軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

収穫祭

近頃、メンヒシュミ教会の行き帰りに眺める街並みが少しだけ騒がしい。

街路樹の下に花の咲いている鉢が飾られたり、通りに出店が増えたりと、なんだかお祭り前の雰囲気に似ている。

みんなが楽しそうに、でも忙しそうに働いているのだ。

浮ついた雰囲気なのは判るのだが、その理由が解らない私としては 除(の) け者にされているようで少しだけ面白くない。

「……何かあるんれすか?」

「うん?」

館の正門をくぐってすぐに、帰宅したばかりのレオナルドと遭遇する。

今日は帰宅の時間が重なったようだ。

バルトから手を離してレオナルドの元へ駆け寄ると、いつものように抱き上げられる。

抱き運ばれることにすっかり慣れてしまい、もはや『楽でいいな』ぐらいの感覚になっているのが少し怖い。

「街の中がなんだか楽しそうれす」

「もうすぐ秋の収穫祭があるからな。その準備で、みんな浮かれているんだろう」

収穫祭とは、文字通り実りの秋を祝うお祭りらしい。

今年はワーズ病のせいでいくつかの農村が消え、領地としては収穫が少し減ってしまったのだが、収穫祭はみんなが楽しみにしているから、と例年通り行われることになったのだとレオナルドが教えてくれた。

ワーズ病の犠牲者については、グルノール砦とセドヴァラ教会の間で慰霊祭を夜に行うそうだ。

遺族や仲間を失った黒騎士たちが参加をするらしい。

当然、砦の主としてレオナルドも参加が決定している。

「……ってことは、レオにゃルドさんは収かく祭には行けないんれすか?」

「うーん? 慰霊祭の準備があるからな……」

「わたしもいれい祭、参加れきますか?」

「それは出来るが……ティナは起きていられるのか? 慰霊祭は一晩中起きているお祭りだぞ」

「それはちょっと……無理かもしれましぇんね」

大人であれば一晩ぐらい起きていられると思うが、今の私は子どもだ。

ベッドに入れば朝までぐっすりだし、疲れ果てれば昼間からでもぐっすりだ。

ついでに言うと、幼女の私には昼寝の時間まである。

一晩中起きているお祭りだというのなら、私には参加できそうにない。

「……でも、収かく祭にレオにゃルドさんが行けないんにゃら、わたしも行けましぇんね」

「そろそろ友だちが出来ただろう? 友だちと行っておいで」

「いいんれすか?」

さすがに子どもたちだけでの外出が許されるとは思っていなかったので、少しだけ驚く。

人通りの少ない道は危ない、と私が歩いて良い道と悪い道を決めるぐらいのレオナルドだ。

子どもだけの外出など、認めるとは思わなかった。

「祭りの日なら警備の騎士や兵士が普段より多く通りに立っているし、バルトたちはまだ当分忙しくてティナに付いていられないからな。メンヒシュミ教会からニルスとルシオを借りれば、子どもだけでも大丈夫だろう」

……結局お目付け役は付くみたいですけどね。

保護者がいないことへの不安は一応なくなったが、子どもだけとなると、別の問題が出てくる。

「子どもらけだと、あの黒い犬が来るから嫌れす」

「あの犬か。……でも、あの犬は近づいちゃダメだ、って言ってある場所に近づかない限りは来ないんだろ? 話を聞く限り、むやみに人を噛むこともないようだし」

未だに捕まえることができていない黒い犬は、やはりどこかで訓練かなにかをされた犬なのだろう、というのが最近のレオナルドたちの見解だ。

私のスカートに噛み跡を残しはしたが、私自身には一度も噛み付いていない。

ルシオが黒犬に目隠しをしようと近づいたが、避けるぐらいでこちらにも噛み付きまではしなかった。

テオが噛まれたのだって、今思い返せばテオがしつこく食い下がったからだ。

あの黒犬は、最初のうちはテオのことも避けるだけだった。

ただあまりにもしつこいテオに、避けるだけではテオは諦めない、と判断したからこそ黒犬は牙をむいたのだろう。

……お祭りは気になるけど、どうしようかな?

悩んでいるうちに収穫祭の当日となり、結局私は収穫祭に行くことを決めた。

黒い犬は気味が悪いが、ミルシェが一緒に行こう、と誘ってくれたのだ。

これを断れるわけがない。

……この世界に生まれて初めてのお友だちとのお祭り見学だしね!

