軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悩む父と知らなかった俺

「お疲れさまでした」

家の前で車から降りると、社長たちに頭を下げる。

今日はバイトが昼過ぎからだったので、いつもとは比べ物にならないぐらいの早い時間に終了した。三日ぐらいこの時間帯の仕事が続くそうだ。

とはいえ辺りは真っ暗で晩御飯の時間は少し過ぎている。

「今日は一人で晩飯か」

最近は家族とご飯を食べてから仕事に行く日々だったので、一人で食べることに少しだけ寂しさを感じてしまう。

今までは家族の目を気にして、むしろ一人で食べたほうが落ち着けたのに。

自分勝手な感覚に思わず苦笑いしてしまう。

家に入るとリビングに父、台所に母がいた。

「ただいま」

「あら、お帰り。もうっ、この時間に帰って来るなら言っておきなさいよ。そしたら、ちょっと待って一緒にご飯食べられたのに」

「いいよ別に。それに清掃の進み具合で終わる時間ばらばらだそうだし」

「そうなんだ、残念。あら、ごめんなさい。お腹空いてるのよね、すーぐに温めるから」

いつにも増して陽気な母が鼻歌を口ずさみながらコンロの火をつけている。

何かいいことでもあったのだろうか。

父に訊けば母が上機嫌な理由がわかりそうだが、未だに父との会話は緊張してしまう。

口数が少なく滅多に笑わない生真面目な父。苦手意識は昔からあったが大学ぐらいから話すことも減り、ニートになってからはまともな会話をした記憶がない。

でも、今なら話ができる気がする。

背を向けた状態でソファーに座って新聞を読んでいる父の背中に、一言「母さん上機嫌だけど、何かあった?」と問いかければ済む話だ。

でもなー。そう簡単に苦手意識が消えるわけがない。

それでも勇気を振り絞って声を掛けてみよう。バイトのお礼も言わないと。

「父さ」

「ご飯できたわよー」

母の声が俺の声を完全にかき消した。

……ご飯にしよう。

食卓の対面に座った母が満面の笑みで俺をじっと見ている。

おしゃべりな母が何も言わず、こうしている時は訊ねて欲しいアピールだ。全身から聞いて欲しいオーラがあふれ出て、こっちに押し寄せてくる。

「母さん、何かあった?」

「ふふ、知りたい? どうしよっかなー」

言いたくて仕方がないくせに焦らすのはやめて欲しい。

いつもの流れだと自慢話が始まるので、正直に言えば聞きたくない。

でも、ここで話を振らないと急に不機嫌になるのが分かっているので、こうするしかない。……選択肢があるようでない。

「実は今日、お父さんがねー」

「ごほんっ! 母さんの好きな番組が始まるぞ」

「あっ、ちょっと待ってすぐ行くから」

父のおかげで母から逃れられた。

でも、ほんの少し話が気になる。さっきのは父が焦って止めに入ったようにしか見えなかった。……何があったんだ?

