軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:レオナルド視点 俺の妹 1

昼食を終えたら砦へ来るように、と言っておいたので、今日はティナが久しぶりに砦へとやって来る予定になっていた。

いつの間にか隔離区画へと出入りするようになっていたティナは、俺の知らないところで砦の人気者になっていたらしい。

あの小さな体でちょこちょこと忙しそうに働く姿が、騎士たちには可愛いと好評だった。

……ちょこちょこ働きまわっていなくても、ティナは可愛いけどな。

短い足でちまちまと俺の後ろを歩く姿も可愛いし、焼き菓子をカリカリと齧る姿も小動物のようで愛らしい。

怒って足を踏んできたり、拗ねて頬を膨らませたりする仕草も最高だ。

……妹って、こんなに可愛いもんだったか?

遠い昔には血の繋がった妹もいたはずだが、歳が近かったせいでティナのように単純に可愛いと歓迎することはできなかった気がする。

遊びに行こうと家を飛び出すたび俺の後ろへと続く妹に、当時は正直疎ましくも思っていた。

……どこかで元気にしているだろうか。

騎士になってから一度元の家を訪ねてみたが、すでに別の家族が住んでいた。

そこには妹の姿はもちろん、父母の姿もない。

俺と血の繋がりのある家族は、本当にどこかへと消えてしまったのだ。

……実の妹には兄貴らしいことはしてやれなかったからな。

その分ティナをおもいきり甘やかしてやろうと思う。

幸いなことに、そこそこに稼ぎのあるご身分だ。

服は仕立屋で何着でも誂えてやれるし、お菓子だって欲しいだけ買い与えることができる。

……いや、甘やかしすぎはいかんな。サロモン様の代わりに躾けるべきは躾けなければ。

そんなことを考えていると、部屋の外で困惑気味な声が聞こえた。

「……団長、ティナちゃんが来ました」

戸惑いを含んだ騎士の声音に 訝(いぶか) しげながら顔をあげると、扉を開けられて室内へと入ってきたティナの姿に思わず噴出しそうになる。

確かにティナが室内に入って来たとは判るのだが、ティナの顔は見えない。

パッと見て、大きなぬいぐるみと色とりどりの箱や袋が宙に浮いているように見えた。

ただ、何もないのに物が浮くはずはなく、横から伸びたティナの手と、下から短い足が覗いている。

「……すごいことになってるな」

こんな感想を漏らしつつ、立ち尽くしているティナに近づく。

両手に抱えられた荷物の山を持ってやったら、ようやくティナの顔が見えた。

大量の荷物から開放されたティナは、ホッとした表情で胸を撫で下ろしている。

「この菓子やら玩具の山はどうした?」

オレリアの家にいる間にも色んな騎士が自主的にティナへと飴を貢いでいたので、なんとなく予想はしていた。

が、さすがに多すぎる。

小さな体でよろよろとふらつきながら 執務室(ここ) まで歩いて来たのだろうか。

「レオにゃルドさんに言われらとおりに、愛嬌ふりまいれたらいたらきました」

暗に半分はおまえのせいだ、と言われた気がする。

しかしホッと息を吐いたあとのティナはこちらの顔を見ることもなく、長椅子の一点を見つめていた。

当てこすられた気がしたのは、気のせいだろう。

「……おにんぎょう」

長椅子に積み上げた貢ぎ物の山から、ティナは白い兎のぬいぐるみを抜き出した。

顔はリアルな造詣をしているが、体は子どもが抱きやすいようにか兎の骨格ではない。

首には青いリボンが結ばれていて、ティナの瞳の色に合わせているのだろうか。

実に粋な演出だ。

贈り主の 意図(いと) 通りか、ティナの関心も引けている。

……お菓子よりティナの興味が向くとは……ティナは兎が好きなのか? それともぬいぐるみか?

