軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レオナルド視点 1LDK

「俺たちに手を貸したのは、やはりティナを利用するためか?」

「利用……は正しくないよ。さっきも言った気がするけど、こちらが巻き込んでしまったようだから、そのフォローをしたいと思っているだけさ」

なんと言ったら信用してくれるのか、とカミールは頭を悩ませているのだが、彼の言葉の真偽は精霊を見れば判る。

精霊術とやらの研究については耳や口を塞いでいた精霊たちなのだが、この話については自信ありげに大きく頷いていた。

カミールの言葉は、精霊的にはどうやら信用してもいいものらしい。

「ああ、そうだ。こう言えば納得してくれるかな。そのお嬢さんのことだけど、彼女を利用するつもりはこれっぽっちもないよ。僕にはそんな必要はないからね」

むしろ、この場所に居られては困るぐらいなので、早く回復して出て行ってほしいぐらいだ、とカミールは言う。

来て早々に「出て行ってほしい」などと言う人間を、カミールはなぜ招いたのかと、そちらの方が気になってきた。

「出て行けと言うぐらいなら、なぜ招いたんだ?」

「そのお嬢さんがここにいるのは、ジャスパーのせいだからね。僕にも少しは責任があると思う。ジャスパーに夢を見せ、お嬢さんを巻き込んだ責任が」

ジャスパーがしでかしてしまったことの埋め合わせに、少しの間自分の元で匿い、健康を取り戻すまで世話するぐらいはなんでもない。

ニホン語の読める人間がいることに不都合は感じるが、見せたくないものは見せなければいいのだ。

ついでに、カミールは基本的には 洞窟(ここ) に引き籠っているため、少し外の話も仕入れたかったらしい。

「……ジャスパーがティナを攫ったのは、ニホン語を読ませるためじゃなかったのか?」

「それは間違いではないが、正解でもない。日本語を読ませるというのは、手段の一つだよ」

ニホン語を読むだけなら自分でも可能だと続いた言葉には、さすがに耳を疑った。

カミールの言うことが本当ならば、ティナがイヴィジア王国に生まれる前からズーガリー帝国にはセドヴァラ教会の求めるニホン語とドイツ語の読める転生者がいたことになる。

カミールは先々代の皇帝の頃にはすでにズーガリー帝国に囲われていたと言っていたので、二十年前の、そろそろ三十年前になるメイユ村に生まれた転生者がズーガリー帝国へと売られた頃にもいたはずだ。

そんな人間が、ほとんど知られることなく洞窟へと囲い込まれていたらしい。

ズーガリー帝国という国は、つくづく罪深い。

カミールがズーガリー帝国に囲われず、セドヴァラ教会の門を叩いていてくれさえすれば、救われていた命は多かったはずだ。

少なくとも、ティナが両親を失ったワーズ病での犠牲者の数は、半分以下に減らせたことだろう。

「……何を考えているかは、なんとなく判るけど、僕にあまり多くを求めないでほしいかな。僕は聖人ユウタ・ヒラガとは違って、日本人の転生者じゃないからね。転生者カミロの残した日本語程度ならなんとか読めるけど、日本人の書いたものとなるとさっぱり歯が立たない」

ニホン語の難しさは同じニホン人でも頭を抱えるそうだ、とカミールがいくつかの例を聞かせてくれるのだが、確かによく判らない。

故郷と書いて『こきょう』とも『ふるさと』とも読むぐらいは覚えられるが、戦友と書いて『ライバル』とは俺には読めそうになかった。

困ったことに、この『ライバル』という読み方は『宿敵』も『恋敵』も同じように読むらしいのだ。

……ティナはこういった違いも読み分けていたのか?

聖人ユウタ・ヒラガの研究資料を、ティナは時折メモを取りながら涼しい顔をして読み込んでいたらしい。

悪筆である、という悲鳴はあげていたようなのだが、読めないといって詰まることはほとんどなかったと聞いている。

あれはティナが聖人ユウタ・ヒラガと同じく、ニホン人の転生者だったからこそなのだろう。

「では、ジャスパーは何を求めてティナを攫ったんだ?」

「 洞窟(ここ) を見て判らないかな?」

まあ、自分の研究の助けになるとは考えていたようだ、と言ってカミールは俺を促す。

肩の治療が終わったので、部屋へと案内してくれるつもりなのだろう。

長椅子に寝かせたティナを抱き上げて扉を振り返ると、道案内をしたいらしい小鬼の数が五匹に増えていた。

ここに来る前は精霊灯と名付けられた光が通路を走ることで進行方向を知らせてくれていたのだが、精霊が五匹もいると精霊灯は明るく光続け、進行方向を伝えることができていない。

……洞窟を見れば判る、と言っていたが?

