軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レオナルド視点 エノメナの球根と消えた小鬼

俺がアルバートから外の様子を聞いている横で、ティナとベルトランは無言で交流を深めていたようだ。

時折視界の隅で動くものがあるとは思っていたのだが、アルバートと当面の方向性が決まって視線を向けると、ベルトランがこれまでに見たこともないような奇妙な顔をしていた。

変な顔をしてティナの気を引いているのかと思ってティナを見ると、ティナも負けじと変な顔をしている。

どうやらこの祖父と孫娘は、話し合う俺たちの横で無言の睨めっこをしていたらしい。

……そうだった。祖父だと知る前のティナは、ベルトラン殿に懐いていたんだった。

ティナの今の年齢を考えなければ、実に子どもらしい遊びだ。

ティナは八歳から俺の元にいるが、俺と変な顔を作って睨めっこなどしたことがない。

睨めっこなど幼児や赤ん坊に対してする遊びだと思うのだが、今のティナには幼児の遊びだという忌避感はないようだ。

俺に変顔を見られたと気付いてからは、ティナは少しばつの悪そうな顔をして澄まし顔を作ったが、ベルトランを見る目にはこれまでになかった親しみが込められている。

どうやら睨めっこで一緒に遊んだことで、ベルトランを祖父だと実感し始めているようだ。

「ベルトラン殿の隣に座ってみるか?」

すでにベルトランへと懐き始めているようなので、とティナにベルトランの隣を薦めてみる。

推薦を受けたベルトランはわずかに背筋を伸ばしたが、ティナは俺とベルトランとを見比べて、俺の膝の上へと移動してきた。

祖父として馴染み始めてはいるが、まだ俺の側を離れるほどではないらしい。

俺と自分とを見比べた後、俺を選んだティナに落胆したベルトランの顔が実に凶悪だ。

「クリスティーナ、おまえはもう十五だろう。いつまでも膝になど座るものではない」

「わたしはティナですよ。いつ十五歳になったんですか? お誕生日は来ていませんよ」

んべっと舌を出すティナに、埋まりかけたベルトランとの溝があっという間に広がりかけているのを感じる。

ティナの記憶が欠けていることは知っていたが、自分の年齢まで曖昧になっているとは思わなかった。

試しに、自分が何歳のつもりでいるのかとティナに聞いてみる。

ティナは少し考えるような顔をした後、九歳ぐらい? と首を傾げた。

……記憶の混乱は、思ったより深刻だな。

九歳頃のティナは俺に引き取られたばかりで、王都にいるジゼルの存在など知らなかった。

けれど、白騎士としてのジゼルをティナは覚えている。

気分的に九歳と誤認しているだけで、これまでの記憶は混在しているのだと思う。

方法はわからないが、精霊いわくどこかに隠れているという 中身(ティナ) を連れ戻す必要があった。

自分は九歳である、と言って俺の膝からおりる様子のないティナに、ベルトランが眉間へと皺を作る。

今のティナに正論は通じないし、だからといって怒鳴りつければまた嫌われるという自覚もあるのだろう。

内心での葛藤がよく判る顔だ。

「……おまえ、私の 養子(むすこ) になるか、クリスティーナの婿になれ」

俺と一緒ならばティナが祖父として普通に扱ってくれる、と学んだのだろう。

ベルトランはティナを取り戻す算段として、俺との養子縁組か、俺のティナへの婿入りを検討し始めたようだ。

特に婿入りの場合には跡取り問題も解決である、と。

もとから功績を持った俺と、自分で功績を取れるティナだ。

功爵から忠爵への爵位の移動は決定したも同然になる。

「ティナと家族としてずっと一緒にいられる、というのは魅力的だが……」

八歳から育てている妹を自分の妻に、というのは兄としても、人としてもどうかと思う。

お互いに異性として惹かれあっているというのなら、そういうこともあるかもしれないが、俺とティナの場合はずっと一緒にいるための手段でしかない。

家族としては他に代えられる者などいない存在だが、だからといってお互いに縛りあうのは間違いだとも解っている。

理想としては、ティナに好きな相手ができて結ばれ、そこから家族が増えていけばいい。

俺はティナの兄として、伯父として、ティナの家族に関われればそれでいいのだ。

……なんとなく、抵抗があるんだよな。

ティナの家族が増えてほしい。