おしゃれに対してはあまり関心を見せないティナは、代わりのように食い気はしっかりある。

甘いお菓子を与えれば喜ぶし、野菜スープが毎日続くのは嫌だと自分で味の工夫をしたりもしていた。

好き嫌いの分かれる 味噌(オシミ) も試したがり、自分の口に合うようにレシピの改造もしているぐらいだ。

……ティナは確実に色気よりも食い気だ。

これだけは確信をもって言える。

服や花を買い与えるより、飴や焼き菓子の方がティナは喜ぶ。

それにしても。

……俺の妹は可愛い。

ティナが抱くには少々大きすぎる気がするが、大きなぬいぐるみを抱いた幼女というのはなんとも言えない愛らしさがある。

転ぶ前に支えてやらねばとは思うのだが、よたよたと歩く姿に保護欲を刺激され、つい見守り態勢に入ってしまうのは仕方が無い。

ティナが無心でぬいぐるみを抱きしめたり、モフモフの毛並みを確かめたりしているので、少しぬいぐるみを借りてその毛並みを確かめてみた。

……いい手触りだな。確かにずっと撫でていたくなりそうだ。

ティナも相当気に入っているように見えるので、こういうのが好きなのか、と聞いてみる。

聞かれたティナは一瞬目を丸くして固まると、何を考えているのか表情がくるくると変わった。

何か難しいことを考えているように眉を顰めると、最終的に出てきた言葉は毛並みについての感想だけだ。

特にぬいぐるみが好きだ、という言葉ではない。

……また遠慮されてるのか? ぬいぐるみぐらい何体でも買ってやれるんだが。

モフモフの毛皮を堪能して、ぬいぐるみをティナの手の中へと戻す。

ぬいぐるみを受け取ったティナは、どこかホッとしたような表情でぬいぐるみを抱きしめた。

……手入れが容易で、ティナが抱けるサイズのぬいぐるみ……形は兎以外で。

まずはぬいぐるみが売られている店を調べなければなるまい。

そんなことを考えているうちに、靴屋が納品にやって来た。

……なんでアルフもいるんだ?

靴屋と並んで部屋へ入って来たアルフを見ると、その顔には「妹を呼び寄せて遊んでないで仕事をしろ」とありありと書かれている。

もちろん実際に顔に文字が書かれているわけではないが、長い付き合いなので相手の言いたいことぐらいは判った。

「ご注文いただいたお嬢様の靴でございます。ご確認ください」

執務机に箱から出された三足の靴が並べられる。

どれも可愛らしいデザインをしているが、確認が必要なのは見た目ではない。

「つま先の保護が目的と仰られていましたので、内部のつま先部分を薄い鉄板で囲っております。鉄板は軍靴に使われるものと同質の強度を持っておりますので、お嬢様が望まれたように、何かの拍子に大人に足を踏まれる程度のことでしたら、充分お守りできる固さに仕上がりました」

