軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジャン=ジャックの買い物 2

通り過ぎる道や目に付いた店について聞いているうちに、馬車は路地裏へと入り込む。

段々道幅が狭くなり、窓から見える建物も薄汚れたものに変わった。

建物同士の距離が近く、太陽の光が届き難くて薄暗い。

窓を閉じているから判らないが、きっと湿った臭いがするのだろう。

馬車が止まった店は、みすぼらしい店構えだった。

古ぼけた看板があり、窓は拭かれていないのか白く濁っている。

厚いカーテンが閉められ、中は見えなかった。

……お休みかな?

カーテンが閉まっているのだから、休みなのだろう。

私は単純にそう考えたのだが、ジャン=ジャックはそうは思わなかったようだ。

別段カーテンが閉められていることを気にする風もなく、ジャスパーに伴われて馬車から出て行った。

「……お店、お休みらないんれすか? カーテンが閉まってましゅけろ」

「この辺りの店は、客商売じゃないからね。おおっぴらに開いている店の方が珍しいし、そういった店ならこんな奥まった場所には構えないよ」

「つまり、おおっぴらにや商売がれきないお店、ってことれすか」

アルフの説明からすると、そういうことなのだろう。

路地裏の奥まった場所に、開店しているかどうかもわからない薄汚れた店構え。

普通に客を意識した店であれば店構えは綺麗に整えるし、店を開くにしても通りに面した場所を選ぶはずだ。

「古物商、と言ったところかな。使わなくなった道具や装飾品を客から買い取ったり、売ったりする店だ」

「中古用品店れすね」

「少し違うけど……まあ、広い意味では同じかな。この店で様々な物を買い取って、より高く売れる店へと商品を卸す。中古用品店にとって問屋の一つみたいなものかな」

なんとなく理解した。

この薄汚れた店で客から商品を買い取り、それを他の店へ持っていって売るということだ。

……うん? 中間マージンが収入ってこと?

それだと、売る側としてはこの店に売らず、最終的に品物を売ることになる店へ直接持っていった方が高く売れるのではないだろうか。

そう思ってアルフに聞くと、少し私は勘違いしていたらしい。

客が商品をこの店で売る目的は金銭だけではなく、間にこの店を挟むことで売った自分の姿を隠すことが目的とのことだった。

「……自分が売っらことお隠したい、って 碌(ろく) にゃものじゃない、ってことれすか?」

「ジャン=ジャックはその自覚があったからこそ、この店で売ったんだと思うよ」

……ジャン=ジャックは、何を売ったの? それがレオナルドさんを怒らせた原因?

しかし、ジャン=ジャックの目的は解った。

一度この店へ売った物を買い戻したくて、隔離区画を出たかったのだろう。

そこに私を同席させた理由は解らないが、レオナルドがそれを許し、ジャン=ジャックにとって意味があるのなら、もう少し付き合っても良い気がする。

アルフと他愛のない会話をしながら待っていると、疲れた顔をしたジャスパーが馬車へと戻ってきた。

「ジャン=ジャックが暴れ始めた。あとは 騎士(あなた) に任せる」

「解った」

ジャスパーと入れ替わりでアルフが馬車を降りる。

向かいの座席に座ったジャスパーは、心底疲れたとでも言うように深く溜息を吐いた。

……ジャン=ジャック、暴れる元気なんてあったんだね。

耳を澄ませると店の方から時折物が壊れる音がする。

これの発生源がジャン=ジャックだとすると、砦に戻ったらまた地下室へ入れられるか懲罰房に入ることになるのではなかろうか。

落ち着かない気分で店の方を眺めていると、ふいにジャスパーから話しかけられた。

「……おまえ、メイユ村の人間だったのか」

「はい?」

なんですか、突然と首を傾げる。

必要なこと以外では滅多に口を開かないジャスパーからの問いかけに、思わず聞き返してしまった。

「確かにわらしはメイユ村の生まれれすけど、どこれ聞いたんれすか?」

「ジャン=ジャックが、店の中でそんなようなことを言っていた」

……古物商の店で、メイユ村の話をするって、なんだろうね?