ティナの産む子は、俺にとって甥や姪である。

そんな意識はあるのだが、俺に家族が増えるということには微かな抵抗があった。

ティナ以外の家族に対して、なんとなく忌避感があるのだ。

……まあ、俺の家族って言えば、俺を売った母親と妹ぐらいだしな。

父親については顔も知らないという事実を思いだしかけたのだが、なぜかランヴァルドの顔が思い浮かぶ。

俺に対して妙に好意的だったランヴァルドの顔は、俺と系統が似ていた。

血の繋がりがあると言われれば、十人中八人は信じるだろう顔だ。

……俺がランヴァルド様に感じる苦手意識は、だからか。

俺は元の家族に繋がる存在が怖いのだろう。

家族に対する憧れがあるという自覚はあるのだが、自分で家族を増やすことについては消極的だ。

元の家族を一応探したことがあるが、本当に『一応』だった。

あまり本気で探してはいない。

もしかしたら、これは神王の言っていた「本当の名は決して名乗るな」に繋がるのだろうか。

俺の元の家族は、当然俺の名前を知っている。

俺の名前は精霊から隠す必要があるらしいのだ。

なんらかの不思議な力が働いた結果、俺が無自覚に元の家族へ近づかないようにしているとしても、ありえないことではない気がした。

頻繁に精霊に攫われるティナといると、そんな不思議もあるだろうと思えるのだ。

洞窟を出たらアウグーン領を目指すということで話が纏まり、荷造りを仕上げる。

洞窟内ではあまり気温の変化がないため忘れかけていたが、洞窟の外はすでに秋になっていたようだ。

手荷物を減らすことは旅をする上でのコツだが、体を冷やさないこともコツの一つと言える。

荷物は増えるが、ティナに風邪を引かせないためにもコートは必要だ。

ティナのためにコートを作ろう、と足踏みミシンに向かったら例のごとく精霊が現れた。

この精霊たちがティナの服を嬉々として作ってくれるのだが、まさか精霊が服を作っているとは思わないカミールたちには、ティナの服は俺が作っているものと思われている。

ボタン付けや補修ぐらいは俺でもできるが、さすがに女の子の服を作ったことはない。

俺にティナの服を作ることは不可能だ。

が、そろそろ洞窟を出て行くことになっているので、この誤解は特に解く必要もなかった。

精霊が作ってくれたティナの服は、 兄(おれ) が妹のために心を込めて作った服だと思われたままでも問題はない。

多少、複雑な心境ではあるが。

「カミールおじいちゃんとも、お別れですね……」

薄手のコートを着たティナが、名残惜しそうにカミールへとハグをする。

すっかりカミールに懐いてしまったティナだったが、その背後に立つベルトランの顔が面白いことになっているので、やんわりとティナを引き剥がす。

どうにも自分以外がティナから『おじいちゃん』と呼ばれているのが気に食わないらしい。

以前のティナほどベルトランを毛嫌いはしていないが、今のティナもなぜかベルトランを『お 祖父(じい) ちゃん』とは呼んでいなかった。

そのあたりもあって、カミールがティナから『カミールおじいちゃん』と呼ばれることには思うことがあるのだろう。

「ああ、そうだ。ジオからエノメナの花が好きだと聞いたんだ」

……ジンとレオが混ざっているな。

毎回器用に俺の名前を間違えるカミールは、花の名前は覚えているらしい。

懐から飾り気のない袋を取り出すと、それをティナの手のひらへと載せた。

……うん? なんだ?

なんの変哲もない袋なのだが、小さな女の子の姿をした精霊がくっついている。

袋ごと中身を愛おしむように撫でると、ティナの肩へと乗り移って何事かを囁いていた。

残念ながらティナには精霊の声が聞こえていないので、ティナが精霊へと関心を向けることはない。

「この中には、僕が少し品種改良をしたエノメナの球根が入っているんだ」

「エノメナですか? 丁度育てようと思って、鉢が空いてます」

大切に育てますね、と言うティナには、王都から戻ってきた十三歳の記憶があるようだ。

春華祭で俺が贈ったエノメナの花が入っていた鉢を、ティナは宝物だといって王都からわざわざグルノールの街へと持ち帰っている。

秋植えのエノメナを植えるのだ、とバルトに球根の用意を頼んでいたはずだ。

そのすぐ後に誘拐されたため、ティナが宝物だと言った鉢には土も入っていない。

……ホントに『少し』『品種改良をした』エノメナなんだろうな?

