軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

楽しいはずの寄り道

ミルシェに誘われて久しぶりに顔を出したメンヒシュミ教会は、実に快適な場所だった。

本当にテオがおらず、授業が妨害されて中断することがない。

みんな本気で読み書きを学びに来ている人たちばかりなので、お互いに教え合う囁き声ぐらいは聞こえてくるが、談笑などは一切聞こえてこなかった。

教師の講義を中断する叫び声もあがらないので、授業の進みもいい。

……テオがいないなら、ルシオの護衛はもういいかもね?

ルシオはテオの私への暴挙を制限するために付けられていた。

授業を受ける必要のないルシオに、これ以上付き合ってもらう必要はないかもしれない。

勉強の補助だけなら、ニルス一人で充分だ。

教師に教室へと来られなかった間の授業の進み具合を確認しつつ、ルシオについての相談をする。

ニルスの授業は少し進んでいたようで、今から合流してもメンヒシュミ教会での授業に置いて行かれる心配はなさそうだ。

安心してメンヒシュミ教会に通うようになると、ミルシェ以外にも女の子の友だちができた。

ニルスよりは歳が近いが、それでも年上と判る女の子二人だ。

先日は、ミルシェと一緒に城主の館まで私を探しに来てくれていた。

短い茶色の髪に黒い目をした女の子がペトロナで、茶色の癖毛を肩まで伸ばしているのがエルケだ。

ミルシェと一緒に私を探してくれていたようなので、元から友だちだったのかと思ったのだが、三人はメンヒシュミ教会に通うようになってから出会ったらしい。

服の 継(つ) ぎ 接(は) ぎ面積からミルシェと二人が知人なのはおかしいな、と少し思ったのだが、なんのことはない。

以前からの友だちでも、なんでもなかったのだ。

……レオナルドさんが私の友だちにって望んだのは、こういう子なんだろうな。

ペトロナとエルケは、実に女の子らしい女の子だった。

ペトロナはお洒落が大好きなようで、私の服装に興味を示す。

エルケは少しませた子で、私よりも兄であるレオナルドに興味があるようだった。

どちらの少女も、私自身には興味がないところが実に『女の子の友だち』と言ったところだ。

……ま、女の子ってこんなモノだよね?

単純に懐いてくれているのはミルシェだけだ。

同じ歳ぐらいの男の子はテオと大差なく、年長の少年は可愛がってくれるが友だちという感じではない。

友だちができると、当然のように遊びや寄り道へも誘われるようになった。

私は送り迎えに人が付いてくれるので、自分の意思だけで寄り道はできない。

だから、誘われるたびに「迎えの人がいいって言ったらね」と答える。

ほとんど毎回私の意思が尊重されて寄り道することになるのだが、はたして保護者付きの寄り道とは、友だちとの寄り道と数えて良いものなのだろうか。

同じ年頃の子どもたちとの寄り道は、食べ盛りだからか、食べ物の屋台が主だった。

串に刺した焼肉を売っている屋台だったり、飴玉を一粒ずつ買えたりする店だ。

「ミルシェちゃん、はんぶんこしよ」

「でも……」

「寄り道でお腹いっぱいになりゅと、夕ご飯が食べれなくなっれ、おうちの人に怒らえます」

こんな適当なことを言って、焼き串を半分ミルシェに渡す。

継ぎ接ぎだらけの服を着たミルシェは、あまり裕福な家庭の子どもではない。

当然、お小遣いなど持ってはおらず、寄り道が買い食いとなると一人で見ているだけになってしまう。

……毎回おごるのもなんか変だし、友だち関係にお金は持ち込むな、って言うしね?

ない知恵を絞って考えたのが、この『はんぶんこ』だった。

おごるのではなく、はんぶんこ。

全部食べたら夕食が入らなくなってしまいそうなので、半分食べるのを手伝ってほしい、という体裁をとってミルシェに焼き串を分ける。

……そしてレオナルドさん。子どものお小遣いは銅貨五枚でも多かったです……っ!

