軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不審な人と筋肉痛な俺

朝に目が覚めたと思ったら昼だった。

少し前なら当たり前の起床時間だったが、最近ではかなり珍しい。

深夜の労働で体が疲れ切っていたらしく、夢も見ないで爆睡していた。

「ん、んーーー……あいたっ! ぐおおおぉぉぉぉ」

大きく伸びをしたら、二の腕と太ももの内側が激しく痛み出す。

こ、これは間違いなく筋肉痛だ!

全身が痛いのは痛いのだけど、特に太ももがヤバい。筋トレでは鍛えていない筋肉を刺激したらしく、立ち上がって歩こうとしたら生まれたての小鹿のようにプルプルしてしまう。

その状態でなんとかPC前の椅子に座って、今日も村人の様子をチェックする。

パッと見た感じではいつもの日常に見えた。

「さーて、俺が起きるまでに何かなかったかな」

さっきまでの会話ログを確認してみるが、特に変わった点は……なんだこれ。

一人、意味深な呟きをしているキャラがいた。

それも誰も起きていない早朝に一人で会話しているぞ。

問題の人物の会話ログを慎重に確認していく。

『今のところ怪しい動きはありません。ただの難民で間違いないかと。ええ、危険度も低いようです。私はもう少し様子を見てから戻ります』

まるで誰かと通信しているかのような口ぶりだ。

映像も確認出来たらもっとはっきりするのだが、残念なことに過去の会話しか見ることができない。

『我々が手を下さなくとも、《邪神の誘惑》で滅ぶかと。以前もこの場所に住み着いていた人間どもと汚らわしいドワーフが全滅していますので』

今、重要な発言があったな。

まずは現在の住処には人間とドワーフが住んでいたと。

ドワーフは言わずと知れたファンタジーではお馴染みの種族だ。人間よりも背が低くてひげ面で筋肉質。手先が器用で鍛冶が得意なのが定番の設定だ。

このゲーム内でもドワーフはいるのか。となると、もう一種族メジャーなのがいるよな。いつかその種族にも会えるのだろうか。

『ただ一つ気がかりなのは奴らが運命の神の祝福を受けていることです。こちらが何かしらの手出しをした場合、神の怒りを買う恐れがあります。なので先ほども申した通り、我々は手を下さずに傍観すべきかと。……はい。わかりました。我らの聖域に足を踏み入れた者どもに、緑の裁きを』

会話内容はこれだけだが、姿がわからなくてもここまでの情報で十分だ。誰の発言かはすぐに分かった。

「ムルスだよな、これは」

村人の素性を知らないで見張っている人物なんて一人しかいない。

頼りになる薬師だと思っていたのに、こうきたか。あれだけ有能な割に運命ポイントが少なかった理由には納得いったけど、これはきっついな。

話の流れだとこの森に住んでいる一族の一員で、突然やってきた村人を警戒している。

ただ一つだけ安心なのは直接手を出す気がないということだ。月末までムルスが妙なことをしてくる心配はない。

「運命の神に見守られている設定が役に立ったな。俺の存在が少しは村人に貢献できているのか」

その点はちょっと嬉しい。

運命の神の存在を恐れて手を出してこないのであれば、ムルスのことは放っておいていいだろう。

ただ、貴重な戦力の一人として考えていたので、頼れないとなると月末の《邪神の誘惑》への不安が増す。

また悩みが増えたけど、まずはご飯食べよう。夜食を食べたというのに腹がペコペコだ。

下に降りると母が台所で洗い物をしていた。

「起きたのね。昼ごはん温めるからちょっと待って」

「いいよ、それぐらい自分でするから」

昨日の晩御飯の残りとスープを温めて食べていると、洗い物が終わった母が正面に座る。

「仕事どうだった?」

「みんないい人で働きやすかったよ。今日も同じ時間に夜から仕事だから」

「あら、そうなの。頑張ってるわね」

母が嬉しそうに微笑んでいる。

当たり前のことをしているだけなのに褒められると、なんだかむず痒い。

「そうそう。昨日の夜食はどうだった?」

「ん? 美味しかったよ。あー、その……わざわざ、ありがとう」

恥ずかしいがちゃんと礼は口にしないと。

村人たちが良好な関係を維持できているのは助け合いの精神と、当たり前のことでもきちんとお礼を言う。そこを大事にしているからだ。

俺も見習わないと。

「そっか、美味しかったんだ。ふふっ。あんた、えらく素直になったわね」

「ごちそうさま」

これ以上ここにいるのは、今までとは違う意味で無理だったので足早に部屋に戻る。

筋肉痛も残っているし、今夜の仕事に備えて少し眠ろうかと思ったがPCの前に座っていた。

「気が付いていたら座っていた……だとっ! 習慣って恐ろしい」

小芝居はこれぐらいにして、真面目に取り掛からないと。

今までと違って今日からは暢気に眺めているだけではダメだ。ムルスの見張りも欠かさないようにしよう。考えが変わって村人に直接危害を与えるかもしれないからな。

いっそのこと神託で、運命の神が感づいているのを匂わせて釘を刺しておくのもありか。

そうなるとまた文面を考えないと。他の村人には警戒させずに、ムルスだけに伝わるようなのがいいよな。

露骨な追い込みをして逃げられても困る。今のところは役に立ってくれている貴重な人材に変わりはないのだから。

なんとか文章が出来上がり、神託の準備は整った。

村人たちが集まって昼食を終えた今なら、タイミングもばっちりだ。

『んぐっ、皆さん本日の神託ですよ』

チェムがまだ口に残っていた食べ物を慌てて呑み込んだ。

あっごめん、まだ食事終わってなかったのか。

『月末の邪神の誘惑への不安はあるだろうが、どうにか切り抜けてほしい。我も奇跡の力で少しばかりの力添えはする。我の加護の下にいることを忘れるなかれ。危害を与えようとする者がいれば、運命の神の裁きが下る。ゆめゆめ忘れることなかれ。……とあります』