カミールの案内で通路を歩きながら、洞窟に来てから見たものを思いだす。

洞窟を見れば判るということは、治療を受けた部屋までの道のりにジャスパーの目指すものがあったのだろう。

…… 動力(エンジン) が付いているという船、ひとりでに動く鉄の扉、ランタンではない光、精霊灯、精霊の力を借りた銃……あとは金属板のついたミトンか?

これらの中に答えがあるのだろう。

研究の助けになると考えた、ということは、カミールが成功させられずにいる、精霊の力を借りるということそのものかもしれない。

そう考えるのなら、ニホン語が読める以外でもティナは役に立つだろう。

精霊に自分から何かを願ったことがあるとは聞いていないが、ティナは精霊に何度となく助けられてもいる。

精霊が自分から助力をするのが、ティナだ。

ティナの協力が得られれば、精霊術の研究とやらが軌道に乗るとでも考えたのかもしれない。

「ああ、面白いぐらいにはっきり精霊灯が反応しているね」

この部屋を使うといい、と通路の先でカミールが立ち止まったのだが、通路はさらに奥へと伸びている。

それなのに精霊灯の緑の光が点いているのは、俺たちの部屋にとカミールが足を止めた部屋の前までだ。

カミールの足元にいる小鬼たちも奥には興味がないようで、開けられた扉から部屋の中へと入っていった。

「この壁のスイッチが室内灯のものなんだけど……精霊灯がこうも安定して点くのなら、室内灯は必要ないかな?」

カチカチと壁に設置された室内灯の『スイッチ』とやらをカミールが押す。

壁にはわずかなでっぱりがあるのだが、押し込むと室内灯が点き、元に戻すと明かりが消える仕掛けになっているようだ。

室内灯がつくと部屋全体が明るく照らされるのだが、精霊灯の柔らかい光だけでも十分に室内は明るい。

ここが洞窟の中だと忘れるには、十分な明るさだった。

「何度も言ったように、僕には君たちを捕まえておく意思はない。だから、部屋の鍵は渡しておくよ。部屋から好きに出歩いてくれて構わないし、どこへ入り込んでも大丈夫だ。お嬢さんが程よく回復した頃に帰る手立てを考えよう」

