軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハードな仕事となんとか踏ん張る俺

忙しいとは聞いていた。

「年末の大掃除のシーズンはどこもかしこも清掃の依頼を入れてくる。十二月は修羅場だぜ?」

と冗談めかして社長が言ったときに社員の顔から感情が消えたのを見て、心構えはしていたつもりだ。

だけど……。

「よーし、午前の仕事は終わったな。昼飯食ってから、午後の現場に移動すんぞ。それが終わったら、車で休憩してから夜の仕事だ」

「「はーい」」

「……わかりました」

社員の二人はやる気のない返事を返しているが、まだ余裕がありそうだ。でも俺は相当辛い。

今までは忙しいときでも一日二件現場を回るぐらいだった。それも一件につき長くても三時間程度で終わる内容。

ここ数日は一日三件は当たり前。酷いときは四件回っている。

朝から仕事を始めて、終わるのは深夜四時というのもあった。そこまで忙しいときは、さすがに次の日は休みをもらえるが。

だとしても、肉体がそろそろ限界に近い。絶対に辞めないと意気込んで始めたというのに、最近はサボりたい、という欲望がムクムクと湧き上がってくる。

当たり前のように毎日仕事に行って働いている人は本当に偉いと思う。当人たちは気づいてないかもしれないが、ずっとそれをやってこなかった俺にとっては尊敬の対象。

サボらずに働いている社会人は、もっと自分を褒めていいと思う。

直ぐにくじけそうになる俺の対処法は決まっている。スマホで村の様子を眺めることだ。

村人たちは今日も懸命に日々を過ごしている。

小さい体でやれることを全力でやっている、キャロル。

家事や旦那のフォロー、それに村の肝っ玉母さんとして村を支えてくれている、ライラ。

戦いに関しては頼りないところもあるが勤勉で働き者。気遣いもできる、ロディス。

ブラコン以外は理想的な聖職者で守りの要でもある、チェム。

元々は村人を見張っていた禁断の森の住民。弓の使い手に加え、植物を操る魔法も扱い薬師でもある、ムルス。

そして存在しているだけで癒やし系。職人としての腕も立つ、カン、ラン夫婦。

彼らの日常を覗き見しているだけで、元気とやる気をもらえる。運命の神として負けてられないよな。

移動中の車内でニヤニヤしながらスマホを見ていると、ふと視線を感じて顔を上げる。

隣の席の山本さんがじっと俺を見ていた。

「ど、どうしました?」

「それが最近ハマってるゲームなのか?」

あっ、見られたのか⁉ 確か規定で他言無用……。

あ、いや、ネットでバラされない限りは大丈夫だよな。妹もある程度は知っているけど、ゲームはできている。

バレたかどうかなんて、ネットで広まらない限り知りようがない。でも、誤魔化しておくか。

「ええまあ。ただβテスト中の作品で出回る前なので、他言無用でして」

「あー、俺がやってるのも人に話したらダメなやつでさ。ネットで情報集めたいんだけど、誰も書き込んでねえんだよ」

これは自分のやっているゲームの話がしたい流れか。

こっちのゲームを誤魔化せるなら話に乗ろう。

「最近は販売前のゲームの情報を漏らすと訴訟問題になったりするみたいですからね。下手したら何百万、何千万も払う羽目になるみたいですし」

だから、俺のゲームの情報も流さないでね、と暗に匂わしておく。

一瞬見られただけでタイトルすら知られていないから……大丈夫だと思うけど。

「そうなのか、ヤバいな。でも……良夫に内容を結構話したような」

「戦いのゲームというのは聞いてますけど、タイトルも知りませんし、そもそも誰かに話す気もネットに情報を流す気もないですよ」

「おー、助かるぜ。俺も気をつけねえとな。でも秘密って言われたら話したくならねえ?」

「わかります。すっっっっごくわかります」

激しく同意する。