ミルシェとセットでテオがいるのは気になるが、最近はそれほど意地悪もされないので良しとする。

これは冷戦状態とでもいうのかもしれないが、害はないのだからこれでいいのだ。

……他の男の子とおしゃべりとかしてると、相手の子を叩くようになったんだけどね。

これはミルシェが男の子と話していても同じことをするので、どうやら私とミルシェをテオは妹枠に入れたのかもしれない。テオの中では。

授業中は本当におとなしくなったので、席も本来の背の順に直された。

よほどレオナルドの『勉強をしなければ黒騎士にはなれない』という言葉が効いたらしい。

今日は大人が一緒ではないし、子どもだけで行動するのでミルシェたちと馴染めるように、と中古服を着る。

さすがに継ぎ接ぎはないが、普段着ている服とは布の質からいって違うものだ。

この上から以前買ってもらった黒猫の財布を首にかければ、出かける準備は完了する。

「ティナ、黒猫を貸してごらん」

「はいれす」

首に下げたばかりの財布をレオナルドに渡すと、レオナルドは口を開けていくつかの硬貨を入れた。

財布が戻ってきたので中身を確認してみると、銅貨が五枚増えている。

「……お小遣いまだありましらよ?」

銀貨や金貨でないだけ、子どもに与える小遣いとして学習はしてくれているようだが。

多少使いはしたが、以前にもらった小遣いがまだ十分に残っている。

追加の必要はおそらくなかったと思う。

「お祭りのお小遣いは必要だろう」

念のためにもう少し入れておくか、と続けるレオナルドに、銅貨の追加より小粒銅に両替してほしい、と答える。

銅貨といえど、子どもがもつには大金だと思う。

屋台で食べ物を買うぐらいなら、最初から小粒銅や大粒銅の方が使い勝手が良かった。

結局、両替はタビサにしてもらった。

レオナルドは大きな金額の硬貨は持っていても、粒銅のような小さな金額になると持っていないとのことだ。

騎士の住宅区の出口までレオナルドに送ってもらうと、すでに迎えに来てくれていたミルシェたちと合流する。

今日のメンバーはミルシェ、テオ、エルケ、ペトロナの四人と、レオナルドが雇ったニルスとルシオだ。

……子どもだけだけど、まあこのぐらいの人数で移動していれば安全かな?

悪い大人も、そう簡単には手が出し難い人数だろう。

そんな安心感がある。

「どこから行く?」

「職人通りにからくり屋が並んでたぞ!」

「市場の果物ジュースがお勧めです」

「 山車(だし) を見るなら大通りか広場で場所を取っておいた方が……」

「中央通に旅芸人が来てました」

収穫祭を楽しむ気しかない子どもたちはやる気に満ちている。

口々に自分が気になっている物を挙げ、まずはどこから回るかの相談が熱い。

どこへ行くにしても中央通と大通りは通ることになるので、そこから先の相談が今日の議題だ。

初めて収穫祭を回ることになる私には何処が何処かもわからないので、とりあえずは遠巻きに眺めていることにした。

「……ティナお嬢さんはどこから回りたいですか?」

一歩引いた立ち位置で会議を覗いていたら、ニルスが話の輪から抜けてくる。

私の護衛を兼ねているので、気を使ってくれたのかもしれない。

「わたしはこの街のお祭りは初めてらから、どこに何があるかなんて判りましぇんので、みんなの行きたいとこでいいれす」

「そうか。ティナお嬢さんは収穫祭が初めてだったんですね」

子どもたちが相談している間に、ニルスが簡単にこの街の収穫祭について教えてくれた。

豊穣の女神ウェミシュヴァラに豊作の年は感謝を、凶作の年は祈りを捧げる祭りで、豊穣というだけあって、他にも子宝に恵まれるようにとこの日に結婚式を挙げるカップルが多いらしい。

薬術のセドヴァラ教会と知のメンヒシュミ教会はそれほど忙しくない祭りだが、法と秩序を司るソプデジャニア教会は今日結婚式を挙げるカップルの書類やら何やらで、一年で一番忙しい日になるとのことだった。

