作品タイトル不明
レオナルド視点 オスカーの手紙
「ジャン=ジャックが先に来ているはずなんだが……」
案内を頼めるか、と 黒犬(オスカー) に向かって話しかけると、黒犬はわずかに首を傾ける。
俺の言葉が判らないということはないと思うのだが、背を向けて歩き出す様子はなかった。
……うん? なんだ?
黒犬は首を傾けているように見えるのだが、なんだか不自然な仕草だ。
ティナに対してとぼける時には時折首を傾げて見せていたが、ベルトランには決して見せなかった仕草でもある。
ここに黒犬がいるということは、目的は俺と同じだろう。
ティナを助け出したい者同士で、黒犬がとぼける必要などないはずだ。
となると、首を傾げるという仕草に何か黒犬の意思が込められているはずである。
「手紙?」
首輪の裏側に小さく折りたたまれた紙を見つけ、手を伸ばす。
黒犬はじっとその場にたたずみ、無防備な首を俺へと晒していた。
ということは、これは俺が受け取っていい手紙なのだろう。
……ジャン=ジャックからの連絡か?
アウグスタ城に潜んでいると聞いていたジャン=ジャックの姿がなく、代わりのように黒犬がいる。
ジャン=ジャックと黒犬がアウグスタ城で鉢合わせし、ここへ黒犬を残して移動したか、自分はどこかで休んででもいるのだろう。
ジャン=ジャックは一人でアウグスタ城を見張っていたはずだ。
見張りを交代できる要員がいるのなら、交代ぐらいするだろう。
周囲を確認して手ごろな低木の陰へと身を隠す。
黒犬の首輪に隠されていた手紙を開くと、先に何者かが開いた形跡があった。
この手紙は二度折りたたまれている。
……これは。
てっきりジャン=ジャックからの報告かと思ったのだが、手紙の筆跡は柔らかい女性のものだ。
内容よりも先に、と署名を探すと、手紙の端にジゼルの名が書かれていた。
黒犬が預かり持っていた手紙は、ジゼルからの手紙だったらしい。
署名がわかれば、と文頭へと戻って改めて手紙を読み始める。
ジゼルからの手紙には、自分たちの置かれている状況とティナの状態、誘拐犯の名前とズーガリー帝国へと運び込まれた手口について、ジャスパーがこの誘拐の手引きをしたという内容が書かれていた。
手紙が届くだろう頃にはティナは帝都トラルバッハへと移動されている予定で、一年以上も続く監禁生活にティナの筋力は落ち、なんとか立っていることとゆっくりと歩くことはできるが、走ったり休まずに歩き続けたりはできないらしい。
ティナを助け出すためには、必ず馬車や馬といったティナを乗せて移動できる手段が必要になるとも書かれていた。
……体力がそこまで落ちているのか。取り戻せても、すぐにイヴィジア王国へ連れ帰るのは無理だな。
ズーガリー帝国とイヴィジア王国は隣り合った国ではあるが、帝都トラルバッハとグルノールの街では、エラース大山脈をぐるりと迂回するだけの距離がある。
とてもではないが、手紙にあるような状態のティナをすぐに連れまわせる距離ではない。
……ティナがある程度体力を付けるまで、カルロッタ様のところへ寄せてもらえるだろうか。
甘えすぎるのはどうかと思うが、ズーガリー帝国内であっては頼れる者は少ない。
山賊の根城へとティナを連れていけたとしても、ティナが静養できるとは思えないのだ。
ティナの安全を確保しつつ、体力の回復を待つのなら、カルロッタを頼るほかは無いだろう。
……しかし、ジゼルはジゼルなりに考えているんだな。頼りにならない白騎士だと思っていたが。
騎士としては、今も役に立っているとは言いがたい。
が、ティナの側でティナを守っている、という意味では確かに仕事をしているだろう。
騎士の戦い方とは言い難いが、ジゼルにできる最善の方法を選択していると思う。
……手紙を開いた形跡があったのは、ジャン=ジャックからの報告か。
ジゼルの折った手紙をジャン=ジャックが一度開き、中身を読んだジャン=ジャックが改めて黒犬の首輪へと手紙を隠したのだろう。
ジゼルの手紙の裏側には、小さな文字で簡潔な報告が書き込まれていた。
……ジャン=ジャックは先に帝都へ移動したのか。オスカーは手紙を預かってここで待っていたんだな。
ジャン=ジャックからの手紙には、帝都へ向う旨と、その前に少し調べたアウグスタ城周辺についての情報が書かれている。
どうやらジャン=ジャックはジゼルからの手紙を受け取った後、ティナがいなくなったことで解雇されたアウグスタ城の 女中(メイド) から話を聞いてみたらしい。
ティナについては聞き出すことができなかったようなのだが、ティナ誘拐の主犯らしいエドガーという貴族の人となりについては聞けたようだ。
……それにしても帝都か。入れ違いになったな。
ほんの少し前までカルロッタの手引きで帝都トラルバッハに行っていた。
そこでエドガーについて調べている時にコーディがアウグーン領へと手紙を持ってきて、ティナから連絡が来たと聞いたカルロッタが領地へと戻るのについて移動したのだ。
時期的には、アウグーン領に入った辺りで、ティナは帝都トラルバッハへと着いた頃だろう。
……街道のどこかですれ違っていそうだ。
帝都へと続く街道は一つではない。
ウーレンフート領から帝都トラルバッハへと向うためには、必ずアウグーン領を通る必要がある、ということもなかった。
街道でティナとすれ違っているかもしれないというのは可能性の一つでしかないのだが、それでも何か大きな失敗をしてしまった気がして、胸が重苦しい。
ただの思い違いからくる自責の念であるとも判るので、深く息を吐いて気持ちを切り替えた。
「オスカー。俺はこれからティナを追うが、おまえも来るか?」
手紙を小さく折りたたんで懐へとしまいながら、鉄格子の向こうにいる黒犬へと呼びかける。
黒犬はどうやって鉄格子の中へ侵入したのだろう、と少し不思議だったのだが、声をかけられた黒犬は少し姿を消したかと思うと、葉と葉の擦れる音をさせながら、枝を揺らして上から落ちてきた。
どうやら黒犬は鉄格子の中へと閉じ込められていたのではなく、枝を使って鉄格子の上から中へと侵入したようだ。
……犬って、木を登れるものだったか……?