ますます 理由(わけ) が判らなくなり、首を捻る。

ジャン=ジャックが古物商でメイユ村の名前を出すことも理解できないが、ジャスパーがメイユ村について聞いてくるのも理解ができない。

いったいなんの意味があるのだろうか。

「メイユ村は今回のワーズ病で滅びたと報告にあったが……」

「ああ、そのことれすか」

ジャスパーがメイユ村を気にする理由はあっけなく判明した。

セドヴァラ教会宛のワーズ病に関する報告書にでも、その名前が記載されていたのだろう。

メイユ村は騎士団が今回の病を最初に確認できた場所でもある。

「メイユ村はわたしお残して全滅しましら。お父さんが最後まれ頑張ってくれてたんれすけど、たまたま村に来たレオにゃルドさんを見れ安心しらのか、結局死んでしまいみゃした」

「……ダルトワ夫妻も死んだのか?」

「ほへ?」

意外なところから出てきたダルトワ夫妻の名前に、思わず変な声が出た。

まさか村を出てから、村で親切にしてくれた夫妻の名前を聞くことになるとは。

「オーバンさんたちを知ってりゅんれすか?」

「俺は逆におまえがダルトワ夫妻と聞いてオーバンさんたち、と名前が出てくることにびっくりだ。あの夫妻は、村では煙たがれていたはずだろ」

「うちも村長ろ嫌がりゃせで 除(の) け者にさえてたかりゃ、オーバンさんらちとは仲が良かったんれすよ」

ウラリーおばさんの玉子焼きは最高です、と続けると、ジャスパーは少しだけ表情を緩めた。

……あ、ちょっと笑ってる。珍しい。

ジャスパーが愛想笑い以外で笑っているのを初めて見た。

いつも澄ました無表情か、作り笑いを貼り付けているところしか見たことが無いので、少し新鮮だ。

「オーバンさんたちは、除け者にさえてたおかげれ感染はしにゃかったんらけど、感染しら村人を看病しらして、そうしたりゃ……」

結局感染を移されて死んでしまった。

ダルトワ夫妻の最期について話すと、ジャスパーはそうか、とただ一言だけ漏らした。

「昔付き合いがあったから、少し気になってはいたんだ。思いがけず夫妻の最期が聞けて良かった。ありがとう」

散々除け者にされたにも関わらず、村人を見捨てられなかったために病気を移されて死んだ。

実にあの夫妻らしい間抜けな最期だ、と言葉は悪いのだが、ジャスパーが本当に夫妻の死を悲しんでいるのが判った。

軽く目を閉じたのは、黙祷でも捧げているのかもしれない。

「ジャスパーは、メイユ村の出身らの?」

「十年以上帰っていないが、出身地と言えば出身地だな」

ダルトワ夫妻の家で夕食をご馳走になったことが何度もある、と語るジャスパーに、なんとも不思議な気分になった。

ジャスパーが少しだけ頻繁に里帰りをしていたら、私と一緒にダルトワ夫妻の夕食に招かれていたこともあるかもしれないのだ。

もしそんなことがあったのなら、私は今頃『ジャスパー』とではなく、親しみを込めて『ジャスパーおじさん』とでも呼んでいたかもしれない。

会話は弾まないながらもポツポツとジャスパーと話をしていると、アルフがジャン=ジャックを引きずって戻ってきた。

まだ話はついていない、とジャン=ジャックがアルフの手を振りほどいて店に戻ろうとするのを、アルフが足を引っ掛けたり、首根っこを掴んだりとして止めている。

「ジャスパー、交代だ。ジャン=ジャックが暴れた店の中を消毒してくれ」

「了解した」

手際よく座席に乗せた機材と消毒液を準備し、ジャスパーが馬車の外へと運び出す。

仕組みは解らないが、パッと見た印象は前世で見た除草剤を撒く銀色の缶だろうか。

まったく同じ物ではないが、似たようなものだと思う。

背負い紐のついた缶に、馬車の外で薬品同士を混ぜ合わせた物を注いで蓋をする。

「ジャン=チャックはなんれ暴れらの?」

店の中へと入っていくジャスパーを見送り、入れ替わりに馬車の中へと押し込められたジャン=ジャックへと視線を向けた。

