軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

命運の村と神の使者な俺

「キャロル! キャロルなのかっ⁉」

「キャロルーー‼」

手にしていた武器を投げ捨て細身の中年が駆け寄り、その後ろから涙目の女性が同じように全力で迫ってくる。

「パパ、ママー!」

キャロルは両腕を広げてその二人に走っていくと、その胸に飛び込んだ。

パパ、ママと呼んだという事はあの二人は……。

抱き合う三人を優しく見つめる他の人々だったが、一人の精悍な男が抜き身の剣を掴んだ状態で俺を見つめ、じりじりとにじり寄る。

そして、目の前に立つと切っ先を突きつけた。

「面妖な恰好をしているが、何者だ。キャロルと一緒にいたのは何故だ」

声までイケメンなのか。

普通なら命の危険を感じるべき場面なのにそんな感想を抱く余裕がある。

それは、目の前の彼がむやみに人を傷つけるような人物ではないことを……俺は知っているからだ。

「私は……」

言葉に詰まる。なんて言えばいいんだ。

ここはどこで彼らが何者なのか? なんて言う気はない。毎日何度も何度も画面越しに見てきた顔が並んでいる。

抱き合って感涙の涙を流す、ロディス一家。

剣を突きつける村の要、ガムズ。

その後ろで兄を心配しながら覗き見ている、チェム。

少し離れた場所から弓を構えているのは、ムルス。

いつの間にか俺の左右に移動して、挟み込むように槍の穂先を突きつけているのは、カン、ラン夫婦。

全員の無事な姿を確認して、俺は驚きよりも喜びの涙がこぼれた。

ここは……命運の村だ。俺が見間違えるはずもない。

ずっと覗き見るだけで神託でしか言葉を伝えることができなかった人々が目の前にいる。俺と同じように息をして声を交わせる。

それが何よりも嬉しい。

ゲームの世界にいるという非現実的な状況。夢にまで見た光景。

昨年末からあり得ない日常のオンパレードだったが、今回のはそんな次元じゃない。現状を一言で説明するなら……異世界転移というやつだ。

驚いてはいるがどこか頭が冷静なのは、目の前の人々もこの世界も既に把握しているのが大きい。更にそういった小説、漫画、アニメをいくつも見たことがある。

何故、こんな状況になったのか?

どうしてキャロルと一緒に異世界に来たのか?

