軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アルフレッドの帰還 1

……そういえば?

チクチクとレオナルドのシャツを縫っていて、思いだすことがあった。

今思えばと言うのか、ようやく周囲のことへ思考が向くようになってきたと言うのか、冬の間にサリーサはせっせと刺繍をしていたはずだ。

カリーサは私のワンピースの襟へと刺繍を入れてくれたりとしたが、サリーサがしていた刺繍はどう考えても 少女(わたし) 向けではない。

大人の女性向けの上品な花の刺繍というのなら、アリーサへ贈ったのかとも思うのだが、あれは剣と盾にケルベロスまで刺繍されていた。

どう考えても、グルノール砦の黒騎士向けの刺繍だ。

ならばレオナルド宛てかと考えて、使用人であるカリーサがレオナルドへは刺繍を用意していなかったことを思いだす。

ということは、同じく使用人であるサリーサも、主であるレオナルドへは刺繍を贈らないだろう。

……知らないところで、春が来てる?

まだイリダルに贈ったという可能性はあるが、ケルベロスをイリダルには贈らないだろう。

ケルベロスはグルノール砦の 象徴(シンボル) だ。

イリダルに贈る理由がない。

誰に刺繍を贈ったのか、と好奇心からサリーサに聞いてみようと針を針山へと刺す。

春の終わりにあるレオナルドの誕生日に贈る予定のシャツは、急ぐものではないのでとりあえず後回しだ。

「どうした?」

「ちょっと、今日のおやつを偵察してきます」

椅子から立ち上がると、私が動いたのが判ったらしい。

アーロンが顔をあげたので、適当なことを返しておく。

いつもはサリーサが私の側に控えているのだが、おやつの時間だけはミルシェが 女中(メイド) として私の側にいた。

そのため、午後一番のサリーサは台所にいることが多いのだ。

館からは出ないので部屋で待っていてくれて大丈夫ですよ、とアーロンに言って部屋を出ようとしたら、外からドアをノックされた。

「はい、どなたですか?」

「サリーサです。ティナお嬢様にお客様がいらっしゃいました」

「お客様?」

はて、誰だろう? と首を傾げていると、アーロンがドアを開けながら「アルフレッド様だろう」と教えてくれる。

目が不自由になった代わりに、アーロンの聴覚は鋭くなったようだ。

下の階からアルフレッドの声が聞こえる、と言うアーロンに、サリーサも客がアルフレッドであると認めた。

「こんにちは、アルフレッド様」

意識して背筋を伸ばし、アルフレッドに淑女の礼をする。

近頃は 淑女(ねこ) を脱ぎすぎである、とそろそろ自覚してきたので、少しずつ改めていきたい。

こういうところも、歳相応に扱われない原因だと思うのだ。

……せめて、見た目年齢ぐらいには扱われたいです。

居間ではなく応接室に通されたアルフレッドは、今日は本当にお客様として来ているのだろう。

アルフレッドの護衛を兼ねて来たのか、砦で働いているはずのレオナルドも一緒だった。

「なんだか、本日は改まったご用件なのですか?」

「ああ。そろそろ王都へ戻ることになったから、その挨拶にな」

「……わかりました。ランヴァルド様を荷造りしてきます」

被ったばかりの 淑女(ねこ) は今日も元気に脱げてしまう。

レオナルドが同行している気配をどこかから感じ取ったのか、タイミングよく応接室へとランヴァルドが顔を出したので、その腕を捕まえる。

一緒に帰れ、と笑顔でランヴァルドを見上げると、ランヴァルドは頬を引きつらせた。

「それは無理に連れ帰っても、また逃げそうだからいらん」

王都までの旅程で脱走を警戒する労力に見合わない、とアルフレッドにはランヴァルドの回収を拒否されてしまう。

なぜかいつまでも館にいるランヴァルドを追い出すよい機会かと思ったのだが、残念だ。

ランヴァルドがいると、私のレオナルド分が一割ぐらい減る。

「たしかに、絶対に脱走しそうですよね。見張りもよく出し抜かれていますし」

ランヴァルドには見張りを兼ねて白銀の騎士が二人も付けられているのだが、今も彼らの姿はない。

ランヴァルドがどこからレオナルドの気配を嗅ぎつけて応接室へとやって来たのかは知らないが、見張りというのなら同時に到着するぐらいの働きは見せてほしいものである。

「それよりも、なんだかんだと城主の館にいついているし、このまま使用人として雇ったらどうだ?」

脱走を警戒しながら連れて帰って、また王都から失踪されて行方不明になられるよりも、城主の館で使用人として雇い、居所が把握できている方がアルフレッド的にはいいらしい。