私の視線を受けたジャン=ジャックは、気まずげに顔を逸らして唇を引き結ぶ。

どうやら理由を話す気はないらしい。

「……買い戻したい物があったんだけど、それはもう他へ売られたあとだったんだ」

ジャン=ジャックの代わりに答えてくれたのはアルフだった。

一度暴れた手前、ここまでのように自由にはさせておくことはできないのか、アルフはジャン=ジャックの手に 枷(かせ) を嵌める。

「ジャン=ジャックは店主からそれを売った相手を聞き出そうとして、揉めた」

「それは……無理ない話しれは?」

確か売った人間を隠すために、路地裏の隠れた店に来たのだろう、という話だった。

そんな店の商品を買う人間なら、商品を買う側も買ったことは隠したいかもしれない。

それに、この世界での個人情報の取り扱いは判らないが、商人は信用が第一だ。

顧客の情報など、安易に洩らすことはできないだろう。

そんなことよりも。

「……結局、なんれわたしがジャン=チャックの買い物に付き合わされてりゅんれすか?」

「それはジャン=ジャックの口から聞いてごらん」

にっこりとした微笑を浮かべ、アルフがそう促す。

顔は確かに笑っているのだが、目はまったく笑っていない。

レオナルド同様、アルフもジャン=ジャックには相当怒っているらしかった。

自分が怒らせたわけではないと判っていても、少し怖い。

「ジャン=チャック、レオにゃルドさんから何か聞いれましゅか?」

アルフは教えてくれそうにないので、促されるままジャン=ジャックに聞いてみる。

私の問いにジャン=ジャックは一瞬だけ答えようとして口を開くが、すぐにまた口を閉ざした。

何かよほど言い難いことがあるらしい。

馬車の中で待っているだけで時間はたっぷりとあったので、辛抱強くジャン=ジャックが何か言う気になるのを待ってみる。

結局ジャン=ジャックは、ジャスパーが戻ってくるまでムッスリと唇を引き結んで何も言わなかった。

不機嫌顔で口を閉ざし続けるジャン=ジャックに困っていると、アルフが「砦に帰ったらもう二・三発覚悟しておけ」と呟く。

それを受けて、これまでずっと黙っていたジャン=ジャックは一言「ういっす」と返事をした。

結局私がジャン=ジャックの外出に付き合わされた理由を聞いたのは、レオナルドの口からだった。

父の遺体と一緒に埋めた指輪を、何故かジャン=ジャックが拾ってあの店で売り飛ばしたらしい。

……埋葬品を売り飛ばすとか、ありえなさ過ぎてレオナルドさんから話を聞いても、しばらく理解が出来なかったよ。

ただ、ジャン=ジャックが私に対して頑なに口を閉ざしていた理由はわかった。

見知らぬ人間の埋葬品なら良心は痛まなかったかもしれないが、売り払った遺品の本来の所有者が目の前にいたのだ。

それは確かに色々気になり始めるかもしれない。

……まあ、でも? 犬に掘り起こされそうになっていたお墓を埋めてくれたらしいし、レオナルドさんは気にしてたけど、一度埋めちゃったものだしなぁ?

埋葬品を売り飛ばすのは正直人としてどうかと思うが、一度父の遺体とともに埋めたものだ。

指輪の価値はわからないが、今の私に必要なものでもない。

深く反省しているようだし、私の代わりに殴っておいてとレオナルドにお願いもしておいたので、無理に買い戻す必要はないと思う。

ただ、この人は埋葬品を売り払ってしまうような人なのか、とジャン=ジャックに対して一生消えない不信感が芽生えただけだ。

……あ、違う。私、やっぱり怒ってる。

頭は冷えているのだが、やはりショックだったのだろう。

理性ではジャン=ジャックの行いを流そう、一応は許そう、と思っているのだが。

お腹の底でふつふつと燻るような感情がある。

考えないように頭の片隅へと指輪のことを追いやるのだが、その度にイライラと胸焼けがした。

理性と本音の間に折り合いが付かず、この日久しぶりに熱を出した。

知恵熱だろうか。

レオナルドに引き取られることになって、初めての高熱だった。