神託を聞いてムルスの表情が変わったのを見逃さなかった。

焦りと恐怖に表情がゆがんだな。落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。

これで迂闊なことはやらないだろう。

『神の助力を得られるならなんとかなるかもしれない。だが、我々でやれるべきことはやろう。神は怠け者を嫌う』

ガムズ、その言葉は俺に突き刺さる。

自分は怠けに怠けてきたくせに、神様ぶってドヤ顔で偉そうに書き込んでいる自分が恥ずかしくなるから、本当にやめて。

……と、ともかく、これでムルスの余計な手出しは封じられたと思う。これで邪神の誘惑への対策に集中できる。

あとは運命ポイントを貯めるための資金を頑張って集めますか。

そういや、すっかり忘れていたが、俺が寝ている間に届いた小包が部屋の隅に置いてある。

中身を確認すると、丸い形をした石ころが入っていた。

「また、キャロルか。ははっ、一生懸命選んでくれたんだろうな」

石を手に取って眺めているだけなのに、ついつい頬が緩んでしまう。

村人からの貢物は一日に一回だけ、と村人は思い込んでいるが実は違う。本当は一日に二回まで貢物が送れるのだ。

でも、毎日キャロルが大人たちを真似して何かしら送ってくるので、村人たちが送れる貢物の回数が実質一回になっている。

キャロルがくれるのはちょっと変わった形の石や小さな花、泥団子ってのもあった。

最近はガムズが木彫りしてくれた運命の神の像を真似て、木片を一生懸命削って作った手のひらサイズの人形? が定期的に送られるようになっている。

回数を追うごとに出来が良くなっているので、実は結構楽しみだったりするんだよな。刃物を手にして削っているシーンは未だにハラハラするけど。

今回もらった石ころは、前まで漫画やラノベが入っていた本棚に置く。木彫りの人形もそこの棚に並んでいる。

他人が見れば何の価値もない物に見えるかもしれないが、キャロルにとっても俺にとってもこれは宝物だ。

増えてきた貢物を並べ替えて満足したので、大きく伸びをする。

「ふああああぁぁ、寝よう。筋肉痛が少しでもマシになるといいけど」

椅子から降りるだけで体がギシギシ痛む。

夜の仕事のことを考えても昨日よりは落ち着いている。一度だけでも経験しておくとこんなにも心が楽になるのか。

今までなら働くことを考えるだけで心がざわついた。今は……少し楽しみですらある。誰かの役に立ってお金ももらえる、というのはありがたい。

でも、何よりも母の嬉しそうな顔を思い出すと……頑張ろうと思えた。

「おっ、手際もよくなってきたじゃねえか」

昨日と同じくバキュームで汚水を吸っていると、不意に褒められた。

このマタギのような社長は、昨日と同じ顔ぶれの二人の社員と三人で清掃業をやっている。

忙しい時期は同業者に助っ人を頼むか、俺のように臨時のバイトを頼むそうだ。

「そ、そうでしょうか」

「おうよ。あんま、緊張しなくていいんだぞ。と言っても、二日程度じゃ慣れねえよな」

「はは、そうですね」

思わず愛想笑いをしたが、馬鹿にしたように思われてないよな。

家族としか会話をしてこなかったから、何が正しいのかもわからない。大学時代のやり取りを思い出したいが、十年間の無駄な記憶の中に埋もれてしまっていてあやふやだ。

「仕事で一番大事なのは、真面目にやってくれること。それが一番だ。そう考えるとお前さんは、いい働き手だぜ」

「ありがとうございます!」

気を遣って言ってくれたとわかっているのに、それでも嬉しくて大きな声が出た。

「元気じゃねえか! いいねえ」

「社長、新人と遊んでないで仕事してくださいよー。良夫君は張り切り過ぎないようにな。人間程々が一番」

「社長、サボってるなら私たちの給料上げて、社長のお給料減らしますよ」

「お、おう、すまん。……って、給料を決めるのは俺だ!」

大股で怒ったふりをして社員たちの方へと社長が向かっていく。

この空気も俺の仕事への緊張感を和らげてくれている。他の職場の経験をしたことがないのではっきりとわからないが、ここの職場は雰囲気がかなりいい。

ここなら俺は頑張れるかもしれない。いいことばかりじゃなくて、悪いことや嫌なことも仕事をしていたらあるだろう、だけど頑張れる気がする。

「気合入れないとな。村人たちのためにも」

《邪神の誘惑》まで、あと一週間近くしか時間は残されていない。