焼き串一本が、小粒銅二つで買える。

単純計算で二十五本の焼き串が買えることになり、教室一回につき一本買ったとして、全部で二十五回寄り道ができる。

レオナルドの財布を買ったお釣りには銅貨がなかったから大銅貨を貰うことにしたが、大銅貨は銅貨十枚分の価値がある。

二日に一度のメンヒシュミ教会へ通うのに、秋の間だけで五十回も寄り道はしないだろう。

「ティナちゃん、ミルシェ、大通りに可愛い砂糖菓子のお店を見つけたんだけど……」

計算の授業が終わったあと、ペトロナがいつものように寄り道へと誘いに来た。

近頃はなんとなく判ってきている。

毎回のように遊びにではなく買い食いへと誘うのは、私からミルシェを引き離そうとしているのだ。

お小遣いを持っていないミルシェは、一緒に来ても買い食いなどできない。

それに、今日誘っているのは大通りの店だ。

大通りの店など、ミルシェは服装だけで入店をお断りされてしまうだろう。

この『お誘い』は私たちを誘っているのではなく、ミルシェに断らせるのが目的なのだ。

……『女の子』だねぇ。

前世にもいた『女の子』だ。

親や友人の資産や肩書きを自分のファッションだと勘違いしているタイプというのか、はっきり言ってしまえば苦手だ。

価値観が違いすぎて、一緒にいると疲れてしまう。

とはいえ、まだ当分は教室で顔を合わせることになるので、変に波風を立てる必要もない。

私は空気の読める元・日本人だ。

とぼけた振りをしてミルシェを庇いつつ、気の進まない誘いはお断りしていけばいい。

「バルトがいいって言ったりゃね」

本音としては、そろそろ愛想笑いを浮かべて付き合うのも面倒になってきたので、お断りしたいところだが。

はっきりと口には出さず、決定権は大人が握っているように答える。

大人の察し力を舐めることなかれ。

近頃のバルトとタビサは、私の顔を見ただけで言いたいことが判るようなのだ。

迎えに来たバルトかタビサに、なんとなく気乗りしない顔をして見せれば、何らかの用事があるからと言って誘いを断ってくれるはずである。

迎えに来るのがバルトかタビサであれば、なんの問題もない。

……なのに、なんで今日のお迎えはレオナルドさんなのかな!?

仕事の終わりと、私を迎えに行く時間が丁度良かったのだろう。

仕事帰りのレオナルドは、整髪料で後ろに流して固められたはずの前髪がほどよく崩れ、鋭すぎる眉が適度に隠れて普段ほどの近づき難さはない。

さすがに見ただけで団長と判るマントはしていなかったが、上着は騎士団のものを着たままだ。

たまに私をメンヒシュミ教会まで送ってくれる時のようなラフな格好ではなく、まさに砦から直帰するついでの騎士が迎えにきました、という風体だった。

「ティナ、迎えに来たぞ」

走り寄ったミルシェの頭を優しく撫でたあと、レオナルドが笑みを浮かべて私に言う。

これはもう強引にでも手を引いてメンヒシュミ教会の敷地外へと出て行った方が良いだろうか、と考えているうちにエルケとペトロナの包囲が完成していた。

とくにエルケはレオナルドに憧れているようなので、偶然に会える少ない機会を逃すはずがない。

みな幼くとも『女』なのだ。

「こんにちは、レオナルド様」

「今日のお迎えはレオナルド様なのですね」

「いつもの方はどうかされましたの?」

「今日のお召し物は騎士団の制服なのですね。素敵です」

矢継ぎ早に 囀(さえず) り、レオナルドが言葉を返す間もない。

よくよく見れば二人にミルシェが追い払われているようで、遠巻きにレオナルドを覗いていたミルシェがこちらへと逃げて来た。

「そうだ。私たち、ティナちゃんをお誘いして大通りのお菓子屋さんへ行きましょう、ってお話していたんです」

「レオナルド様もご一緒しませんか?」

……ナチュラルにミルシェちゃんの名前がないよ!

