軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

死に逝く村 1

ニコラの葬式は、ささやかに行われたらしい。

らしい、と言うのは、我が家へはなんの知らせもなかったからだ。

相変わらずの 村八分(むらはちぶ) 中につき、葬式への参加もお断りだ、ということだろう。

謎の病原菌が存在するらしい家の外へ出なくて良いのなら、それに越したことはない。

……せっかくマスクモドキを作ったんだけどね。

自作のマスクは耳にかけるためのゴムがないので、『マスク』と聞いて日本人が想像するマスクの形はしていない。

どちらかと言うと、ハンカチで顔の半分を隠す昭和ドラマの銀行強盗のような形状だ。

鼻と口の部分に厚く布をつめこみ、頭の後ろで縛って完成、といった『マスク』と呼ぶのもおこがましい代物だった。

だからこそ、語尾に『モドキ』とつけている。

私の家族とダルトワ夫妻の分のマスクモドキを並べ、そっとため息をはく。

マスクが用意できていたので、外に出られないのは少しだけ残念だ。

まだ村の一員だと認められないのか、と葬式に呼ばれなかった両親が少し肩を落としていたが、今回に限っては正解だろう。

ただ、だからと言って本当に何もしないのはさすがに薄情だと思うので、家の中からではあったが、家族みんなでニコラの冥福を祈った。

さらなる異変は、ニコラの葬式から数日後に起こった。

マルセルが死んで、村長が寝込んだのだ。

可愛がっていた孫を失って気落ちしたのだろう、と最初はみんなそう思ったが、何日も高熱が続き、一度回復したと思ったら全身がかゆいと言い始める。

マルセルと症状が同じだった。

村長が再び寝込むようになると、その看病をしていたマルセルの母親も同じ症状で寝込んだ。

家の 女手(おんなで) が足りなくなったから、とマルセルの父親が村人の手を借りようとしたところ、村人が何人も同じ症状で寝込んでいることを知る。

こうなってくると、さすがに村人も気が付いた。

自分たちの村で、なにかが起きている、と。

……小さい子の居る家と、その母親から移ってるのかな? あとは、マルセルとニコラの親戚筋。

オーバンさんが仕入れてくる家の外の様子に、暇つぶしを兼ねて外で起こっていることを纏める。

当初の目的は村長から隠すために家へ閉じ込められていたが、今は謎の病気を避けるために閉じ込められていた。

……パンデミックって言うんだっけ? 病気とかが爆発的に広がるの。

そんなことを考えながら家に閉じ込められていると、ある日父が村長の訃報を持ち帰った。

……死ねばいいのに、って思ったことあるけど、こんなことで死ぬのなんて望んでなかったよ。

嫌な思いばかりさせられた村長ではあったが、やはり人が死ぬということには、心にくるものがある。

悲しくはない。清々した。

そう思うのが、これまでに私たち家族が村長から受けたことを思えば、当然なのだろう。

けれど、とてもそうは思えなかった。

一度ぎゃふんと言わせて、両親への行いを詫びさせたかったぐらいだ。

本気で死ねばいい、などと思っていたわけではない。

村長が死んで、両親とダルトワ夫妻は少し安心したのだろう。

冬の間は家から出ることを禁じられていたが、病人のいる家へは近づかないことを条件に外出を許可された。

せっかくなので、と自作したマスクモドキを付けて外に出る。

薄く雪の積もった久しぶりの外だった。

「あ、雪苺!」

久しぶりの山に入り、木の下でこんもりと膨れている雪を掻き分ける。

雪の下には赤と黄色の、木苺に似た草の実が隠れていた。

村では雪苺と呼ばれている実だ。

雪に埋もれてからようやく実をつける、植物としては謎の生態をした雪苺を見つけ、周囲の雪山を掘り起こす。

「いっぱい、ある」

雪を掘れば掘るだけ出てくる雪苺に、嬉しくなって口も軽くなる。

普段は 独(ひと) り 言(ごと) など、しゃべる練習でもなければしないのだが、自然に口が開くぐらいには久しぶりの外出と大量の雪苺に浮かれていた。

あっと言う間に手提げ籠いっぱいになった雪苺を見つめ、改めて周囲を見渡す。

不自然な雪山は、そこかしこにある。

まだまだ雪苺は採れそうだ。

「今年、雪苺、豊作?」

毎年村の子どもたちが競うように採取するため、私が採れる量はそれほど多くないのだが。

今日は他の子どもがいないせいか、たっぷりと収穫できた。

……違う。豊作じゃなくて、みんな寝込んでるんだ。

私以外の足跡がほとんどない足元を見つめ、愕然とする。

いつもであれば、どれが私の足跡なのかもわからない程に踏み荒らされる雪道が、今年は綺麗なままだ。

……もしかして、村の子ども全員寝込んでるの?

