのけぞらせて、驚いた声を出す。

……まあ、芝居だけど。

それは予想の範囲内だった。何度もその可能性を考慮していた。

やはり、俺の村を襲っていた邪神側のプレイヤーはこいつだったのか。本人の口から真実が聞けたのは大きい。

「ふふふ。あなたが主神側のプレイヤーなのはすぐにわかりましたよ。邪神側にとってあなたは有名人ですからね」

俺の情報が邪神側の掲示板に流れた一件のことを言っているのだろう。

こんなことで有名人になんてなりたくなかった。

だけどこの暴露で、向こうが直接俺に手を出さずに、こんな回りくどいことをしている理由が判明した。

あの一件で神々が話し合い、俺や家族に直接手を出すことを禁じたからだ。

「ちなみに禁断の森に集まっているモンスターたちはすべて私の手の者です。毎日少しずつ戦力を削っているつもりのようですが、こちらには元ニートと違って膨大な資金がありますからね。モンスターの補充なんてあっという間で痛くも痒くもありません。無駄な努力をご苦労様です」

普通のサラリーマンが相手なら財布にかなりの被害を与えられたはずなのに、こいつにしてみればモンスター召喚代なんて、はした金にすぎない。

「……だとしても、そう簡単に負けてやるつもりはない」

「無駄なんですよ。そうですね、もっと絶望してもらうためにもう一つ情報を提供しましょう。この会社には邪神側のプレイヤーが私を含めて四人もいます。そして全員が次の《邪神の誘惑》であなたに総攻撃を仕掛けるとしたら? くくっ、あはははは」

俺を指さし、口元を押さえているが愉悦の声が漏れ出ている。

あの勝利を確信した笑みを見ているだけで、胸がムカムカしてきた。

これ以上ここにいると、この横っ面に拳を叩き込みそうになるので、無言で席を立つ。

「おや、逃げるのですか。あと二日の命ですが村人と楽しんでくださいね。あ、そうそう。最後に私の神の名を教えておきましょう。私が演じる神は主神側でありながら、邪神に寝返った運の神ですよ。そう、あなたが演じる運命の神の従神だった存在です」

想像すらしていなかった一言に足が止まるが、何も言わずに再び歩き出す。

運の神……はさすがに予想してなかった。これは本気で驚いた。

確か以前、運命の神が人間の振りをして協力してくれたときに、自分は運の神のプレイヤーだと口にしていたよな。

……あの言葉は今日の出来事と、何か関係があるのだろうか。

仕事が終わり、自室へと帰り着いた。

情報量の多さに頭の処理能力が限界ギリギリで、仕事中はずっと無口だったので社長や山本さんに気をつかわせてしまった。今度、謝っておこう。仕事の件も含めて。

俺のせいで、あの会社との定期清掃が打ち切られることになるかもしれない。

「社長には申し訳ないことをしたな……」

窓際に立つと小さくなっていくワゴンが見えたので、手を合わせて謝罪しておく。

車が見えなくなると敷きっぱなしの布団に寝転び、全身の力を抜いた。

「色々、モヤッとしていたのが判明したのはいいけど……はあああああああああぁぁ」

俺の周りであったここ数週間の問題事はすべて、俺が関係していたというオチ。というより騒ぎの中心にいたのは俺だった。

一方的な愛に狂った金持ちが、精華を手に入れるために仕組んだ一連の出来事。

まさかの妹に続いて色恋沙汰に巻き込まれるとは。

相手が中身も理想的な男なら、潔く身を引くという選択肢もあったかもしれないが、あんなのに精華を託せられるか!

だけど、これで話はまとまったな。

頭のおかしい方の社長をどうにかすれば一件落着、となる。目的も勝利条件もハッキリしたのはありがたい。

ユートピーの社長がもしゲームオーバーになれば、ゲームに関する記憶をすべて失うので、俺や精華に対する問題もすべて解決する可能性が高い。

「なーんだ、簡単じゃないか。勝てば万事解決、ハッピーエンドだ」

そう口にしてから自虐気味に口元を歪める。

課金やりたい放題に加え、四人の邪神側プレイヤーの共同戦線。

こっちは元ニートな俺と現役のニート。

「……やるしかないよな」

立ち止まらないって決めたんだ。あきらめるのは全部終わってからでいい。

勢いよく立ち上がってPCの前に座り、いつものように村人の様子を眺めながらスマホを取り出した。