やっているゲームが面白ければ面白いほど、人に話したくなる。

ゲーム内容もそうだけど、何よりも健気で働き者で魅力的な村人を自慢したい! 妹に何度、詳しい話をしようと思ったことか。

たぶん、話しても妹が黙っていればバレることはない、と頭ではわかっているが《命運の村》がただのゲームではないと疑っている自分もいる。

まるで人間のような挙動と思考をする村人のキャラ。

毎日送られてくる小包に見たこともない果物や謎の光る石。

そして、未だに種類のわからないトカゲ、ディスティニー。

……少々強引な考えだけど、一応は現状の説明はつく。

超高性能AIを開発、実装した初めてのゲーム。

品種改良で果物や生物を産みだし、それを富裕層に売り込んで、課金だけではなく出資させる目的があるのかもしれない。

そういう大掛かりなゲームに巻き込まれた一般人が俺。……というのが今のところの考えだ。少々無理があるとは思うけど、異世界を覗き見しているファンタジー設定よりかは現実味がある。

「どうしたんだ、急に黙り込んで」

「えっと、自分がやっているゲームも人に話せないから、よくわかるなーって」

「だよなー。でも、情報が漏れなきゃ大丈夫だよな。良夫は口が堅いだろうし」

「誰かに話したりはしません」

そういう人に限って簡単にバラしたりする人もいるけど、俺は自分の問題もあるので絶対に話さない自信がある。

「俺のやっているゲームってさ、敵の拠点を潰すのが目的のゲームで、課金すると操れるモンスターを増やせるんだよ」

モンスターを操る、で頭に浮かぶのは、誰でも知っている有名なモンスターバトルのゲームだ。別段珍しい設定じゃない。

「陣取りゲームですよね」

「だな。ただ、こっちが悪役で村を滅ぼすのが目的ってのが面白くてな、映像もきれいだしよ。プレイヤーは邪悪な神様って設定で、人類を滅ぼしたらクリアーらしい」

俺には苦手な設定だ。

特に今は村を守る側なのでゲームとはいえ、手を出す気にもなれない。

「敵を倒したらポイントが貯まって、それを使ってモンスターを召喚するってシステムなんだけどよ、課金要素があってな。大金をつぎ込んだらポイントがぐんぐん増えるんだよ。だから、ついつい課金を……」

「わかります、わかります……」

まるで自分を見ているようだ。やっぱり、最近のゲームはいかにして課金させるかだよな。

世の中で基本料無料という言葉ほど恐ろしい物はない、と実感している。《命運の村》にどれぐらい課金したか……考えるのも怖い。

でも、その分の見返りはあった。たぶん、貢ぎ物として送られてくる食料だけでも元は取れている。ネットで調べてみたのだが、猪の肉なんて店で食べたらかなりお高い。

あの謎の果物も栄養価が高そうだし、味も抜群だ。市場に出たら高級フルーツ扱いされそうだ。

「自分の拠点も増やせるんだけど、かなりポイントが必要でよ。課金するのが手っ取り早いんだけど、一カ所を増やすのに……」

山本さんは、そこで口を噤む。

怖いので金額は聞かないでおこう。

「どうにか拠点三つまで増やしたのに、二つも壊されちまったんだよ」

「前に一つ壊されたとか言ってましたけど、もう一つも?」

「そうなんだよおおおおっ。ほぼ同時に二カ所狙われてさ。戦力分散させていたから、片方はろくな抵抗ができなくて、おじゃんだ。主力のモンスターも倒されちまったし」

虚ろな笑みを浮かべて「金が金が……」と呟く姿が本気で怖い。

俺も村が壊滅したら同じような……もっと酷い状態になりそうだ。

何か気の利いたことを言えたらいいのだけど、こういうときに人間関係の希薄さが足を引っ張る。何を言っていいのか想像もつかない。

「つぎ込んだ金も惜しいんだけど、単純に面白いんだよな、このゲーム。今までやってきた中で最高だと思っている。それができなくなるのは、ほんと勘弁して欲しい。それにこのゲームは儲け――」