そうでなければ、私のように謎の病気を避けるため家に閉じ込められているか、だ。

「……どうしようかな?」

手提げ籠の雪苺と、雪苺が隠れているであろう雪山を見つめ、しばし考える。

考えが纏まると、ポテポテと雪道を駆け出して、村へと戻った。

村長のせいで我が家は村八分な目に合わされていたが、それは徹底されたものではない。

もとから評判の悪い村長への反抗心があったのか、気が小さかっただけか、本当に困った時には隠れて手を貸してくれた村人が何人かいる。

その村人たちも病気で寝込んでしまったらしいということで、近頃の両親とダルトワ夫妻は村人の看病に出かけている。

母のクロエが看病に来ているはずの家の扉を叩き、中から扉が開かれるのを待った。

「あら、ティナ。雪苺を採りに裏山に行ったはずでしょ? どうしたの?」

「雪苺、いっぱい。おじさんたち、あげる」

雪苺がいっぱい採れたので、病気の家の人にお裾分けに来た。

そう言いたいのだが、『お裾分け』という単語を知らないし、発音にはまだまだ自信がないので、いつもの片言トークだ。

ん、と手提げ籠を差し出すと、母は私の意図を汲んでくれたらしい。

雪苺を別の入れ物に移すと、手提げ籠を返してくれた。

「雪苺を持って来てくれるのはいいけど、ティナ? 病気の家には近づかないで、って言ったわよね?」

「マスクモドキしてる、へいき」

顔半分を隠す自分のマスクを指差し、母の首にスカーフのように巻かれたマスクを指差す。

「かーさん、マスクモドキ、する。首に巻く、ちがう」

眉を寄せ、腰に手を当てて頬を膨らませる。

怒っていますよ、のジェスチャーのつもりだ。

漫画などではよく見る仕草だったが、実際に使ってみたらどうなのだろう? と思っていたが、意外にも通じた。

大人がやるにはどうかと思うあざとい仕草だが、今はまだ見た目が幼女なので見逃してほしい。

あと数年もすればちゃんとしゃべれるようになっている予定なので、そうなったら卒業する予定の仕草でもある。

「だってコレしてるとしゃべり難いんだもの」

「ダメ、ぜったい」

病気の感染ルートがまだ判らないのだ。

思いつく限りの自衛はした方が良い。

……ホントなら、昔のペストマスクみたいなのが作れた方が安心なんだけどね。

顔を覆うペストマスクが作れれば、少なくともむき出しになっている目からの感染は防げるはずだ。

空気感染は今の装備ではどうしようもないが、飛沫感染であればマスクモドキでも多少は防げる。

本当に、気休め程度の対処でしかなかったが。

マスクモドキを正しく装着するまでここを離れないぞ、と睨んでいると、根負けした母がスカーフのように巻いていたマスクを口元に戻す。

それを確認してから、次に雪苺を届ける家を確認した。

「おとーさん、どこ?」

「サロならアントンさんのところよ。アントンさんのところは夫婦で寝込んでいるみたいだから」

「わかった」

次の目的地が決まり、くるりと母に背を向ける。

そのまま裏山へと走り出すと、背後から母の声が聞こえた。

「どこへ行くの?」

「雪苺、いっぱい、あった。採って、あげる」

本当は「雪苺がいっぱい 生(な) っているので、 採(と) ってきてアントンさんに分けてあげる」と言いたいのだが。

今の私には、まだ流暢に言葉を話すことはできない。

言葉足らずではあったが、母は私の言いたいことを理解してくれた。

雪道に気をつけて、と一度大きく手を振ると、家の中へ戻っていった。