ちなみに、法と秩序を司るソプデジャニア教会とは、日本でいう役場のような仕事をしているらしい。

出産・洗礼・成人・結婚・葬儀と様々な節目でお世話になる場所だ。

……教会って言ったら宗教とか、結婚式挙げるとこってイメージしかなかったけど、この世界はちょっと違うみたいだね。

戸籍のような書類の管理はソプデジャニア教会が行っているが、結婚式は新居で行われる。披露宴も同時だ。

公共施設のトップに神様が置かれている、といった感じだろうか。

あまり宗教という気はしない。

夏の追想祭で劇が行われていた広場は、収穫祭では美人コンテストのようなものが行われているらしい。

この大会で優勝した女性が夏の劇で正義の女神役をやるとのことで、男性には人気のある催しなのだとか。

豊穣の女神に感謝と祈りを捧げる収穫祭で選ばれた女性が正義の女神を演じる、というのも繋がりが解らないが、どちらも神話では美しい女神ということになっているので、そちらの繋がりかもしれない。

行きたい場所がなかなか決まらないので、最終的には歩きながら考えよう、ということになって移動を開始する。

大通りは富裕層向けの店が多いので、祭りだからとはめを外すような店は少なかった。

いつもより店先を広く開放し、オープンテラスが作られてはいるが、そのほとんどの席はすでに埋まっている。

富裕層の女性たちが優雅にお茶をしたり、育ちの良い子どもたちがお行儀良くお菓子を食べている。

男性はお酒が入るので、酒場や自宅でパーティをするらしかった。

……大通りなら酔っ払いに出くわすこともなさそうだね。

少なくとも、昼間のうちは安全だと思われる。

大通りを抜けて中央通に差し掛かると、一気に人が増えた。

人気の美人コンテストをやっているという広場へ向かう人間や、職人が精魂込めて作った山車を見るために沿道へと人が溢れている。

さすがに人が多すぎる気がして、はぐれないようにとミルシェと手を繋ぐ。

もう片方の手でニルスと手を繋げば、とりあえずは安心だ。

中央通から別の道に入ると、少しだけ人が減る。

見覚えのある道になり、周囲を見渡すと 三羽烏(さんばがらす) 亭が見えてきたので、収穫祭限定メニューがないかとチェックをする。

夏に食べた甘辛団子は、追想祭限定メニューだったようで、他の日に行っても売ってはいなかった。

……どら焼きさんこんにちはーっ!!

三羽烏亭の軒先で売られている丸い焼き菓子に、内心でだけ合掌する。

私の目にはどら焼きにしか見えないのだが、ニルスにメニューを読んでもらったところ、ここでは『皿焼き』と言うらしい。

豆皿サイズの生地に餡を挟んでいるから、だそうだ。

……レオナルドさんと一緒だったら、食べれたんだけどね。

三羽烏亭は高価な輸入調味料を使う店なので、少々高い。

買えない値段ではないのだが、まだどこへ行くのかも決まっていない段階では、景気良くもらったばかりの小遣いを使うのは避けた方が良いだろう。

後ろ髪引かれる思いで三羽烏亭を離れつつ、ニルスには帰りに寄りたいとお願いしておいた。

「食べ物の屋台が多いれすね」

相変わらずミルシェとはんぶんこで食べ歩く。

ミルシェの母親は何を考えているのか、テオには小遣いを渡しているが、ミルシェには何も渡していなかった。

それならテオは独り占めしている小遣いで豪遊をするのかと思えば、それほどの額はないようで、うんうんと頭を捻っては買うのを止めることが多い。

結果だけいえば、私とはんぶんこをしているミルシェの方が色々なものを食べているし、ミルシェが自分の分をテオにあげたりしている。

……まあ、私は色んなものが食べれて美味しいです。

子どもの小さな胃袋には限界があるので、三人で一つを食べている現状はなかなかに好都合と言えた。

「わっ!?」

「うおっと!?」

突然目の前に出てきた肉厚な壁に、驚いて一歩後ろへと下がる。

その際にニルスの足を踏んでしまったようで、小さな悲鳴が聞こえた。

「ご、ごめんなさい」

「おう、こっちこそ……うん?」

まずはぶつかりそうになった見知らぬ大人に謝っておこう、と素直に頭を下げると、お互い様だったのでと相手も流そうとしていたのだが、何かに気づいたようで少し語尾が上がる。

不思議に思って顔をあげると、見覚えのない 髭(ひげ) 面の男だった。

……気のせい?

