軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嵐が去った村と嵐の予感がする俺

トカゲについて相談するためにやってきたはずの父と妹は……俺にずっと背を向けたままだ。

二人の視界にはガラスケースの中で果物を食べているトカゲしか映らないらしい。

謎の専門用語が飛び交っているが、ほとんど理解できない。当人たちが楽しそうだからそれでいいんだけど。

「良夫、このトカゲの種類は聞いてないのか?」

急に話を振られてドキッとしたが、予め決めておいた設定を口にする。

「俺が手伝いしている村って北海道にあるんだけどさ、そこで村おこしのアイデアを募集しているのは話したっけ?」

「「知ってる」」

同時に答えたが、トカゲに夢中な二人が振り返ることはない。

話をする時は目を見て話せと、子供の頃に父から習ったはずなんだけどな……まあ、いいか。

「で、その村おこしの一環として品種改良で新種を生み出して、村の名物にしようとしているそうなんだよ。あの変わった果物とかその子もそうらしい」

という脳内設定だ。本当のことも混ぜているので、嘘だと見破られにくいと信じたい。

「だから、果物もそうだけどトカゲのことも秘密にして欲しいんだ。人に写真を見せたりしないように」

さっきからずっとスマホで写真を撮っていた二人が、さっと後ろにスマホを隠した。

背を向けているから、こっちに丸見えなんだけど。……誰かに見せる気満々だったな。

「食べ物なんだけど果物は大丈夫で、あとは何を食べるか調べて欲しいんだってさ。ちゃんと一般家庭で飼育できるかも調べたいらしい」

「もし、これが新種なら登録や許可も必要だとは思うが、そういうのは村の方がやってくれているのだろうな」

と父が一人で納得してくれている。

たぶんだけど、そういうのやってないんじゃないかなー。とは思うがとりあえず頷いておいた。

そろそろ、PCで村の様子も確認したいので二人を追い出すと、名残惜しそうにトカゲの方を見つめながら扉から消えていく。

二人がいなくなってから扉の鍵も閉めておく。

今までは鍵を閉めなくても家族が部屋に来ることはなかったが、あの様子だと絶対にちょくちょくトカゲを見に来るに違いない。

……風呂に入る時はディスプレイの電源落として真っ暗にしておいた方が安全かな。

二人が去って静かになったので、いつものように村人の生活を覗き見する。

こっちが騒がしくて忘れそうになっていたが、あの凄惨な出来事があったので村人たちは静かに過ごしているようだ。

キャロルはベッドの上で寝息を立てていて、ロディスとライラはそっとその頭を撫でている。

『ムルスさんの一件は残念だった、としか言えないよ。私たちも村が襲われて逃げ出してきた身だけど、こうして愛しい家族が奪われなかっただけ幸せだったんだ』

『そうよね。悲しみは時間が癒してくれる、なんて気休めしか言えないけど……ムルスさんがいつか立ち直ってくれるといいわね』

そうだよな。ここに居る村人たちもムルスと同じように村人を失っているんだ。

兄妹はどうしているのかと思えば、ガムズは今日の疲れが出たようでぐっすりと眠っている。

妹の方は神に祈りを捧げている最中だというのにうとうとしていて、何度も眠りそうになっていた。

戦に参加はしなかったとはいえ移動距離もあったし、墓作りも手伝っていたので疲労が溜まっていて当然だ。

「無理しないで寝なさい」

思わず神目線で諭してしまう。

肝心のムルスはというと床からベッドには移動してくれたが、ぼーっと天井を見つめている目には何が映っているのだろうか。

「心配だな……。後を追うような真似だけはして欲しくないけど」

生きる希望を失ったように見えるムルスが明日の朝に自ら命を絶っていたとしても、驚きはしない自分がいる。

ムルスが失った人たちの中には家族や恋人も含まれていたのか。若くは見えるが妻や子がいたとしても不思議じゃない。

結婚どころか恋人もいない。家族はいるけど迷惑をかけっぱなしの俺が「ムルスの気持ちはわかる」なんて言うのはおこがましいよな。

それでも心配という気持ちには嘘偽りはない。

あんなことがあって眠る気にもなれないようで、何度か立ち上がっては床に置いていた短剣を手にしている。

嫌な想像が頭をよぎるが止める手立てすらなく、ただ見守るのみ。

あれから一時間ぐらい経過しただろうか。ムルスが不意に薬草や薬を入れている袋から一冊の本を取り出した。

緑色の本を開き、ざっと目を通すと小さく息を吐く。

そして、こう呟いた。

『なぜ、肝心なときに我々を助けてはくれなかったのですか。運命の神は力を貸してくれたというのに』

苦悶に満ちた表情で血を吐くように訴えるムルス。

あの本はムルスたちの信じる神の教えが書かれた聖書なのかもしれないな。こっちの聖書は俺が書き込める特殊なものだが、あっちのはそうではないのか。

そりゃそうか。チェムたちは神からの神託を見て驚愕して尋常じゃないぐらいに感激していた。

神からの祝福を得る、というのはゲームの世界でも滅多にない……それこそ奇跡なんだろう。

実際に奇跡を目の当たりにしたムルスにしてみれば、自分たちが信じていた神に文句の一つも言いたくなるよな。

……今、嫌なことに気づいてしまった。

俺だって仕事中に村人が襲われたら助ける手立てがない。ムルスたちが信仰していた神のように何の奇跡も起こせずに村が滅ぶ可能性だってあるのだ。

「そうだよな。ニート時代は寝る時と食事、あとはトイレの時間以外は村を見守ってこれたけど、週に四日か三日アルバイトをするようになったから、その時に何かあっても助けてあげられない」

だとしたら、アルバイトを辞めてまたニートに戻るのか?

