軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大海原と孤島と俺

漁船に乗ってから一時間が経過した。

見渡す限りの海、海、海。空は雲一つない晴天。

たまに島が遠くの方に見える程度で、視界は青で埋め尽くされていた。

今は潮の流れに乗っているのでエンジンを切っているから騒音もなく静かで、ぼーっと海を眺めているとリゾート気分を味わえる。

北海道まで行くときは大型フェリーだったのと緊張感で平気だったが。

「おろろろろろぉ」

船酔いも胃の中の物を全部吐き出してからは、舟の揺れが気にならなくなってきた。とはいえ食欲はないので水ばかり飲んでいるのに、隣で我関せずと元気よく刺身を食べているトカゲがいる。

「お前は全然平気なんだな。その食欲が羨ましいよ」

俺の声が聞こえているはずなのに振り向きもせずに黙々と刺身を平らげていく。

ちなみにこの刺身はさっき流さんが釣ってくれた魚。流さん、というのは漁船を運転してくれているプレイヤーの名前だ。

「いい食いっぷりだねえ。うまいか?」

流さんの問いかけに何度も頷いているが、咀嚼の動きは止まらない。それどころか皿に置かれた刺身を両手で自分の近くに引き寄せている。

……恥ずかしいから、やめなさい。

「すみません、食い意地が張っていて」

「ええって。おいしく食べてもらうのが、一番やからな」

流さんは笑顔で釣り上げた魚を次々と捌いては、ディスティニーの前に置かれた皿に追加で盛っていく。

「魚もうおらんから、これでおしまいな。でや、ちょっと真面目な話になるんやが。良夫君は怖くないんか? 今から行く島はあのゲームの世界と繋がっている村があるんやろ。そこにはモンスターもおるって話やないか」

刺身包丁を洗って片付けながら、真剣な眼差しを俺に注いでいる。

これは嘘や冗談で躱していい雰囲気じゃないな。

「正直に言えば怖い気持ちはあります。ゲームでモンスターの怖さは理解しているので」

「そうやでな。ワイらみたいな平和な日本で育った連中が、モンスター相手にするって考えただけで、さぶイボ出るわ」

肩をすくめて頭を振る姿は少しオーバーでコミカルに見えるが、怖いという感情に嘘はないように思えた。

「それに、助けに行く連中はネットでバカやっている知らんヤツなんやろ? 助けに行く義理なんてあるんか?」

「ない……んでしょうね。でも、助けてと手を伸ばしている人がいたら……繫いで引っ張ってやりたいじゃないですか」

相手がダメ人間だったとしても、俺は手を掴んでやりたい。自分がそうしてもらったから。

今こうしていられるのは、多くの人が手を握って暗闇から引っ張り上げてくれたから。

「あと、あの世界と日本が万が一にでも繋がったら、大事な人たちが傷ついてしまうかもしれない。それだけは阻止しないと」

モンスターが日本にあふれたらどうなる。

家族。精華やお菊お婆ちゃん。会社の人や真君。そういった人たちが被害に遭ったら、俺は島に行かなかったことを一生後悔する。

「これは他人のためというよりも、自分のためなんですよ。もう、後悔しないで生きるために」

話し終えてから、自分の語った内容に少し気恥ずかしくなってしまう。今日会ったばかりの相手に思わず熱く語ってしまった。

苦笑いでも浮かべてないか気がかりで、チラリと流さんの顔を確認すると真面目な顔で大きく頷いてくれている。

「立派な考えやないか。ワイなんて舟で島まで送るだけでもびびっとったのに、自分のためだとしても助けに行くなんてなかなかできへんことや!」

俺の肩に手を置いて顔を近づけると、ニカッと笑う。

まさか、称賛されるとは思っていなかったので、虚をつかれてしまって咄嗟に言葉が出ない。

「ほんまは島の探索も手伝いたいんやけど、万が一のために舟を見張っておかんと心配やしな。ほら、ホラーとかサスペンスやと帰るときに舟がない! ってのは定番やから」

「あ、あー、ありますね。ここに舟を繫いでいたのに⁉ とか」

ホラー映画と母が好きなサスペンスで似た場面を何度か観たことがある。

「そやろ。とはいえ、なんも手伝われへんのはケツの座りが悪いな。そや、これ持ってき」

そう言って差し出されたのは膨らんだ水風船だった。

縁日の屋台とかで見かける、あの妙にカラフルな水風船を渡されても……。

「ただの水風船とちゃうで。これはワイの《奇跡》が込められている特別なやつや。困ったときに敵に投げつけてみ。そしたら発動するように細工しておいといたで」

この人は水の神の従神らしいから、水に奇跡を込めるという芸当ができるのか。なら、受け取っておいて損はないよな。

「ありがとうございます」

「これぐらいしか、してやられへんけど頑張りや」

「はい、頑張ります!」

数分前から視界の先にぽつんと存在していた島にたどり着いた。

直ぐに上陸はしないで島の周りをぐるっと回って観察している最中だ。

事前に調べた情報によると、村は島の中心部にあるので海から見ることはできない。島に上陸するには切り立った崖が邪魔なのだが、南の方角だけ砂浜になっていてそこになら舟を停泊することも可能。