――寝る前に聞こえてきたあの声は……。

わからないことだらけだが、まずは現状をどうにかしないと。

焦るのも取り乱すのも現状を打破してから。それがこの数ヶ月で学んだことの一つだ。

冷静に判断しているつもりだが、それでも高鳴る鼓動を少しでも抑えるために、大きく深呼吸を繰り返す。

「いきなり泣いたり、笑ったりと情緒不安定な男だ。こちらの質問にいい加減答えてもらおうか、回答によっては……」

鋭い目つきで詰問口調。何も知らなければ萎縮するのだろうが、俺の目には村を守る頼もしい男にしか見えないよ。

「失礼しました。私は運命の神の従者をしている、ヨシオと言います。先日まで神の国で保護していたキャロルをお返しに参上した次第です」

顔の筋肉を意識して優しく微笑んでみる。不自然な笑顔になっていないか若干心配だが、なんとかこの設定でやり過ごすしかない。

キャロルにもそう伝えていたから、今更ただの人のふりをしたら幻滅されてしまう。

「運命の神の従者? そんな嘘が通じるとでも――」

「ガムズお兄ちゃん、ヨシオは本当に運命の神様の従者だよ! 向こうでずっとキャロルと遊んでくれたんだよ!」

俺とガムズの間に立ち、頬を膨らませて怒ってくれている。

キャロルが背負っている熊のリュックサックから半身を出したディスティニーも「そうだ、そうだ」と言わんばかりに激しく体を縦に振っていた。

お前も無事にこっちに戻ってこれたんだな。

大自然の緑をバックに、日の光に輝く金色のトカゲの体が映える。

日本よりもこっちの世界の方が似合っているよ。

キャロルのフォローを聞いてガムズは即座に剣を納めると、両膝を突いて頭を垂れた。

すると、他の村人たちも一斉にガムズと同じポーズを取る。

「知らぬこととはいえ失礼いたしました! 無礼については全て俺……私の責任です。この命で勘弁していただきたい」

いや、そんな大げさな。

「兄は知らなかったのです! この身を捧げます故にどうか、お慈悲を!」

チェムは地面に額を擦りつけて懇願してきた。

これが神様の権威か。

キャロルの無事な姿とさっきの言葉で納得して貰えたようだけど、こんな展開はこれっぽっちも望んでないぞ。

「顔を上げてください。私はそのようなことで怒ったりはしませんよ。ガムズさん、村人を今日までよく守ってくれましたね。神もお喜びになっていましたよ」

神の従者っぽいことを言ってみる。

神託で文字を書き込むのには慣れたが、こんな丁寧な言葉遣いで語るのは苦手だ。なんというか、背中がムズムズする。

同時に顔を上げた兄妹の顔に安堵の表情が浮かぶ。

「それと、そんなにかしこまらないでください。自然な感じで接してくれると嬉しいです。キャロルみたいに」

「うん! ヨシオは優しいんだよ。ご飯も作ってくれたし、いーっぱい、遊んだよねー」

「楽しかったね」

俺にしがみついたキャロルの頭を優しく撫でる。

普通ならこの世界に似合わない恰好をした男がいきなりやって来たら警戒されるだけだが、彼女のおかげで打ち解けるのは早まりそうだ。

「キャロルを今まで預かってくださり、ありがとうございます! それどころか直々に連れてきて頂けるとは」

「本当に、本当に、ありがとうございます! もう二度と会え、な、なあうっうううっ」

ロディスとライラが俺の手を取って感謝の言葉を告げる。ライラは感極まって最後は嗚咽交じりだったが。

「従者様、よろしければ村へ。まだ発展途中ではありますが、おもてなしをさせてください!」

チェムが目を輝かせて迫ってくる。

運命の神の熱心な信者である彼女にとって、神の従者である俺は崇高で憧れの存在なのだろう。

「よろこんで。村の現状も知りたいですし、キャロルがどうしていたのかもお話をしたいので」

この口調疲れるな。今は気を張ってなんとかなっているけど、いつかぼろが出そうな気がする。……誰だこんな設定にしたのは。

ロディス一家は先に行ってもてなしの準備をするらしく、柵の向こう側へと走り去る。キャロルは何度も振り返って大きく手を振ってくれた。

「キャロルがあんなに懐くなんて。……私よりも」

俺に対する態度と比べて、チェムは思うところがあるようだ。

いつもはガムズを奪い合う仲で、お世辞にも仲良しとは言えない間柄だからな。

「明るくて優しい子ですよね。ところで皆さんはあの状況からどうやって助かったのでしょうか? 私と神は聖書を通して下界を見ることが可能なのですが、あの《邪神の誘惑》の際にキャロルと聖書がこちらに送られたことで、村の現状を把握できなくなってしまったのですよ」

あの時、絶体絶命の状況でキャロルだけは助けようとして送ったのは理解している。

問題はそこからだ。洞窟に残されていた大量の爆弾を使ってモンスターを壊滅させた、ところまでは予想できるが、あの洞窟でそんな威力の爆発があれば村人も無事で済むとは思えない。

「聖書が神と我々を繋いでいたのですね。……あの日、聖書とキャロルを神に捧げ消えた後に、爆弾を使ってモンスターと共に死ぬつもりでした」

やはり、そうだよな。全員が覚悟を決めたシーンは今も目に焼き付いている。

「そこからは俺が……私が話します」

「いつもの話し方で構いませんよ。私は従者ではありますが、神ではありません。それに元は人間ですので」

今も人間だけどね。

キャロルを言い含めたときに使った設定を使い回そう。

「少々無礼な言葉遣いになるかもしれませんが、お許しください。俺たちは覚悟を決めて爆弾を使おうとしたのですが、カンとランに止められたのです。彼らは元々ここに住んでいたのですが、あの部屋は元々は使われなくなった坑道で、そこを木の壁で塞いで部屋にしたという真実を教えてくれました」

……あっ!

カンとランは過去にここに住んでいたという設定だったな。だから隠し倉庫も知っていて、爆弾もそこから手に入れた。

自分たちに割り当てられた部屋が元々坑道で、木の壁で隔てられていることを事前に知っていた、と。

ランとカンに割り当てられた部屋だけ、一面の壁が板張りだった。あれは……伏線だったのか!