何か関心をもたれたような響きだったと思うのだが、私には覚えのない顔だ。

知人でも知り合いでもないようなので、ただの勘違いだろう。

そう思って別れようとしたのだが、髭の男に呼び止められてしまった。

「ちょっと待った! おまえアレだろ。夏にカーヤが連れてたガキだ」

「カーヤ?」

……嫌な予感のする名前だね。そのまま忘れていたかったよ。

嫌な予感がひしひしとして思わず身構えると、私の表情で大体は察することが出来たらしい。

髭男の顔に苦笑いが浮かぶ。

「その顔は、カーヤに痛い目に 遭(あ) わされたって顔だな?」

まあ、カーヤを家庭教師になんて雇ったおまえの身内が悪い、と髭男は豪快に笑う。

その件については散々暴れたあとなので、私としてはもう過ぎた話だ。

いつまでも根に持つ方が心の健康に悪い。

「……なにかご用れすか?」

カーヤ関係には係わり合いになりたくないのが正直なところだが、話しかけられている以上、無視して立ち去るのもなんとなく悪い気がする。

気乗りしないながらも先を促してみると、髭男は苦笑いを引っ込めた。

「近頃カーヤのヤツを見かけないんだが、お嬢ちゃん何か知らねーか?」

「知りましぇんよ。……何れしたっけ?」

窃盗罪で黒騎士に連れて行かれたはずだが、そのあとが思いだせない。

たしかにレオナルドが聞かせてくれたはずだったが、思いだしたくない事柄だったので、積極的に忘れた気がする。

ちょっと考えたぐらいでは思いだせないので、私の記憶力は優秀だ。

何かきっかけがあれば思いだせるのだが、そのままでは綺麗に蓋がされて出てこない。

……あ、思いだした。

館で物が紛失することが頻発し、アルフに相談したところ、カーヤが貴族の持ち物を盗んだ、ということで黒騎士に連行されていたはずだ。

その後はたしか、貴族の領地へ連れて行かれて農夫の嫁になった、と聞いた気がする。

……農夫の嫁、か。

目の前の髭男は、カーヤとどのような関係だったのだろうか。

ただの知人であれば『農夫の嫁になった』だなんてただの結婚報告だが、恋人であったりした場合には面倒なことになる気がする。

自分の恋人が突然いなくなったと思ったら、どこかで別の男の妻になっているのだから。

……知らないで通した方がいいね。

面倒ごとには関わりたくないので、知らないで通すことにする。

元々すぐに思いだせなかったぐらいなのだから、『考えてみたけど思いだせませんでした』で片付くだろう。

「やっぱり思いだせましぇんね」

「いや、その顔は何か知ってるって顔だな」

にやっと笑った髭男の顔にゾッとする。

カーヤの知人ということは、この髭男はカーヤと同種の人間ということだ。

ろくな人間ではない。

「思いだせるまでゆっくり付き合ってやろう。なんか甘いモンでも奢ってやるから、一緒に……」

「きゃあああああああああああっ!! ひとさらいーっ!」

太い指で肩を掴まれた瞬間に大声を出していた。

一人だったら怖くて声が出なかったが、今日の私の周囲には子どもとはいえ連れがいる。

異常事態を伝えれば、誰かしら近くの黒騎士に助けを求められるのだ。

「おい! 人聞きの悪いコトを言うんじゃンねーよっ!」

ぬっと伸びてきた手に口を塞がれそうになり、汚いとは思ったが咄嗟に噛み付く。

次の瞬間、想定外に大きな悲鳴があがった。

「うぎゃあああああああああっ!?」

あまりの大音量に驚いて口を離すと、ニルスに肩を引かれる。

誘導されるままに髭男から離れると、髭男の身に何が起こったのかが解った。

「へっ!?」

髭男の股の間から、黒いものがぶら下がっている。

ぶら下がっているというか、黒い物体が股の間に喰らい付いていた。

……あの犬!?

黒騎士たちが捕まえようと探す時には姿を見せない黒い犬が、目の前にいる。

いるというか、髭男の股間に噛み付いていた。

それはもう、がっちりと。

気の毒になるぐらい深々と。

驚いている間に、叫んだことと髭男の悲鳴で周囲の視線が集まってくる。

最初の悲鳴を聞いていた大人が私と髭男の間に入り、壁になってくれた。

大丈夫か、と声をかけてくれながら、私を背後へと押しやる。

ルシオが黒騎士を呼んで来た頃、私と髭男の間には人間で出来た壁が立ちはだかっていた。

黒犬は騎士の姿が見えた途端に髭男の股間を解放し、どこかへと走り去っている。

……あの犬、やっぱり私のこと守ってくれてる?

視線を感じて気味が悪くはあるが。

これまでの行動を考えると、そうとしか思えなかった。