そんな小さな疑問が湧いたが、先に立って歩き始める黒犬にそれ以上考えることをやめる。
黒犬は優秀な番犬だ。
機会があったら、ベルトランに黒犬の訓練師を紹介してもらうのもいいかもしれない。
以前黒犬を馬に載せて移動したように、今回も黒犬を馬へ載せてアウグーン領へと走る。
帝都トラルバッハへと行くだけならば簡単だが、しばらく潜伏する必要があるだろう。
となれば、帝都に屋敷を持つカルロッタを頼った方がいい。
逃走経路の確保でも世話になる予定でいるのだ。
ティナ奪還についても頼らせてもらう。
「……あらあら。すれ違ってしまったようね」
ジゼルとジャン=ジャックからの手紙を見せると、カルロッタは俺と同じような反応をした。
しかし、そのあとの行動は早い。
侍従を自称する夫を呼ぶと、今年はしばらく帝都で過ごすことにするので、そのつもりで予定を調整するように、と言い始めた。
「ああ、それから。女の子のお客様をお迎えする予定だから、 城(ここ) へも少女用の部屋を整えておいてちょうだい」
「お客様のお好みの色などはございますでしょうか」
ティナの好きな色は、と老紳士から聞かれるままに答える。
ティナに服を選ばせると、子どもが着るには落ち着きすぎた色合いのものを選びたがったのを覚えている。
カリーサやハルトマン女史へも相談して服を作っていたので、明るい色の物も着ていた。
落ち着いた色合いでなければ嫌だということはないだろうが、王都から帰って来て自分で整えるといった部屋は元の明るい色の壁紙よりも色が少しおとなしめになっている。
やはりティナは、落ち着いた色が好きなのだろう。
「……カルロッタ様も帝都へ?」
「ええ。帝都にいると判っているのですもの。 私(わたくし) も早くクリスティーナさんに会いたいわ」
帝都の館を好きに使わせてやるから、存分に悪巧みをするがいい、といってカルロッタは退室していく老紳士を見送る。
俺としては誘拐された妹取り戻す算段を付けたいだけなので、悪巧みと言われると微妙な気分だ。
帝都行きの手筈はカルロッタとその夫に任せ、俺は俺でやるべきことをやる。
まずはアウグーン城へと向わせていた山賊たちを集めると、半数を解体して各村へと帰すことにした。
中には怪力で有名になってしまったらしい俺へと力比べを挑んできただけのならず者もいるが、大半の山賊は家族や村を守るためにやむを得ず山賊になった義賊たちだ。
妹を取り戻しに来たという俺に対し、義理や同情めいた感情を持って途中で村に帰ることなどできない、と言ってくれる者もいたが、それこそ故郷の村へと帰す。
山賊団として人数が膨れ上がりすぎていたし、しばらく帝都に潜んで行動することになるのなら、小数の精鋭の方がいい。
やむを得ず山賊になったという荒事に慣れていない者は、村へ帰して畑仕事をさせるべきだろう。
春の種まきは過ぎてしまったが、夏の畑仕事が待っている。
冬の厳しいズーガリー帝国では、春の種まきと夏の畑仕事が秋の収穫に影響してくるのだ。
気持ちの優しい者や、荒事に向いていない者を選んで村へと帰す。
村へと帰ることになった顔ぶれを見ていると、俺の判断基準が判ったのだろう。
山賊たちはおのおので残る者と村へ帰る者とを選びはじめ、半数に減らす予定の山賊は最大時の三分の一になった。
手数は欲しいが、多すぎても困るので、これは丁度いい人数だと思う。
村へと帰ることになった者へは、道中での情報収集を頼んでおく。
ティナを取り戻した後の逃走経路を選び出すために、どこの村に何人の兵士がいるだとか、この街道には検問があるだとかの情報はいくらあっても足りない。
村への帰路でこれらを調べながら、最後はマルコ山賊団が根城としている廃村へと情報を集め、アウグーン城へと届けられる手筈を整える。
一人また一人と去っていく山賊を見送り、残った山賊にはもう少し手を貸してくれ、と頭を下げた。