何もかも諦めて部屋の隅で丸まっていたように見えたが、壁の板を剥がそうとしていただけだったと。

あの時は俺も焦っていて冷静に観察する余裕なんて皆無だった。カンとランの動きにまで頭が回らなくて当然だよな。……気づけていたら、いらぬ心配だったのか。

「扉が破壊されるか、先に壁を崩せるかギリギリのタイミングでしたが何とか壁を崩して抜け出し、部屋に置いてきた爆弾を爆発させてモンスターを壊滅させました」

導火線を伸ばすかどうかして爆発の時間を稼いで、仲間は無事に脱出して敵は壊滅。

迫力の爆発シーンを映像で見たかったという後悔はあるけど、村人が生き残ってくれていたという事実だけで十分。それ以上を望むのは贅沢だな。

「そうですか、苦労されたのですね。でも皆さんが無事でなによりです」

これは本心から出た言葉だ。

彼らが無事だと信じてはいたが、心のどこかでキャロルしか村人は残っていないのではないか、と疑う自分もいた。

でも、みんなこうして生きている。俺の目の前で呼吸をして会話をしている。

自分の手をじっと見つめ開いては閉じる。自分の体という実感。しゃがんで触れる地面の感触。これが夢なら現実と夢の区別がつかない。

現状はただの夢の方がまだ説得力がある気がするけど、体の感覚や鮮明すぎる視界が夢ではないと俺に告げていた。

「どうかされましたか?」

急にしゃがみ込んで地面を触っていた俺にチェムが歩み寄る。

「いえ、すみません。この世界の地面に触れてみたかっただけですよ」

「そうなのですか。神の世界とは違いましたか?」

「ははっ。同じでしたよ」

立ち上がって膝に付いた土を払い、先を進んでいたガムズとムルスに追いつく。

そういえばムルスは一度も言葉を発していない。じっと俺を見つめているだけだ。

彼女は運命の神とは別の神を信じていた。自分たちを助けなかった神と、信者の子供を助け連れてきた従者。

その差に思うところがあるのだろう。

たぶん、ムルスの村にもプレイヤーが存在したはず。だけど、何かしらの理由があって助けることができなかったのではないか。俺はそう考えている。

気の利いた言葉の一つでも掛けてやりたいが、ゲーム感覚で指示を出すプレイヤーの存在を伝えるわけにもいかない。

「従者様、我が村へようこそ」

チェムの言葉を聞いて地面へと向けていた顔を上げると、目の前には復興中の村の光景が広がっていた。

丸太の柵の内側は以前の数倍の土地を確保していて、丸太小屋や柱と布だけのテントのような住居が建ち並んでいる。

洞窟があった場所は土砂で埋まっていた。爆弾がどれだけの威力だったのか一目でわかるな。

そんな場所で働くのは……二十近い人々。大半が見たこともない人だ。

冬だというのに全員が汗水垂らし、忙しそうに働いている。

人間の大人が男女十数名、耳の長いエルフらしき男女が五名。見える範囲だけなので、もっと人がいるのかもしれない。

建物だけではなく畑や水場もある。前までは村と名乗るのに躊躇するような状態だったというのに、今なら村と名乗っても笑われることはない。

あの爆発からこっちの世界も同じ時間が流れていると仮定するなら、たった六日でこんなにも復興したのか。

「彼らは?」

「《邪神の誘惑》を何とか乗り越えた翌日に、ドルドルドさんが移民希望者をたくさん連れてきてくださったのです。私たちの住んでいた村の方々やムルスさんの村の方々も合流して」

胸の前で手を合わせて、神に感謝の言葉を捧げるチェム。

今まで住んでいた洞窟が使えなくなったのは痛手だが、今のところ住む場所に困らない程度には村人の住居も行き届いているそうだ。

テントのような建物を覗いてみると、中心に大きな柱が一本埋め込まれ、その上から大きな布を被せた作り。

大きな布さえ確保できるなら建設も楽な住居だ。お世辞にも頑丈とは言えないが、雨風をしのぐなら十分だろう。

「この布はドルドルドさんが提供してくださったのですよ。遊牧民から譲り受けた中古品だと仰っていましたが、とても助かっています」

遊牧民か。言われてみれば、このテントのような形状はモンゴルの遊牧民が住むゲルにちょっと似ているな。

「食料の方は大丈夫なのですか?」

「はい。あの襲撃で大量のモンスターの死体を確保できましたから。数体は焼く手間も省けましたし」

チェムの説明を聞いて納得がいく。

百近い数のモンスターを倒したのだから、食べられる物だけ選別しても数十体はいたはず。冬の寒さで肉も腐りにくいから、十分な食材は得られたというわけか。

「ささっ、こちらへどうぞ」

周囲より一回り大きなテントに誘われ、俺は中へと入る。

まずはここ数日の情報収集だ。日本についての話はキャロルが意気揚々と語っているので任せるとしよう。