軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

迫るイベントとせわしない俺

夕方、母が一階から「いつもの来たわよー」と呼ぶので重い足取りで下に降りる。

手渡された小包には『生物』と書いてあった。これ「なまもの」じゃなくて「せいぶつ」だよな。

「また、お肉かしら? それとも果物?」

母が興味津々で覗き込んでくる。

説明もしないといけないので、リビングのコタツの上で小包を開いた。

中には衝撃吸収材が敷き詰められ、その中心に卵らしき物体が埋まっている。

取り出すとかなり硬い手触り。昨日調べたところによるとトカゲや蛇の卵は柔らかいのが多いって話だったが、これかなり硬度がありそうだ。

「卵みたいだけど、これって鶏じゃないわよね」

「うーん、たぶん爬虫類だと思うんだけど」

母親の反応を確認するために、恐る恐る顔を見ると……別段、嫌そうな顔をしていない。あれっ、意外だな。

「もしかして、あんた……沙雪に好かれようとして爬虫類飼おうとしているの?」

「……はい?」

えっ、母が何を言いたいのか意味がわからない。

「あの子、爬虫類好きだからねえ。お父さんもそういうの好きだったから、血よねあれは」

「そう、なんだ?」

「一人暮らしの頃はトカゲ飼ってたのよ、お父さん。私は苦手だったから、結婚した時に実家に預けてきてもらったんだけど、ほら沙雪も好きだから部屋で飼ってるでしょ」

いや、知らないよそんなこと。

えっ、沙雪は爬虫類好きで飼っているのか?

……十年近く、妹の部屋に入ったことないから知らなかった。爬虫類は鳴いたりしないんだな、鳴き声すら聞いた記憶がない。

「何回か見ている内に慣れたというか、結構かわいらしく思えてきてね。慣れって凄いわ」

「……そうだね」

妹の好きなものを把握していなかったのもショックだが、何年間も隣の部屋で爬虫類を飼っていたことに気づいてなかったなんて。

この十年、俺が妹との接触を過剰に避けていた現実を突きつけられて軽くめまいがした。

ほんと、関係改善に努めないとな。

意外な妹の好みのおかげで卵問題はあっさり解決しそうだ。

今日、妹が帰ってきたら飼育方法を訊いてみよう。今は卵をタオルでくるんで部屋に置いておくか。

確か孵化させる方法をググったら、卵は柔らかいから丁寧に保護するとあったが、この殻は鉄製のように硬いからそこは大丈夫。

水分が大切ってあったよな。母さんの家庭菜園用の土を借りて霧吹きで湿らせて、その上に置いておく。

よっし、取りあえず俺にできるのはこれぐらいだ。余計なことはやらずに妹の指示に従おう。

妹に教えてもらったライン? とかいうのを使って『帰ってきたら頼みたいことがある』と打っておく。暇な時にでも確認してくれたら助かるなー、程度の気持ちで送ったのだが数秒で返信があった。

『今日は早めに帰るね。ご飯も一緒に食べるから』

妹よ、今仕事中だよな?

会社の人に怒られないか少し心配になったが、現代社会では咎められるような行為ではないのかもしれない。十年時代に置き去りにされているから、今時の社会人の常識は正直わからん。

心配事の一つが解決したので、次は明日の期間限定イベントだ。

といっても、こっちの方はやることがない。内容が不明なので対策するにも何をしていいのやら。

神託ではそれっぽく『明日、運命の揺らぎを感じる』みたいなことを書いておいたので、村人も明日への心構えはある程度できたようだ。

「人事を尽くして天命を待つ、か。運命の神だけにっ」

我ながら上手いこと言ったと思うが、誰も聞いてないので虚しいだけだった。

妹が珍しく夕方の六時台に帰宅して、父も続いて帰ってきたので家族全員が揃っての夕食となった。

一か月前には想像もできなかった光景だ。

この食卓には毎日俺が欠けていた。こうやって肩身の狭い思いをしないで食べる夕食は、昔よりも温かく美味しいように感じる。

食事が終わってから妹に切り出すつもりだったが、父も爬虫類好きだったというのを思い出し、ここで質問した方が的確な答えをもらえそうだと判断して、箸を置く。

「沙雪に訊くつもりだったけど、父さんにも教えて欲しいことがあるんだ」

そう切り出すと、妹と父が俺を凝視した。

妹はなぜか少し不満顔で、父は無表情を貫こうとしているが頬が少し緩んでいる。

「なんだ、なんでも言ってみろ」

「今日のあれだよね?」

「えっと、ほら村おこしの手伝いしていて贈り物をもらっているのは教えたよな。でさ、そこから爬虫類の卵が送られてきたんだ。なんでも最近、爬虫類のペットがひそかなブームらしくて、村おこしの一環として考えているらしくて」