本気で落ち込んでいる山本さんに何か言おうとしたタイミングで現場に到着した。

「お前ら、疲れているなら寝とけよ。もう仕事始まるけどな」

うっ、話に夢中で貴重な休憩時間が過ぎ去ってしまった。

とはいえ社長は運転しっぱなしで仕事なんだ。辛さは俺たち以上。泣き言なんて言ってられないか。

「た、だいま……」

なんとか今日も仕事を終えて帰宅できた。

そういや、あれから山本さんと仕事の話以外、一言も会話を交わさなかったな。

「あら、お疲れみたいね。風呂とご飯どっちにする?」

「風呂、行ってきます……」

疲れた体を引きずって洗面所までたどり着き、なんとか服を脱いで浴室に繋がるガラス戸を開けた。

すると浴槽に浸かっている妹がいた。

母さん知ってただろ。教えてくれよ。

「……堂々とした覗きか」

「……疲労困憊なので情状酌量の余地をいただけないだろうか」

取り乱すことなくじっとこっちを見る妹。入浴剤の濁り湯を入れているので、裸はほとんど見えていない。

とりあえず、自分の下腹部だけは手で隠しておく。

ここで叫んだり痴漢呼ばわりするのは血の繋がりのない関係だけで、実際の兄妹が風呂で遭遇しても、こんなもんだ。

「上がったら教えてくれ」

とはいえ一緒に風呂には入れるわけもないので踵を返そうとしたら、お湯を掛けられた。

「別にいいよ、先に体洗うんでしょ。洗い終わったら出て行くから」

俺は全然構わないが、普通は年の離れた兄と一緒に風呂なんて嫌だろうに。

少し前までは俺の使った後のトイレすら嫌がっていた。これは大きな進歩なのではないだろうか。

なんてことを疲れた頭でぼーっと考えながら頭を洗う。

「お腹の傷残ってんだね」

「きゃー、沙雪さんのエッチ」

「棒読みで言わないでよ。やるならちゃんと芝居して」

思わぬところのダメ出しを食らった。

「……ごめんなさい。前に刺されたのにまた巻き込んじゃって」

珍しく落ち込んだ妹の声。

シャンプー中なので相手の顔は見えないが、声からして泣きそうな顔をしているのだろうな。

「気にすんなって。妹を守るのは兄の務めらしいぞ。前は守れなかったけどな」

「そんなことないよ。私をかばってくれたでしょ」

「あれは逃げ損なっただけだ。情けない兄ですまん」

逃げることしか頭になくて、まだ中学生の吉永相手に命乞いをした……ような記憶がある。刺されたショックが大きすぎて前後の記憶が曖昧だが、それでも情けない姿を晒したことだけは覚えている。

「前から少し話がかみ合わないと思っていたけど、お兄ちゃんあの時の記憶が混乱してない? 私が吉永を罵倒して、それに怒ってナイフを取り出したんだよ。お兄ちゃんはさ、吉永に向かって『刺すなら俺を刺せ。妹にだけは手を出すな!』って言ってくれたじゃない」

えっ……記憶にない。気を遣って妹がそう言ってくれているだけでは。

そう思って妹を見ると泣き笑いの表情で俺を見つめていた。

嘘……じゃない? 妹を助けられなかった後悔で自分の記憶を悪い方にねつ造していた、というのか。

人の記憶は曖昧で、過去の出来事と記憶が一致しないなんてことはざらにあるらしい。俺はこの引きこもりの十年で良い記憶も悪い記憶も、自分勝手に改ざんしていた。……いや、そんなことが……。

「でも、沙雪を助けられなかった事実は間違いじゃない」

「何言ってんのよ。あれで相手が逃げて助かったんだから、助けてもらったってことでしょ! 声も体も震えてたのは、ちょっとダサかったけどねっ!」

妹が怒ったように吐き捨てると、俺に風呂のお湯をぶっかけてきた。

「うわっぷっ! こら、やめろ。鼻にお湯入ったぞ!」

シャワーを掴んで冷水で反撃する。

「つ、冷たあああああっ! もう、怒ったからね!」

「それはこっちの台詞だ!」

風呂桶を装備する妹とシャワーを構える俺。

一触即発の現状に割り込んできたのは、

「いい年して、風呂場ではしゃがない!」

母の怒声だった。