そして、私はまだ行くとは返事をしていない。

内心でイラッとしたので、両手を広げてレオナルドへと近づく。

幼児必殺のハグ、もしくは抱っこしてのポーズだ。

手っ取り早くレオナルドの注意を私へと向ける一つの手段である。

「ティナはみんなとお菓子屋さんに行きたいのか?」

……行きたくないよっ!

目論見どおり自然な動作で私を抱き上げたレオナルドに、念を込めてジッと黒い目を見つめる。

……気づいて、レオナルドさんっ! お兄ちゃん歴半年のレオナルドさんっ! 妹の 内心(ほんね) ぐらい、気づいてっ!! 目と目で通じてっ!

などと考えつつ、口では別のことを言う。

私は空気の読める日本人だ。

場を壊すようなことは言えない。

ある意味でははっきりとしたお断りの言葉を言えない日本人の性質が、まだ私の日本人魂に根強く残っていた。

自分では言い難いお断りを、レオナルドに言わせようとしているのだから、私の性格も褒められたものではない。

その自覚はあるので、見逃してほしい。

困った時の 兄(レオナルド) 頼みである。

「何かご用があってレオにゃルドさんが迎えにきてくれたんれしょ? やっぱり、寄り道はだめれすよね?」

……お願いだから、ダメだと言って。

そんな念を込めまくった目で見つめていたのだが、所詮レオナルドはレオナルドだった。

変に鈍くて私に対しては不味いぐらいに甘いレオナルドには、「彼女たちと寄り道したくないです、断ってください」という私の念のこもった視線は「寄り道したいな。いいよね? いいって言って、お願いお兄ちゃん」という逆の意味に取られてしまったようだ。

「俺が迎えに来たのは、丁度いい時間だったからだぞ。ティナが行きたいんなら、お菓子屋さんに行こうか」

……えええぇえええぇええええっ!?