靴屋の説明を聞きながら、小さな靴を手にとりつま先を指で叩く。

外見はなめし皮の靴なのだが、コツコツと固い音がする。

デザインについてはあまり華美さを求めないティナだが、靴に対しては自分から希望を出してきた。

俺の隣を歩いていると、時々足を踏まれそうになって怖い、と。

だから、うっかり足を踏まれてしまっても痛くないように、つま先の頑丈な靴が良い、とティナは言った。

最初は軍靴が良い、とティナが言ったのだが、女の子なのだから可愛らしい靴にしましょう、と言いくるめてくれた靴屋には感謝している。

父親の代わりにティナを一人前の淑女へと育てると決めたのだ。

愛らしいティナの足に、無骨な軍靴など履かせるわけにはいかない。

「ティナ、おいで」

「はいれす」

一通りの説明を聞き終わり、確認作業も終了した。

最後にティナ本人の履き心地を確認すれば、靴の納品は終了だ。

呼ばれてすぐに飛んで来たティナは、用意された椅子へ腰を下ろし、小さな足置きに足を置いた。

先日靴屋に連れて行った時は自分で履こうとしていたが、今は世話されることにも慣れてきているようだ。

「ぴったりれす」

白い布製の靴を履き、ティナはその場でステップを踏む。

嬉しそうにくるくるとティナが回ると、ワンピースの裾がふわりと広がる。

……うん、俺の妹はやっぱり可愛い。

残り二足の靴の履き心地を確認するティナに、しばらくそれを見守っていたアルフが奇妙なことを言い始めた。

「……つま先を補強した特別仕立ての靴か」

「はいれす。これでうっかり足お踏まれてみょ、痛くありましぇんにょ」

「ちなみに、その靴の本当の『使い方』を見せてもらってもいいかな?」

「いいれすよ。見ていれくらさい」

薄い胸を張ってアルフに靴を自慢したあと、ティナはトテトテと俺の元へと戻って来る。

ついでに両手を広げたハグ待ちの体勢だ。

「レオにゃルドさん、『持って』くらさい」

「『抱っこ』ではなくてか?」

「はい。『持って』れす」

ティナが脇へと手を差し込んで持ち上げる仕草をするので、『持って』で間違いないのだろう。

言われるままに脇へ手を差し入れ、ティナの小さな体を持ち上げると――

「ぐっ!?」

ゴツンっと膝の少し下辺りに強い衝撃を受けた。

あまりの痛みと衝撃に、ついティナを放り出しそうになったが、堪える。

おかしな体勢から抱きかかえることになったので、ティナを落とさないようにしっかりと支えた。

ティナの背中と足を持って下を覗き込んでみるが、俺の足に衝撃を与えるようなものは何もない。

いったい何が、と首を傾げると、腕の中のティナは誇らしげにアルフに笑いかけた。

「この靴は、こうやって使いましゅ」

そう言って、ティナは靴を見せるように足を振る。

鉄板でつま先の補強された靴を履いた足を、だ。

「なるほど、そうやってレオナルドを撃退するのか」

「はいれす。こうやってふしん者をげき退しましゅ」

なにやらイイ笑顔で分かり合うティナとアルフに、思いだす。

……そうだった。ティナは何かあったら足に仕掛けてくる子だった。

注意深く思い返せば、ティナは拗ねると足を踏んできたり、手で足を叩いたりとしていた。

ティナの足は小さいし力も弱いので、叩かれても踏まれてもまったく痛みを感じなかったのだが、なんの効果もないことに毎回ティナが首を傾げていたはずだ。

それに対する解決策が、このつま先の保護という名の強化された靴なのだろう。

……騙された。これは俺に対する攻撃用の特殊装備だ。

そうとわかれば、秋冬用の靴からは外した方がいいだろう。

なにも自分が攻撃を受けると承知で、特別料金を払ってまで付ける仕様ではない。

ティナはなにやらアルフと楽しくおしゃべりをしているようなので、その隙に秋冬用靴の注文を終わらせてしまえば良いのだ。

執務机に並べられた秋冬用のデザイン画を眺めながら材質や仕様についてを靴屋と相談していると、アルフと話していたはずのティナが俺の横へとやって来た。

ティナの身長では、ギリギリ執務机に並べられたデザイン画は覗くことができない。

デザインに興味があるとも思えないのだが、ティナは俺の腕と足の間に体を滑り込ませ、膝の上へと少々強引に乗ってきた。

……なんだ 妹(これ) 。猫みたいで可愛いぞ。

可愛らしくも膝の上を占拠しはじめたティナに、ついほっこりと 和(なご) みかけ、続いた言葉に目が覚める。

可愛らしい妹だったが、ただ可愛いだけではないのがティナだ。

「秋冬用も、同じしようでおねがいしましゅ! つま先、らいじれす」

どうやらティナは次の靴にも俺への攻撃装備を希望するようである。

「……ティナ、そんなに俺を蹴りたいのか?」

「つま先の保ごと、ふしん者のげき退ようれすよ?」

きょとんっとこちらを見上げてくるティナは最強に可愛いのだが、俺はまだ忘れてはいない。

つい先ほどアルフの「レオナルドを撃退」という言葉に対し、ティナが「はい」と答えた上で「不審者撃退」と言っていた。

ティナの中で不審者と俺はイコールで繋がるらしい。

少々どころではなく悲しい。

「秋からきょうかい通うんれすよね?」

「……意地悪だからって、男の子を蹴っちゃだめだぞ」

「大通りは人通りもおおいれす」

「それは否定しないが、ティナの送り迎えには人を付けるから、踏まれるような心配はないぞ」

「冬はおまつりもありゅんれすよね? おまつりなんれすから、人通りもおおいれすよ、きっと」

「……そんなにつま先を頑丈にしたいのか?」

「かかとでもいいれすよ?」

言うが早いかティナは足を大きく振り上げて、そのまま振り下ろす。

ごちんっと大きな音がして、 脛(すね) を踵で蹴られた。

「ぐは……っ!?」

はっきり言って、つま先で軽く蹴られるよりもかなり痛い。

振り上げるのと振り下ろすのでは、力の入り方が違うのだろう。

こちらは痛みを堪えてぷるぷると震えているのだが、ティナはそ知らぬ顔をして俺をジッと見上げていた。

ぷらりぷらりとティナの足が再び揺れ始めているということは、己の要求が通るまでは何度でも踵の破壊力を教えてくれる気なのだろう。

「……つま先にしておこう」

踵を頑丈にしておもいきり蹴られるよりは、まだつま先の方が被害は少ない気がする。

被害者が俺であれ、誰であれ、きっとつま先で蹴られる方が少しはマシなはずだ。

……誤差の範囲で、だけどな。