だけど、逆に言えばそこしか無理なわけで、見張るなら砂浜だけ気をつけておけば敵の侵入を察知することが出来る。

なので、どこか他に島へ忍び込めそうな場所がないか探っているのだが無理っぽい。崖もそうだが、島の周囲は岩の多い磯になっていて漁船が近づけない。

「あかんな。無理して突っ込んだら船底に穴が空いてしまうわ」

プロの漁師が言うのなら間違いはない。あきらめて、砂浜に行くしかないのか。

「あそこはなだらかな斜面になってっから登れそうなんやけど、この尖った岩エグすぎるやろ」

流さんの指差す方に目を向けると、確かに登れそうな斜面が見えた。そして同時に、槍のように鋭く尖った岩がいくつも海から顔を出している光景も目に入る。

「やっぱり、砂浜からしか無理ですよね」

顔を見合わせて大きなため息を吐いて、磯から離れようとするとディスティニーが舟の縁に飛び乗りこっちに振り向いた。

そして、後ろ足で器用に立つと前足をクロスさせる。

「腕でバツを作ったのか。ええと、戻るのはダメってこと?」

俺がそう問い掛けると、満足げに頷く。

「でも、どうすんだ。これじゃ、渡りたくても渡れないぞ」

素朴な疑問を口にすると、トカゲなのに口角を吊り上げニヤリと笑ったように見えた。

俺たちに背を向けて視線を海に向けると、じっと海を見つめ――舟の縁から飛び込んだ⁉

「デ、ディスティニー!」

慌てて駆け寄り手を伸ばすが空を切り、金色の体は荒れた海へと吸い込まれ……ずに水面に着地している。

「はい?」

「どないなってんや?」

隣で同じように手を伸ばしている流さんが驚愕に目を見開き、ディスティニーを凝視している。たぶん、俺も同じような顔をしているのだろう。

目をしばたかせ、もう一度ディスティニーとその周辺を注意深く観察すると、その足下には青い水面があるはずなのに、灰色の地面がある。

その灰色の地面は海の上に真っ直ぐ島まで伸びていて、その上を悠々と歩いていくトカゲの後ろ姿。

「お前、海を石化させたのか」

液体を石化できるのはゴチュピチュで試したから知っているが、海をそれもこんな広範囲を石化できるとは。これは想定外だぞ。

「はーっ、大したもんやな」

流さんも状況を理解したようで、しきりに感心している。

数メートル渡ったところで振り返ったディスティニーが俺を手招きしている。お前も渡れというアピールか。

トカゲ一匹と人間では重さが違うので不安はあるが、ここまでお膳立てされて行かなければ男じゃないよな。

恐る恐る、舟の縁を掴んだままそっと石化した水面に足を下ろす。

「あっ、思ったよりしっかりしてる」

水の上に浮いている木材のような不安定な足場なのかと心配していたが、それこそ石の橋のようにしっかりした踏み心地だ。

これなら、安心して渡れるぞ。

それでも水の上を歩くという違和感と恐怖心が勝っているので、慎重にゆっくり歩いて行く。石橋を叩いて渡るように。

石化の橋を渡り終え、島に到達すると自然に大きなため息が出た。

「無事にいけたようやな。ほんなら、ワイは砂浜の方で待ってるで。その方が相手もこっちに注意が向いてやりやすいやろうからな」

「囮になっていただけるのは助かるのですが、大丈夫ですか?」

「心配はいらんで。ワイは水の主神に連なる従神のプレイヤーや。大量に水がある場所やったら負け知らずや」

そう言って右手を掲げると、漁船の後ろから海水が渦を巻いて天に昇っていく。

おおおっ! こんな奇跡が使えるのか。それなら、そう簡単に負けることもないよな。

「海流を操って逃げるのも自在や。ほな、頑張りや」

「ありがとうございました!」

俺とディスティニーが大きく手を振ると、流さんは親指を立てて応える。

漁船が離れていくのを見送ってから斜面を登っていく。頂上は背の高い木が密集していてここなら外から俺たちの姿は見えないはず。

予め印刷しておいた島の地図を出すと、今いる場所と目的地を再確認してルートを導き出す。最短で尚且つ人の目に付かない道がベストだ。

「ディスティニー。ここから先は何があるかわからない。他のプレイヤーに遭遇したり、下手したら異世界からモンスターが来ている、かもしれない。警戒マックスで頼むよ」

頼もしい相棒に目を向けると「任せとけ」と言わんばかりに自分の胸を勢いよく叩いている。

頼みっぱなしで申し訳ないが、お前が要だ。信頼しているよ。