部屋の設備の使い方を教えよう、と渡された鍵を確認している間にカミールが部屋の中を移動する。

それを追って入った部屋は、こぢんまりとした部屋だった。

壁の端に二段ベッドがあり、ベッドの下部に引き出しがある。

その横には小さなクローゼットと机があり、部屋の奥には扉と調理場があった。

「こちらの扉はトイレとシャワールームになっているんだ。お風呂は共同で大きいのが一部屋あるけど、お嬢さんはこちらのシャワーを使った方がいいだろう」

青いハンドルを回せば水が出て、赤いハンドルを回せばお湯が出てくる。

温度はそれぞれのハンドルを回して調整するといい、と説明しながらカミールが実際に『ハンドル』と呼んでいる部位を動かしてみせる。

キュッ、キュッと金属が擦れる高い音が聞こえたかと思ったら、シャワーの先から湯気を立ててお湯が出てきた。

「随分簡単に湯が出てくるんだな」

「トイレと水回りは、最初に整えたからね」

快適な住環境を整えるための労力は惜しまなかったらしい。

好きな研究をおもいきりできるように、と与えられた洞窟だったが、最初の五、六年は生活環境を整えることに使ったようだ。

大規模な工事には人手も要るということで、見張りの兵へと風呂やトイレを解放し、その快適さで兵を虜にしたのだと言う。

快適なのは、なにも水回りだけではない。

川を遡ったことで判ったのだが、この場所はエラース大山脈に近い。

山を登らない限りは雪が残るような寒さということはないのだが、それでも日の当らない洞窟の中は寒いはずである。

にもかかわらず、鉄の扉を抜けて以降は肌寒さなど感じてはいない。

汗をかくほどの暑さではないが、ほんのりと暖かく快適な気温をしていた。

これも、カミールが整えたという住環境なのだろう。

……これが転生者の齎す富、か。

シャワーの使い方の説明が終わると、今度は小さな調理場へと移動する。

風呂同様に共同の食堂があるそうなのだが、ティナが落ち着くまではここで食事を摂る方がいいだろう、と調理場の使い方を説明された。

調理場にも赤と青のハンドルがあって、シャワーと同じように水とお湯が自在に出てくるそうだ。

火もないのに煮炊きできる竈と、食料を保存するために入れておく『冷蔵庫』という棚には驚いた。

今は空の冷蔵庫だったが、あとで食材を運んでくれるらしい。

小さな食器棚の中には茶器も用意されていて、見慣れぬ粉が瓶に詰まっていた。

「これは?」

「インスタントコーヒーとミルク、ココア、レモンティー……まあ、お湯を入れるだけで簡単に飲める 珈琲(イホーク) といったところかな」

久しぶりの反応で楽しい、と言いながらカミールがインスタントコーヒーを入れて見せる。

洞窟(ここ) の警備をしている兵たちは、すでにここでの生活に慣れ過ぎて、一々出てくるものに驚いたりはしないそうだ。

「……ちゃんと珈琲だ。珈琲の味も香りもする。不思議だな。色以外はまったく違うものなのに」

「見た目が少し違うだけだよ。これは液体の珈琲を粉にしたものだから」

「液体を粉に……?」

疑問を口にするたびにカミールが丁寧な説明をしてくれるのだが、申し訳ないことに半分も理解することはできなかったと思う。

黒騎士として、白銀の騎士としてもさまざまな教養を身に付けてきたつもりだったが、カミールの持つそれはこれまでの常識とかけ離れ過ぎていた。

もしかしたらティナなら理解できるのかもしれないが、理解したところでティナは同じものを作ろうとはしないだろう。

ティナが前世の知識で新しく作ったものなど、リバーシぐらいだ。

「着替えはクローゼットの中の物を好きに使っていいよ。お嬢さんの服は……」

俺の着替えは兵へと支給される物でなんとかなる。

皇城へと侵入するのに荷物は邪魔になる、と最低限の装備で出てきたため、非常食や薬は少し持っているが、着替えなどはなにもない。

部屋から出なければ一枚のシャツを洗って使い回せばいいのだが、ティナと一緒ではそうもいかないだろう。

着替えが提供されるというのは、正直ありがたい。

「あとで布とミシンを運んでこよう。兵のシャツを着せてもいいが、サイズは絶対に合わないからね」

さすがに少女の服を外から買い込めば目立つので、それは避けた方がいいだろう。

関係者以外は簡単に入り込めない場所とはいえ、自分から目を付けられる真似をする必要はない。

……裁縫か。ティナが自分で作れるといいんだが。

何度か俺のシャツを縫ってくれたことがあるが、ティナが自分の服を作ったことはなかったはずだ。

カルロッタが言うにはある程度の意志の疎通は取れるそうなのだが、今のティナは裁縫ができるかどうかも怪しい。

となると、ティナの着替えは体に合わない兵と同じシャツを着せるか、俺が作るしかない。

……ボタン付けぐらいはできるが、服を一から作ったことなんてないぞ!?

一通りの説明が終わると、カミールは部屋から出て行った。

部屋には俺とティナだけが残されているはずなのだが、実情は少し違う。

「……この部屋にあるものが本当に安全なものかどうか、判るか?」

カミールの言葉をそのまま信じていい物か、と判断に困って部屋のそこかしこに潜んでいる精霊へと話しかけてみる。

部屋まで先導してくれた小鬼の他に、精霊灯の横や部屋の角、ベッドの片隅、食器棚の中など、いたるところに精霊が隠れていた。

――寝床、安全! ふかふか! 寝心地ばっちり!

――シャワー、おんどちょうせい大事! 滑らないように気をつけて?

――竈。火を使わない魔法の竈。火は出ないけど、やけどに気をつけて!