言い難いお断りをレオナルドに言わせよう作戦は、実にあっさりと失敗に終わった。

こんなことなら、最初から適当な理由を作って自分で断ればよかった、と八つ当たりでレオナルドを睨んでいると、レオナルドは空いている方の手でミルシェの手を握る。

レオナルドの中では、私とミルシェはすでにセットらしい。

エルケたちは名前を出さなかったが、当然私と一緒に行くと考えていたようだ。

……プラマイゼロです。ちゃんと自分で断らなかった私も悪いし。

戸惑った顔をしてこちらを見上げているミルシェに、にぱっと笑ってみる。

それから、店にミルシェが入れないかもしれないことを思いだし、レオナルド頬をつつく。

「レオにゃルドさん、ミルシェちゃんとわたしを一緒に抱っこれきますか?」

「できるぞ。子ども二人ぐらい、軽いもんだ」

言うが早いか、レオナルドはミルシェを抱き上げる。

私と視線の高さが同じになったミルシェは、驚いた顔をして私とレオナルドの顔を交互に見比べた。

少し面白くなさそうな顔をしたエルケたちは、お気の毒様である。

……ミルシェちゃんに意地悪するからですよ。

ともあれ、騎士団の制服を着たレオナルドに抱かれた子どもを、貧民だからと追い出せる店はそうはあるまい。

懸念は一応払拭できたので、苦手な女の子たちとの寄り道も今日は楽しむことにした。

レオナルドの財布から全員分のお菓子代が支払われ、今日は私もミルシェも一つずつのお菓子なのだが、やっぱりはんぶんこすることになった。

私の選んだお菓子と、ミルシェの選んだお菓子とをはんぶんこにすれば二種類のお菓子が食べられるという、実に素晴らしい作戦である。

今日はレオナルドという魔法のお財布があるので、遠慮はしない。

バルトたちへのお土産に、という名目で可愛い砂糖菓子を二箱買ってもらった。

「レオナルド様、この路地を抜けた先にある屋台もお勧めなんです!」

立ち止まったエルケが指差す先は、少々薄暗い。

大通りの脇から伸びる路地は、入り口こそ明るいが、奥は日が差し込まず少し湿った臭いもした。

「そっちはダメっれ、レオにゃルドさんが言ってましら」

そうでしたよね? と抱き上げられたままのため、顔のすぐ横にあるレオナルドの顔へと確認をする。

私が通って良い道は、大通りと北の商店街、あとは中央通ぐらいだ。

「確かにダメだとは言ったが、今日は俺も一緒だからかまわないよ」

一人で歩くのは危険だが、今日は大人である自分も一緒だから大丈夫だ、とレオナルドは言う。

私としてはそろそろエルケたちと別れたいのだが、もう一軒寄り道をすることになってしまった。

エルケの案内で抜けた先にあった屋台は、焼き鳥の店だった。

スパイスの効いた焼き鳥は、匂いからして自分に合わない予感がしていたのだが、かぷりと噛み付いて予感は確信に変わる。

……あ、これ苦手なヤツだ。

おそらく料理名としては香草焼きだと思うのだが、使われている 香草(ハーブ) が苦手なタイプのものだ。

香りがきつくて、肉の味がどこかへと吹き飛んでいる。

……オレリアさんのスープは異世界の味がしたけど、これは異次元の味だね。

無理矢理言葉にするのなら、オレリアのスープは『無』だ。

とにかく味がしないが、調味料で味をつければなんとか食べられる。

しかし、この異次元の味がする焼き鳥は、なんというか本当に『異次元』としか思えない。

味の次元が違いすぎて、美味しいだとか不味いだとか味を感じる前に、まずハーブの香りが鼻先を拳で殴ってくる感じがして、味なんて判らないのだ。

……でも、これが苦手なのって私だけっぽい?

レオナルドは普通の顔をして食べているし、お勧めだと言ったエルケはもちろん、普段は服が汚れることを気にするペトロナも文句を言わずに食べていた。

ミルシェも美味しそうに食べている。

「ティナ、食べれないんなら、俺が食べてやろうか?」

「……おねがいします」

苦手なものがあっても出来るだけ食べるようにしてきたのだが、これは無理だった。

レオナルドの申し出を有難く受け、焼き鳥をレオナルドへと渡す。

「ティナはコラルの匂いが苦手なんだな」

「コラル?」

「この少しギザギザが残ってる葉だ。食欲をそそるいい匂いだと思うんだが……」

レオナルドが肉の表面についたハーブを指差す。

目を凝らして見てみると、確かにギザギザの残った葉が鶏肉の表面についていた。

「わたしはこの匂い、ダメみたいれす」

「俺は昔食べた味で、少し懐かしいぞ」

懐かしい味とやらが余程気にいったのか、レオナルドは焼き鳥を三本追加で買った。

路地から大通りへと戻ると、太陽が西へと傾きかけていた。

家が近いので、とペトロナとエルケとはここで別れる。

やっと一息つける、とホッと息を吐き出すと、通りの向こうに黒い犬がいるのが見えた。

……大きな犬。警察犬みたい。

もしくは、アニメや漫画で見たお金持ちの家の警備をしている黒い痩せた犬だろうか。

あれは確か、ドーベルマンとか言う犬種だったはずだ。

「……ティナおねえちゃん、レオナルドおにいさん、今日はごちそうさまでした」

ペコリとお行儀良く頭をさげるミルシェに、砂糖菓子の箱を一つお土産にと言って渡す。

ミルシェの非常食になるのが一番良いが、メンヒシュミ教会に通うことでミルシェが家にささやかながらも幸福を運ぶと判れば、もう少しミルシェの家での待遇も良くなるだろう。

そうであってほしい。

……まあ、ルシオの言うとおりの母親だったら、取り上げられて終わりそうだけどね。

無駄になるかもしれないが、それでも少しでもミルシェが暮らしやすい家になれば良いと思う。

中央通りを抜け、街の北へと帰っていくミルシェの背中を見送っていると、視界の隅を何か黒いものが横切った。

なんだろう、と注意して探してみると、北に向って走る先ほどの黒い犬の姿があった。