精霊が関心を持っているように見えることから、素直に育てさせるにはいささかの不安が残る。

本当にグルノールへと持って帰り、育てても大丈夫なのだろうか、と。

ティナがカミールとの別れを惜しんでいるのを見守って、こちらも別れを済ませておく。

なんだかんだと、洞窟に来てからはずっとここの精霊たちに助けられてきた。

礼の一つも言っておこう、と通路の方へと顔を向けると、出てきている精霊の数は意外に少ない。

いつものようにわらわらといるかと思ったのだが、道案内の小鬼が数匹いるだけだ。

その小鬼たちも、なにか様子がおかしい。

一匹の小鬼を除いて、何かに怯えるように目や耳を塞いでいた。

「……おまえたちにも世話になったな。ありがとう」

なにかおかしいとは思うが、伝えたいことを伝えておく。

洞窟(こ) の 出口(こ) にはいない精霊たちへも伝えてくれ、と。

――あのね、あのね。ほんとうは言ったらだめだけどね。

「うん?」

一匹の小鬼が口を開くと、周囲の小鬼の様子が変わる。

小鬼を黙らせようとするように肩を揺すったり、岩陰へ飛び込んで隠れたりと、さらに怯えた様子だ。

……いるな。

小鬼が口を開くと、周囲の空気がざわりと動いた気がした。

おそらくは、見える範囲にいる精霊は小鬼たちだけだが、姿を隠しつつも精霊がそこかしこに潜んでいるのだろう。

俺やティナを見ているというよりは、小鬼を見張っているようだ。

……なんだ? 何を言おうとしている?

何かを言おうとしている小鬼を、仲間の小鬼は止め、精霊たちは遠巻きに見守っているのだろう。

仲間に止められても、小鬼の決意は変わらないようだ。

――ぼくらのおまつりの夜に、ひとの子どもはだんろでいるの。そうするとね……。

暖炉は出口だから、と聞こえたのはここまでだ。

すべてを言い終わる前に、小鬼の体がポッと白い炎に包まれて消えた。

後にはなにも残っていない。

突然姿を消した仲間に、他の小鬼たちはこうなることが解っていたのか、肩を落として泣きはじめた。

……何か様子がおかしいな。

以前にも目の前で精霊が消えたことがあるが、あれは神王の前でだ。

赤いワンピースを着たエノメナの精霊が、神王の胸へと飛び込むように消えて、周囲には光の粒が散っていた。

今、目の前で起こったこととは、似ているようで違う。

「何が起こった? あの小鬼はどこに……?」

――あれはいない。

――あれはもういない。

――ぼくらのひみつ。

――ひとにおしえちゃったから、いなくなった。

――もう、どこにもいない。

――もう、生まれてこない。

わんわんと泣きはじめた小鬼たちの言葉を拾い集めると、こういうことだろう。

あの小鬼は、精霊の秘密を俺に伝えたから消えたのだ。

神王に消されたエノメナの精霊と違うのは、エノメナの精霊は個としての意識を失っても無に帰るわけではなく、小鬼はもう生まれてこないということだろう。

小鬼は秘密を俺へと告げたために、二度と生まれてこないのだ。

……僕らのお祭りの夜に、ひとの子どもは暖炉で、か。

精霊の祭がいつかは判らなかったが、ひとの子どもはティナのことだろう。

ティナを暖炉で過ごさせると、何かが起こるらしい。

せっかく小鬼が自分の存在と引き換えに教えてくれた情報だ。

無駄にするわけにはいかない。

もう行ってくれ、とでも言うように、仲間の死を悲しむ小鬼たちに追い立てられる形でアルバートの馬車へと乗り込む。

すぐにティナが追いかけて来て、俺の隣へと腰を下ろした。

ティナは精霊の作った小さな背負い鞄を手元へ持ってくると、カミールから受け取ったばかりの球根を鞄へと入れる。

ティナの鞄にはココアの瓶と着替えが詰まっているはずなのだが、さすがに球根を一つ入れるぐらいの余裕はあったらしい。

……いや、ココアの瓶がいくらでも入ったことを思えば、見た目より物が入る鞄なのかも?

そんなことを考えているうちに、馬車を載せた船が動き出す。

洞窟に来た時は門をくぐった途端に精霊の気配を感じるようになったのだが、気配が消えたのは川を下り始めてからだ。

気のせいでなければ、精霊を感じられる範囲が広がっている。

……静かだな。

夏の後月からずっと洞窟にいたため、周囲に精霊がいる環境に慣れすぎたようだ。

風が木々の葉を揺らす音や鳥のさえずりも聞こえ、無音というわけではないのだが、妙に周囲が静かに感じる。

馬車の窓から外を見ても、木の枝に座る精霊や、落ち葉で遊ぶ精霊の姿など、なにも見えなかった。

……変な気分だ。

以前は風で落ち葉が舞い上がっただけと思っていたのだが、今は落ち葉で精霊が遊んでいるのではないかと思える。

洞窟にいる間は本当に精霊が身近すぎて、どこにでもいるのではないかと、つい姿を探してしまっている自分がいた。