昨日、夜遅くまでかかって考えておいた村の設定を口にする。

今のところは怪しまれずに聞いてもらえているようだ。

「そこで、俺も育ててみないかって話になって引き受けたんだよ。ほら、沙雪も父さんも爬虫類好きなんだろ?」

前から知っていたような口ぶりだが、今日知りました。

俺の必死の問いかけに対して、妹と父の反応は。

「そうなんだ。そこまで詳しくはないけど、教えることぐらいはできるよ」

「なんでも訊いていいぞ。飼育道具一式は倉庫にしまってある」

おっ、想像以上に協力的だ。

俺は二階から卵を持ってきて二人にアドバイスを求める。

「この形は爬虫類の卵っぽいが、殻が硬い。ヤモリやワニかもしれんな」

「小型のワニって合法だっけ?」

二人が盛り上がって、あれやこれやと意見を口にしている。

ライトがどうとか、室温があれだとか、爬虫類の名前を呪文のように唱えているが話の一割も理解できない。

結果……俺の部屋に立派な爬虫類飼育スペースが完成しました。

水槽の中に砂と流木みたいなのが入っている。水場も確保されていて至れり尽くせりだ。ちなみに全部、妹と親父が持っていたものを使っている。

お任せでやってもらって楽だったので、今度お礼に父と妹の好きなものでも買っておこう。

「生まれてくるまでは判断ができないから、孵化したら知らせるように。写真を添えるのを忘れるんじゃないぞ」

「私にも直ぐに教えてよ」

「了解しました」

素人は余計なことをせずに、この件に関してはすべて託します。

爬虫類好きが身内に二人もいて助かったよ。偶然だとは思うけど、命運の村が絡む出来事のおかげで家族との絆が日に日に深まっている。

俺じゃない、本物の運命の神の存在を信じてしまいそうになるよ。

父と妹のおかげで、村のイベントに集中できる。村の様子も変わりないようだから、早めに寝てイベント開始時に遅れないようにしよう。

目が覚めると、もう九時。もう少しでイベントが開始される。

さーて、内容はなーんにも書いてなかったのが不安しかないけど、どんな展開にも対応できる心構えをしておこう。

ゴーレム操作で像を動かして伝える方法も考えたが、身振り手振りで教えるのは無理。地面に文字を書く手段も考えたが、異世界の文字とこちらの文字が同一とは限らない。

神託で文字が読まれているのならいける、と考えそうだが、そんなものは異世界ものご都合主義で勝手に現地語へ翻訳されている、という設定だったら終わりだ。

それに動かすだけで運命ポイントが減っていくので迂闊なことはできない。

下に降りると家族全員が既にいなかったので、食料を調達して自室に戻る。

村人の様子は……そわそわしているな。昨日、神託で触れておいたから警戒しているようだ。

あと一時間後に何かが起こる。かなり楽しみにしているが、不安もある。

まさか《邪神の誘惑》並みの難易度ってことはないと思いたいけど、このゲーム今までやってきたゲームと違いすぎて参考にならないんだよな。

お菓子を食べながら待っていると、何かが動いたような音がした。

この微かな音と気配は……あれか。天敵の黒い高速移動生物、ゴキブリ。

手元にあった読み切った雑誌を丸めて武器にすると、殺気を悟られないように自然体を装って振り返る。

床には……いない。

壁を移動中でも……ない。

おかしいな、気のせいか?

紙製の武器を下ろして構えを解いた瞬間、またも微かな音がする。耳に神経を集中して音を拾うと、それがどこから流れてきたのかを突き止めた。

ガラスケースの中の卵が微妙に揺れている。

「えっ、こんなに早く孵化するのか? ど、どうしたら⁉ 確か妹のメモが……」

妹が予め書いておいてくれた飼育方法の紙を探している間に、殻にひびが入ったかと思うとそれが全面に広がっていく。

探す手を止めて成り行きを見守っていると、殻の一部が剥がれてそこから口先が出てきた。

更に殻が剥がれ落ち、頭、手、体、尻尾が現れる。

全身が腹の部分以外のほとんどが明るい黄色で、ガラスケースに設置されていたライトの光を浴びてキラキラと輝いて見えた。

しゅっとした顔に大きな目と縦長の瞳。体はざらざらしていて四足歩行。尻尾は体と同じぐらいの長さか。

まあ、あれだ、トカゲだこれ。

蛇ではなかったことに、ほっと安堵の息を吐く。

爬虫類に苦手意識があったが、生まれたての小さい個体は結構かわいい。目がキョロキョロしていて、辺りを見回す仕草がなんとも愛らしい。

これなら、愛情をもって飼育できそうだ。

じっくり観察してみると、黄色だと思った体の色は金色に近いようだ。光の反射だけではなく、元から金色に輝いているような。

それに頭の後ろの方に二つの瘤のような突起物がある。前足に比べて後ろ脚の方が太目だが、そういう種類なんだろう。

鱗が大きくてゴツゴツしていて鎧みたいだ。昔の恐竜にこんなのがいたような気がする。

「あっ、そうだ写真写真」

スマホで写真を撮って、父と妹に転送する。

とりあえず、このケースにいれておけば大丈夫という話だったから、そこで我慢してくれな。

俺が語り掛けると、偶然だろうがトカゲが頷く。

おっ、愛いヤツめ。後で名前もつけてやるから、イベント終わるまで待っているんだぞ。

時計を見ると十時三分前だ。よーし、ボーナスイベント気合入れていくぞ!

新たなイベントへの期待を抑えきれず、注意力が散漫になっていた俺は気づいていなかった。

ガラスケースの向こう側からじっと見つめる視線も――日常が非日常と混ざり合い、自分の人生が劇的に変化し始めていることも。