いざという時に連絡が取れるのなら、公的には死んだことになっている王子を、今さら連れ戻す意味もないのだ、と。

「ランヴァルド様を使用人に、ですか?」

「館の使用人が少ない、と以前から言っていただろう。叔父上ならクリスティーナも慣れているし、男手は男手だ」

ついでに付いてくる白銀の騎士二人も戦力として数えていい、と言われると少し考えてしまう。

城主の館が万年人手不足なのは今に始まったことではないが、結局人手が足りないと気付きながらも今日まで人を増やせていないのだ。

人手が足りない時にはアルフやアルフレッドが使用人を貸してくれていたため、それに甘えているのが一因にある。

私のお尻に火が付いていないため、結局は人見知りに負けて人を本気で増やそうとはしてこなかったのだ。

「人手が増えるのは魅力的な提案ですが、ふらりといなくなるようでは困ります」

「いい大人なんだから、そんなことはしないだろう」

「そんなことをしたからこそ、フェリシア様は激怒したのだと思います」

私はあの時のフェリシアの顔が未だに思いだせない、と言っていて気が付いた。

誘拐されていた二年間の記憶がないが、フェリシアの憤怒の表情も私の頭の中から消えている。

私にとってフェリシアの憤怒の表情は、誘拐による恐怖と同等だったらしい。

……そう考えると、ちょっと外出もできるようになる気がするね。

美人の怒り顔が怖かった。

誘拐はそれと同じぐらい怖かった。

こうやって小さなことのように脳へと誤認させると、なんとなくだが外出もたいしたことではないように感じてくるのだから不思議だ。

……や、思うほど簡単にはいかないだろうけど。

それていく思考を繋ぎ止めるように、掴まえたランヴァルドの顔を見上げる。

ふらりと居なくなりますか? と聞くと、いい大人が職場を辞すのに挨拶も無しなわけはないだろう、と苦笑いを浮かべられた。

「これでも毎回仕事を辞める時は、ちゃんと筋を通してから辞めているぞ」

「家は黙って出て行くのにですか?」

「家出と仕事を辞めるのは別だろう」

「家を出る時も筋を通してからにしてください」

クリストフとフェリシアが怒っていた、ととどめを刺すと、ランヴァルドは気まずげに目を逸らし、その背後に遅れてやって来た見張りの二人は音を立てずに拍手をしている。

もっと言ってやってくれ、と言うところだろう。

「そんなわけですので、辞める時はゆとりプランで、三ヶ月前には言ってくださいね」

「常時契約の使用人がバルトとタビサだけってのは問題だからな。辞めるにしても、後任が育つまでは居てやろう」

契約成立、とばかりに掴んでいた手を離してランヴァルドと握手をする。

誰からも不服の声は上がらなかったのだが、レオナルドだけが頭に疑問符を浮かべた。

「自然な流れで雇用が決まったが、ランヴァルド様はそれでいいのですか? 仮にも王子が……」

「王子といっても、公式には死んでいる身だし、いつまでも客分扱いで滞在、ってのも落ち着かないからな。仕事があるのはありがたい」

レオナルドの影武者としての仕事は終わったが、まだまだグルノールにいる予定なので、仕事に就けるのは大歓迎なのだそうだ。

城主の館で働くと、職場で衣食住が賄えるというのもありがたいのだとか。

「働かざるもの食うべからずって言いますけど、王族が積極的に働きたがるっていうのも、なんだか不思議ですね」

一応使用人の仕事なのだが、いいのだろうか。

雇うことを決めた身ではあるが、冷静に考えると疑問が湧いてくる。

元とはいえ、王族を使用人として雇うなんて、と。

「むしろ、うちの家系らしいとも言えるな」

働かなければ王族としての利権が認められず、働くためには一定水準の学と領地経営の実績を求められ、王爵を得てようやく一人前として数えられるのがイヴィジア王国の王族だ。