両親の反応から察するに子供に親の惚気話でも聞かせるつもりだったのかもしれない。それなら父に感謝しないと。

父と並んでソファーに座る母の邪魔をするのは野暮なので、食器を流しに運び、さっさと風呂に入る。

「でも、やっぱ、気になるな……」

父がうろたえるなんて相当レアだ。少なくとも俺の記憶にはない。

「惜しかったかな……」

湯船に鼻下まで浸かってブクブクと泡を吐き出しながら、両親に何があったのか想像していた。

風呂から上がって、ちらっとリビングを覗き見ると、まだ肩を並べてテレビを観ていたのでそっと二階へと上がる。

PC前の椅子に座ったのはいいが、肉体疲労が限界に近い。

今日の清掃業は先輩が一人休みでいつもよりも作業量が多く、通常の倍ぐらい疲れている。

このまま布団に潜ったら瞬時に眠れる自信があるが、村人の様子を確認しないと。

もう夜なのでキャロルは寝ているな。

ガムズとチェムは起きてはいるが一緒の部屋で、剣の手入れと神への祈りを捧げている。会話もなく、もう少ししたら寝そうな雰囲気だ。

ムルスは個人部屋でベッドの上に寝転んでいるが目蓋は開いている。

運命の神である俺が正体に気づいていることを仄めかしておいたので、村人を見捨てて消えるかと思っていたのだが、未だにここに滞在中だ。

「何を考えているんだ? あの日まで村人たちが逃げ出さないか監視するつもりなのかもしれないな」

運命の神を敵に回す気はないようだったが油断はせずに警戒しておこう。

残りの二人、ロディス、ライラ夫婦は娘の寝ている部屋に入らず、別の空き部屋でイチャイチャしている。……まあ、うん、まだ若いからね。

そういうのができるぐらい心に余裕ができたのは悪い事じゃないよな。

このゲームをしていて困るのが、あまりに映像がリアルなので自分が覗き魔になった気分になるところだ。

トイレや風呂がないので野外で踏ん張っているところや、濡れた布で体を拭くシーンに何度か遭遇した。

別にゲームだから見てもいいはずなのに、村人に本気で崇められている運命の神という立場が邪魔をする。

……いや、違うな。数週間にわたって彼らを見続けた結果、もう他人だとは思えなくなっている。身内感覚なので家族のそういった場面を見たりしないのと一緒だ。

過去ログをざっと見てみたが、今日は特に重要な話も問題事もなかったようだ。

「ふああああぁぁ。ヤバいな、久しぶりに寝落ちしそうだ」

もう、いっそのこと寝るか。とも思ったがもう一度だけ画面を確認すると、左上の隅に見慣れないマークを見つけた。

「んー、なんだこれ。《現》って漢字が四角く囲まれている?」

今までこんなものはなかったと断言できる。唐突に出現したとして考えられるのは、ガムズが寝込んでいた時の《夢》という吹き出し。

あれと同じような隠し要素なのだろうか。

眠気が限界ギリギリだから、これだけ確認したら寝よう。

そう決意して左上の《現》をクリックした。

予想通り画面が一度暗くなると、映像がガラッと入れ替わった。

見下ろし画面に映るのは屋根の存在を無視した家の断面図。それ自体は今更驚く事じゃないが、その家というのが現代風なのだ。

玄関があってトイレに風呂。リビングに台所。それと和室。

「この間取り見覚えがある。どころの話じゃないぞ……」

何処からどう見ても我が家だ。

自宅を真っ二つにして上から見る機会なんて一度もなかったから、一瞬だけ戸惑ったが三十年も住み慣れた家を見間違えることはない。

元自宅警備員が自宅を間違えたら大事だ! ……自慢することじゃないな。

そんな我が家の風呂場に一人、リビングに二人。

風呂は妹か。もし、これが現実だとしたらバレたら殺されるな。でもまあ、念のためにそっちは見ないようにしよう。

リビングの方は父と母か。俺が二階に上がってからの続きの映像っぽい。

「……夢だなこれ」

両親の話が気になっていたから、それが夢で現れたのか。

夢なら何を話しているか覗いても問題ない。

両親にカーソルを持っていくと会話内容が表示されていく。

『母さん、息子の前で言うのはやめてくれ』

『いいじゃないですか。お父さんが十年ぶりに結婚記念日を覚えていてくれて、プレゼントしてくれたんですよ。自慢の一つもしたくなりますよ』

両親の仲が悪いより良い方がマシだが、だからといって子供がそれを目の当たりにするのは恥ずかしい。

これは夢だからいいけど。

『喜んでもらえたなら光栄だよ。すまなかったな。この十年、ずっと心に余裕がなくて迷い続けていた』

『あの日から笑わなくなりましたからね、あなたは。悩みって、良夫のことですか』

『ああ、そうだ』

そっか。わかってはいたが、夢とはいえ父の口から言われると心に刺さるものがある。思い返せば俺がニートになる前は、もっと穏やかな雰囲気の人だった。

口数が少ないのは変わらないが、何事にも一生懸命取り組み、運動会の親子リレーで張り切り過ぎて肉離れしたこともあったな。