それはあり得ない。せっかく掴んだ更生へのチャンスを手放すなんて無理だ。

仕事中でも村の様子を見られる方法でもあればいいけど、そんな都合のいい方法なんてないよな。

そんなことを考えながら、ゲームのオプション欄を調べていると気になる項目を見つけたのでクリックしてみた。

《今ならアプリをダウンロードすると、スマホさえあれば、いつでもどこでもこのゲームができます》

えっ、そんな便利な機能あったのか。

今までならスマホどころかガラケーすらなかったから無理だったけど、今は母からのおさがりスマホがある。

迷わずアプリをダウンロードすると、スマホにも《命運の村》が表示された。

「奇跡や神託も問題なく操作できるみたいだな」

これは便利だ! 仕事中はアウトだが休憩時間や車での移動時間に見ることができる。心配事の一つが緩和されたな。

あとは運命ポイントの使い道か。

単眼赤鬼との激戦後に運命ポイントが増えていたのは、俺が奇跡と小さな神像で手助けした成果。消費した分が全て返ってくる、なんて都合のいい展開はなかったが三分の一ぐらいは戻っていた。

これだけあれば、いくつかの奇跡は実行できそうだ。

ムルスがこの村に残ってくれるかどうかの結果に関わらず、奇跡を一つ発動してみよう。

朝目が覚めると同時にPC前に座ってムルスの姿を探す。

部屋にはいない。洞窟内の手作り感あふれる大きな机には料理が並び、村人全員と……ムルスもいた。

「よかった……」

胸を撫で下ろし、安堵の息を吐く。

ムルスの顔色はお世辞にも良くないが、最悪の展開になっていないならそれでいい。

画面越しでもわかる重苦しい空気の中での食事。

キャロルは幼くても頭のいい子なので、余計なことは言わずに黙々と食べている。

『皆さん、気を遣わせてすみません』

食が進んでいなかったムルスが手を止めて謝罪を口にする。

『いえ、そんなことは』

『昨晩ずっと考えていたのですが、もし皆さんが許してくださるのなら、ここに住まわせてもらえませんか。この森から離れようとも思ったのですが、何処かで生き延びている者がいる、かもしれません。それに私は森の外の世界を知らないので、ここでしか生きられないのです』

望んでいた展開だから嬉しくないと言えば嘘になる。だけど今は仲間になってくれたことよりも、ムルスが生きることを選んでくれたのが嬉しい。

もちろん、村人が拒絶するわけもなくムルスが村人として受け入れられた。

《命運の村にムルスが追加されました》

この文字が表示されたってことは正式にムルスが村人として認められたのか。

カーソルをムルスに合わせてからクリックすると、詳細が表示された。

《ムルス 百五十一歳 女性 禁断の森に住むエルフ。弓に長け、薬師としても優秀。緑の神の従神である薬神を信じていたが、村が壊滅した際に信仰は失われつつある》

色々、言いたいことはあるが一番初めに突っ込むポイントは年齢と種族だ。

まさかの百五十一歳。見た目は多く見積もっても二十代にしか見えない。

エルフというのはファンタジーではお馴染みの種族で、長命で美形というのが共通している。あと耳が長いパターンが一般的だけど、髪の中に埋もれていて耳の先端が見えない。

今思えば人間や特にドワーフを毛嫌いしているような発言。それに加え禁断の森に住んで弓が上手という設定まで加わればエルフだよな……。ファンタジーの漫画やゲームで定番の設定ばかりなのに、なんで気づかなかった。

自分の迂闊さが恨めしいが、今は新たな村人の誕生を祝おう。

でだ。あえて触れなかったのだけど……ムルスって女性だったのか⁉ 中性的で美人だからどっちでも成り立つ顔だけど、言動から男性だと思い込んでいた。

そういや、一言も自分から男だとは言ってない。

「これってチェムも気づいてないよな……」

もし知ってしまったら、兄と一緒に狩りをして息の合ったコンビネーションを見せる女性に対して何を思うのか。

……ブラコンの妹に加えてぞっこんのキャロルもいるわけで。あ、うん。恐ろしい想像をしてしまった。

そ、それはともかく。村人が増えるのは純粋に喜びたい。

たった一人増えただけと言ってしまえばそれまでだけど、その一人がこの村では大きな意味を持つ。

戦闘力、この森の情報、生活の知恵、知識。そして新たに知った人柄。どれもこの村が必要とするものだ。

「これからよろしく、ムルス」

村人に歓迎され少しだけ顔色が戻ったムルス。

その輪に俺だけ入れないのが……少しだけ悔しかった。