王爵を得るだけの力のない成人王族は、王に物として扱われる。

物といっても、無機物として扱われたり、暴力を振るわれて壊されたりするわけではない。

一番解りやすい使い方としては、政略結婚の駒だ。

ベルトランが王族の流れをくむ姫君を妻に迎えたというのも、これである。

そして、王族は王に逆らえないが、王爵になると王にも逆らうことが許されていた。

アルフレッドやフェリシアが近年まで婚姻を結ばずにのんびりと相手を選んでいられたのも、王から相手を押し付けられないから、という部分がある。

王であっても、親であっても、働く者にはそれなりの権利を認めてくれるのがイヴィジア王国だ。

王族という立場を捨てて逃げたランヴァルドにも、この精神は一応根付いていたらしい。

むしろ、市井に混じって生きてきたからこそ、勤労の大切さを知っているのだろう。

「……働く気があるのなら、どうして死んだ振りまでして家出したのですか?」

「大人には大人の事情があるんですよ、ティナお嬢様」

ランヴァルドからの呼びかけに、早速『お嬢様』が追加された。

ランヴァルドはタビサたちに合わせて『ティナ』と呼んだのだと思うのだが、これはアルフレッドが『クリスティーナ』と訂正する。

いつまでも愛称呼びの子ども扱いでは、困るそうだ。

……あ、レオナルドさんが目を逸らした。

私を『ティナ』と愛称で呼び、子ども扱いをしている筆頭がレオナルドなのだから、耳が痛かったのだろう。

……それにしても、大人の事情か。

言われてみれば、確かにそうなのだろう。

ランヴァルドの出奔は葬儀まで行われており、墓もある。

クリストフはランヴァルドが生きていることを知らなかったので、手引きしたのはクリストフではない。

離宮の隠し通路の出口に「使った形跡があった」という話をした後で、ランヴァルド向けのメッセージを『お化け避けの御札』としてくれたのはエセルバートだ。

父親であるエセルバート公認で、ランヴァルドは出奔したのだろう。

ということは、ランヴァルドを捕獲できたとしても、王都へ強制送還する必要はない。

「ふむ。雇用が決まったということは、部屋は客間から屋根裏部屋に移るか」

「屋根裏は 女性(サリーサ) が使ってるから、駄目ですよ」

屋根裏は使用人の部屋、とレオナルドに以前から言われていたが、これは拒否しておくところだろう。

年頃の女性の部屋が、すぐ近くにあるのだ。

男性の部屋など、近くに配置するべきではない。

「クリスティーナ様は、なんのために屋根裏部屋が左右に分かれて三つずつあると思ってるんですか。廊下を挟んで左右に同じ数だけある屋根裏部屋は、男女を分けるための廊下ですよ」

「……そうなのですか?」

ランヴァルドの言うことなので、とついアルフレッドへと確認を求める。

ランヴァルドの発言を最初から疑った私に、アルフレッドは苦笑を浮かべながら大筋を認めた。

城主の館は廊下を挟んで南北に部屋が分かれているが、家によっては屋根裏の中央に壁を作り、男女で別々の階段を使って完全に男女の生活空間を区切っている場合もあるそうだ。

「わかりました。ランヴァルド様……ではなくて、ヴァルドさんの部屋は屋根裏部屋に……え? 本当に屋根裏部屋でいいのですか? わたくしが言うのもなんですけど、屋根裏は使用人が使うものだとレオナルドお兄様が……」

「その使用人なんですから、問題ありませんよ」

ついでに言うと、屋根裏部屋の狭さが落ち着く、というランヴァルドに妙な親近感を覚える。

市井に混ざって長いからか、ランヴァルドの感覚は随分と庶民的になっているようだ。

「では、ヴァルドを使用人として雇用します。部屋は屋根裏の北側から好きな部屋を選んでください。主な仕事はバルトの補助、辞める際には突然いなくなったりせず三ヶ月前には申告を、できれば新しい人が見つかるまではいてください」

アルフレッドに『ヴァルトさん』から『さん』を取られ、雇用契約の確認をする。

給金についてなどの細かい話はレオナルドへ丸投げだ。

うちで使用人を増やす場合には、ほとんどの時間を館で過ごしている私との相性が大切になってくる。

雇う人間を選ぶのは、私の判断に委ねられていた。

「……本当に、王族を使用人として雇うのか」

「駄目ですか?」

「ティナとランヴァルド様がいいって言うのなら、俺は反対しないが……」

反対はしないが、本当にいいのだろうか、という疑問は拭い去れないようだ。

私だって、冷静に考えれば本当にいいのだろうか、と突っ込みたくなる。

「ラン……いや、ヴァルドが平民に戻るのなら、カールとライナルトはどうする?」

「その二人は本来クリスティーナの護衛としてグルノールへ送ってきている。このままグルノールに置いても問題はないだろう」

私が外出する際には護衛としてついて行かなければ困るが、普段はランヴァルドの周りにいてもいいらしい。

館にいるぶんには護衛が必要な事態などそうは起こらないと思うので、私としてはなんの不満もない。

というよりも、あまり周囲に人が多くても落ち着かないので、常時誰かが付くというのなら、慣れたアーロンが一人居てくれるぐらいで丁度いい。

護衛はアーロン一人でも、護身術も身に付けているサリーサが常に一緒にいてくれるのだ。

これ以上の護衛は、過剰ともいえる。

「……連れ帰ってくれていいんだぞ」

「ご自身のことをですか?」

なんとかカールとライナルトを追い返そうと、ランヴァルドがアルフレッドを唆す。

それに対してアルフレッドは本当に綺麗な笑みを浮かべたのだが、その顔には見覚えがありすぎた。