……なんで、そんなことすら忘れていたんだろう。

俺は昔から父はあんな調子だと思っていた。いや、思い込んでいたのか。

自分のせいで家族の雰囲気が悪くなったと認めたくなかったから、知らぬ間に自分の都合のいいように記憶を改ざんした。

……自分の情けなさにはほとほと呆れる。夢だからこそ、自分を客観的に見られるのが余計に辛い。

『今は仕事が見つかって、良夫の表情も明るくなりましたからね』

『そうだな、本当に良かった。……俺はあの日からずっと良夫に謝りたいと思っていたんだよ』

「えっ?」

父の発言に目を見張った。

文字を確認してみるが、俺の見間違いじゃない。

父が俺に謝りたい? なんで? 俺が謝らないといけないことなら山のようにあるけど、父が俺に謝る必要なんて微塵もない。

『あのケンカですか』

『ああ。あの日の発言を忘れたことなんて一度もない』

ケンカの内容は俺も覚えている。でも、父が後悔するような発言はなかったはずだ。間違ったことは言ってない。

『俺は良夫に『お前には努力が足りない。真面目に就活すれば誰だって就職できる』と怒鳴ってしまった』

その言葉は確かにショックだった。自分では真剣にやっているつもりだったから。

でも今は、本気で取り組んでなかったのを見透かされた発言だった、と受け止めている。

母さんだって、そう思ったに違いない。驚いた顔で俺と父を交互に見返していたから。

『あれはちょっと、ねえ。だって、お父さん大学時代、今で言うチャラ男でしたもんね』

『か、母さん。それは言いすぎだろ』

『じゃあリア充? パーティーピーポー? 単位もぎりぎりで遊びまくってましたよね、学生時代』

母の発言に黙り込む父。

……うん、これは確実に夢だ。あんな堅物な父と真逆の存在だろ。夢だからって設定が無茶過ぎる。

『返す言葉もないよ。当時の自分が今の時代に生きていたら、間違いなく良夫よりも酷い結果になっていた。あの頃、就職できたのは時代のおかげだ。バブル全盛期だったからにすぎない。どこもかしこも景気が良くて就活なんて企業側から「来てください」とお願いするような時代だった』

バブル期。日本が好景気に沸いた夢のような時代があったらしい。

テレビで何度か取り上げられているのを見たことはある。でも、今を生きる自分達にはとてもじゃないが信じられない光景だった。

それこそ夢幻のファンタジー。

『良夫は俺なんかよりも真面目に学生をやって、就活だってあいつなりに頑張っていた。それなのに、自分のことは棚に上げて、偉そうなことを言ってしまった。そんなことを言う権利などあるはずもないのにっ』

見下ろす映像なので両親の顔は見えない。でも机を叩いた父の背中が小刻みに震えている。まるで泣いているかのように。

『親になるのだから少しはまともな大人になろうと背伸びをして、言葉遣いも改め真面目に生きてきたつもりだ。でもさ、母さん。それで立派になったと勘違いして、自分の過去を顧みずに説教するなんて、人として最低だろ……』

父さん……。

今まで一度も見たことのない父の弱気な姿に感情が揺さぶられる。

『俺はさ……自分はろくに勉強をしてこなかったくせに、子供の俺に『勉強しないとろくな大人になれない』と勉強を強いる母親が苦手だった。だから良夫や沙雪には、勉強について口うるさく言わないように心掛けていたつもりだ。でも、俺だってあの人となんら変わりないんだよ』

違う、父さんは違う。

学生時代が本当にそうだったとしても、あなたは俺の憧れだった。

昔の俺が真面目に見えたのは、何事にも一生懸命で勤勉な父の背に追いつこうと必死だったからだよ。

『お父さんは今も昔も素敵ですよ。でも、もうちょっと肩の力を抜いて考えたらどうです。確かに私たちは大きな子供もいる、いい大人です。でも親なんてもんは子供よりちょっと経験があって年を取っただけ。大人になったら、親になったら、誰でも立派になれるわけじゃないんです』

『子供の頃は大人や親って、もっと立派で尊敬すべき相手だと思っていたよ』

『私もですよ。お互いまだまだ成長期だと思いましょ。良夫が頑張って変わろうとしているように、私達もこれから変わっていけばいいんです』

そう言って二人が顔を見合わせて笑う。

夢だとわかっているのに、両親が俺と同じようなイメージを大人に抱いていたのが嬉しい。

俺からしてみれば二人は立派な大人であり親だ。そんな両親が悩み背伸びをしていた。

そう思うと心の負担が少し軽くなった気がする。両親も同じなんだ、と。

「……やっぱりな」

目が覚めるとキーボードを枕にしていた。

カーテンの隙間から差し込む朝日がまぶしい。

頬を指でなぞるとキーボードの跡がくっきりと残っている。

PCの画面を確認するといつもの村の映像が流れていた。左上に《現》という文字は見えない。

自分に都合のいい夢だったが、嫌な気分じゃない。

今日からは、いつもより両親と素直に話せそうな気がする。