――いんすたんとこーひー、にがい。ココア、甘い。おすすめ。

精霊たちは注意点を教えてくれるのだが、一応は安全であるらしい。

早くティナを寝かせてやれ、とベッドの毛布を捲ったり、珈琲よりもお薦めはココアであると瓶の蓋を開けたりと、いっきに騒がしくなった。

……安全かどうかも大事だが、この場所についても知っておいた方がいいな。

たとえば、なぜこんなにも精霊に溢れているのか、ということがまず知りたい。

なぜ突然精霊が見えるようになったのかや、声が聞こえることについては二の次だ。

この場所の多すぎる精霊の数が正常なのか、この場所ならではなのか、ということは知っておいた方がいいだろう。

「この場所についてを調べたいんだが、ティナの側も離れたくない。そこで、ティナが目を覚ましたら教えてくれるか、異変があったら守ってほしいんだが……」

頼めるか? と言うと、ざわめいていた精霊たちがピタリと静かになる。

部屋の片隅でヒソヒソと話し合っているようで、代表として選ばれたのか、卵の殻を帽子にした小さな男の子が俺の前へとやって来た。

「……お手伝いをしたら、ご褒美に何をくれる?」

「何が欲しい?」

「名前! 名前が欲しいな!」

パッと顔を輝かせた男の子に、神王からの忠告を思いだす。

細々と精霊との付き合い方について教えられたが、それは『これ』を見越してのことだったのだろう。

「……それは、自分たちに名前を付けてくれ、ということか?」

安請け合いをする前に、確認を込めて『名前が欲しい』という言葉の意味を明確にしてみる。

彼らに名前を付けるだけならば、問題はない。

神王からは『精霊に名前を付けることは、契約を結んだことになる』だとか、いろいろと説明されたが、それぐらいは扶養家族が増えるようなものだと理解した。

けれど、これが精霊に名前を付けるのではなく、俺の名前をくれという意味だとしたら、了承はできない。

神王にも、本当の名前は名乗るなと言われたばかりだ。

今使っている『レオナルド』という名前を、精霊に譲るわけにはいかない。

「違うよ。きみが今名乗っている名前が欲しいんだ」

大切にするから名前をちょうだい、と邪気なく笑う男の子に、神王からの忠告に感謝する。

やはり、精霊は俺から今の名前を取り上げたかったようだ。

……意外に油断も隙もないな。

可愛らしい外見に惑わされてはいけない。

精霊(かれら) は人間とは違う生き物で、人間とは違うものの考え方をし、人間とは違うものに価値を見出す。

人間(じぶん) の尺度で考えて付き合っては、いつか手酷いめに合う可能性もあった。

愛らしく親切だからといって、 精霊(あいて) の言うことを丸ごと信じてはいけない、と神王には言われている。

精霊としては親切のつもりで、とんでもない災厄を運んでくることもあるのだ、と。

……精霊へはこちらからものを頼んではいけない、か。

精霊は自分たちの声が聞こえる人間の他愛ない願いを叶えてくれることはあるが、気まぐれに対価を要求することもある。

相手は人間ではないので、対価の内容も運次第だ。

手心というものはない。

精霊と人間の距離が近かったという神話の時代には、精霊に対価として視力や存在ごと食われた男の話がある。

可愛らしい外見をしているからといって、要求まで可愛らしいとは限らないのだ。

……精霊は自主的に動かせ、か。

神王から教わった、精霊との付き合い方の一つだ。

こちらから願えば対価を要求されることがあるが、精霊が自主的にやったことであれば対価を支払う必要はない。

それは精霊が自分の意思で勝手に行なったことだからだ。

……少しずるい気はするけどな。

精霊は楽しいことが大好きらしい。

そのため、 人間(こちら) が楽しそうにしていれば 精霊(あちら) の方から勝手に近づいてきて、自分も楽しむつもりで勝手に手伝いをしてくれるそうだ。

自分が楽しむためにしたことなので、対価が要求されることもない。

……とはいえ、楽しそうにティナの守護をしつつ洞窟探索は、俺の体が一つでは無理だぞ。

これは、今夜のところはおとなしくティナの側にいるしかないようだ。

この場所の安全性は確認したいところだったが、ティナの側も離れたくはないので、ここは一つ理性に本音が勝ったとでも思っておくことにする。

俺はティナの側から離れたくはないのだ、と。